作品タイトル不明
185話「森の民の、森の友_03」
グロリアスの連中は足も速いが、行動も早い。
前世が現代日本のアラフォーおっさんだった私クラリス・グローリアの、どちらかといえば前世の経験則になるのだが、仕事の早さというものは動きの速さではなく、判断のスピードをいかに速めるかという点が肝要である。
これは肉体労働においても頭脳労働においても共通するもので、結局のところはアクションとアクションの間に生じる時間が、結構な割合を占めるからだ。
そういう意味において、グロリアスで最も素早い判断は、私が「なんかする」と言った瞬間に行われるのかも知れない。
アールヴが言う『友達』のところに行くと決めた瞬間にはロメオがするっと丸太小屋を抜け出し、たぶん待機してた誰かに伝えて、その誰かが別の誰かにあれこれ言って、五分も経たずに森を歩く準備が整っていた。
「とりあえず、十日くらいは持つと思いますよ。保存食と塩と、あとは薬関係ですね。クラリス様には要らないと思いますけど、一応、ちょっとした毒なら大丈夫です。食器類と毛布やなんかも詰めてありますけど、水は魔法で出してください。道中で魔物とか動物とか狩るなら、二十日以上は持ちますよー」
でかめの背嚢をふたつ持って来たコボルトのイオタ・ポロが、当たり前みたいな顔をしてそんなふうに言った。
イオタやプーキー・シャマルのようなコボルト族は、なんと私よりも小さく、犬のぬいぐるみが動いているような見た目で、ほとんど全員が共通して器用な種族だ。ポロ族はチワワっぽい感じで、シャマル族はパピヨン犬に似ている。
「いやはや。なんという準備万端。もしかして君たちは、クラリス嬢が来たときには、もう準備を始めていたのかね?」
目を丸くして驚きを表明するシェフィード。
そりゃあ、飯を食ってたら集団の代表がやって来て、ちょっと話をして小屋を出た瞬間には出発の準備が整っているのだから、誰だって驚くだろう。
ぶっちゃけ、私だって普通に驚いた。
アールヴと話をするまで、協力してやろうとか助けてやろうとか、別に思っていなかったのだが。
「そうですね。だって、アールヴの人たちが困ってるのを助けるのって、それがなにかの罠だとしても、クラリス様は『面白そう』だって思うでしょうから」
特にドヤるでもなく、ごくごく普通にイオタは言い切った。
シェフィードとエリアスはその発言を受けて互いに目を合わせ、どちらも困ったように苦笑を浮かべる。美形なのでやたら様になっていたが――そんなことより、イオタみたいな人畜無害そうなコボルトに、特に信用されていなかった事実が二人のアールヴにとってはちょっと胸に刺さったのだろう。
――なにかの罠だとしても。
つまり、おまえたちの言説を頭から信じているわけではない、ということだ。
「ふっはっは! よくできましたと言わざるをえないぞ、イオタ。どれ、私が褒めてやろう。相変わらずのいい仕事っぷりだな」
上機嫌に笑いながら獅子姫ラプス・クルーガがイオタの頭をぐりぐりと撫で、力が強いせいでイオタの頭がぐわんぐわんと揺らされていた。
「あうぅ、あーりーがーとーですぅー」
頭を揺らされながら礼を述べるイオタは、めっちゃかわいかった。
「ラプ姉、イオタさんの頭が取れちゃいますよ」
当たり前みたいに背嚢を背負い、もうひとつをカイラインへ渡しながら言うロメオ。カイラインも特に文句を言わず、普通に背嚢を受け取った。
「では、行くか。どうせ何日か森を歩くのであれば、わざわざ朝を待たずとも構わんだろう。森の民を名乗っているのだから、多少の夜目は利くのだろう?」
ユーノスが私をひょいと抱きかかえて言った。
「あ……ああ、いや、問題ない。我々は、森を歩くのは得意だ」
「決断も早ければ、出発も早いのね」
戸惑うアールヴ二人に、お姫様抱っこされた私は、ちょっと考えてから、せっかくなのでドヤっておくことにする。
「これが私の『 栄光(グロリアス) 』だ。すごいだろ?」
ちなみに、今のところ私自身はちっともすごいところを見せていないのだが、二人のアールヴはそこのところには気づかなかったようだった。
ついでに言えば、私と一緒にドヤっているカタリナも、その事実に対しては知らん顔である。
◇◇◇
