軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編 一年後の再会に5

うーむ、と。

顎に手を添えて呟くと、俺の前に立って若干うつむき加減の阿弥が、その細い肩をビクリと震わせた。

場所は魔術都市の酒場。

フランシェスカ達と再会して数日後、魔術都市へ移動して阿弥と宗一、そして弥生ちゃんと再会したのだが……。

「いや、悪かった。卒業式に間に合わなくて……」

「別にいいです」

阿弥の言葉は、何というか、凄く素っ気ない。

拗ねているのだろう。僅かに見える口元は、尖っているようにも見える。

テーブルを挟んで正面に座っている阿弥の両隣には、天城兄妹の姿。そのどちらも、早くどうにかしてよ、という視線を俺に向けている。

目は口程に物を言うとは、言い得て妙だ。

「はあ」

周囲の雑踏が煩い。

隣のテーブルに座っているフランシェスカ達は、俺がどう言うのか楽しみにしているようで、助け舟を出してくれる気配が無い。

それは宗一達も同じだ。

まったく、と。そんなに楽しみな見世物かねえ、と。

まあ、そりゃあ娯楽の少ないこの世界だ。人の色恋――とはまた少し違うだろうが、こういう男女の面倒事は良い酒の肴なのだろう。

学院を卒業したとはいえまだ未成年……二十歳になっていない宗一と阿弥、弥生ちゃん。それとムルルにはジュースだが、フランシェスカとフェイロナはどの弱い酒を頼んで俺と阿弥の成り行きを見守っている。

本当、成長したもんだ。

気立てが良くて、周囲に気を配っていたフランシェスカが、今は俺と阿弥の事の成り行きを楽しみながら酒を飲んでいるのである。

貴族という事で飲む機会が多かったのかもしれないが、どうやらフランシェスカは結構酒が強いようだ。

再会した日も、少し酒を飲んでいたが全然余裕そうだった。

「蓮司さん?」

「はい」

そう考えていると、阿弥から名前を呼ばれる。声が低いのは……気のせいではないだろう。

頭の中からフランシェスカ関係の事を追いやり、阿弥に集中する事にする。

はい。女の子の相手をしている時に、別の女性を想像するのはマナー違反ですね。

……エスパーか、とツッコミたい。

「もう。折角、余裕がある日程で手紙を出したのに」

「申し訳無い……」

そう。阿弥達から卒業式の日程――というか、見に来てくれるようにという手紙は貰っていたのだ。

だから、丁度良いからとフランシェスカ達を呼んで一緒に旅をしようと思ったのだが……言い訳をさせてもらうと、手紙が届いたのが遅かった。

手紙を運ぶのは街から街、村から村を行き来する馬車なのだが、どうにも途中で魔物に足止めされたらしく、届いた時には日程に余裕が無かったのだ。

けど、それを言い訳にするのはどうかと思い、頭を下げる事にする。

しょうがない。子供の晴れ舞台に間に合わないなら、どんな理由があろうと大人が悪い。

だったら宇多野さんの転移魔術で移動すればよかったのに、と言われるのだが。転移魔術の、あの地に足が付かない感覚というのが苦手なのだ。あと、転移した先がちゃんとした空間なのか分からない、目に見えないというのも。

宇多野さんを信用していないわけではないが、そればっかりはいまだにどうしようもない。多分、これから先も苦手なままだと思う。

命の危険が無いなら使いたくない、と思ってしまう程度には。

「え、っと。あれだ。機嫌を直してくれ、阿弥」

「…………」

その顔が横を向く。可愛らしく唇が尖っているので怖いとは思わないが、けど笑うと余計に臍を曲げてしまいそうなので我慢する。

なんとも子供っぽい仕草――一年前まではもっと落ち着いていたというか、自分を我慢していたというか。

無理して大人らしく振舞おうとしていたような印象だったけど、この一年で何か思う所があったのだろうか。

その原因であろう阿弥の幼馴染、宗一を見ると困ったように苦笑いを浮かべている。

「卒業して、時間があるだろう? 何でも言う事を聞くからさ」

「――なんでも、ですか?」

「おう。あまり金が掛かるのは勘弁してほしいけど、それ以外だったら……」

弥生ちゃんが小声で「情けなっ」といったが、小声なので聞こえなかったことにする。

いや、金には余裕がある。以前のように田舎に引き籠って目立たないように薬草摘みの依頼ばかりをこなしていた頃とは違い、王城で魔物討伐の依頼を回されて宇多野さんや九季と一緒に討伐しては相応の報酬を貰っていたのだ。

