作品タイトル不明
168話「間断/交易_02」
人族と獣人たちの共同作業は、意外に上手くいっているようだった。
ティアント領騎士団、ティアント領の民間からの作業員、そしてグロリアスから貸し出している猪獣人のゾンダ・パウガを筆頭とした力持ちの獣人たち。
現場で指揮を執っているのがヴォルト・クラウスである、というのもよかったのだろう。ティアント領騎士団内での評判は悪くなかったし、グロリアスに寝返った経緯も、騎士団の方では察するものがあったようだ。
そもそもはヴォルトが五十日無休で切り開いた魔境の『道』は、突貫工事だったわりにはかなり上等な出来映えで、馬車を通らせても問題ないくらいにはきちんとした道になっている。
この街道をさらに整備するわけだが、まずヴォルトたちが切り倒して道の脇に放置していた丸太をゾンダたちに運ばせ、職人たちに木材へ加工させる。同時に『道』と『魔境』を区切るための柵を騎士団員が建てまくり、邪魔になる位置の切株をゾンダたちが引っこ抜いていく。
もちろんというか、魔境なのでたまに魔獣が出たりもするが、これは騎士団とゾンダたちで対処し、食えるものはその日の夕食になる。
さらに特異な点を挙げるとすれば、この工事には商人がついて回っていることだろう。もちろん毎日の食事や作業中の飲料、入浴はさすがに無理だが身体を拭くくらいのことは、工員には無料で支給されている。
その他に、たとえばタレの味がする串焼きが食いたいとか、ちょっとした酒が呑みたいとか、あるいは領の田舎から出張してきてる工員向けには、手紙の遣り取りを有料で行ったりとか、細々した『売り物』があった。
これはグロリアスの連中に金の使い方を実地で学ばせる試みでもあり、こっちとあっちの共同でなにかをしたとき、どんな需要が発生するのかの実験でもあった。
なので今回の工事では五日に一度の頻度で給金を渡してやり、グロリアスの連中にはじゃんじゃか金を使ってもらっていた。どうせ溜めたところで今は使い道があまりないし。
それら一連の作業はティアント領側からグロリアスへ向かって、なんというか、丁寧に磨いていくように進められている。
かつてのティアント領騎士団長みたいに休みなしでやれなんてことはないので、工期は三ヶ月から五ヶ月ほどだろうか。
なにしろ初めての試みなので、やってみなければ判らないことが多すぎる。
今のところは思っていたよりはるかに上手くいっているので、なんでだろうとは思うのだけど。
なんか、もっと揉めたりするもんじゃないの?
◇◇◇
「おぉい! みんな、クラリス様だっぺよぉ!」
近づいてくる馬車に気づいたオークの男が、宝物を見つけてはしゃぐみたいに両手を挙げて飛び跳ねた。
すると誰もが作業の手を止め、私たちの馬車に視線を向けてくるではないか。まだ馬車の箱の中にいるので、もし私がいなかったらどうするのだろうとちょっと気になったが、がっかりさせるタイプのどっきりは好きじゃない。
ので、普通に箱から出て、にんまり笑いながら手を振ってみせた。
貸し出している数人のオークがはしゃぎ、牛獣人の男たちも笑みを洩らしている。人族の方は、私の存在についてはあまり浸透していないようで、喜びを表明するグロリアスの連中にぽかんとした様子。
作業現場の手前あたりで馬車を停めさせ、レガロの手を借りて馬車を降りる。
わらわらと集まってくるグロリアスの獣人たちと挨拶を交わし、奥の方で腕組みしてドヤ顔しているゾンダ・パウガにクラリスマイルを進呈し、それから、一通りの挨拶が終わった頃合いを見計らってこちらへやって来るヴォルト・クラウスに、なんとなく偉そうな感じで頷いてみせる。
「クラリス殿か。こちらは特に問題ないが、今日はどういった用向きだ?」
「視察だよ、視察。問題ないようならなによりだが、問題未満のあれこれだってあるだろ。そういう細かいことを知りたいんだ」
「む……? ゾンダ殿を筆頭に、グロリアスの面々はよく働いているし、人族と揉めてもいないぞ。まあ、あの力仕事を見て揉めようと思うほどの莫迦はいないだろうが。ゾンダ殿の方も人族に隔意があるわけではないようだ」
「まあ、そりゃあ、あいつはな」
今回の『出稼ぎ』に関して、ゾンダには修行の一環だと伝えてある。グロリアスの砦建設のときと同様、全身の魔力を意識しながら重労働をこなすことに意義があり、たとえば砦に引きこもって余った鉄筋の束を持ち上げたり下げたりを繰り返しているより、実作業している方が文字通りに建設的だからだ。
ゾンダの配下にあたる猪獣人たちも同じような感じで、オークたちの方は別に強くなりたいというわけではなく、仕事を振られたから頷いたといったふう。
「飯炊きの女牛獣人たちはどうだ?」
「もうすっかり人族と打ち解けているようだ。彼女たちの人馴染みのよさには驚かされる。作業員が何人か色香に惑わされている気もするが、ゾンダ殿の威光があって軽々に手出しができないといった様子だな」
「ふむ。金の使い方はどうだ? 最初はみんな、戸惑っただろ」
「それも女牛獣人たちが人族の作業員や商人に訊いて回って、情報が共有された。基本的には間食や果実水が売れ筋のようだ」
「なるほど」
