軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編 一年後の再会に4

「くあ」

欠伸をすると、テーブルを挟んで向こう側に座っているフランシェスカがクスクスと右手で口元を隠しながら、上品に笑った。

冒険者として生活しているらしいが、そういうお嬢様っぽい所は相変わらずなようだ。

宿屋の一室。ベッドは四つという多人数用の部屋。複数の部屋を借りるよりも大部屋を一つ借りた方が安上がりだからと、フランシェスカとムルルだけでなくフェイロナも同室だ。

「大きな口」

四つあるベッドの一つに腰掛け、両足を揺らしていたムルルが欠伸をした俺を見て呟いた。

視線を向けると、何が面白いのか俺の顔をまじまじと見ている。

「何か面白い物でもあるか?」

「レンジの顔」

「……人の顔を面白いとか言わない」

失礼な。

そうムルルに返すと、頭の中に男とも女とも取れる中性的な声が響いた。エルメンヒルデだ。

『気を抜き過ぎだ……人前で欠伸など、格好悪い』

「……格好悪いときたか」

昔の口癖――『英雄らしくない』『嘆かわしい』と言われるよりも、なんだか堪えるものがあるのは気のせいではないだろう。

小さく溜息を吐くと、そんな俺を見ていたムルルがまた面白いものを見たかのように足を大きく揺らした。

ベッドの上で、髪の色と同じ銀色の尻尾が大きく揺れている。パタパタとベッドのシーツを叩く音が、部屋の中に響く。

「ムルル。埃がたつからやめろ」

「ごめんなさい」

フェイロナに指摘され、少しの間だけ尻尾の動きが止まった。

けれど、またすぐに動き出してベッドのシーツを叩き出す。

「なにか良い事でもあったのか?」

「ん?」

「尻尾。今日はずっと揺れてるから」

「……すけべ」

何故だ。

疲れて肩を落とすと、エルメンヒルデが『ヘンタイめ』と言った。俺を除く三人が、その言葉に肩を震わせて笑う。

「レンジは、随分と変わったな」

「そうか?」

ひとしきり笑って落ち着いたフェイロナの言葉に、のんびりとした口調で返事をする。

自分では変わったとは思わない。

むしろ、今の俺の方が『本当』なのだと自分では思ってしまう。

のんびりと、ゆっくりと。

日々を怠惰に過ごす――元の世界での生き方。

英雄ではなく、一般人としての生き方。

もう英雄を必要と世界だからこそ、俺は気が抜けて、ダラダラと毎日を過ごしている――そして、他の皆も。

目標を失った、というのが一つの原因か。

世界を救う。神を殺す。

そのどれもが、もう必要ない。あとは、これからの人生を自分なりに生きていくだけ。

エルメンヒルデと一緒に。

……これは、その一歩。最初の一歩。

旅に出よう。

そう思った。

目的地は無い。

考えていない。

世界を巡って、沢山の新しい景色を見付け、綺麗な景色を見て、仲間達の元へ顔を出して……そんな事を考える。

「まあ、あれだ。夢、みたいなものを見付けてな」

「ふむ」

「今度は、世界の命運とか、神殺しとか、エルとか――昔の事は一旦置いて、コイツと一緒に世界を巡りたい、って」

テーブルの上にエルメンヒルデを縦に置き、転がす。

頭の中に抗議の声が響き、苦笑してメダルを手の平に乗せると、親指で弾いた。静かな室内に、キン、と乾いた音が響く。

「救世主とか、英雄とか関係無く。しばらくは生きてみようかなあ、と」

「それで、そんなに気が抜けているのか?」

「……言うほど抜けているか?」

「それはもう。一年前のお前は、もう少し他人の機微には聡かった」

フェイロナの言葉が終わると同時に、ムルルが彼の足を軽く蹴った。

「レンジは前から鈍かった」

「そうかもしれませんね」

「フランシェスカまで……」

本当、俺ってみんなからどう思われていたのだろう。

それなりに人の気配や機微には敏感だったつもりなのだけど。

「昼間も思いましたが、随分とゆっくりとされているのですね」

「ゆっくり……まあ、そうだな」

窓の外へ視線を向ける。

