作品タイトル不明
182話「公爵令嬢_05」
ソフィアーネ・カリストが得意とするのは風系統の魔法である。
倉庫を吹き飛ばしたのは竜巻の魔法で、ゴロツキ連中を保護したのは風壁の応用だ。建築物を吹き飛ばす威力の中、指定箇所に威力を届かせない、なんて真似事ができるのはカリスト公爵家の血筋もあるだろうが、ソフィーとしては努力の証のつもりだ。才能がなかったとは口が裂けても言えないが、それを磨く努力はきちんと重ねたし、こうして結果も出せる。
馬車を八台くらいは駐められそうな広さの倉庫が随分とすっきりして――あるいは 散(・) ら(・) か(・) っ(・) て(・) ――しまったが、砂埃を被るようなこともない。ゴロツキに気を遣うこともできるのだから、当然、自身に被害が及ばない調節もできる。
当然、ゴロツキたちは身動きできない程度に、頭を揺さぶってやった。
なんだかよく判らない塵埃が濛々と舞い上がる元倉庫の床に転がっているゴロツキたちは、ぴくりとも動かない。
「お見事です、お嬢様」
「と、言われましてもねぇ……あまりにもあんまりで、拍子抜けですわ」
さすがに雑魚すぎた。
もっとも、彼らの行動自体は意外性もあってちょっと評価できる、とソフィーは思う。騒ぎにならないのであれば、事件にならないからだ。世間知らずの金持ちを保護して、ちょっとした金銭と引き換えに親元へ返還する――言ってしまえば彼らのシノギは、金持ちの両親からは親切とさえ言えるのだ。
まあ、やっていることがことだけに、やはり身代金目当ての誘拐という体裁には見えてしまうのだが。
などと考えている間に公爵家の護衛たちがやって来て、倉庫街の惨状を目の当たりにし、護衛隊長が微妙に引いた顔をしてゴロツキたちの捕縛に取りかかった。
その間に執事のエリオットはそこいらからちょうどいい高さの壊れていない箱を見繕い、運んできて、わざわざ懐からハンカチを取り出して箱の上に敷き、ソフィーに着席を促した。
「どちらが来るかしら?」
「どちらが、と言いますと?」
「ティアント領騎士団と、グロリアスの自警団が協力して活動しているという話ですわよね。どちらが来るかによって、話の転がり方が変わるでしょう?」
「どちらも、という線もありますが……」
「まあ、どちらであろうが出たとこ勝負に変わりありませんわ」
ハンカチが敷かれた箱に腰を下ろし、優雅に足を組んで護衛たちの作業を眺める。さすがにマクシミリアン公爵が手配した護衛だけあり、この状況であってもソフィーにあれこれ言っては来ない。
これで『お嬢様』に説教だの忠言だのしてくる護衛であれば、さっさと帰ってもらうところなのだが、彼らはソフィーの行動と結果に対して完全に不干渉を貫いており、自らの仕事を護衛のみに絞っている。
実際問題、護衛対象がこういうことをするのではやってられないと思っても仕方ないはずなのだが……やはり、さすがは公爵家の護衛騎士、だ。
彼らがゴロツキたちをきっちり捕縛完了したあたりで、通りの向こうから人の気配と足音、それに怒鳴り声が響いて来る。
ようやくか、とソフィーは箱に座って足を組んだままそちらを見る。ごく自然にエリオットがソフィーの前に出て、それよりも護衛騎士たちが前に出る方が早いのは、重ねての感想になるが『さすが』である。
「なんだなんだぁ! とんでもねー真似してくれやがったなぁ!」
大きなしゃがれ声が響き、現れたのは――人族と獣人の混成部隊だった。
どうやら両方、というのが正解だったらしい。
◇◇◇
現れたのは牛獣人に猪獣人に犬獣人、そして人族が混ざった八名から成る『警備隊』で、聞けばそもそも領都の治安維持は、この『警備隊』に領騎士団とグロリアスの人員が出向して、ティアント領主から権限を委託されているという。
異なる出自の異なる部隊をそれぞれ動かすより、異なる者たちをひとつにまとめてから動かした方がいい、という理屈だ。
問題は、当人たちが納得するかというところにあるはずなのだが――見ている限り、ティアント領騎士団出身の人族と、グロリアス出身の獣人たちは普通に仲がよさそうだった。妙な軋轢も縄張り意識も、人種間の差別意識もなさそう。