王城に住んでいれば衣食住には困らず、時折貰う魔物討伐の報酬は使う予定が無いので溜まっていくばかり。

やはり俺も男なので色々と溜まるものもあるのだが、九季と一緒にイカガワシイ店を利用しようとすると何故か宇多野さんに気付かれて二人して怒られた。九季の婚約者であるイムネジア王の娘、アマルダ姫にまで笑顔で怒られた時は生きた心地がしなかった。

女性の笑顔ほど恐ろしいモノは無い。……知っていたつもりだが、再確認したのはいい思い出である。まあ、懲りずにそれでも利用したのだが。娼館は男の夢なのである。

そういう時に限って、何故か幸太郎が遊びに来ていたりもしたが。アイツ、口ではどう言っても、ムッツリだからなあ。

「っと。違う。そうじゃない」

「?」

頭の中に浮かんだ、男同士の楽しい思い出を忘れるために首を振り、しばらくして阿弥を見る。

「金もある程度溜めているから。明日、卒業祝いにパーッとやらないか?」

「ぅ」

尖っていた唇が元に戻り、今度は嬉しさをにじませた表情――その頬に、僅かな赤みが差す。

お金で吊るというのがなんだか情けないが、ずっと拗ねているよりもいいだろう。まあ、その拗ねた顔も可愛かったのだが。

その事を伝えたらどういう顔をしただろうか。ふと気になったが、この場で聞くのも野暮だろう。

今度、二人っきりになったら行ってみよう、とは思うが。

「しょ、しょうがないですね……」

「ふう」

折れてくれれた阿弥の言葉に、息を吐く。

そんなに怖くないとはいえ、やっぱり女の子に拗ねられるというのは、気分的に良いものではない。

「取り敢えず、腹ごしらえをしよう。ここも、俺が奢るよ」

「いいんですか?」

「ふふん。言っただろう? 金は結構溜めているんだ」

まあ、使い道が無かっただけだが。

それをどう勘違いしたのか、阿弥だけでなく宗一達も嬉しそうにテーブルに備えられていたメニューを嬉々とした表情で開く。

「あんまり高いのじゃないなら、フランシェスカ達も好きなのを頼んでいいぞ」

「いいんですか?」

「そっちだけを奢らないっていうのも、なんだか情けないしな。再会祝い、ってやつだ」

「すみません」

「すまないな」

フランシェスカとフェイロナの言葉を聞きながら、隣のテーブルではムルルがメニューを開く。

「奢るが、あんまり高いのは勘弁してくれ」

「わかってる」

本当に分かっているのかな、と。

目を輝かせながらメニューを独り占めしているムルルに、呆れた視線を向ける。文句を言わずに待っているフランシェスカとフェイロナが、なんだか大人に思えた。

そんなムルルの手の中には、阿弥との会話を邪魔したくないというエルメンヒルデが握られている。

まあ、邪魔をしないも何も、この距離ならアイツの『声』は届くのだが。

どうやらアイツのツッコミは、俺が手元に置いているとどうしても我慢できないものらしい。こうやって別の人が離れた場所で持っていれば、ある程度我慢できるのだとか。

よく分からない理屈がだ、今度からツッコミを勘弁してほしい時は別の人に預けるようにしようと思う。

「それにしても……」

久しぶりに再会した宗一と阿弥を見る。

この一年。まったくあっていないという訳ではないけど、久しぶりの再会。

なんというか……うん。

「全然変わらないな、お前ら」

「―――ー」

変わらないというのは、良い事だと思う。阿弥らしい、宗一らしい。魔術都市を卒業しても、俺が知ったままの二人で居るという事は、俺としては嬉しい事だった。

けど、何を思ったのだろうか。

今度は阿弥だけじゃなく、宗一まで唇を尖らせてしまった。

