軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

214話「イダァル平原の戦い_03」

「だあぁぁぁあ! クソ暑いぜ、こいつはよぉ!」

自陣に戻って来た『戦車』の中枢であるゾンダ・パウガの、ほとんど雄叫びめいた愚痴が響き、少なくない自軍の兵を驚かせた。

それに苦笑しながら、ヴォルト・クラウスは自陣を突っ切って『戦車』の元へ走った。『戦車』に搭乗していた獅子姫ラプス・クルーガと、その足元で弩に矢を番えていたシャマル族のコボルトが降りて来るのも見えた。

既に騎士団長に指示はしてある――というより、ランサム騎士団の動きが想定内だったので、想定通りに動くだけだ。

そしてもう、自軍は動き出している。

「ゾンダ殿! 無事か!? まだ動けるか!?」

今回の戦場における決戦兵器として開発された『戦車』は、ようするにゾンダを囲う鉄の箱を用意し、猛烈な勢いで敵陣に突っ込ませて轢殺するという代物だ。

これは砦の建設中に荷車で資材を運んでいた経験からの着想で、常軌を逸した重量の魔鉄筋を運んだゾンダならば『戦車』を押して敵に突っ込むくらいは出来るだろう、という無茶苦茶な設計思想の兵器である。

そしてその無茶は、押し通した。

ゾンダ・パウガは、文字通りに敵を撥ね飛ばし、轢き殺し、吹き飛ばして疾走した。現在においても猪獣人用の荷車はティアント領都とグロリアスの間では絶賛活躍中であり、日々の鍛錬がまさに生かされた形である。

「ぜぇ、ぜぇ……ああ、クソ暑い。地獄みてぇだ。前も見難いしよ。平原だからまだいいが、足元が悪かったら使い難いぞ、こいつは」

あらかじめ『戦車』が戻る自陣の位置は決めていたので、待機していたコボルトや牛獣人たちが『戦車』の連結を解き、魔鉄の装甲に押し込められていた猪獣人が解放されて湯気を立てている。

申告の通り、本当に暑いのだろう。

「はっはっは! おいゾンダ、おまえ、すごく臭いぞ! だがよくやったな。ほれ、水を飲んでおけ!」

と、獅子姫がげらげら笑いながらゾンダへ水筒を四つ一気に放っている。猪獣人用の水筒がない――人族では運搬に苦労する――ので、人族が使うような代物だ。ゾンダは大きな口を開けて一気に水を飲み干し、まさしく一息を吐いた。

「あぁ……まったく、ひでぇ兵器だ。しかし、ちょっとしたランドール様の気分ではあったがな。ああやって敵を轢き殺すのは、獣王の戦だった」

「ウチは戦場の父様を見たことがないから判らんな」

「まあ、この『戦車』でぶち当たったところで、ランドール様にはまだ勝てる気がしねぇが……だが、悪くねぇ。いや、暑すぎて最悪だがな」

「開発班に伝えておきますね」

シャマル族のコボルトが言った。

確かに、密閉された鉄の箱の中で箱を押しながら全力疾走すれば、あっという間に蒸し風呂だろう。少し離れた位置に立っているヴォルトのところまで獣臭が漂っていたが、眉をひそめる気にはならなかった。

むしろ――誇りだ、これは。

我らがグロリアスの戦士ゾンダ・パウガの戦果を示す、誇るべき汗だ。

戦場における武勲にはもはや興味のないヴォルトだが、仲間の活躍を誇らしく思う気持ちは残っている。というより、この気持ちはグロリアスの一員になってから芽生えたものだ。かつてはスラックを守れれば、それでよかった。

「で、これからどうするよ、ヴォルト司令官」

熱っぽい息を吐きながらゾンダが言う。

が、どうもこうも、戦局はすでに傾いた後であり、この規模の戦場であれば増援なしに戦局を覆すのは困難を極めるだろう。強力な魔法を使う貴族か、戦術的な奥の手がない限り、ランサム騎士団は普通に負けるだけだ。