「えーっと……確認なんすけど、お嬢様が、この倉庫を吹っ飛ばしたってことでいいんすかね? オレら、なんか破壊があったのを見て駆けつけて来たんすけど」
人当たりのよさそうな牛獣人の男が言う。
スパーキ・リンターというのが彼の名だそうで、『警備隊』においては渉外担当というか、暴力沙汰以外を担当しているそうだ。
ソフィーからするとかなり軽そうな見た目の、それこそ捕縛したゴロツキよりちょっとマシかな、という風体と態度だ。獣人といってもそこまで獣度合いは強くなく、人族に獣耳と尻尾があるな、というくらい。鼻も目も口も、人族のそれと大差ない。
しかしいくらチンピラ風味で軽そうに見えても『警備隊』を名乗っており、ティアント領主から権限を委託されている以上は、まともに相手をする必要がある。
隊というには服装が統一されていないのは気になったが、腕章のようなものを着けており、それが『警備隊』の証のようだ。
「ええ。我々はある仕事のためにティアント領都へ来まして、昼間に調査をしていたのですが、そのおりに彼らが声をかけてきましてね。絶対に興味をそそる商品があるとのことで、この時間にこの場所を指定されたのでやって来たのですが」
エリオットが前に出て答える。
当然ながらソフィーは箱に腰かけて足を組んだままだが、別に誰もなにも言わなかった。替えの椅子が提供されれば座り直すのもやぶさかではないのだけれど。
「現れたのが、あの連中だった?」
ぴゅう、と口笛を吹きながらスパーキが手足を縄で縛られて転がされているゴロツキたちを見る。
「話を聞く限り、人攫いの真似事をして金を稼いでいた連中のようでしたね。ティアント領都では珍しいものが――ロイス王国では珍しいという意味ですが――買えますから、直接買いに来る『金持ちの子供』を狙って、ちょっとした誘拐事件を起こしては小銭を稼いでいたようです」
「ははぁ、なるほど、小銭を。ところで、貴方たちは、どちら様で? 仕事のためにティアント領都へ来たって話ですが……」
「申し遅れました。私はエリオット・グレイ。彼らはカリスト公爵領騎士団から選ばれた護衛騎士、そしてこちらのお嬢様が――」
「ソフィアーネ・カリストですわ。はじめまして、牛の獣人様。それに、猪の獣人様に、犬の獣人様ですか。それとティアント領騎士団の皆様も」
にっこりと笑ってエリオットのセリフを引き継いでみたものの、思ったよりも効果は薄かった。へぇ、そうなんだ、くらいの感触。
これは相手が田舎者だからなのか――公爵の娘程度では、もはや驚かないという経験が彼らにあるのか。
「あ、どうもどうも。こりゃあご丁寧に。改めて、グロリアスから『警備隊』に出向してるっす。スパーキ・リンターっす。そっちの猪はゴンザ・ランダ。そっちの犬獣人は、獣人の領域から来てるクライド・ガエリコっす。あとの人族はお察しの通り、ティアント領騎士団からの出向っすね」
へらへらと笑って、とにかく調子が軽い。
なにも知らないのか――なにかを察していてもその調子を保っているのか。その判断は、まだソフィーには下せない。
ただ、スパーキの軽さは、あまり不快ではなかった。
「んじゃあ、とりあえずそっちのゴロツキ連中はこっちで身柄を引き受けるってことで……倉庫の弁償については、連中に任せちまいましょう。裏に ケ(・) ツ(・) モ(・) チ(・) でもいるなら追っかけて潰せばいくらか補填できるでしょうし」
「……失礼ですが、こういう事件は多いので?」
「多いか少ないかってのは、他の場所を知らねーんで、なんとも。ただ、まあ、ティアント領都には『混沌』ってやつが訪れてるらしいんで、そりゃあこういう連中も、それなりにはいますねぇ。今回のは木っ端だったもんで、オレたちの眼中に入ってなかった、って感じすかね」
混沌。
なるほど、言い得て妙だとソフィーは思った。
人族と獣人が混在していること、それ自体が混沌を示しているが、おそらくそうではないのだ。文化、価値観、その他の様々なものが権力による圧力を受けず、整理されることなく存在している――無論、『警備隊』を置いているくらいだから最低限譲れない秩序はあるのだろうが、それでも、ティアント領のこの状態が、考えてみればあまりにも異質なのだ。
獣人たちとの交易?