隊がまったく無かったわけじゃないけど――コウもあからさまな態度を取られると、こっちは面白くて笑ってしまう。

「宗一。お前、ぜんぜん身長が伸びてないじゃないか」

「良いんです、蓮司お兄さん。お兄ちゃんは身長が伸びない方が、可愛いんですから」

「弥生。何度も言うけど、可愛いって言われて喜ぶ男は居ないからね」

宗一が疲れたように呟く。

その弥生ちゃん。一年前よりも、色々と、女の子らしい所はちゃんと発育している。というか、阿弥より一つ下とは思えない。一つ上どころか、お姉さんのようにも……。

「蓮司さん。何が言いたいんですか?」

阿弥が、メニューで胸元を隠しながら言った。

「いや、そういう分かり易い反応は、やっぱり阿弥らしいなあって」

「――――むぅ」

身体的特徴を 揶揄(からか) うのは良くないのだと分かっているけど、こういう反応をされるとどうしても揶揄ってしまう。

学院を卒業するという事は、世間からは一人前の大人として認められるという事だ。

弥生ちゃんも来年卒業。

そうなれば、後は結衣ちゃん……けど彼女は学院に通っていない。今も、ナイトやアナスタシア、ファフニィルと一緒に気ままな生活を続けているはずだ。

そういう意味では、子供達の中で彼女が一番自立している、と言えるのかもしれない。

そして、これから自立した生活を送る事になる二人。

きっと、これから変わっていく事だろう。大人になるという事は、子供のままではいられないという事なのだから。

「お前はそのままが良いよ、阿弥」

無意識に、そう口にした。

阿弥が、驚いた顔で俺を見る。

一瞬後、顔を赤くして俯いた。メニューで胸元を隠したままなので注文を取る事が出来ないのだが、それもまた愛嬌か。

「あれ?」

そんな反応をする阿弥を、宗一が不思議そうに見た。

「蓮司兄ちゃん、胸が小さ――」

最後まで言い切るよりも早く、宗一がテーブルに突っ伏す。

一瞬前に聞こえた高い音は、そのテーブルの下から。多分、阿弥から足を踏まれたのだろう。音からして、かなりの力で踏まれたはずだ。

宗一はテーブルに突っ伏したまま悶え、そんな兄が大好きな弥生ちゃんでさえ、苦笑したまま助けるそぶりは見せていない。

まあ、しょうがないと言えばしょうがない。口は禍の元。コイツは、一年経っても全然成長していない。

「バカ。死ね」

小声で――俺にも聞こえているけど――宗一を罵倒する阿弥。

その視線は、物凄く冷ややかだ。殺気すら感じそうである。

「はい、弥生。私、もう注文は決めたから」

「ぁ、うん。兄さんは……」

「宗一は水でいいんじゃない? 水ばっかり……十人分くらい飲めば、お腹も膨れるでしょ」

阿弥の剣幕に弥生ちゃんが押されるというのも珍しい光景だ。

それだけ、まだ胸の事を気にしているのか。俺は――大きくても小さくても、まあ大きい方が好きと言えば好きだけど、別に小さくても好きである。

結局、そう言う身体的特徴なんて、好きになった人が大きかったり小さかったりすれば、そっちを好きになるものだ。

流石に昼間っからそういう事を口走るのもどうかと思い、ただ頬を赤くしている阿弥を眺めてその反応を楽しむ。

俺に見られている事に気付き、反応を示すと格好悪いとでも思っているのだろう。阿弥は、頬の赤みを強くしながら、しかし平然を装って気にしないようにしている。

その反応がまた面白いのだが、阿弥本人は気付いていない。

頭が良い、回転が速い阿弥だけど、こういう所は年相応の女の子である。

「あ、そ――えと、蓮司さん?」

「ん?」

食べるものを決め、注文する。

