軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

173話「間断/混淆_01」

キリナは最近、なんだか も(・) に(・) ょ(・) も(・) に(・) ょ(・) していた。

ティアント領から孤児たちをグロリアスに招き、例の砦の近くに彼らの宿舎を建て、さらには文字の勉強をするための学舎を建てた。

グロリアスの中から志願した者や、獣王の民の中から志願した者が金を払って文字を学ぶことになり、キリナも孤児たちを取りまとめていた糸目の女、カティアから文字を学んでいる。

最初のうちは木の額みたいなものに粘土を敷き詰めた文字の練習版を使っていたが、あるときクラリス・グローリアが満面の笑みで「植物紙の開発に取りかかるぞ!」と言いだし、そう間もなく紙の試作品が学舎に提供されることになった。

同時に筆記具が必要になり、あれこれ開発が進められていたようだが、とりあえず生徒たちには木を削り出してインクに浸す簡易的な筆記具が配られた。

文字については、なかなか面倒くさい、というのがキリナの感想だ。

ただし面倒くさいだけで真面目に取り組めばきちんと覚えられそうな感じがしたので、たまに学舎の授業で判らなかったことを人族のレガロに訊いたり、あるいは機会があればクラリスに確認したりもした。

ちなみにというか、グロリアスの魔人種たちは、ほとんど全員文字が書けた。

どうやら魔族の領域で使われている文字と、人族が使っている文字は共通らしい。クラリスによればレクス・アスカがメモ書きみたいにして使っていた羊皮紙の文字も、同じ公用語が使われていたという。

砦の周囲には宿舎や学舎だけではなく、人族の商人が商売をするための広場や、グロリアスで許可を得た者が店を開く通りが出来たり、獣王の民が利用するための宿屋や飲食店なんかが建てられて……なんというか、次第に『町』というものが生まれつつあった。

「需要と供給が流れを生む。どうしたってその場に突っ立ってるだけじゃ欲しいものは得られないからな。欲しいものがあるなら、動くしかない。動けば必然的に必要なものが出てくる。食べるもの、飲むもの、休む場所なんかがそうだな」

当然、とばかりにクラリスは言ったが、通貨を造ったことによって生じた様々な物事の、一体どこからどこまでを予想していたのだろう、とキリナは思う。

金が生むのは混沌。

モノとモノを交換するのに不便だから、金銭というものが生まれる。その理屈はキリナにも判る。金は便利な引換券だ。けれど金というものそれ自体に価値が生まれると、引換券であるはずの金がたくさん欲しくなる。

モノと交換できるはずの金をたくさん持っている――そのことに価値が出てくるのは、キリナにとってはかなり奇妙な出来事だった。

これは獣人たちにおいてはその意識がかなり低く、たとえば猪獣人のゾンダ・パウガなんかは訓練を兼ねた労働で得た金銭を、あっさりと使い切っているそうだ。仲間たちに食事や酒を振る舞ったり、適当な買い食いをしたり。

次にグロリアスの魔人種たち、それからコボルトなんかの比較的力の弱い獣人たちは、ある程度の金銭を確保しておく者が多かった。ユーノスなんかは特に欲しいものがないのが理由だろうが、槍使いの女魔人種マイアもしっかり金を貯めているのは、キリナにとっては割と意外だった。

いずれにせよ、グロリアスでは食べるものと住むところ――というか、寝るところが確保されているのが大きいような気がする。とにかく飯と寝床だけは死守するのを、クラリスは魔境を開拓し始めた頃から徹底していた。

だからこそ――というべきだろうか。

グロリアスにおいては、金銭は『便利な引換券』でいられるのだろう。

対して人族は……もちろん人によりけりなのだろうけれど、特に商人という存在は、金という宗教の敬虔な信者のように、キリナには思えた。

便利な引換券をとにかく集めて、集めて、それで嬉しい。いっぱいあればなにとでも交換できるのなら、それは嬉しいだろう。だけどキリナからすれば、金で交換できないモノなんていっぱいあるような気がする。

でも、たぶん彼らは『金がないから食べられない』とか『金がないから暮らせない』みたいな場所で生きていたのだろう。それならば仕方がない、とも思う。

逆説的に、クラリス・グローリアはグロリアスをそのような場所にはしたくないのだろうな、とも思うけれど……結局は通貨を造って流通させ、人の流動を生み出した。それが混沌を招くと知りながら。

生まれ、訪れた混沌の中に、これまでのグロリアスにないモノがあった。

たぶんそれが――キリナを も(・) に(・) ょ(・) も(・) に(・) ょ(・) させている。

◇◇◇

ティアント領の廃教会を取りまとめていた糸目の女、文字の教師としてグロリアスに雇われたカティアについて、キリナは概ね好意的に見ている。

授業の内容は、孤児たちに教えていたこともあってか、判りやすいし、様々な獣人に対してもあまり物怖じすることなく話をしている。

性格は……ちょっと掴みにくい。

ぱっと見る限り、穏やかで優しいようだ。しかし割り切るところは割り切るようで、稀に授業中に騒ぎ出す者に対しては一度しか注意をしない。二度目は退席を促し、同じ授業に参加している別の誰かによってそいつは授業を追い出される。