仮にソフィーがそれをやれと言われたところで、まっさらの状態からやれる気がしない。だけど、それを始めた者がいる。
――クラリス・グローリア。
一体どういう経緯で彼女は獣人の領域で自分の勢力をつくり、ティアント領と交易を成立させるところまで話を進められたのか。
「スパーキさん」
ほとんど衝動のまま、牛獣人の名を呼んだ。
呼ばれたスパーキはやはり軽い調子で首を傾げ、ソフィーを見る。
さて――どうするか。
そんなことは決まっている。こちらはあまりにも無知なのだ。ならばまともに正面から当たるのが、おそらくは最も有効な一手だ。
搦め手は嫌いではないが、搦めるための下地もなければ材料もない。
それに、別に正面突破が嫌いなわけでもないのだから。
「私、ソフィアーネ・カリストは、ふたつの目的があってティアント領都へ来ました。ひとつは『グロリアス』と関わりを持つこと。もうひとつは、ヴィクター・イルリウスと会うこと。後者に関しては個人的な事情が絡みますので詳細は控えますが、前者に関しては、商売の話になりますわ」
「はぁ……商売、っすか?」
「『グロリアス』のスパーキさんでしたら、伝手はあるのではないかしら? 私、クラリス・グローリアとは学園で同級生でしたのよ?」
「はぁ……そうっすか」
あれ、あまり感触がよくない。
クラリス・グローリアと知己があると言えば、ある程度は乗ってくるかと思ったが、特にそんなことはないようだった。このあたりはソフィーが公爵家の娘として生きていた弊害と言えるかも知れない。
自分が声をかければ、貴族の子女は喜んでしまう。
それが当たり前だったし、だからわざわざ自分から話しかけるということを、ソフィーはしなくなっていった。そうしていつの間にか『自分から声をかけること』の価値を、自分で思っているより高く見積もってしまったということだ。
考えてみれば、ロイス王国の貴族的な価値観は、今のクラリス・グローリアには全く関係ない……というより、むしろ憎んでいる可能性がある。
だって彼女は貴族的価値観と処世によって火刑にかけられたのだから。
となると――どう挽回するか。
なんとなく、というくらいの笑みを浮かべ直して考えるソフィーに、スパーキはがりがりと頭を掻きながら、言った。
「まあ、話くらいは通してもいいんすけど……クラリス様、 出(・) か(・) け(・) て(・) る(・) んすよね。ヴィクターのおっさんの方なら、すぐ逢えるっすけど、案内しましょうか?」
「えっ、そっちですの?」
ヴィクターのおっさん、なんて言うくらい親しげなことに驚いてしまった。
スパーキはちょっと面倒そうに頷き、続ける。
「まあ、これまでもクラリス様の知り合いを名乗る連中、何人か来ましたけど、どいつもろくなもんじゃなかったすよ。お嬢さんがそうかは知らねーっすけど、オレらからしたら、あんま嬉しい話じゃねーすわ」
「……そう、ですのね」
「でも商売の話をしたいって言い出したのはソフィアーネお嬢さんが初めてっすね。だからもしかしたら、話くらいは聞いてくれるかも知れねーっす。まっ、オレの方からは、こういう話がありますよーって言うだけは言ってみますよ。でもとりあえずは……ヴィクターのおっさんっすねぇ。待っててもらえます?」
くるりと背を向けて歩いて行くスパーキの背中に、ソフィーはかける言葉の持ち合わせがなかった。
こうも他人の興味を引かないなんて、ソフィーの人生においてはほとんど初めての出来事だ。ソフィーの隣でエリオットが震える拳を握り締めてさえいなければ、素直に呆然とできたかも知れないが……これは、喜ぶべきだろうか。
気づけば護衛騎士たちが『警備隊』の人族の側となにやら遣り取りをして、ゴロツキの引き取りが行われているようだったが、ほとんど気にならなかった。
さて――どうしようか。
今のところ、確たるものはなにもなかった。