軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

189話「悪徳令嬢と公爵令嬢_01」

ソフィアーネ・カリストはちょっと驚いていた。

倉庫街で一暴れした翌日、ティアント領都の端あたりに居を構えているというヴィクター・イルリウスに招待された……というか『グロリアス』の牛獣人が繋いでくれて、ヴィクターの方が公爵令嬢であるソフィーを招待せざるをえなくなったのだが、それはさておき。

朝になってソフィーたちが利用している宿にヴィクターの使いという男が現れ、彼の案内に従ってソフィーたちはヴィクターの屋敷に向かうことになった。

その案内された屋敷というのが、とてもではないけれど侯爵家の血縁者とは思えないほどに質素だったのだ。

位置的には領都の外れにあるので、かなり土地が余っており、そこそこ広い庭があるが、あまり手入れはされておらず、屋敷そのものは男爵家の子息が王都で借りるような規模感だった。

「馬車はそちらへ。馬は丁稚がいますので、厩舎の方へ」

敷地内へ馬車を進ませてから、案内の男は自分が乗っていた馬から下り、執事のエリオットにそんなことを言った。自分のことを自分でやるのに慣れている――そういう雰囲気があり、公爵家令嬢を招く態度とはお世辞にも言い難い。

「ねえ、ソフィアーネ。ひょっとしてボクらはあまり歓迎されていないのかい?」

馬車の席の隣に座っているアコがそんなことを言った。

貴族子女としてはあまり常識を弁えていない彼女からしても、ヴィクター・イルリウスの対応はやはり雑すぎるのだ。

「まあ、端的に言ってそうですわね。こちらから押しかけたようなものですし、逃げられなかっただけ上等としましょうか」

ソフィーとしても、あのイルリウスの秘蔵っ子が公爵令嬢に傅くなど期待も予想もしていなかった。ただ、ヴィクター当人があまりにも質素な生活をしていることそれ自体には驚かされてしまったが。

馬車を停め、馬を厩舎に預けさせ、エリオットと案内の男が戻って来る。ソフィーはエリオットのエスコートで馬車を降り、アコは勝手に一人で降りて――案内の男に促されるまま、屋敷に入る。

中も、なんというべきか、外観からほぼ予想できる通りの質素さだった。とにかく飾りがなく、屋敷の扉を開いてすぐのエントランスにすら装飾品が置かれていない。エントランスからはすぐ階段があり、どうやら二階は私室や書斎などの私的な空間に使われているようだ。

「こちらへ」

歓迎するでも拒絶するでもない普通の顔をした案内の男が、エントランスを抜けた先の部屋を示す。談話室のような、おそらく屋敷の中では広い部屋だ。椅子があり、テーブルがあり、テーブルの上には火のついていない燭台が置かれている。

入口から見て一番向こうの席に、男が一人。

中背で、やや痩せ型。頭の形が逆三角形気味で、目だけがぎょろりと大きい。美醜でいうなら後者に傾く――そしてそのことに対して当人はなんら恥じていない、そういう印象を受けた。

「やあやあ、見窄らしい屋敷で申し訳ない。家人もいないので大した歓待はできませんが、そんなものは望んでおらんでしょう? はじめまして、公爵令嬢。私がレオポルド・イルリウス侯爵の甥、ヴィクター・イルリウスです」

自然体。

畏まるでも偉ぶるでもない、ごく普通の態度と口調。公爵令嬢を前にしてその態度を維持できることにソフィーは好感を覚えた。

くだらない建前や美辞麗句など、必要ないのだから。

「マクシミリアン・カリストが四女、ソフィアーネ・カリストと申します。お初にお目にかかり光栄ですわ、『仲介屋』のヴィクター様」

にっこりと微笑んで、カーテシーをひとつ。

後ろに控えているエリオットは小さな会釈。アコ・アクライトの方はなにもせずにぼんやりと突っ立っていたが、誰もなにも言わなかった。

かわりにというか、ヴィクターは身振りでソフィーたちに着席を促し、ソフィーがエリオットに椅子を引かれて席につくより先に口を開いた。

「牛のお兄ちゃんから一応話は聞いていますが、なんでも『グロリアス』と関係を持ちたいとか? 公爵家の令嬢が、あのクラリス・グローリアと、一体全体どのような関係を持ちたいのか、お聞かせ願えますかね」

にたり、と。表情が笑みで歪む。

しかし元々の人相が悪いせいで、はたしてどのくらい悪い笑みなのか、ソフィーには判別できなかった。あるいは単なる愛想笑いかも知れない。

「さて、それは互いに話をしてみなければ互いが求めているものを知りようがありませんので。現在の私から言えることは、可能な限り互いに利益を与え合う関係が築ければと思っている、ということくらいでしょうか」

「クラリスのお嬢さんは、あんたらにはなにも求めていないと思いますがね」

わざとらしく肩を竦めて嘆息するヴィクター。

その態度はさすがに礼を欠いており、背後に控えているエリオットの表情が強張ったのが判った。こういうときは素直に邪魔だな、とソフィーは片手を挙げて自らの執事をいさめつつ、少し考えて続ける。

