軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

213話「イダァル平原の戦い_02」

ビート・カルロは、ランサム子爵家に仕える騎士の下っ端である。

特に秀でた生まれではなく、商家の親戚の三男、というなんとも微妙な出自で、騎士団員の募集に応じて入団試験を受けたら受かった、というだけの騎士だ。商家の丁稚をやっているよりもはるかに金になるところがいい。それ以外の部分は……どうだろう、そうでなかった人生を歩んでいないのでなんとも言えないが、別に素晴らしい職だとは、ビートは思っていない。

ランサム子爵家は馬の一門であり、ランサムの騎士団は『雷鳴騎士団』などという厳つい名称がある。もちろん自称だ。他家よりも質と量に勝る騎馬が地を踏みならす音を雷鳴に喩えているらしいが、なるほど、これは確かに上手いと思う。

といっても、下っ端であるビートは訓練以外で騎乗することがない。戦場においては随伴歩兵という役割を与えられ、騎馬による攻撃で討ち洩らした敵にトドメを刺したり、機動力はあるが小回りの利かない騎馬の補助をするのが役割……ということになっている。これはまあ、実際にそうではある。

が、雷鳴騎士団における随伴歩兵の最も大きな役割は、走ることだ。

騎馬五に対して歩兵一という頭のおかしい編成になっている以上、とにかく歩兵は忙しい……というか、与えられている役割に対する仕事量が変なのだ。

そもそも雷鳴騎士団は平原で騎馬を用いて戦場を支配するのが得意ということになっているが、少数で賊を討伐するくらいしか実際の戦闘など経験していない。騎士団長や当主のコラード・ランサム子爵などは、今回のティアント領との戦いに喜々としていたが、ビートにはその神経が判らなかった。

なにが悲しくて同じロイス王国民と戦わねばならないのか。

そうは思うが、仕事なのだから仕方ない。

こちらの先遣がイダァル平原の真ん中で声を張り、戦の始まりを告げる。

同時にビートを含む雷鳴騎士団が鬨の声を上げ、走り出す。

無数の蹄の音は――正に雷鳴だ。

ランサム家の軍馬は馬鎧を取りつけられており、その上に鎧姿の騎士が乗る。五人一組の騎馬部隊が――歩兵は後を追うので騎馬部隊の数に入っていない――小さな三角を描き、その三角をいくつも集めて巨大な三角を描く。

雷鳴轟く戦場を駆け、突き破る。

これが雷鳴騎士団必勝の戦法である……らしい。

実際、突撃する騎馬が二百もいれば、騎馬五十ほどのティアント騎士団では太刀打ちできないはずだ。ビートは馬の尻を必死で追いかけながら遠くの『敵』をどうにか視認するが、陣の先頭に騎馬がいない。

代わりに、大盾を構えた歩兵がずらりと並んでいる。

無茶だ、と下っ端のビートにすら確信できた。

いくら大盾を並べて構えていようが、軍馬の突撃に敵うわけがない。単純に踏み潰され、騎士の槍で貫かれる。騎馬隊が突撃した後は左に流れて行くので――騎士が右手に突撃槍を保持しているからだ――騎馬隊と相対する場合、左右対称の陣を組むのは拙い。そしてティアント領軍は実に よ(・) ろ(・) し(・) く(・) な(・) い(・) 陣を組んでいる。

これならば、コラード子爵が余裕綽々だったのも頷ける。

こちらも半ば素人集団ではあるが、暇さえあれば訓練を課せられていた 戦(・) い(・) た(・) が(・) り(・) の騎士団だ。対してティアント領の本分は、魔境から溢れ出た魔物や魔獣を討伐し、ロイスの国土を守ること。平原での戦争など傍から想定していない。

踏み潰して、思い知らせてやる――そういうことだ。

……いや、おかしくないか?

