軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

184話「森の民の、森の友_02」

グロリアスの砦から魔境の開拓地までは、馬車で半日ちょいといった距離なのだが、このメンバーだと徒歩の方が早いということで、二年経っても変わらず、私はユーノスに抱きかかえられて搬送されることになった。

私クラリス・グローリア、その私をお姫様抱っこして搬送しているユーノス、にまにまと楽しげな様子の黒い九尾の妖狐カイライン、そんな妖狐とは正反対の天真爛漫な笑みを浮かべて歩く獅子姫ラプス・クルーガに、彼女の弟分のロメオ。それと当然のように私の横……つまりはユーノスの横を歩いているカタリナ。

あとはアールヴの件について報告しに来た蜥蜴人のエストマ・イーグニアに、狒々獣人のサーザック・ドマ。

よく晴れた昼下がりの草原を、みんなでのんびりピクニックというわけだ。

開拓地までの道程は馬車や荷車が死ぬほど行き交ったせいで、くっきりと轍ができてしまっているが――今のところ、人族が魔境まで辿り着いたことはない。

ティアント領からグロリアスの砦までは特に通行税をとったりせず、許可制で商売を許しているが、砦付近につくられた商業区域から先へ出ることは許していないからだ。スーティン村や魔境の開拓地、あるいはドゥビルの岩山地帯に用事があるやつなんて、ロイス王国からの間諜やその類いに決まっている。

グロリアスは観光地ではないのである。

さておき。

相変わらずというなら、ユーノスやマイアあたりの魔人種たちは二年経っても姿が変わらない。最高齢らしいビアンテもそうだ。長寿の種族なので、成人したあとは容姿の変化はあまりなく、平気で二百年以上は生きられるという。

逆に――というべきか、順当にというべきか、獅子姫ラプス・クルーガはすくすくと成長して、なんというか陸上部の快活なセンパイみたいな体型になっている。やたら明るくて練習はそこまで真面目にしていないのにタイムがいい、みたいなタイプだ。ぜひともクール系同級生に嫉妬されて欲しい。

父親譲りの獅子髪はぼさぼさに伸びっぱなしだが、似合っているのでだらしない感じはしない。胸部装甲についてはどーんと張り出していて、これはひょっとすると血のなせる業なのかも知れない。

そう、実はラプス・クルーガは、レクス・アスカの異父姉妹なのだ。

なんだってその衝撃情報が放置されていたのかといえば、ラプスもレクス・アスカも、その事実を特に重要と感じていなかったからだ。

「はっはっは! そういえばウチが魔境の開拓地に行くのは久しぶりだな。クラリス、今回はなんか面白いことがあるんだろ?」

明日の休日の予定について話すみたいなノリでラプスは言う。

「まだ判らん、としか言いようがない。だがアールヴ絡みの案件だ。二年前のマリエル・サン・フォーサイスを丘で撃退したおまえなら、後れは取らんだろ?」

と、私は特に意味もなくにんまりと笑みを返してやる。

それでラプスはプレゼントを受け取ったみたいに喜ぶのだから、チョロい女である。獅子姫の隣を歩いているロメオが「また始まったよ」みたいな呆れ顔をしていたが、よくもまあ普通の人族が獅子獣人の娘につき合っていられるものだ。

ロメオ――元ゴルト武装商会の下っ端。

ラプスが拾ってきたので世話は自分でしろと言ったら、彼女が日常的にこなしている訓練につき合わされ、いつの間にやら岩山地帯の迷宮で魔物を狩るようになっていた。魔力的には魔人種のように膨大でもなく、身体能力は獣人に敵わないので、なんとなくの興味もあってラフトに刀を造らせ、ロメオに使わせろと指示したのが、やはり二年前の出来事だ。

こいつもこいつで竹みたいにすくすく成長して、今ではラプスよりも頭ひとつ分、背が高い。獣人の領域でよく見る和服っぽい服と腰帯に差した刀のせいで、まるで着流しの素浪人だが、こいつの主君はラプス・クルーガだ。

