軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その6 遊び

昭和◯◯年◯月◯日

友だちと遊ぶ。

昭和は娯楽がなかったから、ガキの遊びはアナログかつ古典的なもの。

野球などは道具が高かったので、あまり流行らず。

グローブとかバットぐらいは持っているのだが、誰もやろうとしなかったね。

本当にキャッチボールぐらい。

そんなわけで、道具を使わず、素手でできるものが流行った。

かくれんぼ→いわゆる普通のかくれんぼ。

たかおに→要は鬼ごっこ。高い所に逃げたらセーフ。

いろおに→これも鬼ごっこ。鬼が指定した色に触ったらセーフ。

馬跳び→いわゆる普通の馬跳び。めちゃけが人が出るから危ない。

十字架→地面に十字架を書いて、陣地をグルグル回る。確か、こち亀にも出てた。

釘刺し→地面に釘を刺して線を書いて、相手を囲む。

ケンケンパ→コレも有名だと思う。

グリコ→グリコ、パイナップル、チョコレイトで進む。これも全国区じゃなかろうか。

軍艦沈没ハワイ→軍艦朝鮮ハワイパターンもあり。

エチケチパー→どういう遊びだったか、思い出せず。じゃんけんの亜種?

グリンチョリンパリン→じゃんの亜種。

コックリさん&エンジェルさん→稀に、突然おかしくなるやつがいて、狐憑きとか言われてたが、精神的なものだろうと思う。

あとは、花火各種。

おもちゃの鉄砲で鳴らす、平玉火薬&グルグルとつながってる火薬。

あとで、リングでつながっているキャップ火薬が出た。

爆竹、かんしゃく玉も定番。

平玉火薬をロケットのおもちゃに詰めて投げるものもあった――呼び名はそのままロケット。

ロケット花火で打ち合いをしたり、爆竹を投げ合ったり、マジで危ない。

学校で禁止されているのだが、もちろん聞くはずがない。

帰りの会やらで、チクられて吊し上げ食らっても止めない。

花火をバラして集合火薬作ったり、ガキは怖いもの知らずだから、大人が怒るのも当たり前田のクラッカー。

大人になって思い返すと、冷や汗ものの経験がたくさんある。

手の中で爆竹が爆発したりな。

改造花火なら、指が吹き飛んだりすることもあるだろうし。

本当かどうかは解らないが、花火事故の話はたくさん聞いていた。

だが、止めない。

そういうものは、だいたいテキヤがやっていた駄菓子屋で買っていた。

店主は、片脚のない、ジョン・シルバーみたいなオッサン。

普段は店をやっているのだが、なにか行事や祭りがあると店のものをトラックに積んで、屋台を開く。

当時は、そういう店がたくさんあって、祭りでテキヤがズラリと並んだものだが、今は全部消えた。

まぁ、だってガキがいないからな。

主にガキ相手の商売なんだから、客がいなくなれば、商売として成り立たなくなる。

爺婆しかいないから、寂しいよね~。

そんな遊びをしていたが、冬になればなにもできない。

もっぱら外で、ミニスキーやソリ遊び。

カマクラ作ったり、やっぱりアナログで身体を使う遊びが主流だった。

そんなオラが村にもデジタル化の並がきた。

大流行したインベーダーゲームのせいだ。

最初は、PON(テニス?)のゲームがデパートの屋上にひっそりと置かれていたぐらいだったが、ドライブインなどに筐体が並び始めた。

萬屋や喫茶店の中に、ゲーム筐体が置かれて、流行とともに、携帯ゲームにもデジタルの並が押し寄せる。

ゲームをやるために、小遣い握りしめ自転車で数十キロ離れた場所まで向かう。

片道25km、往復で50kmぐらい走ったこともあった。

同級生は、さらに50km先の街まで行こうとして、峠を走っているときに通報されて、パトカーでお持ち帰りされた。

親からはめちゃ怒られたらしいが、仲間内では、ヒーローよな~。