どうやらこちらから見た感じでは、なかなか悪くなさそうだ。
私はヴォルトに頼んでティアント領の民間から出張してきている作業員を何人か呼びつけ、話を聞いてみることにした。
無骨で無愛想な現場のおっちゃん、たぶん工員組合の現場親方みたいな男は、あまりにも美しいクラリス・グローリアに戸惑いを見せたが、普通に話をしてみれば、普通に話が通じた。
作業の感じはどうだ、獣人たちとの共同作業で驚いたこと、便利だと思ったこと、逆に気をつけた方がいいこと、現場のおっちゃんは実作業の話を振れば、相手が誰であろうが自分の知ってることを話してくれるものだ。
親方っぽいおっさんとあれこれ話し込んでいると、痩せた少年がふらふらと近づいて来くるのが判った。カタリナが警戒して目を細めたが、私はそれを手で制し、少年へ――といっても、私より身長が高いが――声をかける。
「どうした、少年。なにか用か?」
「あの……あなたが、獣人たちの、親方なんですか?」
「なんだゴンタレ。今ぁ大事な話をしてんだ。おめぇが気軽に話せるような相手じゃねぇ。あっち行ってろ」
しっし、と追い払うように手を振るおっちゃんだったが、私は「構わんぞ」と口に出して教えてやる。意思の疎通がしたいなら、話せばいいのだ。
「構わん、って……ですが、このゴンタレは、ただの孤児のガキですぜ?」
「その、ただの孤児のガキが、私に向かって『獣人の親方か』と確認してきたんだ。なにか言いたいことがあるんだろ? 言ってみろ」
「ありがとうございます。あのぅ……あなたの場所で、働かせて欲しいんです。俺だけじゃなくて、他に何人か、ガキたちがいるんですけど……」
「ほう」
話を聞いてみれば、痩せた少年は工員組合の親方に頼み込んで今回の出張に同行させてもらったらしく、普段は廃教会に孤児同士で集まってどうにか生きているそうだ。ロイス王国には国教というものがない――初代ロイス国王が政治的権力を有する宗教組織を嫌ったそうだ――ので、宗教組織は国からの支援を受けられない。
とはいえ、領からの支援を受けられないわけではないので、ちょっと大きな町には大抵の場合なにかの教会があり、なんか自然とか太陽とかみんなに感謝しましょう、その感謝が神に届きます、みたいなゆるい教義の元、活動していたりする。
ぶっちゃけ、私は詳しくない。
貴族子女がそのことに詳しくなくても問題ないくらい、ロイス王国の宗教観は薄いのだ。
意外と……いや、意外でもないのか、ちょっと私には判らないが――人というものは、そういった『 拠(よりどころ) 』を求めるらしい。
いかにも毎日他人を殴ってそうな強面が寄付したりするので、なんというか、その手のバランス感覚みたいなものは異世界であろうが共通なのだろう。コンビニで百円寄付する気持ちは、私だって判らなくもない。
さておき。
ティアント領の西端あたりにある町の教会は主が死んで以降、後を引き継ぐ者もなく、主が引き取って育てた孤児たちがどうにか生活をして、また何処からか孤児を引き取って生活を貧窮させてというサイクルを繰り返していたらしい。
まあ、そんなものをサイクルとは言わないが。
「このままだと、あと二年も持たないと思う。ガキが増えて、働き手が減って……だいたいまともに働けるようになったやつは、もう教会とは関わらなくなっちまうし、それが当たり前なんだけど……これじゃあ、姉さんが倒れちまう」
「姉さん、っていうのは?」
「廃教会のまとめ役。みんなに文字を教えたり、常識を教えたりしてる。元の教会の主が引き取った孤児の、最後の一人なんだって」
「いいだろう。まとめて面倒みてやる」
と、私は頷いた。
返事が軽すぎたせいか、あるいはあまりの即断だったせいか、カタリナとレガロと工員のおっちゃんはぎょっとしたふうに目を開き、孤児の少年は信じられないとばかりに目のみならず口まで開いていた。
「なんだ? 助けて欲しくて縋りに来たんじゃないのか?」
「い、いや……そんな、あっさり話が進むとは思わなくて……」
「仕事はあるし、飯もある。それにその『姉さん』か。みんなに文字を教えてたりするんだろ? 元の教会の主ってやつは、たぶんかなりの教養の持ち主で、しかし教会を潰してしまったのだから世渡りは下手だったんだろうな」
「それは……俺は、知らないですけど……」
「何人いる?」
「え? あ、孤児院のガキたちですか……二十人まではいないです」
「まあいいだろう。途中まで一緒に馬車に乗せて行ってやる。途中からは、カタリナがこいつについて行って、孤児を引き連れてこの工事現場まで戻って来い。私はスラックのところに顔を出していく。一応、領の人間を連れて行くわけだからな」
「わ――判りました!」
ぴしっ、と直立して返事をするカタリナ。
その隣に立っていた『爆圧』の魔術師は、酸っぱいものを口に含んだような顔をして私を見ていた。
「どうした、レガロ? なにか苦言のひとつでも呈したくなったか?」
「いやぁ、苦言なんて、とてもとても。また忙しくなるんだろうなぁ、って、ちょっと思っただけですよ」
「悪くないだろ?」
にんまり笑って言って見せれば、レガロは仕方なさそうに苦笑するのだった。
……よし。
文字の先生、ゲットだぜ。