作品タイトル不明
183話「森の民の、森の友_01」
ティアント領と交易を始めてから、実に二年が経過した。
思った通りに、予想もつかなかったような『混沌』が訪れ、あれやこれやの対処に追われ、なんやかんやと楽しんでいるうちに、時間が流れてしまったわけだ。
私、クラリス・グローリアとしては、二年間楽しく過ごしていた。それだけ、と言ってしまっていい。ちょこちょこ問題は起きたし、対処をしたし、たまには荒事もあったが、私が不死性を発揮する機会なんて訪れなかったし、どっかの『放蕩王子』みたいな厄介事が訪れたりもしなかった。
ちなみに二年が経過したので私は十八歳になったのだが、案の定、姿形に変化はなかった。マジで一切変わっていない。
二年前から変わらず、クラリス・キュートが過ぎる・グローリアである。
魔人種の少女カタリナと妖狐セレナの娘であるキリナは、どちらもだいたい十四歳くらいになって、どっちも私よりデカくなった。
カタリナの方はすくすくすくすくと育って、たぶん身長は百六十センチ近くあるんじゃないだろうか。将来的にはマイアと似たタイプのスレンダー美人になるだろう。現段階でもスレンダー美少女ではあるが。
ちなみに私は感覚的に百四十五センチくらい。
さらにちなむと、レクス・アスカも私と同じくらいで別に成長はしていない。二年前の時点で二十代だったので、彼女の成長期はとうに過ぎ去っているはずだ。
で、キリナの方は――母親であるセレナとは違って朗らかな印象の美少女に育っている。セレナは妖艶でちょっと近寄り難い雰囲気があるのだけれど、キリナはむしろ親しみやすい、やわらかな雰囲気の持ち主である。
それと、これは祝福と共に賞賛してやりたい事象なので特に悔しさとかはないのだが……キリナの胸部はすくすくと成長している。私よりも。
未だに一緒に馬車に乗るとカタリナもキリナも私にくっついてくるのだが、カタリナの方は私を後ろから抱きかかえたがるし、キリナは腕を組んできて脅威の胸部をぐいぐい押しつけてくるのである。
まったくもう!
私は前世アラフォーのおっさんだった記憶は持っているが、普通にクラリス・グローリアとして人生を生きてきた記憶と意識だってばっちり持っているのだ。別に全然悔しくはないが、年下の少女のおっぱいを押しつけられる十六歳時点から成長しないしこれからも成長しないであろう美少女の気持ちを答えよ。
「私、もうクラリス様を守れますからね!」
後ろから私を抱きしめながらそんなことを言うカタリナ。
「私だって、もう守られるだけじゃないですよぉ」
にこにこ笑いながら、三本の尾を揺らすキリナ。
なんだって私はハーレムラブコメみたいなことになっているのだろう。
ていうか、現代日本のオッサンの記憶を持つ美少女のハーレムは、ハーレムであるのが正しいのか逆ハーレムであるのが正しいのか。
いや、まあ、いい。
あとは――トピックスとしては、グロリアスで子供が産まれたりもした。
なんかオークと牛獣人の女がカップルになってて、その二人の間に子が産まれたかと思えば、他にも三組くらいカップルができてて、普通に子供が産まれていた。
はっきり言って私には子育ての知識も経験もないので、私はもう子育てに関してはノータッチを決め込んだ。孤児をまとめていて文字の先生をやっているカティアに相談して、グロリアスの子育て部門を設けたくらいだ。
というのも、この世界における子育てというのは、日本の昭和やそれ以前みたいな、共同体における子育てと似ている……っぽい気がする。ロイス王国の農村でもそんな感じで、村のみんなで子供を世話するのが当たり前、とかなんとか。
私はロイス王国のグローリア伯爵家に生まれたので、そういう子育ての感じは知らないし、前世の『私』なんて独身アラフォーおっさんである。周囲の人間の子育て話に「大変だなぁ」と他人事の顔をしていただけだ。
