軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

188話「森の民の、森の友_06」

頭にでっかい蚕のシロを乗せたロメオは、意外なのか当然なのか、別に全然嫌がらずに獅子姫ラプス・クルーガの隣を歩き続けてくれた。

ユーノスにお姫様抱っこで搬送されている私に言えることはなにもないのだが、それはさておき、ロメオは二年前と比べるとかなり成長した気がする。

まあ、ロメオはラプスにつきっきりなので、私としては「気がする」くらいの感じなのだが、ぐいぐい背が伸びて喋り方が落ち着いたのは確かだ。

〈人族というものを、ワタシは、初めて見ました〉

「ほえー。そうなんすか。ていうか、獣人は見たことあったんすか?」

〈アールヴの集落を訪れる獣人は、十数年に一度くらい現れるそうです。そちらの九尾の方も、アールヴの集落にいたのでしょう?〉

話を振られたカイラインはちょっと意外そうな顔をして、それからいつも通りのなんか企んでそうなニヤニヤ笑いに戻った。

「ええ。十年ほど滞在させていただきましたよ。あちらこちらの集落をね。南の賢者とは直接話をすることもありました。しかしアクウィアスの集落に訪れた覚えはありませんし、もちろんシロ様、貴方と対面したこともありませんよ」

なのにどうしてシロはカイラインの存在を認知しているのか。

〈貴方を知っている者が、アクウィアスの集落に訪れ、そして彼らが『友』と呼ぶ私のところにその人物を連れて来たのです〉

答えは普通だった。なんか森の木々の声を聞いてどうとかこうとか、そういうことは別にないらしい。

「シロちゃんは、なんかやりたいこととか、あるんすか?」

世間話、という感じでロメオが言う。

頭の上のシロは、もぞもぞと羽根を動かしてから、きょとんと首を傾げた。

〈やりたいこと、とは? ワタシは生きていて、貴方たちと関わった。貴方たちは――というより、クラリス・グローリアが、ワタシの吐く糸をもらうと言った。ワタシは、貴方たちと関わって、生きていく。それだけです〉

つまり欲求らしい欲求はない、と。

確かに己の飢餓状態にもあまり気づいていないようだったし、吐いていた糸を繭と思い込んでいた割にはそこまで悲しそうでもなかった。まあ、悲しんではいたのだが、子を失った母というふうではなかった。

蚕というやつは地球の歴史上では、最古の畜産虫だとかいう話を聞いたことがある。野生回帰能力を完全に失った珍しい虫なのだ、とか。

「シロちゃんは、お喋りは好きか?」

〈こうして貴方たちと話をするのは、好きです〉

耳の奥に直接響く『声』に抑揚はなかったが、シロの肢がもぞもぞ動いてロメオの頭をくしゃくしゃにしていたので、どうやら照れているらしかった。

「これからきっと、いろんなやつと話をすることになるぞ。中には嫌なやつもいるだろうし、話が合わないやつもいるだろうが、そこのところは、ちょいとばかり我慢してもらうしかないが……きっと、話してて楽しいやつも、いっぱいいるさ」

〈楽しみです〉

端的な回答に、私はユーノスの腕の中で偉そうに頷いておいた。

ぶっちゃけてしまえば、未来のことなんかなにも判らないのだけれど。

◇◇◇

戻るのは三日だった。行きは四日だったのに。

で、開拓地に戻って最初にやることは、開拓地のまとめ役であるイオタにあれやこれやの話をすることだったのだが、戻って来た私たちを出迎えたグロリアスの面々の中に、何故か開拓地に仕事を割り振られていないキリナがいた。

この二年で私より胸部を大きく成長させた、妖狐セレナの娘だ。

ついでに言えば身長もちょっと負けてしまった。カタリナほど背は伸びていないが、きちんと成長しているのだ。喜ばしいことである。

「おかえりなさい、クラリス様。みんなも」

にこっと朗らかに微笑む狐娘は、正直言ってセレナにはあまり似ていない。セレナの方は妖艶な美女で、冴えた月のような印象がある。キリナの方はやわらかく微笑むし態度も穏やかなので、暖かな春の陽射しみたいな印象だ。

「キリナ! あんた、砦の方の仕事はどうしたの? もしかして、クラリス様に急いで知らせることがあるの?」

親友のカタリナが出迎えのキリナに駆け寄り、当たり前みたいに軽く抱きついてからすぐにキリナを解放した。用があるから開拓地に来たに決まっているので、抱きついたままでは邪魔になると判断したのだろう。