「ですが『グロリアス』はロイス王国に商品を輸出しているでしょう? 少なからず金銭という利益を求めているのでは?」

「そりゃあ、まあ、ただでモノをくれてやろうって思うやつはおらんでしょうな。カリスト公爵令嬢、その程度の思慮で『グロリアス』との橋渡しをしてくれとは、まさか言わんでしょうね?」

金銭的な利得を考えるのなら、公爵令嬢を利用できるのなら約束されたも同然のはず――が、ヴィクター個人が『グロリアス』の判断を待たずにその餌ではダメだと突っぱねてしまった。

「あら、そうですの? クラリス・グローリアはお金には興味がないのかしら?」

こてりと首を傾げて微笑みながら、ソフィーは考える。金銭以外に示せる利は、もちろんいくつかあるのだが……どれが効果的か。

「どうやら、お嬢さんは自発的な目的があって『グロリアス』と接触したいわけではないようですねぇ。ということは……公爵閣下の差し金ですか」

思考の最中にヴィクターが手を打ってきた。

確かにそれは考えれば判ることではあるが、ヴィクター・イルリウスは考える素振りすら見せなかった。ソフィーは内心でこの男の評価を上げる。さすがにあのレオポルド卿から『仲介屋』を任され、二年間破綻を迎えていないだけはある。

「……だとすれば、ヴィクター閣下は私の父に配慮して、クラリス・グローリアとの仲介を承諾していただく気になりますかしら?」

「いいえ? そんなまさか。こちらはこちらで、それなりに大変ですのでね。クラリスのお嬢様につまらない時間を取らせるわけにもいきません。私としても、彼女の機嫌の角度を傾けたくはありませんのでね」

にちゃり、と笑みが崩れる。今度のそれは明確な皮肉だ。

そのせいでエリオットが怒り出すより先にソフィーはなにか反応しなければならなくなった。『グロリアス』に対し、そしてクラリス・グローリアに対し、有効と思われる一手を――もったいぶらずに切らねばならない。

「仕方ありませんわね。ふたつ、話をしましょう」

指を二本立てて見せ、改めて微笑んでやる。結構気合いを入れて笑みをつくったのに、ヴィクターは別にどうという表情も見せなかった。

が、まあ仕方ない。

今のところは、おそらく彼の中では『公爵の使いの小娘』だ。

「ひとつ。隣に座っている彼女ですが……まあ、私もそうなのですが、学園時代の同級生で、彼女はアコ・アクライトと申します」

名を呼ばれた当人はちょっと驚いたような顔をしていたが、じゃあなんで貴女はここにいるんだよと言いたくなった。驚くな。

「アクライト……王都のアクライト男爵家ですかね? ご挨拶が遅れましてすみません。判りきっているでしょうが、ヴィクター・イルリウスです」

「あ、どうも。ボクはアコ・アクライトだよ」

礼もなにもあったものではないアコの返答に、ほんのわずかだけヴィクターの眉が動いた。非難の色がないので、興味を示したということだ。

「彼女は錬金術師で、私が運営しているフィリア商会においては商品開発を担当していただいています。こう見えて才女ですのよ」

「商品の開発を……それで、それがどうしました?」

「彼女の力を『グロリアス』に役立てることもできます。おそらくですが『グロリアス』に錬金術師はいませんでしょう?」

「さて――『グロリアス』の内情を全て知っているわけではありませんのでねぇ」

言いながら、ヴィクターのギョロ目が小さく動く。部屋の隅に立っている案内人の男へ視線が動いたのだ。おそらく二人の中でなにかを確認し合った。

しかし、間は与えない。

次の一手。

「それからもうひとつ。ヴィクター様はご存知かと思いますが、父より婚約の打診があったかと思います。ヴィクター様。ヴィクター・イルリウス様――この私、ソフィアーネ・カリストと婚約していただけませんこと?」

今度こそとびっきりの微笑みを浮かべてやれば、ヴィクターのカマキリみたいな顔がくしゃりと潰れて、なんとも言い難い味わいの表情になった。

なんというべきか……不細工な犬が飼い主に叱られそうな気配を感じたとき、みたいな、そういう奇妙な愛嬌のある、とても不細工な表情だった。

こちらに一切の好感情がない、というところが、ソフィーにとっては物珍しくて、なかなか悪くないなと思った。まあ、顔は悪いのだけど。

◇◇◇

結局のところ、返答は保留だった。

そもそも肝心のクラリス・グローリアが不在とのことで、戻って来た段階でヴィクターからクラリスに話を振ってみる、とのこと。

逆にいうなら、そこまではこぎ着けることができた。

もう少し踏み込むのであれば、そこから先はクラリス次第であり、さらにその先があるならソフィアーネ・カリスト次第ということになる。

宿に戻ったソフィーたちは、エリオットの淹れた茶を飲みながら、今後の相談をすることに……といっても、主にソフィーが思考を整理するだけの時間だが。

「ともあれ――ひとまず、糸は切れませんでした。出たとこ勝負でこれならば上等といったところでしょう。肝心のクラリス・グローリアがこちらに興味を示すかどうかですが、結局のところ、それもまた出たとこ勝負になりますわね」

