軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編 一年後の再会に3

静か……とは程遠い、この賑やかな食堂というのも久しぶりである。

王都の城下町。そこにある宿屋の一階。

フランシェスカ達は部屋に荷物を置いてから合流し、今は少し遅めの昼食を取っている最中。

周囲には昼間っから酒を飲んでいる暇人冒険者や、羽振りの良い貴族風の男女が多く見える。

「――ムルル。お前、ナイフとフォークが使えるのか?」

「…………」

「――――おぅっ」

テーブルの下で思いっきり蹴られて呻く。そんな俺の肩を、隣に座ったフランシェスカが心配そうに肩に手を乗せてくれた。

『相変わらず、馬鹿な事ばかりを言ってすまないな、ムルル』

「レンジが変な事を言うのは、いつもの事」

「……」

昔は手掴みで料理を食べる時もあったのに、久しぶりに会ったらナイフやフォークを器用に使っているのだ。そりゃあ、驚くなというのが難しいじゃないか。

その言葉を飲み込み、フランシェスカの方へ「どうしてだ?」といった風の視線を向ける。

「魔術都市で一緒に活動している時に、教えてほしいと頼まれまして……」

「フラン、ぃ、言わなくていいっ」

「そう? レンジ様、こういう事は言わないと分からないよ?」

「……そこはかとなく馬鹿にされているような気がする」

「気のせいだ」

フェイロナが端的に呟いた。……ちょっと冷たい。

そのフェイロナは、こちらは見事にナイフとフォークを使って食事を摂っている。こうやって比べると、ムルルの方はまだ少しぎこちないように見えた。

「どういう心境の変化だ?」

「偶々」

「そうか。まあ、イムネジア大陸の方で活動するなら、一通りのマナーってのは身に着けていた方が良いよな」

偉い偉い、と。

手を伸ばしてその柔らかな髪を梳くように撫でてやると、少し険しかった表情が綻び、俺の知るムルルらしいのんびりとした表情へと変わる。

こういう所は、昔から全然変わっていないようだ。

「あんまり、子供扱いしないで」

「そりゃあ失礼」

笑って、手を退ける。

それでも、この世界に召喚されたばかりの頃の阿弥や宗一と同じくらいの年頃なのだ。妹とか、娘とか。そういう風に思ってしまう。

あれだ。つんけんした態度も可愛いとか、愛嬌を感じるとか、そんな感じだ。

『まったく。レンジは 淑女(レディ) の扱いがまるでなっていない。だから結婚できないのだ』

「誰がレディだ、誰が。後、結婚は関係ねえ……」

またそれか、と。

疲れたように呟くと、フランシェスカとムルルが俺を変なモノでも見るような目で見ていた。

「……なに?」

「レンジ様、御結婚なさるのですか?」

ああ、そこね。

「まだしない」

即答すると、何故かフェイロナが溜息を吐いた。

視線を向けると、気付いているだろうに気付かないフリをして食事を再開する。

「あれだ……こう、うん。エルメンヒルデが最近、結婚やら何やらと、変な事を言い出してな」

『変な事とはなんだ。私はレンジの将来を心配してだな――』

「こんな風に、田舎の母親みたいな事を言い出したんだ」

「お父さんみたい」

『…………』

流石にムルルから言われたのは堪えたのか、エルメンヒルデが黙ってしまう。

グラアニアの親バカっぷりはコイツも知っているので、同じと言われたのがショックだったのだろう。

「お父さんは、相手はちゃんと選べってうるさい」

「そうなのですか?」

「実家の方で、友達と遊んでいたらよく言われていた」

「へえ」

