軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

186話「森の民の、森の友_04」

「いやはや、森を歩くのには自信があったつもりだが、君たちの森歩きも随分と堂に入ったものだ。いや、これには僕たちも脱帽というものだ」

魔境を歩いて四日目、朝飯を済ませて出発して少ししたあたりで、アールヴのシェフィードがそんなことを言った。

無論、クラリス・お姫様・グローリアはユーノスに抱えられて搬送されているだけなので、こんな魔境の森の奥地に放置されればグロリアスの開拓地に戻るまで三年くらいかかるだろうが、私に言っているわけではないだろう。

ユーノス、カタリナ、カイライン、ラプスにロメオ。彼らがアールヴの森歩きに全く引けを取らない歩調で魔境を進むのに、シェフィードは改めて驚嘆しているのだ。なにせ『森の民』なのだし。

私としては人族のロメオが普通について来るのが驚きなのだが、獅子姫ラプス・クルーガと四六時中一緒にいれば、そのくらいの体力はつくのかも知れない。森に入って以降、ラプスは腹が減ったらロメオを連れて狩りに出かけ、なにかしら獲物をゲットして戻って来た。おかげで毎食毎食肉を食うことになったが、ロメオが結構料理上手だったので、なんの不満もなかった。

「本当はもっと歩みが遅いかと思っていたのよ。でも予想してた以上に――というより、まるで遜色なく歩いてくれたから、もうすぐ到着するわ」

エリアスが言って、森の先を指し示した。

とはいえ、ユーノスに抱えられた私から見えるのは、ここ何日か進み続けた魔境の森の変わらぬ景色でしかなく、これまでと一体なにが違うのかなんて、まるで判らなかった。生い茂る草木、木漏れ日さえまばらな頭上の枝葉。その枝葉が風でこすれる木々のざわめきや、どっかから聞こえてくる虫の音、もっと遠くからわずかに響く水の音。

ロイス王国から見ても、かつては魔族だったユーノフェリザ氏族の視点から見ても、この魔境はあまりにも広大だ。生息域としているのは、だから森の動物や魔物を除けば『森の民』であるアールヴ以外にいないという。

だって、不便だし。

と考えてみると、逆説的に「アールヴにとっては魔境の森は不便ではないのか」という疑問に行き当たるわけだが、そのあたりはたぶん当人に問うたところであまり意味がない。おまえの実家は不便かと聞かれれば、完全に便利なところに生きているやつの方が少ないだろうし、かといって実家を悪し様に罵るやつも、いなくはないが大多数というわけでもないはずだ。

――ちょっと不便だけど、そう悪い場所じゃないですよ。

――なんにもない場所ですよ。でも生まれ育った場所ですから。

そんなもんだろう。

今世の私は伯爵家に生まれて蝶よ花よと育てられたお嬢様なので実家に対する不便さなど感じたこともないが、かつての『私』がそれなりに関わってきた者の多くが、大抵はそんな感じだった。

だいたいにして、生まれ育った場所が便利か不便かなんて、他と比較して初めてわかることだ。魔境の森の奥深くで生まれ育ったアールヴが、自分たちの境遇に不便さを感じるのかと言えば……まあ、なにも感じないということはないだろうが、当たり前だと思う方が強いのではないか。

と、そんなようなことを考えていたときだ。

それまでと同じように続いていた森の景色が、あるところを境に――ふと、明るくなった。空を覆い隠していた木々の枝葉が薄くなったのだ。

「そろそろよ」

エリアスが言って、わずかに眉を寄せた。なにかを我慢するみたいに。

そこから先の景色は、まさに様変わりと表現するべきか。

あれだけ生い茂っていた草木の密度が薄くなり、図太く育っていた木々のほとんどが痩せ細っている。見ればすでに枯れてしまった樹木もあり……そしてなにより、そういう『痩せた森』の景色の中に、白い布のようなものが混在している。

布……というか、糸の集まり、か。

私の知っているどのような景色とも違う、ファンタジーで、違和感の強い、奇妙な光景。その光景を生み出しているモノが、中心部分にいた。

〈見慣れぬ者たちを連れて来たのだね〉

と、 そ(・) れ(・) は言った。

いや――違う。音としては響かなかった。むしろ耳の奥側に直接『意思』を届けられたような、奇妙な伝達だった。

元は大樹だったであろう、今は朽ちかけた樹木の、かなり低い位置の枝の上。

白いもふもふの、でっかい虫。

六本の肢があり、ふわふわの毛で覆われた胴があり、黒い目があり、みょーんと伸びた一対の触角があり、やはり白いふわふわの羽根がある。

そして、なんか……やたらでかい。

たぶんバスケットボールくらいのサイズの――蚕。

そう、蚕だ。

カイコガともいうし、地方によってはオシロサマとか呼ばれたりもするアレ。

「……っ! なんだ、あれは……?」

私を抱えているユーノスが、わずかに腰を落として警戒を示す。カタリナも同じようにしていたし、ロメオも腰の刀に手を添えている。カイラインは臨戦態勢にはなっていないが、私たちよりちょっと後方にいて距離を保っている。