そんなこんなで、さくっと出発し、アクウィアスの二人による案内で森を歩く。
魔境の森においてグロリアスが開拓している範囲は、ほんの一握りもいいところで、一日とかからずに開拓地の範疇からは抜けてしまうが、無駄に領域を広げたところで管理しきれないので構わない。
こうして魔境の森を歩くのは――ユーノスに抱えられているので実際には歩いていないが――私にとっては随分と久しぶりである。
エスカードの魔族戦で疲弊したユーノフェリザ氏族をそそのかして獣人の領域を目指したとき、以来だろうか。
今となっては懐かしい、妖狐セレナとの出会い。魔境に居場所を構えることにして、それからちょっと経った頃にスーティン村のオーク、モンテゴが助けを求めてきて……なんてことがあったか。
木漏れ日さえも途切れがちな深い森。
切り拓かねば軍勢が通れず、これがあるおかげでロイス王国は魔族とも獣人とも直接的に相対しなくて済んでいる。現在では一部例外があるわけだが。
「獣人たちが魔境を拓くだなんて不思議と思っていたけれど、人族の貴女が魔人種や獣人を取りまとめていただなんて、すごく驚きだわ」
お姫様抱っこで搬送される私に戸惑いながら、エリアスがそんなことを言った。
「まあ、これまでもいろんなやつに驚かれてきたが、アールヴに関して言えば、こっちはそっちのことをほとんど知らんから、なににどう驚いているのかも、あまり判らんぞ。そもそもおまえたちはどういうやつらなんだ?」
「アールヴは四人の賢者に統べられている森の民のことね。南、西、東、そして中央にそれぞれ賢者がいて、いくつもの小さな集落をまとめているの。私たちは寿命が長いから、あまり数を増やさない傾向があるし、森が深くて他種族からは不便っていうこともあって、侵略されることもないのよ」
「北の賢者がいないのは?」
「北は魔族の領域になるからね」
素朴な問いに、端的な回答。元は魔族だったユーノスを見上げてみれば、さしたる反応はなく、ふぅん、くらいのものだ。
「その賢者……おまえたちの住処をまとめてる東の賢者だったか。そいつが『友達』を捨てろと命じたってことだな。おまえたちの……アクウィアスの集落のやつらは、その命令に従うことにしたんだろ」
「まあそうね。はっきり言えばアクウィアスの集落においては、私たちの『友』を見捨てたところで別に困らないから」
「だが、おまえたちは困る?」
「いいえ」
あっさりと首を横に振り、エリアスは空色の瞳を私に向けた。
私が好きな、ある種の覚悟を秘めた眼差しだ。
誰かが、周囲が、世界が――なんと言おうが自分はこうするのだ、という。
場合によっては傍迷惑この上ない決断。そしてその決断で生じるマイナスに対して、それでも構わないと開き直る意思。
「私たちの『友』が死んでも、私たちは困らない。だけど『友』が死ぬのは悲しいわ。その悲しさを仕方ないと割り切って生きるには、私たちの寿命は長すぎる」
「クラリス嬢、これは僕たちがどのような自分たちでいたいのかという話なのだ。究極的には『友』の意思すら関係ないのだよ」
もしそれが本当だったら、なんとも素敵な話だ。
「おまえらは、アールヴの中では変わり者なのだろうな」
悪くない、というふうにユーノスが言う。
私はちょいと首を動かして後方を確認するが、九尾の妖狐は私に見られることなど百年前から知っていたというような顔をして、首を縦に動かした。
なるほど、アールヴの領域で厄介になっていたカイラインから見ても、エリアスとシェフィードの二人は、変わり者なのだろう。
「そうかしら? そうかも知れないけれど……魔人種の貴方、ユーノスといったかしら。どうしてそう思うの?」
「個の決断に殉じるのが一般的な気風だとすれば、そんなやつらが集団を形成して永い刻を同じ場所で暮らすことなどできないからだ。『自分はこうする』と決めたやつから集団を抜けることになる」
そうして集団は徐々に解けていき、ばらばらになった個々が在る、という状態になるわけだ。それで生きていけるのなら、それでいいと私は思う。
人が集まるのは、そうしなければ対抗できないからだ。
害敵に、飢餓に、災害に、病魔に――個では抗えないから、人は寄り添い、集団が形成され、村になって町に変わり国をつくる。
ならば『グロリアス』は、どうなのだろう?
