作品タイトル不明
171話「間断/迷宮探索_02」
ロメオにとってグロリアスの魔人種といえば、さほど親しみはないが敬意を払うべき対象、とでもいったところか。
これはかつてゴルト武装商会で生きていた頃、理不尽な命令をしてくる『上』の者に対しては平身低頭してみせる必要がある――というような処世術とは、かなり違う。なにが違うのかといえば、ロメオの心持ちが。
グロリアスの魔人種には、敬意を払いたい。
かつての『上』の連中とは、そこがまるでちがう。
何人かの例外を除けば、グロリアスの魔人種たちは大抵が寡黙で多くを語らず、必要と思ったことを口にする。そして不必要だと思ったことは、あまり口にしない。目の前で間抜けが愚かな失敗をしても、必要ないと判断すれば彼らは特になにも言わないだろう。かつての上司なら気分で怒鳴り、殴り、見下し、莫迦にしてきたのだが、彼らはそうしないのだ。
それがどれだけ難しいのかを、ロメオは少しだけ知っている。ゴルト武装商会で育てられたロメオは、当然ながら自分以外の同じような境遇の孤児と共に生活をしていて、明らかにロメオよりもできない者だっていた。
そういう同胞に対し、見下したり嘲ったりする気持ちがなかったといえば嘘になる。足を引っ張ってきたり、ささやかな満足感を得るためにロメオに嫌がらせをしてきたようなやつが上の連中に怒鳴られているのを見て、溜飲を下げたのは事実だ。そして当時のロメオは、別にそれを恥ずべきことだなんて思っていなかった。
が、今は違う。
グロリアスの魔人種たちは、そうではないからだ。
そうでない彼らが――とてもカッコイイ、と思ったからだ。
岩山地帯の迷宮の入口前、広場みたいになっている場所に、ロメオを含む『探索隊』が集合しており、今探索の隊長であるガイノス・グロリアスが集まった面々を一瞥し、小さく頷いた。
「全員、集まったな。点呼を取る。まず、荷運び要員十名」
低く、さほど張りもしない静かな声音に、荷車を引いた者たちが思い思いに返事をする。「はい」「おっす」「うっす」「うぃっす」など、正規の部隊であれば部隊長がこめかみに青筋を立てるような態度だろうに、ガイノスは普通に頷くのみ。
「次、荷運び要員の護衛、十八名」
不揃いな返答がまた続く。部隊としての規律はロメオからすると緩すぎるように見えるのだが、そのくせ誰も私語はしていないし、やる気がないように見える者もいない。 豚獣人(オーク) も、 猪獣人(ボア・オーク) も、 牛獣人(トーラス) も、 狒々(ひひ) 獣人も……誰もが真剣で、ナメている雰囲気の者もいない。
「次、探索部隊。八名」
これにはロメオと獅子姫ラプス・クルーガを含む七名が返事をした。残り一名は、もちろん斧使いガイノスだ。
「三六名、揃ったな。それぞれの役割は事前に確認した通りだ。荷運び要員の仕事に確認が必要な場合は護衛と相談しろ。それでは探索を開始する」
音頭を取るというふうでもなく、普通に言って、歩き出す。
部隊の指揮には号令がつきものだとロメオは身に叩き込まれているのだが、迷宮探索においてはそうでもないようだ。
なんというか――そう、構造化されている。
きちんと役割が分けられており、各々がその役割を認知していて、余分がない。
「なあ、ロメオ。ウチらはこれから本当に『迷宮』に潜るのか? まるで、なんかの練習みたいな感じじゃないか?」
こそっと耳打ちしてくるラプスに、ロメオは頷いた。
まさしく本番に挑んでいるのに――あまりにも気負いがない。
何故なのか?
