軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編 約束を

困った。

凄く。物凄く、困った。

太陽が沈み、夕焼けの茜色すら見る事が出来なかったアーベンエルム大陸での夕食を終えた夜。

魔神ネイフェルの城。岩山を刳り貫いて作られた城、そこに在る無数の空き部屋の一つを簡単に掃除して作った簡易リビング。

一つの大テーブルを皆で囲むように座りながら、内心で呟く。

娯楽のようなものがあればとも思うが、昼間にソルネアと話した通り何も持ってきていない。というか、そういえば以前は旅の途中でチェスを教えていたのだった。

そんな大切な事すら忘れていた俺は宇多野さんに怒られたわけではないけど、見ているだけでちょっと心臓という買いが痛くなる笑顔を向けられ、阿弥やフェイロナからは呆れた溜息を吐かれる始末。

フランシェスカとムルルだけは、今度来るときに持ってこようと言ってくれた。いや、忘れていたのは俺だけじゃないし、俺が呆れられるのはなんだか納得がいかない。特に阿弥。一緒に旅をしていたのは阿弥も同じなのに、なぜ溜息を吐くのか。

……聞いたら、そういうのは男の甲斐性らしい。この一年で、言うようになったなあ、と思った。

いや、だからといって納得はしないけど。

ちなみにその阿弥は、フランシェスカと一緒にソルネアに料理を教えていた。

今日の晩御飯は、阿弥とフランシェスカ、そしてソルネアとの合作だった。宇多野さんの料理の腕は……まあ、相変わらずというか、ちょっとだけ成長したというか。

取り敢えず、野菜の皮むきは出来ていた。何度か指を切っていたけど。俺の真横で。

血塗れの料理とか勘弁してほしいとも言えず、今回の旅は宇多野さんの料理修行でもあった。

あと、フランシェスカはこの一年で随分と料理が上達していた。師匠はフェイロナらしい。本当、何でもできるな、この万能エルフ。

ムルルだけは一年前と変わらず食べる方で、変わらず食材を集める方が得意だった。

このアーベンエルム大陸では、俺と一緒に魔物を探しては、肉を調達する係である。それはそれでどうかと思うが、まあ、まだ色気より食い気、という年頃とも言えるだろう。

今度、グラアニアに相談しようと思う。お前の娘、このままだと嫁に行き遅れるぞ、と。多分、言ったら殺されるか、半殺しにされるか、滝から落とされるかもしれないけど。

娘が関わると本気になるからな、アイツ。

「レンジだって、食べてばかりだった」

「俺は料理は出来るから。簡単な奴だけど……なあ?」

「そうですね。レンジ様のシチュー、私は大好きです」

フランシェスカに聞くと、満面の笑顔でそう言ってくれた。

その後、テーブルの下で、皆に見えないようにして俺の両隣に座っている宇多野さんと阿弥が示し合わせたかのように俺の足を踏んでいた。

痛くは無いけど、こう、踏んだ後にグリグリとするのはやめてほしい。ブーツが汚れる。

「レンジは、もう料理をしないのですか?」

「そりゃあ。俺やフェイロナ……男が作った料理より、女の人が作ってくれる方が美味しいし、嬉しいからなあ」

何とはなしに呟くと、左……阿弥の足からは解放される。けれど、右足を踏む力が少しだけ強くなったような気がした。

宇多野さん、料理できないもんね。……仕事は出来るし、真面目だし、魔術も使えるし。何より器用な印象があるのに、なんで刃物を持つとあんなに緊張するんだろう。

宇多野さんは、刃物を持つと固まる。まるで岩のように固くなって、プルプルと震えながら、目の前にジャガイモのような野菜を盛ってきて、慎重に、握り潰しそうなくらい力を込めて皮を剝く。

いや、本当。

見ている分には面白いけど、それを隣でやられると、果物ナイフで俺まで斬られそうな気になってくるのだ。

アレは怖い。命の危険は感じないけど、何となく怖い。しかも、隣でだ。

「なるほど」

「言いたい事はそれだけかしら?」

また、右足を踏んでいる宇多野さんの足に、力が籠った。

「あれ? 口に出してた?」

「わざとらしい……まあ、私が料理下手なのは、認めるけど」

「料理が下手というより、刃物が苦手なだけだと思いますけど」

フランシェスカがすかさずフォローする。そんな彼女に笑顔を浮かべてお礼を言う宇多野さんは、やっぱりテーブルの下で俺に足を踏んでいたりする。

まあ、話題のネタにされて、少しご立腹なのだろう。

それも少しだけ……本当に怒っていないというのは分かる。本当に怒っていたら、問答無用で転移魔術を発動させて、俺をどことも知れない山の中にでも転移させている事だろう。

その後ちゃんと回収してくれると分かっていても、アレは怖い。

何度、幸太郎が転移魔術で転移させられた事か。

この前は、いきなりイムネジアの私室から、エルフレイム大陸にある精霊神ツェネリィアの寝所……天を衝くほど巨大な大樹。世界樹の天辺に飛ばされたと言っていた。

空中に飛ばされたので、途中で世界樹の枝に引っ掛からなかったら怪我をしていたかもしれないと震えながら話していた事を思い出した。

アイツの場合、そのくらいじゃ怪我どころか気絶すらしないだろうけど。まあ、空から地面に落ちる―――所謂『紐無しバンジー』なんて怪我をしないと分かっていても、心臓に悪いだろう。