私たちは、私が楽しいからという理由で身内に引き込んだ者ばかりで構成された集団だ。生存するための集合体では、そもそもない。
いつだったか妖狐セレナに「最悪じゃ」と言われた理由は、きっとそこらへんにある。私が「素敵だろ」と答えた理由も同じことだ。
生きていくためにはこうしなければならない――それは、ほとんどの生物にとって共通だ。集団がある程度大きくなっても、そのルールは形を変えて適用される。個人であれば『水と食料の確保』から始まるだろう。集団になって狩猟生活を営んでいるならば『負傷や死亡のリスクを抱えて誰かが狩りをすること』が必要だ。現代日本のような社会であれば『働いて得た金銭を削られるとしても税金を払わねばならない』というふうにルールがスライドしていく。
結局のところ、それらは集団が生存していくための法理だ。
しかし私たちは違う。重なる部分はあれど、根っこのところで違うのだ。
生きていくだけなら、たぶんどうとでもなる。
故に――私たち『グロリアス』は、こうしなければならない、という共通の法から外れることができるのだ。交易を始めて通貨が流通した現在においてさえ、いざとなれば別に金なんてなくてもいいやと開き直ることができる。
「そういえばマリエル・サン・フォーサイスというアールヴに会ったことがあるぞ。敵対関係だったがな。やつは人族の、ロイス王国の王子の従者みたいになっていたが、知っているか?」
ふと思い出し、訊いてみる。
が、アクウィアスの二人はちょっと考えるようにして、首を横に振った。
「いや、フォーサイスの氏族は、知っている……というのは、知っているというだけだがね。彼らはアールヴの、どの集団にも属さない狩りの氏族のひとつだ。東、南、西、中央の外周を巡りながら魔物を殺して回っている」
「中央のアールヴなんかは露骨に見下しているみたいだけどね。私たちみたいな外寄りのアールヴからすれば、優秀な狩人の氏族って感じよ。それが……人族の王子の従者に? なんで?」
「何故と言われても、知らん。だが明らかに上下が定まっていて、その関係に納得してるふうだったな」
ちょっと煽ってやったら憎悪を向けられたので、あの女アールヴが『放蕩王子』に向けている忠誠みたいなものは、たぶん本物なのだろう。
まあ、この二年間、ブリッツ王子やゴルト武装商会の介入はなかったのだが。
私の進言通りに今頃ロイス王国の東の果てあたりでドンパチやってたら笑うのだが、さすがにそこまで単純でもあるまい。きっとなんか面倒そうな政争をやって、楽しくもない謀略と計略の渦中で踊っているのだろう。
「いやはや。僕らは知らないアールヴだが、変わり者なのだろう」
と、毒にも薬にもならない意見を口にするシェフィードだった。
まあ実際それについては同感ではあるのだが。
ちなみに、そういう話をしている最中、獅子姫ラプス・クルーガと刀使いのロメオはちょっと離れた場所を走り回って魔物を狩り、今日の肉をゲットしていた。
◇◇◇
そんな感じで魔境をずんどこ進み、四日目。
私たちは、彼らの『友』が棲む場所に辿り着いた。
六本の肢と、一対の触角、ふわふわの白い躰と、同じくふわふわの羽根。
黒い、ふたつの眼。
〈見慣れぬ者たちを連れて来たのだね〉
というような『意思』が、そいつから伝わってきた。
そいつは喋るための口を持っていなかった。
というか、食べるための口だって持っていない。
大きさは――バスケットボールくらいのサイズだろうか。
私が知っている そ(・) れ(・) より、はるかに巨大ではあるが。
私が知っている そ(・) れ(・) と、見た目は同じもの。
〈はじめまして。友の友。ワタシたちになにか用?〉
でっかい 蚕(かいこ) だ。
でっかい蚕が、テレパシーで話しかけてきた。
そういえば異世界ファンタジーだった。
通貨を造って流通させたりしてたから、ちょっと忘れてたけど。