そんなものは簡単だ。
必要ないから。
彼らにとって、未踏破領域を目指さない迷宮探索に、気負いなど必要ないのだ。
◇◇◇
侵入(はい) ってみて初めて判ることもある。
岩山地帯の迷宮――『鍛冶の神の迷宮』の内部は、本当に平面で構成されているのに驚かされた。真っ平らな床に、オークの倍ほどもある天井も真っ平ら、道幅は通路によって異なるようだが、極端に狭いことはなかった。
だから 迷(・) 宮(・) に(・) 荷(・) 車(・) を(・) 持(・) ち(・) 込(・) も(・) う(・) なんて発想になったわけだ。
迷宮の地下一階では魔物がほとんど出現せず、今回の探索部隊に混ざっていた女魔人種、槍使いのマイア・グロリアスが、迷宮についてあれこれ教えてくれた。
たとえば――現れる魔物の大半がスケルトンやらゾンビやらの、いわゆる不死系の魔物であり、こういった魔物は『迷宮』の外に現れることが非常に稀である、というような話。階層を下ればスケルトン・ウルフやスケルトン・バットなんかが現れるらしく、どんどん手強くなっていくそうだ。
そしてそういった魔物を倒した際、魔物の死体が消失するのと引き換えに『拾得物』が現れることがある。これは事前に聞いていた話だ。
今回の探索ではラプスとロメオに雑魚敵を譲ってくれて、進行はかなり遅いらしかったが、そのことで誰も文句を言ったりしなかった。
これも事前の打ち合わせ通りだ。
「んー、やっぱ、その『 刀(カタナ) 』って武器、変ね。切り裂くことに特化してるように見えるけど、断ち切る強さもあって、でもやっぱり形状的には脆そうに見えるのに……たぶんだけど、あんたが予備で持ってる直剣と克ち合わせたら、直剣の方が折れるような感じよね。すごく変ね、それ」
うんうん、とマイアは何度も頷きながらそんなことを言うが、結局のところなんだかよく判らない、と言っているだけだった。
肩口のあたりで雑に切られた黒髪に、魔人種特有の薄紫色の肌。美人といって差し支えない容姿で、グロリアスの魔人種にしては例外的に口が軽く、態度や雰囲気も重苦しくない。そして――強い。
訓練ではラプス・クルーガが普通に敗北したというくらいだから、魔人種たちの強さも窺い知れようというものだ。
「うーむ……ウチにはよく判らんが、クラリスのやつはウチみたいにやってもウチには勝てないってことを言ってたんだろ? まあ、ウチもそう思うけどな」
「ユーノスみたいにはそもそもやれない、とか言ってたらしいわね。ていうか、普通の人族に魔人種並の戦闘力を期待するのが間違ってるわよ。ロメオとかいったわよね。あんた、自分のこと天才だって思ってる?」
「え? いや、そんなまさか。フツーのやつっすよ、オレは」
「……ロメオ。おまえ自身はどう感じてる?」
口を開いたのはガイノスで、その珍しさにマイアは眉を上げ、会話の主導権を譲るように一歩身を引いた。
口開いたからには、その必要があると判断した――ということだ。
「えーっと……とにかく、もっと使ってみないことには、なんとも……使い始めたばっかりだし、これっていう使い方もよく判ってねーし、とにかく、ぶっ壊すまで振ってみますよ。それでなんか判ることもあるかも知れないし」
実際に何度か魔物を斬ってみた感覚としては、『難しい』というのが強い印象だ。力強く振れば、確かに斬れるのだが……感覚的に、それが正しくないと判る。
では、どう扱うのが正しいのかが、まるで判らない。
かといって――使うのが嫌だ、手に馴染まない、というのも違う。
マイアの言うとおり、変な得物だった。
「うむ。だがウチとの訓練みたいに攻撃を食らうなよ。魔物は手加減してくれないし、ロメオはまだ弱いからな。絶対に攻撃を食らうな」
「難しい注文すけど……まあ、オレも攻撃食らいたくねーすから」
腰帯に差した刀を抜き、また納刀してみる。