どう見ても仲のいい友達同士みたいだが、ロメオがラプスに恩義を感じていて、彼女の破天荒に無条件でつき合っている様子は、なかなか悪くない。

「そういやラプ姉、射られた矢をぶん殴ってましたねぇ」

どこかしら飄々とした話し方を、ロメオはするようになった。二年前は、チンピラの下っ端っぽさがあった気がするのだが。

「今のおまえなら、あの女アールヴの矢だって切り払えるだろ。ウチと遣り合ってしばらく持つんだからな」

ふふん、と自慢げに言うラプス。

ロメオは正否を明確にせず、ふにゃっと笑って肩を竦めた。

「そういえばカタリナはもうロメオに負けるのだったな」

私をお姫様抱っこしながら、ユーノスは横を歩いているカタリナにニヤリと笑って言った。二年前なら顔を真っ赤にして反論しただろうが、今の彼女はちょっとだけ大人になっている。

「十回やったら八回は勝つわ」

と、ちょっとだけ大人になったカタリナは、澄まし顔でそんなふうに返した。

「実戦は最初の一回だけだ。そしてロメオはその一回に勝ちを持ってくる。こいつに勝ちたければ十回やって十回勝て」

などと無茶振りをするユーノスだったが、こいつがそう言うなら、たぶんそうなのだろう。私には強者の感覚など知りようもないが、どうやらグロリアスにおいてはユーノスが最も強いようで、そしてそのことを誰もが認めている。

獅子姫ラプス・クルーガだってそうだし、猪獣人のゾンダ・パウガですら、その点については認めている。

「ふん。別に私、そいつに勝つために強くなりたいわけじゃないもの」

「はっはっは! カタリナ、おまえにはクラリスの世話という仕事があるからな。戦うのはウチらに任せておけ。もちろん、いざというときに役立たずでは困るから、鍛えるのはサボらない方がいいぞ」

思ったことを思ったまま言うラプスに、カタリナはなにかを言い返そうとして、結局は軽く肩を竦めるに留めたようだった。

カタリナとラプスはそれなりに歳は近いのだが、なんというか、そこまで仲が良いという感じでもないらしい。カタリナとキリナみたいな友誼ではなく、身内同士、仲間同士、くらいの距離感だ。

「ところで後ろでニタニタ笑ってる狐。おまえは、アールヴが助けを求めてるとかいう話に心当たりはあるのか?」

「さて、情報が少なすぎますので、なんとも。私がアールヴの領域で時間を潰していたのも、随分と以前の話ですし、アールヴもそれなりに数がいますしねぇ」

ニタニタ男こと九尾の妖狐カイラインは、ラプスの雑な問いに雑な返しをして、それから、やっぱりニタニタしたまま、続けた。

「とにかく、助けを求めているアールヴに話を訊いてみましょう。それによってこちらがどう対応するのかを決めるのは、クラリス様です」

これには全員――エストマとサーザックも含めた全員が、同時に頷いた。

グロリアスの長、クラリス・グローリアの決定に従うのは当然である、と。

別に逆らってもらっても全然構わないのに。

この二年、マジで大した揉め事も起きてないのだけど、もしかするとこいつらは地球人類よりも優れたモラルの持ち主なのかも知れない。

これだけごちゃごちゃに寄せ集めて、私みたいな小娘が上からああだこうだと方針を決めてあれこれさせているのだから、そのうち絶対なんか揉めるだろと思ってたんだけど。

起きないんだなぁ、これが。

何故と問われても困る。私の方が知りたい。

◇◇◇

うちの連中は足が速い。

なにを今更という話なのだが、移動速度に関していうなら、普通に移動する速度そのものが人族の集団と比べると、たぶん二倍くらい違う。

もちろん現在はグロリアスの中にも、孤児だったり雇っているやつだったりで人族がちょこちょこいるので、グロリアスの中心に近い者たちの話ではある。

ともあれ、そんなこんなで、あっという間に魔境の開拓地へ。

砦を建設する前は魔人種のビアンテが仕切っていた場所だったが、現在はコボルトのイオタ・ポロが中心となって開拓地を運営している。まあ、運営というのも変な話ではあるが、これはグロリアスの公共事業として給金を出しているので、運営と言ってしまっても構うまい。