アールヴの二人は……なんだか妙に苦しそうな顔をしていた。

痛みを堪えてるような、息苦しさを我慢しているような。

〈はじめまして。友の友。ワタシたちになにか用?〉

また蚕が言った。言ったというか、テレパシーを送ってきた。

言語ではないのに『意味』が直接耳の奥に響く、なんとも奇妙な感覚だ。

「なんだ……? おい、おまえたち。それがおまえたちの言う『友』か?」

アールヴの二人へは視線を向けないまま、ユーノスが問う。

「ええ。あれが私たちの『友』よ」

「いやはや……やはり君たちも、 そ(・) う(・) なのか……」

エリアスとシェフィードがよく判らない返答をした。いや、エリアスの方の返答は明快か。後者の方が意味不明なのだ。

「そう、とはなんだ? おい、ユーノス。ちょっと降ろせ」

言ってユーノスの胸をぽんと叩いてやれば、わずかな逡巡の後、普通に降ろしてくれた。もし明らかな危険を感じていたのであれば降ろしてくれなかっただろうから、警戒には値するが危険であるかは確定しない、といったところか。

「クラリス様――!?」

焦ったように私の名を呼ぶカタリナだったが、雑に手を振って心配するなと伝えてやる。そもそも、死ぬような目に遭ったとしても私は死なないのだ。いや、まあ、どのくらい死なないのかは、未だに私にも判っていないのだが。

さておき、こういうときにやることはひとつだ。

私は一歩前に出て胸を張り、ちょっとだけ首を傾げるでかい蚕に向けて、にんまりとクラリスマイルを進呈。

「やあやあ、はじめまして。私はクラリス・グローリア。『グロリアス』という集団の代表で、日々を楽しく生きている者だ。今回は、アールヴの二人――エリアスとシェフィードに『友』を助けて欲しいと頼まれて、なんだかよく判らないから、とりあえずこいつらの言う『友』を見に来たわけだ」

〈ご丁寧に、ありがとう。クラリス・グローリア。ワタシには名乗る名前はないが、彼らからは『友』と呼ばれている〉

やはり音としては響かない伝達。

これはおそらく――というか、当然というべきか――魔法によるものだろう。虫には喋るための口がないので、そういうことになる。

「なるほど。じゃあ、仮にシロと呼ぼう。シロちゃんは死にかけていると聞いた。そしてそっちのアールヴの所属……アクウィアスの連中は、おまえを見捨てるつもりだとも聞いた。助けられるようだったら助けてもいいが、こっちとしては状況が判らない。なので、状況を教えてくれないか?」

〈名前をありがとう、クラリス。状況は、あなたの友が理解しているはずだ〉

くいっ、と、蚕のシロが、反対側に首を傾げる。

私は振り向いてユーノスやラプスたちを確認するが、やはり警戒したままだし、なんだか妙に不快そうな様子だ。

「ユーノス。おまえはシロの言っていることの意味が判るのか?」

「おまえが理解していないのが意外だが……いや、おまえだから理解できないのか。クラリス、そいつは 周(・) 囲(・) の(・) 魔(・) 力(・) を(・) 喰(・) っ(・) て(・) い(・) る(・) ぞ」

「ふぅん?」

魔力を喰っている――森の精気を喰っている?

「体感するほど喰われているのか?」

「ああ。俺だけじゃない。カタリナも、ラプスも、カイラインもだな。ロメオの方はそうでもないようだが……個人差があるようだ。アールヴの二人は特に喰われる量が多いようだな。かなり離れた位置に立ち止まっているだろう」

「なるほど」

確かに、エリアスとシェフィードは私たちよりも随分と手前で立ち止まっているし、ユーノスやカイラインよりも苦しそうにしている。

うーん……これは、個人差なのか、種族差なのか。

「シロちゃん。おまえは魔力を喰っているそうだが、止められないのか?」

〈一時的に止めることはできる。でもクラリス、呼吸を止めることはできない〉

「ふむ」

まあ、私は息を止め続けても死なないが、こういう話に例外を持ち出すのは愚か者のやることだ。

とりあえず頷いたついでに、私は改めて周囲をぐるりと眺め回す。痩せた森。木々に絡みつき、垂れ下がっているのは蚕の糸、だろうか。あれは蚕の幼虫が繭をつくるときに吐き出すものだと思ったが、ファンタジー生物に地球の蚕の生態を当てはめても、あまりに意味はないだろう。

「そこらの糸みたいなのは、シロちゃんが生み出したものか?」

〈肯定する。生まれたとき以来、ワタシは糸を吐いていた。けれど十数年ほど前から、それまでよりも多く食べるようになり、それまでよりも汚い糸を吐くようになってしまった。友は、それでもワタシを見捨てないでくれていたが……〉

「なるほど。おい、エリアスにシェフィード。シロちゃんの糸は、おまえらはなにに使っていたんだ?」

「……薬の材料だ。我々は、友が生んだ糸を使って薬を作っていた。といっても、五十年ほどまえに中央の賢者が別の薬を開発したから、友の糸を使った薬は古いものになってしまったが」