まあ、それでも一回ちょっと抱きつくのは止めなかったわけだが。

「はい。一応、クラリス様にお伝えしておいた方がいいかなと。ヴィクター・イルリウスから伝言です。『カリスト公爵家のお嬢様がクラリス様に会いたがっている。目的はグロリアスと関係を構築することだそうだ』とのことです。『カリストのお嬢様は、あんたの同級生だと言っていたぞ』とも」

「カリストのお嬢様……同級生……ううん……?」

同級生ということは、王都の学園の話か。カリスト公爵家というのはロイス王国の二大公爵家の片方だ。もう一方はレガリア公爵家。

「カリスト公爵令嬢……カリスト……」

……あっ、思い出した。

そういえば同じ学年にカリスト公爵家の令嬢、ソフィアーネ・カリストがいた覚えがある。『無才のクラリス』からすれば全く無縁の存在だったし、グローリア家とは社交上の接点もなかったから、たぶん一度も話したことがないはずだ。

「ってことは、たぶん『グロリアス』の評判を聞いて、私との薄い繋がりを利用して接触してみようって腹か。でも公爵家の令嬢がやることか?」

この二年、そういった『グローリアの知り合い』みたいなガキが何人か来たらしいが、私に辿り着く前になんかあってどっかに消えていったらしい。よく知らんが。

しかし――カリスト公爵家の、ご令嬢。

ふぅむ、と唸ってみるも、このあたりは考えるだけ無駄な領域になる。

ヴィクターやスラック・ティアントからの情報では、私たち『グロリアス』が開発した品物が思いのほかロイス王国では重宝されているようで、輸出の制限をヴィクター側で調整する必要があるほどになっているらしい。

特許とかいう概念があるわけでもないので、馬車の車軸に取りつけるサスペンションくらい、真似てパクってしまえばいいはずなのだが、たぶん鋼材の魔鉄が生産できないか高価すぎて手が出ないといったあたりか。

それにしたって公爵家ともなれば金にものを言わせて『グロリアス製品』のひとつやふたつ、簡単にゲットできるだろうに。

となると――ヴィクターというイルリウス侯爵家の者がわざわざティアント領に留まってグロリアスとの折衝役をやっているのが気になったのか。

「んー……まあ、いい。とりあえず、こっちの用事を済ませたら会いにいってやってもいいぞ。『いつまでに会いに行く』とは伝えるな。『用が済んだら会いにいくかも知れない』とヴィクターに伝えておけ」

ロイス王家だろうが侯爵家だろうが、私たち『グロリアス』はロイス王国民ではないしロイス王国の領土に居を構えているわけでもない。

今となってはティアント領がひとつの壁となって、ロイス王国からの侵略はかなり難しくなっているはずだから、多少強気に出たところで構うまい。というより、下手に出る方がこの場合はマズい。たぶん。

「判りました。クラリス様の方は、その……ロメオの頭の上の虫は……?」

〈シロと名付けられました。狐人の娘さん。よろしく〉

「ひゃっ!? 今、耳元で!?」

〈ワタシは喋るための口がないので。驚かせて、ごめんね〉

「あっ、いえいえ……こちらこそ。シロさん? ですか。キリナといいます。そっちのカタリナとは親友で、クラリス様の従者の一人です」

ぺこりと丁寧に頭を下げるキリナだった。シロもちょっとだけ頭を下げるようにしたが、シロを乗せているロメオはなんだか遠い目をしていた。そして当然というか、その横でラプスはげらげら笑っていた。

「まあ、公爵令嬢のことは一旦置いておこう。イオタはいるか?」

「いますよぉ。おかえりなさい、クラリス様。シロさんがアールヴの『友』だったんですね。いつもみたいに助けてあげたということですか?」

ぴょこぴょこ歩いてくるコボルトは、いつ見ても心が和むものだ。私としてはそんなイオタに開拓地の連中がきちんと敬意を払っているのが、実はかなり誇らしい。いつだってリスペクトの欠如が揉め事を起こすのだ。