ムルルの言葉に、フランシェスカが意外だと言いたそうに相槌を打っている。

グラアニアの性格なら、それくらい言いそうだ。なにせ、俺はロリコンだからと自分の名前を伏せて、ムルルにも素性を明かさないように徹底させていたくらいだ。

しかも、いまだに俺をロリコンだと思っている節がある。俺だって胸が大きい、綺麗なお姉さんの方が好きだっての。

まあ、別に胸が小さくても、年下でも、別にいいけど。

結局、好みなんてのは『好きになった相手』が基準になるもんだと俺は思っている。なので……まあ、今度会ったらグラアニアを一発ぶん殴ろうと思う。多分、避けられるけど。

「ムルルには、結婚なんてまだまだ先の話だろ」

「……なんで?」

「だって、まだ……今年で何歳だっけ?」

テーブルで隠れていない、ムルルの上半身を見る。この一年で柔らかな肉が付き、女の子らしい肉付きになった少女。胸もちょっとだけど膨らんでいるし、今は 外套(クローク) を外しているので剥き出しの白い肩がなんとも色っぽい。

とまあ、女の子らしくはなったけど……だからと言って、性的な魅力を感じるほどではない。

やっぱり俺としては、女の子というよりも、妹とか娘とか、そういう感じがしっくりくるのだ。

……そう考えていると、またテーブルの下で足を蹴られた。

「ぉぅ……」

「なんだか、こう。蹴りたくなった」

「む、ムルルちゃん」

フランシェスカがムルルを嗜める声を聞きながら、テーブルの下で蹴られたところを手で摩る。

「そういう話は、フランシェスカくらい大きくなってからだな……」

その言葉と同時に、何を思ったのかフランシェスカは大きく育った胸を両手で掻き抱くようにして隠した。その頬には、見間違え用の無いほどの赤みが差している。

『レンジ。昼間から何を言っているんだ?』

「バカ。違うから……結婚なんてのは、二十歳くらいになってから考えればいいんだよって事だ」

「ぁ、そ、そうですか?」

一体何の話と勘違いしたのか。

そんなにフランシェスカの胸を凝視した覚えはないが……まあ、確かに一年前も大きかったが、あれから更に大きくなっているのだ。

俺も、無意識に視線が向いてしまったのかもしれない。――しょうがないではないか。俺だって男だ。

しかし……あれだな。大きい。

腕で隠した事で逆に強調されている。ブラウスを大きく盛り上げる胸はとても柔らかいようで、細腕に抑えられて形を変え、ちょっとはみだしている。

……うーむ。

「あの、あまり見られると……」

「あ、すまん」

軽く謝って視線を逸らす。こういう時は、変に意識する方が恥ずかしいのだ。

そもそも、フランシェスカは旅の中まであって、別に女性として意識した事は……多分無かったと思う。

なので、こういうセクハラ紛いの事をしても、あんまり興奮しない。女性からすると物凄く失礼な事を考えながら、気のコップに注がれていた水を飲む。

『ヘンタイ』

「違う」

『後で、ユーコに報告しておくからな』

「やめてくれ」

埋められるどころか、下手をしたら亡き者にされてしまう。あの人は、胸の話題になると人一倍敏感なのだ。

こう、これから先大きくなる事が絶望的とか、そう言う意味で。

「本当に、一年前と変わらないな」

「……前からこんなにバカな事を言っていたか?」

こう。初対面というか、フェイロナ達の前では真面目な冒険者をしていたと思ったのだが。

フェイロナはそう言うと、食事を終えてナイフとフォークを皿の上に置き、丁寧に口元をナプキンで拭う。そういう仕草すら様になる――というか、食堂内で一部の女性達がこっちを見ていた。