なので、慣れてる連中に、なんというか保育所みたいなものを運営してもらうことにした。カティア自身は文字の先生をやってもらっていたが、それも途中からは『初心者向け・文字の先生』に変更し、ヴィクターの伝手を使ってロイス王国で職に就いていない学者みたいなやつを招致し、今ではそいつに『中級以上の文字の先生』をやってもらっている。希望者には他の学問も。
これはグロリアスの通貨とロイスの通貨を両替しながら交易を続け、グロリアスに財力というものが備わってきたおかげだ。人を雇うのには金がかかる。その支払うべき金銭が、まともに育ったというわけだ。
で、まあ、その関係でというか、ティアント領で発生した孤児はかなりの数、グロリアスで引き取った。いろいろ理由はあるのだが、引き取れる余裕があった、というのが、たぶん大きな理由だ。
相変わらず、グロリアスでは食料の確保が最優先事項である。
ぶっちゃけ売るほどあるが、麦自体を売ることはしていない。魔境の魔物肉も、それ自体を売ることはしていない。
そのかわりというわけでもないが、グロリアスの中でも商売が始まった。
食べ物を提供する店が多いだろうか。たまにはあの店でちょっとリッチな食事をしようぜ、みたいな趣味ができたり、屋台の串焼きだとか、焼き菓子を売ってる店なんかもあって、それなりに客がついている。人気となるとロイス王国からやって来た料理人が開いている店の方が人気だったりするのだが、グロリアスの中で金を使うとなれば、やはり食い物屋が多いだろう。
グロリアスにおける商売は完全許可制なので、全ての店舗はグロリアスの金庫番であるアーロゥ・グラーデと、カティアのところの孤児だったアーロゥの弟子ジュードが把握していることになる。
ティアントとグロリアスの交易においては、人員の交流が最も目立つ変化というか改革だろうか。ティアント領に訪れた『混沌』の中には当然だが荒事も存在しており、そういうときにはグロリアスの戦力が非常に役に立った。
かなり初期の段階でグロリアスの戦力をティアント領に貸してやることを決め、だったら『警備隊』みたいな組織をでっち上げて、グロリアスの人員もティアント領騎士団からの人員も、そこの出向という形にしよう、となったわけだ。
案外、上手くやっているらしい。
私はあれこれあってから報告を聞くことが多いので、思ったより全然揉めないんだなこいつら、くらいの感想だが。
話を聞く限り、なんとなくティアント領に出向させっぱなしの牛獣人スパーキ・リンターが緩衝役として上手いこと立ち回っているようだ。
今でも逢えば私の横にいるユーノスに「アニキ!」と近づいて来るし、今は『警備隊』のメンバーとして立場を持っているにも拘わらず、やはり誰からもさして敬われていないようだが、もはやそれはあいつの特技なのだろう。
私もスパーキのことは結構好きだ。
なんというか、軽くていい。
ともあれ、そんな感じで二年間――いろいろあったが、そこまで大きな出来事はなく、混沌の中をどうにかこうにか上手いこと泳いでいる、といったところか。
思っていた以上に平和だったし、順調だった。
しかし、だ。
いずれなにかが起きるであろう、なんてことは判りきっていたのだ。
まあ、なにが起こるのかは判っていなかったが。
◇◇◇
「クラリス様、魔境から報告があるそうです」
砦の食堂で、料理長のメラルヴァが作った新作――輸入した香辛料を使ったパスタ料理みたいなやつ――を食べている最中、ちょっと席を離れていたカタリナが戻って来て、そんなことを言った。
「魔境から報告?」
ここ最近は外側に開拓するよりは開拓済みの場所を整備したり植林したり、あるいは魔物肉の加工の試行錯誤が増えてきた魔境の開拓地で、わざわざ私に直接報告するようなことなど、特になかったはずだ。
ということは……なにか起きたか。