しかし、ムルルは二人前、フランシェスカもそれなりにボリュームのある物を注文していた。

冒険者家業をしていれば、食べられる時に食べるというのは鉄則だが、それにしても結構な量だ。それが、腹ではなく胸に行っている辺り、なんというか……凄い。

「その、さっきの事、ですけど」

「さっき?」

『レンジが、何でも言う事を聞く、と言った事だな』

「うん」

突然、頭の中に声が響く。

……会話の邪魔をしたくないと言いながら、ちゃっかり会話を聞いている辺りに、色々と突っ込みたくなる。

「一年、でいいんです」

そんな俺の考えに気付く事無く、阿弥が口を開く。

「その。一緒に、旅をしませんか?」

「いいけど……なんで一年なんだ?」

「優子さんのお手伝いを、したいんです。けど――」

見上げてくる。上目遣いに、頬を染めた阿弥が。

なんというか……娘と言うほどでもないけど、それなりに年の離れた美少女の上目遣いというのは、なんとも心にグッとくる。

「蓮司さんとも、一緒に居たいから……」

阿弥が俯く。恥ずかしかったのだろう、耳まで真っ赤だ。

そんな阿弥から視線を逸らして弥生ちゃんを見ると、ニヤニヤという擬音が聞こえそうな笑顔を浮かべていた。

……おばちゃんみたいだな、と思った。

「お兄さん?」

「はい。何でもないです」

どうして女性というのは勘が鋭いのだろう。

そして、まだテーブルに突っ伏している宗一へ視線を向ける。

宗一も学院を卒業したのだから、と思って聞く。

「お前も来るか、宗一?」

「やだよ。馬に蹴られたくないもん」

また、テーブルの下から音が聞こえた……気にしない事にする。

隣のテーブルに居るフランシェスカ達は、宗一を気の毒な子を見るような目で見ているような気がした。少なくとも、救国の勇者を見る目ではないと思う。

馬に吐けられなかったが、幼馴染に吐けられたな、と内心で呟く。自分でも上手い事を言ったような気がする。

蹴られたか踏まれたか、実際には見えていないけど。

「いいよ。こっちとしても、阿弥が居ると賑やかでいいし」

軽く答える。

もう子供扱いをする理由も無い。一人前の冒険者。大人の一人として扱うだけだ。

「本当ですか?」

「ああ。阿弥が一緒なら……そうだな、エルフレイム大陸を経由して、またアーベンエルム大陸まで渡るか」

港町に向かえば工藤燐と江野宮雄一郎が。エルフレイム大陸には結衣ちゃんにアナスタシア達が。

そして――アーベンエルム大陸には、ソルネアが居る。

逢う方法は分からないけど、行けば会える……そんな気がした。

皆と、仲間と。その再会を考えるだけで、胸の奥が温かくなる。

「フランシェスカ達はどうだ? 報酬は弾むが」

「私は大丈夫です。フェイロナさんは……」

「私も異論はない。報酬をきっちり払ってもらえるならな」

ムルルは、料理の事を考えて上の空――ではなく、ちゃんと俺の方を見て頷いてくれる。

俺も、頷き返した。

「それじゃあ、そういう事で」

一年前と同じ。

フランシェスカとフェイロナ、ムルル。そして阿弥。

この五人での旅。

それを意図した言葉だったのかもしれない。阿弥は、華やかな笑みを浮かべて、「やった」と呟いた。

……そういえば、今度旅に出る時は宇多野さんが誘えと言っていたなあ、と。

その事を思い出したのは、その日の夜だった。

まあ。あの人なら、気付いたら追いかけてくるだろう。転移魔術もあるし。

そう軽く考える事にした。

深く考えると、心臓に悪い。というか、約束を違えるというのが……もう死亡フラグでしかない。

なので、その日の夜に手紙を書き、次の日の朝、王都まで早馬で送ってもらった。