こっちというか、食べ終えたフェイロナを。相変わらず、罪作りなエルフである。

「バカな事と言うよりも、場を明るくしようといつもしていたな」

「そうだったかな」

覚えていないな、と。肩を竦めるとフェイロナだけでなくフランシェスカとムルルも柔らかく口元を緩めて笑ってくれる。

やっぱり、先程再会した時はどこかまだ硬さがあった。

一年という時間は、いくら見知った相手とはいえ距離を作るというか、壁を生んでしまうものらしい。

なので馬鹿な事を言ってみたが、どうやらそれなりに効果があったようだ。

『レンジは何時も変な事を言っているからな……紛らわしい』

「投げ捨てるぞ、この野郎」

まあ、そんなやりとりもいつもの事である。

金のメダルをテーブルの上に出し、転がして遊ぶと『やめろっ』と怒られた。怒られても止めないが。

「魔術都市の方はどうだ。そろそろ、宗一たちも卒業だろ」

「皆様、お変わりないですよ。偶に、学院の実技試験で呼ばれる時がありましたけど、アヤさんもソウイチさんもお元気でした」

「そうか」

実技試験……懐かしい。

「そういえば。フランシェスカと初めて会ったのも、その実技試験だったな」

「――そうですね。覚えていて下さったのですか?」

「そりゃあ、冒険者の実績も無いのに『魔物退治を手伝ってくれ』って泣き付かれたのは初めてだったからな」

「ぅ、そ、そこはあまり覚えていなくて……いいです」

ゴブリンに囲まれて、半べそになりながらそれでも生き残った。

それが、俺とフランシェスカの出会い。

なんとも懐かしい――あの頃は、あの少女が冒険者として活動するだなどと思いもしなかった。魔術師の学校を卒業して、学者化家を継ぐのだろうとしか思っていなかった。

意地悪く笑うと、フランシェスカは思い出して恥ずかしいのか、耳まで赤くして俯いてしまった。

「あまりフランを苛めたらダメ」

「苛めてないさ。昔を思い出しただけだ」

笑って、木のコップを傾ける。中身の水を飲み干して、テーブルの上へ置く。

「ムルルだって。初めて会った時の事は思い出せるぞ?」

「…………そう?」

「眠そうな顔をして、腹を空かせて、『王都に連れていけ』っていきなり言い出し――痛いっ」

今度は強めに足を蹴られ、声に出してしまう。

『今のはレンジが悪い』

「いや、初めて会った時の感想を……」

また蹴られそうになり、テーブルの下でムルルの蹴りから慌てて足を逃がす。

「だーっ。少しはテーブルマナーを覚えたかと思ったら、今度は足癖が悪くなったな」

「レンジが失礼な事を言うから」

まあ、そうなのだが。こう、なんだ。からかうと面白いな、コイツ。

こんな反応をされると、何時までもからかいたくなるのは俺の悪い癖だろう。

「……そっちも変わらないな」

「ああ。森の中では知る事が出来なかった――賑やかよ、毎日が」

俺の言葉に、フェイロナが返事をする。

嬉しそうに、静かな声で。宿屋の喧騒の中でも、その声は不思議と掻き消される事無くしっかりと耳に届いた。

精霊の魔術か、それとも――精霊がその言葉を大事に運んでくれたのか。

「それで、依頼はレンジを魔術都市まで護衛、だったか?」

「ああ。今から行くと卒業式には間に合わないが、顔は見ておきたいからな」

それが、フェイロナ達が王都へ来た理由――俺を、魔術都市まで護衛してもらう事。

世界を救った英雄が護衛を頼むというのも情けない話だが、しょうがない。それに、気心の知れた――一年前、アーベンエルム大陸まで一緒に旅をした仲間なら、道中も楽しいと思ったからだ。

魔術都市へ行くだけなら、宇多野さんに頼んで瞬間移動をしてもらえばいいだけの話だし。

それでは情緒も風情もあったものではない。

「取り敢えず、明日から頼めるか? それとも、少し王都を見て回るか?」

『どちらでもいいぞ。急ぎではない――アレなら、明日一日、フランシェスカとムルルにレンジを貸しても良い』

「……俺は物か」

その言葉に、力無く肩を落とす。

まあ、俺が言える義理でもないけれど。エルメンヒルデに、偶に投げ捨てるぞとか、冗談でも口にしているのだし。

「ええ、っと。それでは――」

そのエルメンヒルデの言葉に、フランシェスカは――。