魔力を喰って生み出された糸であれば、なるほど、そういう使い方もされるわけか。しかし『糸』が汚くなってしまった、と。

「でもまあ伝統の薬としてアクウィアスでは使ってたわけだ。ちなみに、なんの薬になるんだ?」

「解毒や解熱全般に効く、総合薬だ。子供が熱を出したときに、糸薬を飲ませるのがアクウィアスでは一般的……いや、一般的だった、か」

「ふむふむ」

頷き、今度はラプスとロメオに向き直る。

「おまえたちは魔力を喰われてる感じは、どうだ? 見た感じ、ユーノスとカタリナ、それにカイラインよりはマシってふうに見えるが」

「ウチはちぃっとばかり不快感があるくらいだな。そっちの耳長みたいに、すごく苦しいってわけじゃない」

「オレは、あんまり判らないくらいですねぇ。ちょっと違和感あるかな? ただ、魔力を出そうとしたら、たぶん喰われるっすねぇ」

総魔力量で劣るロメオは、魔力を小出しに発するという技能を習得しているらしい。なんか知らないうちに私が助言していたようで、そういう魔力の使い方を身体に馴染ませていったのだ、とか。全然覚えてないのだが。

「ってことは、カイラインは結構喰われてるな?」

「ええ、ええ、まさしく慧眼です。今にも尻尾が萎れてしまいそうですねぇ。これは実に興味深い現象ではありますが――不快は不快です」

と言いながらもニヤニヤ笑いを崩さないあたり、余裕はあるのだろう。

〈状況の確認はできたかな、クラリス?〉

シロが言う。耳の奥に直接届いてくる『意思』には、敵愾心というものが欠片も存在せず、ただそこにいる相手に向けての対話があるだけだ。

だからこそ――魔力を喰われているというのに、ユーノスもカイラインも、このでっかい蚕に攻撃しようとしていないし、私を逃がそうともしていない。

ちなみにというか、言うまでもないことだが、私自身は完全に平気である。そもそも喰うほど魔力を有していないし、喰われたところで元に戻るから、魔力が喰われている、という感覚もない。

「うーん……もうちょっと考えてみる。予想だが、シロちゃんの『糸』の品質が劣化したのは、周辺の森が枯れてきてからじゃないか?」

言って、私はずんずん歩を進めて蚕に近づいていく。

ユーノスは私を止めようとせず、そのままの立ち位置で待っていてくれた。カタリナの方は一瞬だけ私に向かって手を伸ばそうとしたが、やはり待っていてくれた。

近づいてみれば……うん、やっぱりデカ蚕だ。白くて、ふわふわで、もふもふのモスである。幸いというかシロが留まっている木の枝はかなり低く、私が手を伸ばしても届く位置だ。

なので遠慮することなく手を伸ばし、枝を掴んでいないシロの肢――なんとなく右手かな、くらいの肢を、握ってみる。

「バ――バカ! 止めなさい、クラリス・グローリア! 死にたいの!?」

エリアスが切羽詰まったような声を上げたが、それで彼女が結構いいやつであることを確信できた。私たちを生贄にするつもりだったなら、そんな心配なんてしなくていいはずだ。彼女は言葉通り、友達を心配して、助けたいだけだ。

私は吊り上がる口端を我慢せず、シロと握手を続行する。

「やっぱり、もふもふだな」

〈クラリス。貴方は、一体なにを……?〉

「シロちゃん。ひとつ訊きたいんだが、もしおまえを助けられそうなら、助かりたいと思うか? 随分と長い間、ここで糸を吐いて生きていたようだが、別の場所で生きていけるとなったら、引っ越してもいいと思うか?」

〈それは……しかし、結局は同じことになるのでは?〉

つまり、何処か別の場所に移り住んだとしても、いずれは森の精気を吸い尽くして同じ有様になるだろう、ということだ。

つけ加えるなら、おそらくシロはアールヴによって生み出されたか、あるいは発見されて保護された希少種だ。蚕というものは攻撃手段を持っておらず、たぶんアクウィアスが管理している こ(・) こ(・) 以外では、魔物や野生動物に襲われるだろう。

もちろんシロが対象の魔力を吸い尽くせば敵対存在は瀕死になるだろうが、それでも『食事』の範囲外から攻撃されれば、それで終わりだ。

「ならない。ならないから、訊いてる。いや、もうちょっと直裁的に訊くか。シロちゃん、おまえ、私たちのところに来ないか? 生き延びさせてやれるし、安全も保証してやれる。吐き出す糸はもらうけど、それは構わんだろ?」

〈……信じ難いけれど……クラリスは、不思議。信じたい気持ちになる〉

「じゃあ、うちに来るか?」

〈クラリスが、そしてクラリスの仲間たちが許すのなら〉

「よし。決まりだな」

握手を解き、シロからゆっくりと数歩分離れて、ぐるりと振り返る。

後ろの方でニヤニヤしている九尾の妖狐へ。

「――おい、カイライン。シロちゃんに と(・) っ(・) て(・) お(・) き(・) を(・) 喰(・) ら(・) わ(・) せ(・) て(・) や(・) れ(・) 」