「見ろ、ゾンダ殿。それにラプス殿も。やつらは見せつけた『戦車』をもはや無視できん。部隊をいくつかに割って、そのうちひとつを『戦車』用に当てるだろう。これも事前の予測通りだな」

「では、内装と外装の一部を取り外しますね!」

作業員のコボルトが声を張り、ヴォルトは軽く手を挙げて了承を示した。初撃の効果は甚大。なれば『戦車』用に割り振った部隊を『戦車』にぶち当てようとはしないはずだ。そんなことをしたら轢かれて終わる。

敵は『戦車』を引きつけるために部隊を使わざるをえない。

だから『戦車』の装甲を、一見して判らない程度に外して軽量化する。

「やれやれ……次は 駆(・) け(・) っ(・) こ(・) につき合えってか。まあ構わんが、今回のこれに勝って、クラリスは一体なにをどうするつもりなんだ?」

「聞いていないし聞かされていないので知らぬ」

ゾンダの問いに、ヴォルトは端的にそう答えた。実際その通りだったし、そこについてを考察するための頭脳を持ち合わせていない。

「そりゃそうか。おう、おまえら。そろそろ敵が来るぞ。『戦車』を出せるようにしておけ。合図があったら出る」

作業中のコボルトや牛獣人に言うゾンダの口調は、ぶっきらぼうだが何処かしら優しいように聞こえた。少なくとも、乱暴者の猪獣人が部下の尻を叩いているようには聞こえなかった。

戦場を見れば既にランサム騎士団はみっつに別れており、左右に散った大多数に、こちらの戦力が順当にぶつかっているところだ。中央には『戦車』を隠すための大盾部隊が数名残っているが、すぐにその必要もなくなるだろう。

「そういえば右にはロメオが行ったんだっけか。ゾンダ、もうウチは要らんだろ。ウチは左に混ざりに行く……いいか?」

確認は、ヴォルトへ向けられる。

この自由奔放な獅子姫も、クラリス・グローリアの配下である自覚があるからだ。そのクラリスが、この戦場における司令官をヴォルトだと定めた。借り受けた権力を、可能な限り正しく行使する必要がある。

「もちろん構わない。存分に腕を振るってくれ、獅子姫」

「応とも! ふははは、最初に見たおまえより、今のおまえの方がずーっと厄介に見えるぞ、ヴォルト・クラウス!」

楽しげに言って駆けていく獅子姫の背中を一瞬だけ眺めてから、ヴォルトは小さく苦笑を洩らし、組み上げられていく『戦車』へ視線を戻す。

「あとひと踏ん張りだ。行けるな、ゾンダ殿」

「応ともよ。任せとけ、司令官」

ふと、彼らとの初対面を思い出す。

魔境の森の出口から少し進んだ位置で待ち構えていた獅子姫たちに、わけの判らない宣戦布告をしたのがヴォルトだった。あれから こ(・) う(・) なるだなんて、一体誰に予想できただろう。当然だがクラリス・グローリアにだって、こんなふうになるだなんて判っていたはずがない。

けれども、今、こうなっている。

そのことが――ひどく誇らしかった。

◇◇◇

とはいえ、ここからは端的に言って処理の時間になる。

ランサム側の司令官にまともな頭脳があれば敗戦が覆らないと判断した時点で降伏するべきなのだが、この戦場にはどうやらコラード・ランサム子爵が来ていないらしい。スラック・ティアントは律儀に戦場へ立っているので、この戦が終わった後にはランサム側の瑕疵になるだろう。

自ら吹っかけた戦いで負けておいて、その戦場に立っていないなど――無責任にもほどがある。

グロリアスが二年前に『放蕩王子』ブリッツ・オルス・ロイス、ひいてはティアント領を相手にしたときに考えていたように、そもそも領というのはロイス国王から管理する権利を与えられているだけで、本質的に土地も民も騎士団もロイスという国の、つまるところは王のものだ。