なのでもちろん私もイオタへは敬意を払う。

ユーノスに合図してお姫様抱っこから降ろしてもらい、私よりちょっと背の低いイオタに視線を合わせ、少しだけ頭の中を整理してから、話し始める。

「そうだな、ロメオの頭の上の虫が、シロだ。私が名付けた。こいつは魔力を喰って変な糸を出す虫だ。あとなんか人の耳の奥に直接喋ってくる。こっちの言葉も通じる。で、イオタにやって欲しいのが、シロの居場所をつくることだ。それなりに広い空間と、害敵――魔境の森においては動物や魔物なんかだな、とにかく害敵が来ないようにすること。それから……」

私が語る『シロちゃんと共生しよう計画』に、イオタは真面目な顔でふむふむと頷いてくれる。カタリナやキリナもなんか真面目に聞き入っていたし、途中からいろんなやつらが話を聞きに来て、シロがちょっと驚いていた。

「なるほど。シロさんの糸を加工してみよう、ということですね。それがまずひとつで、もうひとつが……魔力の吸収という特性を利用してみよう、と」

「ああ。そっちに関しては、砦に寄ったときついでにカルローザとカティアあたりに話をつけておく。まあとりあえずはカルローザだな。それともう一人くらい連れて来て様子を見よう。イオタはまず、シロちゃんの借宿をつくってから、本格的に住処をつくるって感じかな」

「はい。それで行きましょう。シロさんの糸については、あれこれ試してみます」

「お湯につけたり、あとは……木灰を溶かしたお湯とかも試してみるといい気がする。まあ、いろいろ試行錯誤してみろ。あと、もしシロちゃんが腹を空かして魔力吸収を暴走させたら、だれか強い魔法を使えるやつを呼べ。どうしても状況が収まりそうになかったらカイラインを寄越すことになると思う」

言って、ちらりと九尾の狐を見る。

カイラインは珍しく普通に頼られたのが嬉しいのか、当社比三倍くらいのニヤニヤ笑いを浮かべて、結構キモかった。

「クラリス。ウチらはどうする?」

話を聞いていたのか聞いていなかったのか、シロの羽根や触角をおそるおそる撫でていた獅子姫が疑問符を浮かべる。

が、別にこいつらにやらせたいことは特になかった。

「んー……おまえらは自由行動。好きにしてろ。なんならイオタたちを手伝ってもいいし、迷宮に潜るのでもいいし」

「ふむ。そうだな、街の方に行ってみるか。クラリスもティアント領都に行くんだろ。ウチらもついて行こう。ゾンダに飯をおごってもらうんだ」

悪気皆無の、とびっきりの笑顔だった。

そういえば猪獣人のゾンダ・パウガはかなり高給取りなのだが、もっとも多い金の使い道が『他人に奢ってやる』ことらしい。貯金するタイプには見えないので、まあそんなもんだろう。自分の金なんて好きに使えばいいのだ。

ぶっちゃけ、グロリアスに金なんてどうしても必要なわけではない。

「それじゃ、まずは計画からですね。班を分けて、作業を割り振っていきましょう。シロさんの借宿が最優先で……ええっと、シロさんは、ロメオさんの頭の上から、誰かの頭の上に移動しますか?」

〈そのあたりの木の枝でいいよ〉

「あっ、それはよかった。それではクラリス様。ボクらは作業に入りますね」

「任せた。イオタ、私はおまえのことを誇らしく思っているぞ」

たまには伝えておいた方がいいだろう、そんな軽い気持ちで言ってみると、イオタのチワワっぽい耳がビンッ! と跳ね上がり、ただでさえ丸くて大きな目を、さらにまん丸にして私を見返してきた。

いや……そんなびっくりしなくてもいいじゃないか。

わざわざ言わなくたって、私がおまえらのことを好きなのくらい、伝わっていると思っていたのだが。

「あ、あ、あ……ありがとうございますぅ!」

ぴゃっと跳び上がってから走り去るイオタ。なんか、漫画のキャラクターが砂埃を巻き上げながらダッシュするアレみたいな感じ。

ちょっと呆れていると、あまりにも手慣れた調子で私を抱きかかえたユーノスが苦笑を洩らして、言った。

「おまえは、おまえが思っているよりもグロリアスの者に好かれている。自覚しろとは言わんがな。クラリス、おまえはそのままでいい」

その科白に周囲の誰もが頷いているのを見て、私はやや困ってから仕方なくクラリスマイルを振りまいておいた。

二年経っても身長が伸びなかったということは……まあ、たぶんこのままなのだろう。私が『不死のクラリス』である限りは。

それでいいというなら、そのまま行こう。

二年前から変わらず、私は悪徳令嬢クラリス・グローリアだ。