作品タイトル不明
172話「間断/迷宮探索_03」
地下二十階層にもなってくると、さすがにロメオが一人で対処できる魔物はいなくなってきた。
魔人種の鍛冶士見習いラフトから渡された『刀』は、獅子姫ラプス・クルーガと共闘してアーマースケルトンだのシールドスケルトンだのに一撃入れては離脱する、みたいなことを繰り返しても、折れる気配がなかった。それにロメオ一人では太刀打ちできないような魔物に刀を振っても、刃が立たないこともなかった。
振るのに慣れてきた気はするが……使いこなせている気がしない。
非常に、変な武器だ。
「いいじゃない。結構、いい武器だと思うわよ。あんた自身が強くなんなきゃ話にならないだろうけどさ」
とは、槍使いマイア・グロリアスの言。
ただの人族であるロメオを見下しているのではなく、単に思ったことを思ったまま口にしたのだろう。事実ではあるので、ラプスも普通に頷いていた。
「度胸は悪くない。引き際の判断も、一撃入れる際の嗅覚も悪くない。実戦に出てみて正解だっただろう」
ガイノスが言いながら、ロメオが十三回斬りつけても倒せなかったスケルトンソルジャーを斧の一振りでぶっ散らした。骸骨が身に着けていた鎧などまるで関係なく、子供が作った砂山に蹴りを入れるみたいな崩壊だった。
単純に、攻撃に込められている魔力量が桁違いなのだ。
斧の一振りで、おそらくロメオが五十回刀で斬りつけるよりも多くの魔力が込められている。いつか猪獣人のゾンダ・パウガに吹っ飛ばされたときも、おそらくその巨体から繰り出される突進の威力以上に、あの体躯に纏わせた魔力のせいで、あれだけ派手に吹っ飛ばされたのだ。
どれだけ鍛えたところで辿り着けない――とはいうものの、鍛えない理由にはならない。今よりもっと強くなれる気はする。
「まぁ、とりあえず、訓練が必要っすね」
と、ロメオは言った。
「うむ! ウチも、もっともっと強くなれるぞ! 実戦に来たのも正解だったな。今のグロリアスで暴れるといったら迷宮くらいしかないだろうから、ちょくちょく来たいものだが……来てもかまわないか?」
偉そうに胸を張って笑いながら、それでも迷宮がガイノスの縄張りであるのは認識しているらしく、きちんとお伺いを立てる獅子姫である。
彼女のこういう律儀なところは好きだし、尊敬できるなとロメオは思う。
尊敬できない大人に囲まれて育っていたせいで、尚更だ。
「無論だ。俺たちの研鑽はクラリス殿の為になる。それに――強くなろうとする者が、強くなるために動く。そのために手を貸せるのは、悪いことじゃない」
めずらしくガイノスの口元がはっきりと笑みを形作り、ついでみたいに持っている斧をぶん投げて、通路の向こうに出現していた骸骨を粉砕した。
「ウチの獲物ぉ!」
と、ラプスが叫んだ。
「……すまん」
と、ガイノスが謝った。普通にうっかり倒してしまったようだ。
◇◇◇
そんなこんなで、探索部隊が階層を進めるたび、大量の物資が地上へ送られていく。今回はラプスとロメオの訓練も兼ねてということで、探索は地下二十五階で終了することになった。
迷宮特有の、きりのいい階層の終わりに現れる『階層主』と呼ばれる一際強力な魔物も難なく打ち倒し、現在では鉱床が見つかっていないという 魔銀(ミスリル) のインゴットを土産に、引き返すことに。
もちろん戻る途中でも魔物は出現し、逐一倒しては収穫物を荷車に載せて行くことになる。地上に出る頃には荷車を担当している者が汗だくになるほどの量になっていたが、それはそれで彼らの訓練だそうだ。
荷車は、力で引くのではなく魔力で引くのだ――と。
「そういやユーノスも言ってたわね。あたしたちは無意識で動作に魔力を乗せている。飛んだり跳ねたり突いたり叩いたりするときは特に強く魔力を乗せてるけど、そういう動作を全部意識してやっていない。あいつは全部の動作に意識して魔力を流すようにしたって言ってたけど……あたしはとてもじゃないけど、無理ね」
へっ、と皮肉っぽく息を吐くマイアだった。
見ればガイノスも苦笑気味に頷いている。
「確かに、意識していない頃よりは、俺たちは格段に強くなったが……今のあいつのそれは、常軌を逸しているといっていいだろう」
「……ていうのは、どういうことすか?」
「ロメオ、おまえはこうして歩いているとき、右脚と左脚を意識的に動かしているか? 歩こうと思ってすらいないはずだ。その動作にどれだけの魔力が使われているのかは、感覚的に制御できているか?」
「……いや、全然」
「そういうことだ」
「それがユーノスにはできてるってことだな? もちろん、ウチにもそんなことはできん。そんなもん、できるわけないだろ……って思うが……」