必死で馬の尻を追いかけながら、ビートの頭の片隅で警鐘が響く。無数の蹄が鳴り、息を切らして走っているというのに、急速に身体の内側が冷えていく感覚。

こちらが有利で、あちらが不利。

こちらの突撃に、あちらは対処できない。

そんなこと――あっちだって理解しているはずだ。

なのに、何故?

どうして不利な陣形で相手の有利を受け入れている?

ティアント領軍の陣が割れた。

こちらの突撃が届いたわけではない。先頭の部隊が敵陣へ到達するまで、もう少しの時間が必要だ。呼吸八回分くらい。だから並べていた大盾が左右に散ったのは、道を空けるため。

「――――は?」

歩兵であるビートは馬の尻を追いかけていて、後ろから騎馬に追い立てられているわけではない。残り半分の騎馬と歩兵はゆっくりと前進しており、先陣の中ではビートたち歩兵が最も後ろにいることになる。

だから助かった。

なにか、 ワ(・) ケ(・) の(・) ワ(・) カ(・) ラ(・) ナ(・) イ(・) 巨(・) 大(・) な(・) 鉄(・) の(・) モ(・) ノ(・) が、とんでもない速度と力で突っ込んで来て、雷鳴騎士団の騎馬部隊をぶっ散らしていた。

「――は? なに、が……はぁ!? なんで……っ!?」

一見した印象は、巨大な箱馬車の先端に巨大な三角錐が取りつけられたモノ。

しかし馬車みたいに見えるのに、馬がいない。馬がいない鉄槍馬車とでもいうようなモノが、馬がいないのに自走して……雷鳴騎士団を吹っ飛ばしている。

本当に、文字通りに、先端の三角錐が猛烈な勢いで騎馬部隊に突っ込んで、騎馬の方が弾き飛ばされているのだ。

騎馬が? 弾き飛ばされる? なんで?

騎馬による突撃で留意すべきは、馬の脚、それと射撃だ。

たとえば土魔法による地面への干渉で騎馬の脚が取られ、転倒すること。言うまでもなく馬鎧をつけた馬の下敷きになれば非常に危険だし、そうでなくても突撃中に落馬なんてすれば骨折は免れず、頭から落ちれば命も危うい。

あるいは射撃。弓や魔法によって騎乗している人間の方を狙われるのも危険だ。鎧のおかげで矢や魔法による致命を避けられたとしても、直撃すればやはり落馬の可能性が高い。もちろん、雷鳴騎士団の突撃に対して適切な射撃を放てる敵がどれくらいいるのか、という話になるのだが。

しかし――馬ごと吹っ飛ばされる?

地面に剣を突き刺して強引に搗ち上げたら土や小石や雑草が舞い上がる――というような光景と、鉄馬車が騎馬を弾き飛ばしている光景は、少し似ていた。

三角の陣形で突撃していた騎馬部隊が、三角錐に跳ね飛ばされている。一騎や二騎ではない。片っ端からだ。鉄馬車の突撃で、こちらの陣形が真っ直ぐに抉られていく……それこそ巨大な槍で穿たれているかのように。

ほとんど間もなく、鉄馬車が最後尾の馬を跳ね飛ばした。

ほとんど同時に、耳朶を叩く女の声。

「はぁーっはっはっは! どうしたどうした! 思い知らせてやるんじゃなかったのか! まるで蹴散らされる虫じゃあないか! ふははははは!」

鉄馬車の後ろ側に、小麦色の髪の少女が乗っている。まるで輿の上とでもいうような調子だが、間違いなく高速移動する巨大な鉄馬車の後部に乗っている。

騎馬を弾き飛ばす箱の上に乗ってげらげら笑っている少女……?