もう既に夜の帳は降り、魔力灯の淡い光が暗闇を照らす時間帯。

結局、フランシェスカ達と街へ繰り出す事はせず、半日はごろごろと宿屋の一室で過ごしてしまった。

年頃の女性とそれはどうかと思うが、まあ気心が知れた相手というか。気兼ねするのも失礼かと思い、以前のようにしてしまったというか……。

まあ、フランシェスカやムルルが特に気にしていなかったので、良しとしておく事にする。

……自分に甘いと言わないでほしい。

「以前一緒に旅をしていた頃は、もう少し……どこか、張り詰めていたような気がしていました」

『レンジがか?』

「はい。気が抜けたふりをして、けど、周りをよく気にされていたと……」

「買い被り過ぎだ。俺はどこにでも居るような、しがないただのおっさんだ」

椅子の背凭れに体重を預ける。

そういう買い被りが結構な重荷だったのだ。だから、俺はいつもだらしない生活をしていた。

……けど、フランシェスカからそう言われると、なんだかうれしいと思ってしまう自分も居た。コホン、と咳払いをする。

「こっちが本当の俺だよ――何度も言っただろう? 戦うのも、痛いのも、怖いって」

かかと笑うと、フランシェスカも声に出して笑った。

何度も言っていた。戦うのも、痛いのも、死ぬのも怖いって。

それが本当なのだ。

「知ってる」

ムルルが同意してくれる。

以前はそんな弱気を口にしようものなら説教をしていたエルメンヒルデも、何も言ってこない。

「レンジは弱虫」

「……そこまで言わなくていい」

憮然とした声で返事をすると、ムルルが楽しそうに声を上げて笑った。

前はこんなにも喜怒哀楽を顔に出すような奴だっただろうか? そう思うが、首を横に振る。

「お前は、よく笑うようになったな」

「そう?」

「おう。やっぱり、子供は笑っている顔がいちば――」

最後まで言うよりも早く、ベッドの上にあった枕を投げつけられた。

右手でそれを受け止め、投げ返す。

「埃が立つぞ」

「ばか」

ああ、なるほど、と。

やっぱり、子供扱いされるのは今でも嫌なのか。

それが可笑しくて笑うと、また枕を投げつけられる。それを再度受け止めて、今度はテーブルの上に置く。

「皆、成長するんだな」

『何をいきなり、おっさん臭い事を……』

「……あれだな。自分で言うのはいいけど、人からおっさんっていわれると結構傷付くな」

『面倒臭い性格だな、相変わらず』

相変わらず言うな。手に持っていたメダルをテーブルの上で転がし、フランシェスカに渡す。

頭の中に響いた抗議の声は、聞こえなかったフリをする。

「もう。あんまりムルルちゃんを子供扱いしたら、かわいそうですよ?」

エルメンヒルデを大事そうに両手で受け止めたフランシェスカが、明るい声で言った。

怒っている風ではないし、どちらかというと楽しんでいるようにも感じられる声音だ。

「すまんすまん。久しぶりに会うと、どうしても 揶揄(からか) いたくなってな」

「どういう性格だ――だが、必要以上に子供扱いするのはレンジの悪い癖だな」

「……子供……」

あれだけ大きく動いていた尻尾がぴたりと止まる。ベッドの縁から力無く垂れ、ちょっと可愛い。

揶揄い過ぎたか、とちょっと反省。まあ、ちょっとだけ、だ。

だらしないのが俺の本質であるように、揶揄い好きなのも俺の本質なのだ。

「冗談だ、気にするな」

軽く言って、テーブルの上にあった枕をムルルに投げ渡す。

「わふ」

しかし、俺が考える以上に落ち込んでいたのか。受け止めるでもなく頭に枕が当たると、そのままベッドへと倒れ込んでしまった。

枕なので痛くないだろうが、勘の鋭いムルルに枕が当たった事に少し驚いてしまう。

「大丈夫か?」

「……どこまでが冗談?」

倒れたまま、ムルルが言った。

視線をフランシェスカとフェイロナへ向けると、二人とも声は出さないけど楽しそうに笑っている。

昼間はあんなにつんけんしていたのに、今はちょっと弱々しい雰囲気。これも、思春期特有のものなのか――それとも、俺が想っている以上に、ムルルという女の子が俺に気を許してくれているのか。

