作品タイトル不明
181話「公爵令嬢_04」
ティアント領都の宿に滞在してから、二日目で成果が出た。
朝に出発した執事のエリオットが昼に戻って来たかと思えば、接触したいという者が現れた、なんて報告をされた。
「なんともまあ、随分と簡単に釣れましたわね」
意外と言えば意外だし、予想通りと言うなら予想通りではある。
ロイス王国の、どんな領地であろうが都市部でさえあれば、公爵令嬢なんて目立つに決まっているのだ。逆に農村だったりすればソフィアーネ自身やカリスト公爵家の名よりも「なんか偉い人が来た」という認識になり、その地を治めている男爵の方が農民にとっては偉い、なんてことも起こるが。
それはさておき。
「で、どのような人物が私と接触したいと申しているのです?」
「商人、のような者たちでした。個人的な見解を述べさせていただくのであれば、ゴロツキに近い感触です。おそらく接触したところでグロリアスには行き当たらないでしょうし、ヴィクター・イルリウスにも行き当たりません」
「『世間知らずの金持ちお嬢様』を見つけた 破落戸(ならずもの) 、といったところでしょうか」
ふむ、とソフィーは少し考える。
雑魚だろうが外道だろうが、釣れはした。これを 退(しりぞ) けると、あるいはそのゴロツキ連中に 釣(・) り(・) を妨害されるかも知れないし、しつこく針を食ってくるかも知れない。であれば面倒だ。
それに、とにかく反応はあった。
反応に反応をすれば、別の反応が起きる。
ざっと頭の中でいくつかの状況を想定し、考える必要のないものを消していく。多少つまらない結果になるかも知れないが、そこまで急いでもいない。
それに――雑魚や外道なら、さっさと 理解(わか) らせてやった方がいい。
「乗りましょう。接触したいというのであれば、接触して差し上げますわ。もちろん、私の柔肌を触らせてあげるつもりは、ありませんけれど」
「当然です。では、了承の意を伝えてきます」
一礼して退室するエリオットである。否応どちらでも同じようにしただろうな、と思うと少しだけおかしかった。忠実な執事であり秘書で、幼馴染みでもあるのだが、彼は少しソフィーを信奉しすぎている。
ちなみにというか、この日はアコが前日はしゃぎすぎたせいで隣室でまだ寝ていたので、彼女を誘ってお茶でも飲もうかしら、とソフィーは思った。
◇◇◇
さて、そんなわけで、接触希望者に了承の意を伝えたところ、その日の夕方に町外れのある場所を指定され、そこで大事な話があるとのことだった。
こうなってくると相手がどのような誰であれ、有意義な時間が過ごせるとは思えなかったが、まあ仕方がない。支払うべき費用は惜しむべきではないのだ。
相手がやりやすいように気を遣って、護衛騎士には遠くからついて来るよう――気づかれないくらい離れろと――指示し、夕暮れを待ってエリオットと二人で目的地へ。アコには宿で留守番を任せたが、特に不満はなさそうだった。
グロリアスとの交易のおかげで、ティアント領都の大通りは王都もかくやという石畳が敷かれており、道幅も広い。街灯も多く、夕暮れが過ぎてもしばらくの間は街を照らすだろう。
が、指定の場所は街明かりが照らさない、なんというか、都市部の発展に伴って新設されたであろう倉庫街のような場所だった。
明らかに市場や『街』のつくりとは構造から異なる、商業の急速な発展が生んだ区域。これが王都であれば大商家なら自前の倉庫を持っているし、流通というものはあまり規格化されていない。
ところが、ティアント領都ではどうだ。
グロリアスから運ばれる品、そしておそらくグロリアスに運び込まれる品が倉庫街に集約されており、ここから領都の市場に配達されるか、あるいは西の魔境を抜けてグロリアスまで運ばれることになる。……のではないだろうか。
「これはこれで興味深い場所ですわね」
もちろん執事と二人きりで夕暮れ時に歩くような場所ではないが、こうして訪れてみて初めて実感することもある。