「……お嬢様。お嬢様はやつとの婚約には納得しておられるのですか?」

信じ難い、と言わんばかりのエリオットである。

アコの方はまだ熱い茶に息を吹きかけていて、ソフィーとヴィクターの婚約については特に感慨を覚えていない様子。

「エリオット。貴方がどう考えていようが私の婚約にはなんの影響もございませんことよ? もちろん、私がどう考えていようとも、あまり意味はありません」

公爵家に生まれ育ち、公爵令嬢として生きてきた以上、結婚相手を自分で選べるなんて考えたことは一度もない。自由が利く範囲というものがあり、自由が利かない範囲に関しては、ソフィーは特にどうとも思っていないのだ。

そうではなくて、自由が利く範囲において父であるマクシミリアンは、かなりのところソフィーに好き勝手やらせてくれた。そしてソフィー自身も自由が許される範囲の中では好き勝手やってきた自覚がある。

であれば、政略結婚という対価くらいは支払わねば嘘だ。

自由の対価を払う覚悟もなく自由を満喫したわけではない。

「ヴィクター・イルリウスの方はどうなんだろうね? ボクが見た感じ、別に彼はソフィアーネの容姿に ず(・) き(・) ゅ(・) ん(・) ときたわけでもなかったようだけれど」

「あまりにも不敬です!」

「不敬かどうかはボクは知らないけど、まあ、彼には彼の立場や考えがあるってことなんだろうね。そしてたぶん、それはカリスト公爵家を前にしても、さして揺るぎやしないのだろうさ。そうでなければ公爵家に対して頭を垂れてぺこぺこ愛想笑いをするはずだものね」

そこまで言ってから、アコはようやくちょうどいい温度になったらしい茶を飲み始める。ずずず、と音を立てるのは本当に淑女らしくない。

「アコ。貴女自身に自覚があるかは判りませんが、現状、私が切れる札の中で、最も効果がありそうなのは貴女ですわ。クラリス・グローリアの興味を引ける自信はおありでして?」

「そんなの判らない。考えるに当たっての材料が少なすぎるよ。気になるのは……クラリス・グローリアが金儲けをしたいわけじゃない、みたいなことをヴィクターが言っていたことだね。金銭的利益では釣れないと考えていいんじゃない?」

それについては同感だった。

しかし、だとすれば――

「では、どうして『グロリアス』はロイス王国に商品を輸出しているのだ、という話になりますが……お嬢様は、そこの予想は、いかがですか?」

「それも思考の材料が足りませんわよ。事実として『グロリアス』はロイス王国に商品を輸出していて、その輸出に関してはヴィクター・イルリウスが制御している。『仲介屋』などと評されているのも存じている様子でしたわね」

「だいたいにして、火刑に処されたクラリスお嬢様が、なんだって獣人の領域で自分の勢力をつくりあげてティアント領と交易をすることになってるんだい?」

「それは……なにかがあったから、ではないか?」

「だから、そのなにかってなにさ? それにロイス王国の技術者が揃いも揃って匙を投げるような商品の開発はどうやってるのさ?」

「謎、ですわね」

「まあ、ボクらは別に、その謎を解きにきたわけじゃあないんだけどね。どのくらい猶予があるかは判らないけど、猶予期間の間に、ボクとしては獣人たちのことを知ってみたいな。例の牛獣人が、結構話の判りそうな人なんだろ?」

ソフィーの仕事が成功しようが失敗しようがどうでもいい、という態度のアコである。実際、アコにとってみればその通りなのだろう。

そして実際というのであれば――ソフィアーネ・カリストにとっても、どちらに転んだとしても、別にどうということはない話だ。

不快そうに眉を寄せるエリオットとは裏腹に、ソフィーは獣人について好奇心を隠さないアコを眺めて、ふっと笑ってしまう。

そう――結局のところ、出たとこ勝負にはなってしまうのだ。

ならばせいぜい、楽しもう。

「では、明日からはアコの望み通り、獣人と交流してみましょう。おそらくはクラリス・グローリアについて知っている者もいるでしょうし、そうでなくとも、アコ個人の好奇心は刺激できるでしょう」

「ボクはいいけど、ソフィアーネはそれでいいのかい? 今回の件、失敗するとマズいんじゃないの?」

「ふふん。私を甘く見ないでいただきたいですわね。失敗したなら失敗したときに考えればいいことですわ。明日以降に思考の材料が増えるかも知れません。そうでないかも知れません。しかし――この状況は、楽しんだ方が得でしょう?」

なんだかよく判らない場所で、なんだかよく判らないことをさせられている。

なんだかよく判らないなりに、楽しんだ方が自分らしいじゃないか。

そんなふうにソフィアーネは思った。