私はとりあえず口にしている分のパスタを咀嚼し、皿をカタリナに渡してやる。カタリナは真顔で私の食べかけを受け取り、報告者を呼びに行った。
はたしてやって来たのは、蜥蜴人のエストマ・イーグニアと、狒々獣人のサーザック・ドマの二人だった。
どちらも魔境の開拓地で働いており、たまに砦までやって来てロイス王国からやって来た料理人が開いている食堂で飯を食うのを趣味にしている。
「お久しぶりです、クラリス様」
「クラリス様、オレタチ、報告、アル」
狒々と蜥蜴が並んでぺこりと頭を下げるが、私は畏まられても特に嬉しくないので、普通に頷いた。
考えてみれば二年前から大抵のやつはそうだったが、今となってはグロリアスに引き入れた人族の連中だって私にタメ口なんか利いてくれないのだ。
せいぜいがユーノス、セレナ、マイア、獅子姫ラプスに……あとは、鍛冶士ドゥビルに、ビアンテあたりか。モンテゴは最初から敬ってきてたし。
「もちろん聞く。わざわざ直接話をしに来たんだからな」
ふむ、と頷いてやれば、いつの間にか私の斜め後ろに戻っていたカタリナが、食後の茶をテーブルの上に置いてくれた。
「オレタチ、開拓地ノ外、見テ、回ッテル」
「魔境の森の巡回調査、みたいなものです。大物の魔物の気配なんかは見回っていればすぐ判りますし、蜥蜴人がいれば川の水の雰囲気の変化も判ります」
それは知っている。
が、いちいち口は挟まず、茶を飲みながら頷いて、続きを促す。
蜥蜴人と狒々獣人は、一瞬だけ互いに顔を見合わせてから、狒々獣人の方が口を開いた。我ながら信じ難い、みたいな口調で。
「その……巡回中、アールヴの男女に、助けを求められました。彼らが守っている森の友を捨てろと言われたがそういうわけにはいかない、みたいなことを言っていたのですが……ちょっと、要領を得ず、半端な報告になって申し訳ない」
「アールヴ……」
森の民である、耳の長い亜人種だ。
獣人の領域から見ると、魔境の森を西北西にずーっと進んだ森の中に大きなアールヴの集落があり、その大集落の周辺に小さなアールヴの集落が点在している、とかいう話だったはずだ。
カイラインが前獣王ランドールによって追放された後、そのときは「どこそこを守ってろ」と命令されていたのにまるっと無視してアールヴの領域まで赴き、そこで十年近くの時間を潰していたという。
二年前の砦を巡る攻防戦の際、空言に利用されていたのが、マリエル・サン・フォーサイスというアールヴだった……と思う。たぶん。
「はい。アールヴです。耳がこーんな長くて、色白で、ひょろっとしてます」
顔の側面で人差し指を立てる狒々獣人にはちょっとしたおかしみがあったが、まあそれはいい。
「んーっと……要するに、そいつらがなにを言ってるのかはよく判らないが、とにかく助けて欲しいと言っている。で、判断を仰ぎに来た、ということだな」
「そうなります」
「アイツラ、スゴク真剣ダッタ。嘘ハ吐イテ、ナイ」
「ふぅん……」
森の友を見捨てろ? でも見捨てられない?
なるほど、本当によく判らん。
私はなんとなく斜め後ろに控えているカタリナを見る。すらっと背の高くなったポニテ美少女は当然のように頷き、言う。
「判りました、クラリス様。アールヴのことでしたら……カイラインと、ユーノス、それに最近は暇そうにしていたので、ラプスとロメオを呼んで来ます」
「あ、うん。任せる」
なにも言ってないのに判られてしまって、クラリス・なんとも言えない・グローリアになってしまったが、話が早いのでまあいいや。
忍者みたいにひゅぱっと姿を消すカタリナに、呆れとも感心ともつかない感情を抱きつつ、当惑顔の狒々獣人と蜥蜴人に向き直り、にっこりと笑ってやる。
まあいい。
とにかく、なにかは起きた。
「それじゃ、そいつらに話を聞きに行こう。話の流れ次第で、そいつらが助けたがっている『森の友達』とやらも助けてやろうじゃないか。もちろん、むしろ見捨ててブチ殺すことになるかも知れんが」