倉庫街の面積はなかなかのもので――というか、それなりの面積がなければ倉庫『街』などと形容しない――つまり、もはやティアント領の経済はグロリアスと完全に癒着してしまっている、ということだ。
考えるまでもないことだが、なにかしらの外圧でティアント領がグロリアスとの交易を禁じられたら、その時点でティアント領の好景気は終わるだろう。そして交易のために造り替えられた都市機能が無為と化し、あっという間に領が寂れる。その場合、特に誰も助けてはくれないはずだ。
……そうなると、たぶん、拙い。
何故ならティアント領主は自らを助けないロイス王国に、それでも忠誠を誓い続けるとは思えないから。滅するくらいならロイスを脱してグロリアスの傘下に収まろうとしても全くおかしくない。
である以上は、グロリアスを富ませることになろうが、ロイス王国はティアントとグロリアスの交易に口を挟めない。それに、グロリアスの製品を欲しがっているのはロイス王国の者たちなのだ。
「誰かはとっくに気づいているでしょうけれど……」
田舎の男爵領がなんだかよく判らない新興勢力と取引をして儲かっている、なんて話では、もはやなくなっている。
これは――マクシミリアン公爵が気にするわけだ。
「やあやあ! どうもどうも! カリストお嬢様でございますね?」
ふと、いつの間にやら目的に辿り着いていたらしく、他の倉庫とあまり区別のつかない倉庫のひとつ、その入口が開かれていて、あまり上品でない男が現れた。
人族だ。獣人ではない。
公爵令嬢であるソフィーにはあまり縁がなかったが、商売を始めてみれば何度か巡り会うことになる……巡り会わざるをえない、ゴロツキやチンピラといった属性が付与された商売人だ。
「ごきげんよう。そういうそちらは、どちら様かしら? なにやら私に接触したいという話を聞きましたが、どのような用向きですの?」
カーテシーすら面倒で、いいかげんに小首を傾げてみせる。
ゴロツキの男はそんなソフィーに下卑た笑みを見せ、倉庫の入口を指差した。
「へっへっへ……お嬢様には少し刺激の強い『売り物』がございます。まず間違いなく興味があるはずですので、是非にと思いましてね」
「売り物、ですの?」
この時点でなんの興味もそそられてはいなかったが、まあいいかと倉庫の中へと歩を進める。エリオットが二歩分だけ先を歩いてくれたが、正直言って誤差だ。
はたして薄暗い倉庫の中には、なんの変哲もないチンピラが十数人、誰もが似たような薄笑いを浮かべて待っていた。
ばたん、と入口が閉められる。
倉庫の外で待っていたゴロツキの仕業だろう。
「あら、残念だけれど、興味がそそられる商品は見当たりませんわね?」
振り返って、にっこりと笑みを見せてやる。
そんなソフィーの反応にゴロツキは一瞬だけ驚いたようだが、すぐに下卑た笑みを浮かべ直した。まるでその笑い方が彼らの義務であるかのように。
「へへへ……騙して悪いが『商品』ってぇのは、お嬢様、あんたのことさ。当初は獣人の奴隷を仕入れようって話だったんだが、どうにも領騎士団とグロリアスの自警団が連携してやがって、手なんが出せやしねぇ。だが、この街で待ち構えてりゃ、あんたみたいな間抜けがのこのこやって来ることもあるってぇわけよ」
「なるほど。確かにグロリアスと直接取引をしているティアント領に興味を抱く令息や令嬢は、いてもおかしくありませんわね」
というのも、ヴィクター・イルリウスがグロリアス製品の流通を制御しているせいで、需要に対して供給が追いついていないからだ。植物紙などの消耗品は比較的安価に手に入れられるが、馬車に取りつける緩衝器などはかなり高騰している。
ならばティアント領まで赴いて、ヴィクター・イルリウスが介在する前の時点で製品を購入すれば安く済む――と考える者もいるだろう。これはソフィーが計算にいれていなかった、思考の外の事例だ。
グロリアスと関係を持つという意味合いではなく、商品を安く手に入れるという意味でティアント領に赴くなんて、考えもしなかった。
