作品タイトル不明
その18 インスタント
昭和◯◯年◯月◯日
学校で給食を食べる。
今日はソフト麺の日だ。
カレー、シチューなどともに、人気メニューだったソフト麺。
記憶に残っているのは、ラーメンだったのだが、蕎麦やウドンもあっただろうか?
あまり記憶にない。
ただ、あの鮮やかな黄色だけが、幼い頃の記憶にこびりついているのだ。
家でも、インスタントの袋麺を普通に食べていた。
友だちが、インスタント麺をそのままボリボリと食べていたのだが、真似をしたら親に怒られる。
理由が、「貧乏くさい真似をするな!」ってことだったのだが、貧乏は関係ないと思うんだがなぁ。
実際、ウチは貧乏だったやんけ(笑)。
まぁ、消化には悪いだろうな。
ガキどもがそういうことをやっているのが知れ渡ったのか、そのうちベビースターラーメンが発売されたし。
それはまさに、インスタント麺をボリボリと食べるお菓子そのもの。
令和になっても生き残っているので、みんな美味いから、ボリボリやっていたんだよな~。
インスタントの袋麺はいつも食べていたのだが、カップ麺は食べさせてもらえなかった。
当時のカップ麺はかなり高かったから、やむを得ないところもある。
昭和46年に、カップヌードルが発売されて当時の値段で100円。
その頃の初任給は4万円ぐらいだったから、今だと600~700円ぐらいの感じか。
そりゃ高い。
当初はまったく売れなかったが、浅間山荘事件で機動隊が食べていたのがTV中継されて、全国に知れ渡ったのは、先に書いたとおり。
そのうち北海道では、焼きそば弁当が発売されて、それは買ってもらえた。
なぜかは不明。
昭和50年に発売されて、当時の値段は170円。
昭和50年の初任給は8万ほどなので、今だと500円ぐらいか。
カップ麺の出始めの頃に比べたら、ちょっとは値段が下がった感覚があったかもしれない。
ピンク・レディーブームのときに、ヒット曲に相乗りする形で、やきそばUFOが発売されたが、それは買ってもらえず。
親曰く「不味いから駄目!」だったが、そんなに不味いなら、今でも残ってるはずがないので、なにがイケなかったのか……。
様々なライバルの出現にも、一番最初に浸透したものが強いの法則により、焼きそば弁当は北海道のソウルフードとして生き残りましたとさ。
それはそうと――お気づきになられましたか?
昭和46年で初任給が4万円。
昭和50年で初任給が8万円。
たった4年で初任給が倍(笑)。
ものすごい勢いで給料が増えてましたが、その分物価も鰻登り。
オカンがいつも、「働いても働いても、楽にならない」と、こぼしていた。
小学1年には戦後が残っていたのに、中学入る頃には、次から次へと新製品が発売されて、イケイケドンドン。
世界初! 世界最小! 世界最薄! そんな広告が踊っていた。
そんな昭和に比べたら、今のインフレは大したことはないのだが、なにせ給料が上がってない。
昭和も超インフレしていたが、その分給料もドンドン上がっていた。
今は物価は上がるけど、給料はそのまま。
しかも税金も上がる。
そりゃ、厳しいよな~。