「あいつに言わせりゃ――『目を覚まして眠るまでが訓練だ』ってわけよ。試しに一日やってみてみなさい、頭がおかしくなるかと思ったわよ」
「……まあ、確かに」
そもそも、歩くという動作ひとつとっても、意識して脚を動かしている瞬間の方が少ないくらいだ。身体を動かすということは基本的にそうで、特に戦闘訓練なんかは意識しないで最適な動作を取れるようにするため、肉体に動作を刻み込む、というような側面が大きい気がする。
「うーむ……そういえば、ウチはユーノスと手合わせしたことがないな。ビアンテの姐さんとだって、数えるほどだしな」
「あんたはまずゾンダに勝てるようになんなさいよ」
「マイアなら勝てる……か。まあそうだな。マイアなら勝てるか。うふふ! ふはははは! おいロメオ! ここはいいところだな! ウチは楽しいぞ!」
自分より強いやつの存在に何故か上機嫌になった獅子姫は、ロメオの肩をばんばん叩いた。黙ってされるがままにしておくと痛いので、試しにロメオは叩かれている肩のあたりに魔力を集中させてみたが……肩の痛みの緩和より、疲労の方が深刻だった。異様に疲れるのだ。
「うっす。オレも楽しいっす」
と、ロメオは棒読みで頷いた。
ラプスの笑みは、途切れず続いた。
◇◇◇
そうしてしばらくの間、ロメオとラプスは迷宮探索部隊に混ぜてもらって実戦を繰り返し、休息の合間には実戦での反省を考慮した訓練に明け暮れた。
三度目の探索で刀が折れた。
と思えばすでにラフト・グロリアスは次の刀を打ち終えていて、ロメオに刀を使った感想や使い方についての助言、思いついたことなどを伝えて鍛冶場に戻っていった。ついでのように獅子姫用の手甲と脚甲を渡してきたが、今は刀の方に興味があるようで、ラプスが上機嫌に礼を言ってもラフトの反応はいまいちだった。
「おい、あの魔人種のガキ、だいぶおかしいぞ」
こっそり耳打ちしてくる獅子姫には同感だったが、ラフトに対して嫌悪は全くなかった。まあ、それは獅子姫も同様のようだったが。
グロリアスでは、なにかしらに夢中になっているやつが多い。
そしてなにかに夢中になっていても、他人への敬意を欠くやつは、とても少なかった。豪快で乱暴者という印象のある猪獣人ゾンダ・パウガも、砦で牛獣人のメラルヴァから食事を提供されるときにはきちんと礼を言っている。
ああ――と、ロメオは思う。
迷宮の探索を終え、魔人種の誰かが魔法で創り出した水を沸かして湯浴みをして、夜空を眺めながら飯を食い、隣にいる獅子姫が笑っていて、ちょっと離れた位置で別の誰かが冗談を言い合い、ガイノスなんかが小さく笑んでいる。
そういう温かなモノたちを感じながら、思ったのだ。
だから、オレは強くなるのを止める気がしないのだ、と。
ここが好きだ。
最初はピンときていなかったけれど、今なら断言できる。
ここのみんなが好きだ。
オレを拾ってくれた獅子姫に、感謝をしている。
なんて――でかい恩だ。とても返しきれない。きっと返して欲しいなんて考えてもいないだろう。でも、どこかで、絶対に返さなきゃならない。
だから強くなる。
昨日よりも、今よりも、もっと、ずっと――可能な限り。
「ラプ姉。オレ、ここのこと、好きっすわ。楽しいっす」
へらりと笑って、ロメオは言った。
獅子姫は、当然とばかりに胸を張って頷いた。
「そりゃあそうだろう。そうに決まっている。ウチも楽しいからな!」
◇◇◇
そんなふうに日々は流れていく。
ロメオにとって毎日の繰り返しはあまりにも楽しく、嬉しく、喜びに満ちていたから――だから、判らなかった。
大きな変節が訪れるまで、小さな変化が積み重なっていたことなど。ロメオには知る由もなかったし、想像の範疇になかった。
なにしろゴルト武装商会に拾われた孤児であり、まともな社会の中で育った経験が少なすぎた。グロリアスでの日々は幸福すぎて、世情が動くということに実感が持てなかった。獅子姫はずっとロメオよりも強く存在していて、そんなラプス・クルーガよりもっと強い者が多かった。そしてそれは、不満ではなく幸福だった。
だから、ずっと続く日々など存在しないなんて、ロメオは知らなかったのだ。
けれども。
それでも。
そんな無知な子供でも、判っていることが、ひとつだけあった。
強くなる理由。
なんのために強くなるのか。
恩を返すため。
与えられた幸せを、返すため。
そのためだったら――命だって惜しくない。
不死ではない自分の命が、惜しくない。
我が身に与えられた『 栄光(グロリアス) 』は――命よりも、ずっと重いのだから。