この得物を使いながら敵の攻撃には当たらないように動くのは、なかなか難しそうだったが――なんというか、そう間違っていない気がした。
◇◇◇
迷宮の探索を続けていくうち、当然だが 次(・) の(・) 階(・) へ(・) の(・) 階(・) 段(・) に辿り着く。
地下一階の先は地下二階。この『地下二階への階段』で、荷車と護衛が一組引き返し、拾得物を迷宮の外へ運び出すことになる。
地下二階では『地下三階への階段』まで辿り着いたらまた別の荷車と護衛が引き返し、迷宮の入口から『地下二階への階段』まで戻って来た荷車と護衛に拾得物を引き渡すことになる。以降、地下十階までこれを繰り返す。
迷宮探索にしては相当な人数だったのが、進めば進むほど、人員が減っていく。そして荷車と護衛への負担は、実は上階の方が多くなるという寸法だ。地下一階の荷車は何度も何度も迷宮入口と『地下二階への階段』までを往復することになり、拾得物はどんどん増えていく。下層に潜るほど拾得物が現れやすくなるからだ。
つけ加えるなら、上層の方が魔物が弱くて危険が少ない。
なので上層の荷車の負荷が重くなるようにしてある――のだろう。
今回はラプスとロメオの戦闘訓練を兼ねているので、普段の探索から比べて四分の一程度の拾得物らしいが、それでもかなりの量、鉄の鋳塊や魔鉱石の塊を荷車に積んだ気がする。おそらくだが、下手に鉱山を掘るよりもよっぽど大量の鉄や鉱石が得られるはずだ。
「それにしても、こういう感じで迷宮を探索するって考えたのは、すごくないすか? 普通、探索部隊が探索して、持って帰って来られる分だけ拾得物を持ち帰ることになると思うんすけど」
「それをやると持ちきれない拾得物を捨てることになる。クラリス殿が荷車を使えばいいと言い出して、あれこれ思案を重ねて、現在の形になった」
クラリス・グローリアの名を口に出すとき、グロリアスの者はいつもどこか誇らしげな顔をする。見た目の厳ついガイノスも同様で、そのことは何故だかロメオにとっては嬉しいことだった。
ロメオ自身はクラリスとさほど接点がないのに、不思議なものだと思う。
「まあ、階層の更新が目的のときは、資源集めはオマケになるけどね。こないだユーノスが混ざったとき、また更新したんでしょ? なんだっけ、新しい魔力炉が出てきたとかなんとか。大物をやったんだっけ?」
「ドゥビル殿が珍しく小躍りしていたな」
くつくつと笑みを洩らすガイノス。気難しいドワーフの鍛冶士ドゥビル・ガノンとの接点も多くはないので、ロメオは小躍りするドワーフが上手く想像できなかった。あの短い手足では、とても優雅には踊れていないだろうが。
「ウチが見た限り、ガイノス、おまえはひたすら穴蔵に潜って、 ブ(・) ツ(・) を地上に届けるのが仕事みたいになっているが、それでいいのか?」
無遠慮な問いを口にするラプス。
そこに嘲りや見下しがないのは、つき合いが密なロメオには判る。彼女は思ったことを口にしているだけだ。しかしそれがガイノスに理解できているかは――。
そう、理解できているかどうかは、ロメオには判らない。
いずれにせよ、獅子姫の問いはガイノスにとって侮蔑にならなかったらしい。
厳つい顔をニヤリと笑みの形に曲げ、魔人種の斧使いは首肯を見せた。
「もちろんだ。必要があれば、この穴蔵から出て敵を屠る。そうでなければ、この穴蔵から地上に資源を送り続ける。そうすれば――」
「そうすれば?」
「――クラリス殿が、なにか楽しいことをするだろう。これまでもそうしてきた。これからも、そうなるだろう。俺は、それが楽しみで仕方ない」
目の前と遠くを同時に見るような眼差しで、ガイノスは言った。
グロリアスの連中は、こういうふうに物事を語ることがある。
きらきらした光の下を歩いていて、きらきら光る未来を知っているような。
かつてのロメオには、まるで信じられなかった 栄光(グロリアス) が。