開拓地での仕事内容は多岐に渡る。

蜥蜴人エストマ・イーグニアや狒々獣人サーザック・ドマがやっていたような、開拓地周辺の探索と警戒もそうだし、魔境の森で狩った魔物肉を燻製にしたり、皮を剥いで鞣したり、今はプラド・クルーガの獣王国から綿を買って衣服を作ったりもしている。あとは各々、やりたいことがあれば勝手にやっているはずだ。

通貨が流通するようになったので、イオタを通して衣類や靴なんかを発注する、なんて商売もある。これは開拓地における制作者集団をひとつの工房と見做して、特例で商売の許可を出している。

開拓地には人族の手を入れていないので、金を使いたくなったら砦まで行くか、あるいは砦を越えてティアント領まで行くことなるが、特に急いでやる仕事もないので、のんびりしたものだ。

いや、のんびりしたもののはずなのだが……グロリアスのやつらはどいつもこいつも勤勉なので、週に二日は休日にしろと命じるまで、イオタあたりは延々と働き続けて困ったのだが、それはさておき。

そんなわけで現在の開拓地において最も目立つ建物は、倉庫だ。

ティアント領の領都に並べて建てた倉庫の練習として、開拓地でまず作ってみた鉄筋と鉄板の建屋が、いくつも並んでいる。切り拓かれた森の中に倉庫が並んでいる様はわりと異様なのだが、開拓地ではとにかくいろんなものを作っているので、なんだかんだ必要だったのだ。最初のうちは丸太小屋倉庫を建てまくっていたのだが、やはりあまり大きな倉庫は造れなかったらしい。

で、その並んだ倉庫のひとつ――ではなくて、今ではもう使われていない丸太小屋の中に、アールヴの男女がいた。

捕らえられているとか隔離されているとかではなく、とりあえず小屋を貸してやって、食い物と飲み物を提供したということらしい。

アールヴといえば、私にとっては二年前の砦を巡る騒動の中で見かけた浅黒い肌の女アールヴ、マリエル・サン・フォーサイスだ。

ロイス王国第二王子ブリッツ・オルス・ロイスの……護衛だか家来だか知らないが、ティアントの屋敷の上の方から狙撃してきて失敗した間抜け、くらいの印象しかないのだが、あれがアールヴの標準じゃないことくらいは判る。

が、それではこれが標準かというと、さて、どうなのだろう。

「いやはや、雑多な獣人のつくる雑多な食事も、美味しいものだねぇエリアス」

「やめなさいよシェフィード。彼らの親切心がなければ、私たちはこんなふうに安心して眠れなかったし食べられもしなかったのだから」

「いや、僕はなにも貶しているわけではないのだよ。食事は美味しいと言っている。獣人たちにこのような文化があることに僕は驚いているのであってだね」

「あなたっていつもそうね。私の料理にも『今日の野菜は出来がいいのだな』みたいに言うじゃないの。料理が美味しいと言えばいいのではなくて?」

「いや、それはだね――」

「いやいやいやいや。あなたって本当にいやいやの民ね。よくないわよ」

「い、う、うむ……いや、確かにそれはよくないね」

「ほらまた『いや』って言った」

イオタに案内された丸太小屋を開けてみれば、簡易テーブルの上の食べ物を美味しそうに食べながら、なんか夫婦漫才をやっている肌の白い美男美女がいた。

どちらも長い耳とアッシュグレイの長い髪の持ち主で、どちらも扉を開けたこちらに気づかず、夫婦漫才を続行していた。話に夢中になるタイプのようだ。

私より先に扉を開けて小屋に入ったユーノスは「なんだこいつら」という表情を隠しもしなかったし、次に入ったカタリナは「どうしましょうか」という感じで私を見てきたが、そんなもん、こいつらがどんななにであるかによるだろう。

「おい、おまえらが助けを求めて来たとかいうアールヴか? はじめまして、こんにちは。私がグロリアスの代表、クラリス・グローリアだ」

と、私は言ってみた。

アールヴの男女は、ようやくこちらに気づいたようで、二人同時に驚きの表情を浮かべ、それから、やっぱり二人同時に立ち上がって、ぺこりと会釈した。

「これはこれは丁寧にどうも。僕はシェフィード・リーノ・アクウィアスと申します。この度は丁寧な対応、まことに感謝する次第です。いやはや」

「私はエリアス・リード・アクウィアス。この度は私たちの助けを……その、応じていただけるかはまだ判りませんが、話を聞いてくださるとのこと。まずは感謝を申し上げます。本当にありがとうございます」