だって、買おうと思えば買える金があるから。
「つまり――金持ちの子供を拉致して、身代金で儲けようと?」
「聡明でいらっしゃるねぇ! へっへっへ。あんたぁ、運がいいぜ。俺たちは『商品』に手をつけない、紳士的なゴロツキだからな。なぁに、大した金も要求はしないさ。あんたはちぃっとばかり怖い目に遭う。あんたの親はちぃっとばかり金を払って、娘の醜聞を握り潰せる。金をケチって田舎の男爵領までやって来て、ゴロツキに捕まりましたなんて、お嬢様の評判に関わるってもんだろ」
「ああ、それはなかなか、面白い手法かも知れませんわね。確かに傷をつけずに返すのであれば、子供の親としては多少の金くらいなら払うでしょう。そもそも貴族子女がゴロツキに捕えられたという時点で、その評判が知れ渡ってしまえば『キズモノ』扱いされるでしょうし、無傷で内密に取引を完遂できるのであれば、捕えられた少女と両親の懐以外はあまり傷つきませんものね」
「ひひひひ! こいつは本当にたまげたぜ! お嬢様に俺たちの考えが理解できるなんてな! これまで捕えたガキは偉そうに喚くだけで、こいつを見せりゃ一発でビビり散らかしたもんだがなぁ!」
言って、懐から取り出したのは、ナイフというには少し大型の刃物。
反対側で黙って待っていたゴロツキたちが下卑た笑い声を重ねてくるので、思わずソフィーも笑ってしまいそうになる。
「ええと……ところで貴方、カリスト家についてはご存知ないのかしら?」
「貴族の娘っ子だろ? ロイスにゃ貴族が多すぎるからな、わざわざティアント領に来てグロリアス製品を買いたいってんなら、どうせ都貴族だろ!」
一般に言う都貴族とは、王都周辺に屋敷を持ち、治めるべき領地を持たない爵位だけの貴族のことだ。たとえば宰相なんかは領地を持たないが、爵位としては伯爵相当になるし、男爵あたりになれば、かなりの数の都貴族が存在する。
なにしろ王国の中枢で働く者たちに、爵位を与えないわけにもいかない。
そういう意味で、見栄を張りたがる都貴族の性質については、ゴロツキはそれなりに理解しているようではある。これはおそらく経験則だ。
しかし……そもそもエリオットは『カリスト公爵令嬢の執事』として情報収集させていたはずなのだが、肝心のところは理解していなかったのか、それとも伝わっていなかったのか。
「残念ですが、大外れですわ。自己紹介が遅れましたわね。私、ソフィアーネ・カリストと申します。ロイス王国カリスト公爵家の当主、マクシミリアン・カリストの四女ですわ。特にお見知りおきする必要はございません」
「こうしゃく?」
ぽかん、と目を丸くするゴロツキの表情には、どこかしら愛嬌があった。
とはいえ、やることは変わらないのだが。
「木っ端の都貴族の子女はどうか判りませんけれど――」
にっこりと笑って、魔力を練り上げる。
高密度の魔力が身の内側から溢れ出し、ソフィーの白蒼色の髪をぼんやりと発光させる。薄暗い倉庫の中、ソフィーだけが月光でも浴びているみたいに。
その場の、エリオットを除く全員が、目を点にしていた。
彼らみたいなゴロツキは、今回みたいな『大外れ』を引かない限り、この規模の魔術行使を目にする機会などないだろうから。
改めて、にっこりと微笑みを浮かべ、ソフィーは言った。
「――ロイスの貴族は、戦術兵器ですのよ?」
◇◇◇
そんなわけで、この日、ティアント領都の倉庫街の倉庫がひとつ、吹き飛んだ。そこにだけ圧倒的に強烈な竜巻が発生したかのような、それはもう、めちゃくちゃな破壊だった。死者がでなかったのは奇跡ではなく、ソフィーの配慮だった。
当然、こんな破壊が行われれば、領騎士団の出番だ。
そして――ティアント領都では、領騎士団の他にも獣人たちが団員となっている自警団が存在しており、領騎士団と連携しているという。
結果、ソフィーはグロリアスの者と接触することに成功した。
そう――池に石を投げれば、波紋が立つ。
街で破壊行為をすれば、権力者が持つ武力が出て来る。
ソフィーの予想通りに。