アイツ、ヘタレだし。

「その点、ソルネアは物覚えが良いみたいだったな」

「そうでしょうか?」

「うん。今日のご飯、美味しかった」

ムルルが応え、思い出してしまったのか、お腹を押さえた。

「足らなかったのか?」

「朝まで我慢する」

「おお。偉いぞ」

「……子供扱い、しないで」

そんなつもりは無かったのだが、ムルルから上目遣いで、少し睨まれるようにして見られてしまう。肩を竦めると、フランシェスカと阿弥が、口元を手で隠しながら肩を震わせる。

少し怒ったようなムルルの隣に座ったフェイロナが、その頭を、軽く叩くようにして撫でた。

癖のある銀髪が、少し揺れる。

「……子供扱いしないで」

「そのつもりは無かったのだがな」

フェイロナも、口元を柔らかく緩めながら手を引っ込める。

その様子を見ていたソルネアが、僅かに頷いた。

「楽しそうですね」

「こうやってみんなが集まって話すのは、楽しいです」

阿弥が言う。

それは、この一年……いや、魔神ネイフェルを倒してから二年。皆がバラバラになってしまったからだろう。

こうやって集まって、もう一度旅をする。いつかは旅をしたいと思っていたけど、それはいつか。

決まった事じゃない。そのいつかは次の日かもしれないし、来年かもしれない。もっと先かもしれない。

大人になる、というのとはちょっと違う。

やるべき事があって、やらなければならない事があって、この世界に召喚されたばかりの俺達にとっては『魔神討伐』がソレであり、ソレが無くなれば今度は生きていくために仕事をしなければならない。

大人は仕事を、子供は勉強を。

皆がバラバラになって、けど同じ世界に生きている。

いつか、どこかでまた会える。進む道はバラバラだけど、いつかその道はまた重なる。そう信じて、ようやくそれが叶った。

阿弥の言葉に、ソルネアを除く全員が頷く。勿論、俺もだ。

「そうですか」

ソルネアはそう呟いて、僅かに頷く。

阿弥が言いたい事を察し、理解したのか。それとも、笑顔で言う阿弥の言葉に共感したのかは分からない。相変わらず、感情の波が感じられない、無表情とも取れるソルネアの顔。

けど、口元は僅かに綻び、目元も柔らかく緩んでいる。

笑顔。微笑。

その表情は、楽しそう、に見えた。

「ソルネアは、こうやって話すのは楽しくないか?」

「分かりません」

思い出す。聞き覚えのある言葉。

ソルネアが、いつも使っていた言葉。けど、今は違う。彼女はその右手を胸に当て、不思議そうに首を傾げて、また笑った。

「ただ」

「ただ?」

「…………」

言葉を切って、また表情が消える。感情の名前を知らないのか、それとも何か思う所があったのか。やはり、俺には分からない。

隣の宇多野さんを見るが、彼女も不思議層にソルネアを見て、俺を見て、またソルネアを見た。

宇多野さんの視線を追うと、ソルネアが俺を見ていた。

じいっと。まるで、俺の内心を覗き込むように。

瞳を見返してくる。彼女の黒い瞳に、俺だけが映っているような錯覚……を覚えた瞬間、また両足に衝撃。痛くは無いけど、無視できない感覚。

「そんなに見つめ合って、どうしたんですか?」

「阿弥……お前、最近宇多野さんに似てきたな」

「どういう意味かしら?」

今度は足ではなく、二の腕。服の上から、軽く抓られた。

『まったく。……レンジはいつも、一言どころか二言も三言も多い』

「うるせ」

それでいいのだ。

ほら。

先程、俺の目をじいっと見ていたソルネアが、きょとんと驚いた……無邪気な表情で俺を見ている。こっちの方が良い。

こっちの方が、ソルネアらしい。

先程の視線を、知っている。

あの目で、見つめられた事がある。

……ネイフェル。複眼を持つ、虫のような外見をしていた魔神。あの目に、似ていた。

それは、ソルネアにとって良い事なのだろうか。悪い事なのだろうか。

ただ。

「さて、もう陽もくれたし、寝床の準備をするか」

席を立つ。伸びをする。気付かないふりをする。

……アストラエラの言葉を思い出す。一年以上も前に聞いた言葉、けど鮮明に覚えている。

人を好きな魔神を――と。

俺は、きっとそのためにここに居る。そして、それはアストラエラから言われたからじゃない。俺が、ソルネアには人を好きであってほしい。

ネイフェルのようになってほしくないと思う。

一年も、誰も居ない、何も無い、廃墟で過ごす。

想像もできない。それがどういう事なのか、どれくらいの事なのか、想像できない。

だから、できる事を。思い付く事を。少しでも、これから先、ソルネアが寂しくないようにと思えることを……してやりたい。

ネイフェルの孤独、シェルファの寂しさ。剣を交わしたから、ぶつかり合って、少しは理解できていると、思うから。

だから。

「明日は、城中の掃除をするって……本当?」

「おう。ソルネアが一人で掃除するには広すぎるだろ?」

「……掃除、苦手」

「しそうにないもんな、お前」

呆れたように溜息を吐いて肩を竦めると、ムルルも席を立つ。俺の隣に来て、肘で小突かれた。

「手伝ってくれる?」

「もちろん。ソルネア、お前も……他にもたくさん、色々な事を教えてやるよ。約束だ」

言う。言ってしまう。

それが、どういう意味を持つのか。理解して。

「はい」

いつものように、平坦な、感情の起伏が感じられない凪のような声と共にソルネアが頷いた。