今回、コラード・ランサム子爵は『王の戦力』を不当に持ち出し、傷つけ、貶めた……ということになるのではないか。

とは思うが、そのあたりのことはヴォルトの管轄外だ。

出発した『戦車』がランサム騎士団の追いかけっこにつき合っているのを尻目に本陣へ引き返せば、スラックが苦笑を浮かべて出迎えてくれた。

「まったく……グロリアスは、これだから恐ろしい。ほとんど彼らだけで戦の勝敗を決めてしまったようなものじゃないか」

「勝負手を打ったのだから決めねば困る。逆に言えばランサム騎士団が『戦車』を押し留めることができたのであれば、通常の力戦に持ち込まれた可能性がある」

「遠目で見ていたが、一部の歩兵は魔術師を兼ねていたぞ。あの『戦車』には魔術もほとんど効いていないように見えたが……」

「魔鉄の装甲だ。ほとんどの魔術は通用しない。大規模魔術であれば周辺ごと効果範囲に入ってしまうから『戦車』の進行は止められただろうがな」

「あれひとつに、貴族が一人必要になるわけだ」

「周囲の味方を巻き添えにして、な」

なんとなく対抗手段を考えてしまったが、このような平原でのんびりと決戦できる機会など、そう多くはないだろう。今後『戦車』の出番があるとすれば、ゾンダ以外の猪獣人も連れて複数を使用するか、局地的に投入することになるだろう。

おそらくは――そう遠くない未来の話だ。

今回のこれは、言うなれば小手調べのようなものだ。都合よくグロリアスに突っかかりたがっていた者がいた。やらせてみよう。グロリアスはどのくらいやるのだろうか。そこにはランサム子爵家への配慮など欠片もないはずだ。

「まあ、いい。大勢は決したようだ。とにかく今回の戦を終わらせよう。私が出て、敵方の司令官に降伏を勧告する。せっかくだから敵の馬や人員は捕らえさせておこう。返還要求されればふんだくるし、されなければもらってしまおう」

しゃちほこばらないスラックに、ヴォルトは小さく笑んでしまう。

この戦はスラック・ティアントにとって生まれて初めての戦場であり、戦争だ。二年前は前線へ出ることがなかったし、半ば傀儡と化していて責任はあっても責任感はなかった。今は違う。一角の領主として、スラックはここに立っている。

「では、行くか。どうせ後始末の方が大仕事になる」

「加えて言うなら、後始末の後の方が大変さ」

さらりと肩を竦めるスラックだった。

ヴォルトとしてはそこまで後のことは自分の管轄ではないので、他人事のように「大変だな」と苦笑する以外なかったが。

◇◇◇

イダァル平原の戦い。

ティアント騎士団およびグロリアスの混成軍、三百八十。

騎馬隊五十。死傷者なし。

歩兵三百。戦闘不能十二。うち死者四。

獣人三十。死傷者なし。

ランサム騎士団六百――騎馬隊五百、歩兵百。

騎馬隊、四百五十戦闘不能。うち死者八十四。

歩兵、二十八戦闘不能。うち死者七。

捕虜五十二名。鹵獲馬四十二頭。

戦の後半は戦闘よりも回収が主だった仕事となり、領主スラック・ティアントによる降伏勧告から戦闘終了までの間に人と馬が捕らえられ、ランサム子爵家は捕虜解放に対する身代金の支払いに喘ぐこととなった。

ロイス王国における貴族間の抗争は幾度かあったものの、今回のティアント・ランサムの抗争は、ロイスの国内紛争において最も一方的な戦いであったと、おそらくは後の歴史に刻まれる記録的大敗であり、大勝であった。

そして――勝者の方は、敗者にさほど興味がなかった。

もっと向き合わねばならない者たちがいたからだ。