あれ、なんか普通に腰低い。

エルフ……アールヴなんだから、獣人や人族なんて見下して森の民としての意味不明なプライドを天高く積み上げてそうだなと思っていたのだが。

別にそんなことはないらしい。

それがこの二人に限った話なのか、アールヴ全体の話なのかは判らないが。

「ふぅん。アクウィアスっていうのが、おまえたちの所属というか、そんな感じなのか? なんか、友達を助けて欲しいってことは聞いたが」

「ええ。私の場合はアクウィアスの集落のリードの家のエリアスということになります。その……アクウィアスの集落は、アールヴの東の賢者に仕えている集落のひとつでして……賢者様の命令で、友を捨てよ、と」

「東の賢者が友を捨てよと?」

なんだかよく判らないので適当に科白を反芻してやりつつ、最後に入ってきたカイラインに視線を送る。ニタニタ男はニタニタしたまま微妙に首を横に振り、自分の知っている範疇の物事ではない、と伝えてきた。

まあ、それが真実かどうかはさておき。

「賢者様が言うには、すでに友の命は尽きかけ、我々では救えないとのこと。ですがまだ友は元気に生きております。我々に救えないとは言われましたが、別の誰かになら救えるかも知れませぬ」

「そう考えた僕とエリアスは、つい最近、森のずっと東になにかしらの動きがあったことを思い出した。誰かが森に住み着いている。森の魔物の分布もわずかずつ変わっていて、それを確認するためと言って僕とエリアスはここまで来たのです」

「へぇ」

アールヴの生息地はかなり離れているはずなのだが……実際、開拓地のメンバーが行っている探索と警戒では、アールヴのアの字の痕跡すら見つかっていない。

が、シェフィードとエリアスによれば、向こうからはこちらのことがなんとなく把握できていた……らしい。

「僕らの友を、助けていただきたい」

「私たちの友を、どうか」

二人はまた揃って頭を下げてきたが、肝心のところがぼんやりしたままだ。

「んで、その友達っていうのは、どんなやつなんだ? なんで東の賢者とやらは、そいつが死んでしまうって言ってるんだ?」

「それは……森の精気が尽きかけているからだ、と」

「というのも、僕らの友は、森の精気を吸って生きている」

「んー……よく判らんが、その友達を殺せとなっていない以上は、森の精気を吸うっていうのは、なんか限定的な事象なわけか。そいつの周辺以外にはあんまり影響がないとかかな。だったら精気のある場所にそいつを移動させてやれば救えそうなものだが、おまえたちに救えないっていうのは?」

「私たちの精気が吸われてしまいますので……」

申し訳なさそうに俯くエリアス。

なんか、別になにかを隠そうとかそんな感じがしない。聞かれたことに真面目に答えたらこういう質疑応答になっている、というふうだ。

「ふむ」

と私は頷き、ちょっと考えてから、もう一回頷いて、クラリスマイルを進呈。

それから、言った。

「よし、とりあえずおまえらの友達のところに案内しろ。助けられるようで、こっちの気が向いたら助けてやる。無理そうなら断る。いずれにせよ、見てみなければ判らない。おまえらの友達は、ちょっと説明が難しいやつなんだろ?」

好きにしろと言われているし、好きにするぞと言っている。ので、私は私の決断によってグロリアスの連中を動かすことに、さほどの躊躇は必要ない。

あまりにも即決だったからか、あるいは肯定的な返答が意外すぎたのか、アールヴの男女は整った容姿でぽかんと間抜け面をつくった。

無論――このクラリス・ビューティフル・グローリアは、美しさにおいてはアールヴにだって負けていない。

改めてにんまりと笑みを見せ、思いっきり胸を張って、私は言う。

「おまえらが私を頼ってきた。私はおまえらが求める助けに応えるか否かを、まだ判断していない。でも、助けてやってもいいかなとは思ってる。何故なら、おまえたちが悪いやつらじゃなさそうだからだ。さあ、行くぞ。魔境を越えて、おまえたちの友達のところに」