ビートは半ば強引に脚を止め、騎馬部隊を突き破った鉄馬車が、 ぎ(・) ゃ(・) り(・) ぎ(・) ゃ(・) り(・) と音を立てて地を抉る様を眺めた。強引な方向転換で車輪が地面を滑っているのだが、馬車が重すぎて地を掻いてしまうのだろう。

濛々たる土煙が舞い、撒き散らされた土砂の一部がビートの頬を掠めた。

方向転換して……それで、今度は引き裂いていない騎馬部隊の方へ。

とんでもない音と悲鳴、怒号、馬の鳴き声と、瀕死の騎士が洩らす痛苦の声。

地面に転がっている騎士や騎馬をぼんやりと眺めながら、ビートは例の少女がなんだってあんな場所に立っているのかを理解した。何故なら、倒れているモノたちの一部に、矢が刺さっていたから。

鉄馬車で突撃しながら、突撃の範囲にいない騎士を射っていたのだ。

「……めちゃくちゃだ……」

思わず呟いてしまう。もはや戦場に轟くのは雷鳴ではなく、巨大な理不尽による激突と、その後の地獄絵図になっていた。

第一陣として突撃した騎馬部隊は二百。これを追いかけていた歩兵は、ビートを含めて四十。二百のうち、おそらく三分の一は 持(・) っ(・) て(・) い(・) か(・) れ(・) た(・) 。当然だがこうなれば残った騎馬たちも突撃どころの話ではない。全隊が大混乱に陥っており――ああ、なるほど、混乱状態の敵が目の前にいるなんて、好機でしかない。

「全軍、前進!」

敵方の誰か、おそらく偉いやつが声を張り上げた。

大盾を構えた歩兵は既に陣形を元に戻しており、その大盾の後ろから、矢が射られている。鉄馬車の進行方向を避けているので射撃はやや遠慮がちだが、前線の騎馬隊は、もう駄目だ。全ての騎馬の脚が止まっている。

「あ……あぁ……これは、もう……」

無理だ。

その判断だけがビートの頭を占拠していた。思考などない。頭の中を満たすその言葉に、肉体の方が勝手に従って、くるりと回れ右して走り出してしまう。

それでようやく、後方の本陣がどうなっているのかを認識できた。

ゆっくりと前進していたはずの本隊の足も、完全に止まっている。

どのような誰であっても、この有様でまともな判断などできるわけがない。

ビートが踵を返して走り出したのをきっかけに、無傷の歩兵たちが全員走り出した。もはや振り返るのも恐ろしく、前線の騎馬たちがどうなったのかを確認することはしなかったが――この先がどうなるのかだけは、なによりも明確だった。

負ける。

敗北する。

あんなものを相手にして、勝てる道理などあるものか。

◇◇◇

だというのに、騎士団長の考えは違ったらしい。

踵を返して本隊へ突っ走って来たビートたち歩兵へ叱責を飛ばし、本隊の陣を組み直して再突撃をかけると言いだした。

「確かにあの『戦車』はとんでもない。だから誘い込み、引きつけて『戦車』を孤立させたところで敵陣へ騎馬隊を送り込む。本隊をみっつに分けるぞ。『戦車』を引きつける部隊、逃げてきた歩兵たちは責任を持ってこれに当たれ。騎馬を五十つける。残りをさらに半分に割り、左右から行く」

それはビートからすれば「死ね」と言われているに等しい命令だった。

が、騎士団長の顔色も蒼白だ。当初の予定であれば余裕で叩き潰せる相手だったというのに、弾き飛ばされるだなんて予想しているわけがない。

「いいか、貴様ら。雷鳴騎士団の名誉のために死ね。このような戦で部下にそう命じることになるとは思っていなかったが、こうなっては仕方あるまい」

いや、仕方なくはないだろう。

勝ち目が薄いのだから負けを認めればいいではないか。

と思ったが、言えるはずもなく、ゆっくりとこちらへ迫ってくる敵を前にどうにか組み直された部隊で、また歩兵として走る羽目になった。

……なんでこんなことをしているんだろう?

と、そう思ったが、答えなど簡単だった。

騎士として働いて金をもらっているから、という、それだけのことだ。

たったそれだけのことで、バケモノみたいな『戦車』を引きつけて、追いかけっこをするはめになるだなんて――。

これが終わったら、騎士なんて辞めよう。

ビートはそう思った。

生きていればの話だが。