「半分くらいだ」

「……よくわからない」

「ムルルはもう子供じゃない、って事だ」

コロコロと、 メダル(エルメンヒルデ) がテーブルの上を転がりながら戻ってくる。

抗議の声は上がらない。

エルメンヒルデも、まさかフランシェスカから転がされるとは思っていなかったのだろう。声が上がらないのはショックを受けているからか。

「アヤより?」

「うん?」

「レンジはいつも、アヤを子供扱いしていたから」

「変な事を気にするのな、お前」

まあ、でも。

「子供扱い、って逃げ口上はもう使えないだろうなあ」

「答えになってない」

答えていないのだから、しょうがない。

阿弥――あの子との関係も、これからどうなるのか。

学院を卒業したら、もう一人前の社会人だ。社会人の女の子――女性を子供扱いなんてできるはずがない。

宇多野さん。阿弥。

二人の顔を思い浮かべて、テーブルへ頬杖をつく。

「阿弥の事は、これから魔術都市へ行って、会ってからだな」

「……ヘタレ」

「言葉の意味が分かって言ってるのか?」

まったく、と。

まだベッドに倒れたままのムルルに苦笑する。

「お前も随分、だらしなくなったなあ」

「…………」

「まるで、以前のレンジのよう……か?」

ベッドに倒れたまま器用に身体を動かし、ムルルがフェイロナを叩いた。

痛くないように手加減していたので、叩かれたフェイロナも驚いたようだが痛みの声は上がらない。

「むう」

うつ伏せになり、くぐもった声が漏れる。

尻尾は――また、激しく動いていた。からかわれたのが嬉しかったのかもしれない。

しばらくすると、その尻尾の動きも弱々しくなっていく。

そして、うつ伏せになったムルルの方から聞こえる、規則正しい吐息の音。

「なんだ、寝てないのか?」

「緊張していたのだろう」

もう、ムルルは反応しない。

聞こえる吐息から分かるように、寝入ってしまったようだ。

こんなにも無防備に眠る姿を見せる――寝る瞬間を見せるムルルも珍しい。

それだけ俺達に気を許してくれているという事だ。その信頼が嬉しくて、胸の奥が温かくなる。

「それじゃあ、俺も城の方に戻るか」

頭を掻きながら、席を立つ。

最後に、寝入ったムルルの髪を優しく撫でてあげた。狼を連想させる大きな耳がピクピクと動いて、うつ伏せだった顔が横を向く。

見えた寝顔は無防備で、あどけない――やっぱり、子供のような寝顔だった。

「ここへ泊まってもいいぞ? そっちのほうが、ムルルも喜ぶ」

「魅力的なお誘いだが、戻らないとおっかない人が居るんでね」

『その辺りは、一字一句ユーコの方へ伝えておこう』

「やめて」

間髪入れずに返事をすると、フランシェスカが笑った。

「それじゃあ、また明日な」

そのまま部屋を出ようとして、立ち止まる。もう一度、部屋の中へ視線を向けた。

「また。よろしくな、フランシェスカ、フェイロナ」

「はい」

「ああ」

その一言で良かった。

少し、関係は変わってしまったのかもしれない。

ムルルの反応や、フランシェスカやフェイロナとの距離感。

けれど――それでも、やっぱり仲間との再会は嬉しい。

一年前はそんな事を感じる余裕も無かったように思う。

少なくとも……宿を出て、夜の城下町を歩きながら、自分でも分かるほど口元を緩めてしまうほどの嬉しさは感じなかった。

『嬉しそうだな』

「ああ」

なにより。

こんなにも素直に、頷けなかったと思う。