作品タイトル不明
その5 長屋
昭和◯◯年◯月◯日
朝から雪だ。
家は、松材を鎧張りしただけの、簡素な長屋。
昭和の初期~中期は、これでデフォだったので、ウチがどうしようもなく貧乏だったわけでもない。
まぁ、貧乏だったが。
当然、断熱材なんて入っているわけもなく、板一枚の向こうは外。
アルミサッシもなく、すぐ割れるペラいガラスが入った木製の窓だけ。
冬になると、家中を目張りしても、隙間風が吹き込む家だった。
雨が降ると、雨漏りしまくるし。
それは最後まで直らんかったな~。
最初は家の中にトイレもなく、10mぐらい離れた場所にある掘っ立て小屋に便器があった。
いや、便器というか板。
当然ボットン――というか、地面に穴掘っただけ。
雨が降っても雪が降っても、トイレだけで外に出ないとだめ。
便所に行くために傘さすなんて経験した人おる? ――って感じ。
さすがにトイレは不便過ぎたんで、入ってすぐにトイレが増築されたが、生活排水は下水もなく地下浸透。
地下浸透って若い人はピンとこないかもしれないが、要は垂れ流し。
家の裏には、1年中ドブの池ができて、汚臭を放ち、雨が降れば溢れた。
トイレは改善されたが、下水はずっとそのまま。
地下浸透だったのはウチだけではなく、あちこちにこういうドブがあった。
たまに、自転車で突っ込んだり落ちたりするガキが出てな。
くっさいんだ。
そんなボロ長屋の家賃は2000円で、大家は、近所にある萬屋。
この店は、自民党の政調会長にもなった国会議員の親戚で、選挙のたびに投票を頼まれていた。
長屋に入った当時、巷の初任給は5万円ぐらいだったはずだから、今に換算すると、1万円ぐらいか。
それでも、10年暮らして値上がりし、最後は4000円ぐらいになってたと思うが、そのときの世間一般の初任給は約12万円。
10年で物価が2倍以上だよ。
まぁ、それでも家賃は安いと思うが、あんなボロ長屋に高い家賃だったら、誰も住まないだろう。
ウチらが出たあとに、長屋は解体されて、跡形もなくなっていた。
かつて、そんな長屋やらバラックがたくさんあったのだが、みんななくなって、人もいなくなり、村はスカスカになった。
村の各地区には、それぞれ萬屋があり、みんなそこで買い物をしていたのだが、ホムセンやスーパーがあるわけでもないので、車で買い出しに行くこともない。
そもそも、車持っていない家がたくさんあったし。
車を持ってない人が多かったので、みんなバスを利用していて、ダイヤも充実していた。
客で満席になるほど盛況だったバスも、つい最近、廃線となった。
まぁ、みんな車を持つようになって、ほとんど利用されていなかったし、ずっと赤字のようだったから、仕方ない。
今、車を持ってない年寄りは介護バスを使っている。
最初は、ワンマンバスではなく、車掌がいるタイプで、運賃先払い。
停留所でワイワイとチケットを先払いで買い込み、バスに乗り込むのだが、俺が小学校に通ってる間に、整理券式の後払いのワンマンバスになった。
街に出るには、そんなバスに乗って、険しい峠を越えて片道3時間以上。
下手をすると、街で1泊しないと帰ってこれない。
祖母の時代には、さらに峠は厳しく、木炭バスは坂道を登れず、乗客はみんな降りて後ろから押したそうな。
そうやって峠の頂上にたどり着いたときには日が暮れて、頂上にあった宿屋で一泊。
街に行くだけで、行きで2日、帰りで2日かかる大旅行だった。
本当の頂上には、小さいトンネルがあり、後年その下にちょっと長いトンネルが掘られ、さらに下につい最近まで使われていた長いトンネルがあった。
それも、「耐震性に担保ができない」という理由で閉鎖――その横にカーブトンネルが作られて、今に至る。
バスが廃止されて、バラックや長屋がなくなり、立派な家ばかりになったが、村は空き地ばかりのスカスカになった。
これから、もっとスカスカになっていくんだろう。
悲しいけど、これって現実なのよね。