かといって後を引くわけでもなく、その騒いだやつが後日また授業に現れても、カティアは特に厭な顔をせず、普通に受け入れていた。

依頼された仕事を、たぶん彼女なりに真面目にこなしているのだろう。

その点からすればキリナはカティアに対して、思うところはない。

ただ、彼女が連れてきた――彼女が守ろうとしていた孤児の中に、不快なやつがいた。キリナよりちょっと歳上くらいの、茶髪の少年だ。

孤児たちの中で働けそうな人物、たとえばクラリスに「自分たちを助けてくれ」と嘆願してきたジュードという少年なんかは、グロリアスの中で労働に従事し、給金のうちいくらかを孤児たちを住まわせている宿舎に渡している。

まだ働けないような孤児たちは、無償で支給される食料の他には労働孤児たちから渡される金を使って、様々なものを購入しているようだ。

そんな孤児の集まりの中に、ダイオルという少年がいた。

年齢はジュードよりちょっと下くらいだろうか。十四歳くらいだったはずで、本来ならなにかしら働ける年齢と体力だ。

しかし彼は孤児たちのまとめ役を名乗り出て、グロリアスのどこかで働くのではなく、孤児たちにあれこれ指示して宿舎の運営を取り仕切っていた。確かに、本来のまとめ役であるカティアが『文字の先生』やっている以上、彼女の代役は必要なのだろうが……キリナからすると、ダイオルという少年は、好ましくなかった。

年下の孤児たちに対する振る舞いは横暴で、まだ三歳くらいの子供を世話する女の子に対して「うるさいから早く黙らせろ」なんてことを平気で言うような感性の持ち主だった。そのくせ自分は指示だけして、実際に手を動かさないという。

まあそれは『カティアの孤児院』という集合の中でのことなのでキリナがなにかを言う筋合いではないのだが――気に入らないものは気に入らない。

……というようなことを、砦の訓練所みたいになっている広場で、久しぶりに『朝の訓練』をすることになったカタリナに話してみると、大好きな友人はあっさりとこんなふうに言った。

「そんなやつ、ぶん殴って黙らせてやればいいじゃない。クラリス様のグロリアスに、要らないでしょ」

言われてみれば確かにそうなのだが、それでいいのだろうか、という気もする。これまでクラリス・グローリアは、都合の悪くなった身内を切り捨てたりしていないからだ……が、よく考えれば『都合の悪い身内』がこれまではいなかったというだけのことかも知れない。

「んー、なんか、 も(・) に(・) ょ(・) も(・) に(・) ょ(・) するんだよぅ」

尻尾のあたりに感じるむず痒さをそう表現してみるも、カタリナは呆れたような顔をして木剣をキリナへ向けてくる。

「だからって、見てるだけでなにかがどうなるってこともないでしょ。ぶん殴って判らせるのが手っ取り早いんじゃないの?」

「うーん……たぶん、そう。でも、そうなんだけど、なんか違うのかなぁ、って」

カタリナの木剣を打ち払い、逆に胴へ撃ち込み返し、さらにそれを弾かれ――いつの間にやら当たり前みたいに、剣戟を演じられるようになっている。

意識的にわずかだけ魔力を乗せた木剣同士が克ち合うたび、魔力の光が少しだけ飛び散って、互いの手加減が同じくらいに調整されているのが判る。

身のこなしも同様、ユーノス流ともいえる『動作に魔力を意識して乗せる』動きも、ユーノスほどではないにしても、それなりに形にはなっている。

たぶん、ただの人族の子供なんて、話にならないだろう。

「クラリス様に話しておこうか? そろそろハーピィたちが使う『塔』もいくつか建て終わるっていう話だし、文通も簡単になるでしょうし。次にティアント領に行くとき、私も同行すると思うから、対処を考えてもらう?」

「あんなやつのためにクラリス様の手を煩わせたくないよ。もうちょっと様子を見てみて、こっちでなんとかする。でも…… も(・) に(・) ょ(・) も(・) に(・) ょ(・) するんだよねぇ」

「だからそれ、判んないってば」

苦笑するカタリナに、それはそうだろうな、とキリナも笑った。

「ねえ、ところでさ、獅子姫が拾ったロメオって人族がいるじゃない。あいつ、結構 や(・) る(・) ようになってきてるみたいよ。ラフトのやつが変な武器造って渡して、それで迷宮の地下二十階くらいまでイケるようになったって」

「そうなの? 今のわたしたちだったら……二十五階の階層主、イケるかな?」

「微妙じゃない? 二人で余裕ってことはないと思うけど……やっぱ、一撃の威力が足んないと思うのよね。必殺! って感じのやつ、欲しいじゃない」

「えぇ……そんなの、対策されたら逆に危ないんじゃないかなぁ」

「初見の敵なら十分でしょ。それに必殺な技なんて、いっぱい覚えてりゃいいじゃない。セレナの狐火みたいなの、キリナだって使えるようになるんじゃないの?」

「あれ、大分難しいよ。カタリナこそ、ユーノスさんみたいに、剣でビャって遠くまで斬るやつ、できるんじゃないの?」

「あれジェイドでも無理よ。剣撃飛ばすのは、ちょっとできるようになったけど、あの精度で魔力を流動させるなんて、変態よ、あいつは」

「あはは。それ、ひどいなぁ」

今となっては毎日のように『朝の訓練』はできなくなったが、こうして二人で向き合い、高め合って、話し合う時間が、キリナは大好きだった。

初めて友達になったのがカタリナで、本当によかった――。

◇◇◇

それから数日後、孤児たちに流れている金の動きに、不正が見つかった。