軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

169話「間断/交易_03」

カタリナとしては非常に残念だったが、クラリスとは途中で別れて、一足先に孤児の少年と一緒に彼が住んでいる町で馬車を降りることになった。

クラリスはティアント領都のスラック・ティアント男爵に会って、ちょっと話をしていくとのことだった。

孤児の少年を同行させても時間の無駄ということで、一足先にカタリナが孤児の少年に付き添って引っ越しの段取りにかかるわけだ。

とはいえ、現状は机上の空論でしかない。

孤児の少年がいくら「俺たちを助けてくれ」と願い、クラリスが受け入れたところで、実質的に孤児院を運営している者が首を横に振ればそれで終わりだ。

が、終わらせないためにカタリナがいる――と、カタリナとしては思う。

私はクラリス様が取り込もうとしている『孤児』たちを、グロリアスへ導くために、派遣されたのだ……なんて。

実際どうかは判らないが、その心づもりだった。

ともあれ、である。

「で――ゴンタレとか言われてたわよね? あんたの住んでる廃教会はどこにあるの? そこで暮らしてる全員が集まるのは、夜になる?」

孤児の少年に訊いてみれば、少年は急に態度が変わったカタリナにやや驚いたように目を丸くし、それから小さく肩を竦めて苦笑を見せた。

「ゴンタレってのは、クソガキって意味だよ。親方とかは孤児の俺たちを手元としても未熟だってんで、名前で呼んだりしないんだ」

「テモトって、なに?」

「手伝いとか下働きって感じの意味」

「ふぅん? それじゃ、あんたの名前は?」

「ジュード。きみは……カタリナって呼ばれてたよな。魔族……なんだよな?」

「違うわ。魔族っていうのは、魔王の民って意味だから、私たちは魔人種ではあっても魔族じゃない。カタリナ・グロリアスよ。『 栄光(グロリアス) 』は、クラリス様の光の下で、クラリス様と共に歩く者の名」

「……そう、なのか」

ちょっと引いたような顔をされたが、カタリナは気にしなかった。

「それより、とにかくあんたの暮らしてる廃教会に行くわよ。なんだっけ、まとめ役の女がいるんでしょ? その女を説得して、グロリアスに引っ越すのを了承させなきゃいけないわよね。あんたとしては、どう考えてるわけ?」

雑に促してジュードを歩かせ、そのわずかだけ後ろを歩きながら問う。

たぶんカタリナよりいくらか年上なのだろう、やや見上げないと表情が確認できない位置にジュードの頭があり、なんだかちょっと変な感じがした。

グロリアスにおいてのカタリナやキリナは最年少であり、コボルトみたいに背の低い種族を例外とすれば、ほとんど全ての人を見上げていた。誰もが自分よりも年上で、経験があり、人生の先達だった。

でも――今、見上げているジュードのことを、カタリナは引っ張ってやる必要がある。見上げている他人なのに、立場としてはカタリナが上になるのだ。

奇妙な気分。

もしかすると、クラリス様も、こういう気分なのだろうか?

「カティア姉さんは……たぶん、ちょっと渋ると思うけど、そこは説得する。どう考えたって俺たちは行き詰まりで、どん詰まりだ。この先のことを考えたら、このままだと間違いなく楽しいことにはならない」

「それは、たとえばどんなことになると、あんたは思ってるわけ?」

「まずは姉さんがろくでなしに捕まって、娼館に連れて行かれるだろうな。女のガキ共の何人かも、たぶん連れて行かれる。で、俺とか、あと何人かは強制労働みたいな感じになるんじゃないかな……たぶん、だけど」

「なによ、本当にろくでもないじゃない」

ショウカンとやらがなんなのかはカタリナには判らなかったが、雰囲気を察するに、嫌なことをする場所なのだろう。

「とにかく金がないんだよ。今はまだ借金も多くないから、なんとか返せてるけど、ジリ貧なんだ。俺たちの稼ぎだけじゃガキ共を食わせてやれない」

「だからクラリス様に縋った、ってわけね」

「即答されたから、びっくりしたけどな」

そう言って、眩しさに目を細めるみたいにしてジュードはわずかだけ笑んだ。たぶん「いいだろう」と頷いたクラリスを思い出しているのだろう。

気持ちは判る。

気持ちが判るので――きっと、大丈夫だろう、と思った。

◇◇◇

ティアント領との交易が始まってから、カタリナは何度か人族の町を歩く機会があったが――やっぱり、複雑だなぁ、と思ってしまう。

グロリアスでいうなら、たとえば魔境の開拓地では開拓と資材の調達、コボルトたちの細工が目的の場所になっていて、そうでないモノがとても少ない。

あるいはドワーフの鍛冶士ドゥビルの岩山地帯では鍛冶と迷宮、今では硬貨の製造。他の余分なんてない。

けれど人族の町は、いつ見ても雑多で、よく判らない。

ジュードが先導して歩く町並みは表通りからどんどん離れて、なんというか、町のキレイな部分からそうじゃない部分に入って行く。周りの建物が汚れていたり、あるいは朽ちかけたりしていて、道も妙に薄暗く感じる。

道端に座り込んでいる少年や老人なんかがいて、彼らからは生気を感じない。ただそこにいて、なにもしていないのだ。

「…………」

口を開くと余計なことを言いそうな気がしたカタリナは、とりあえず黙ることにした。町のこういう部分に対して快く思っていないぞとジュードに告げたところで仕方がない。この町がこんな状態なのはジュードの責任ではないはずだし、ならばカタリナが感じている不快感は、吐き出す場所も意味もないわけだ。

「あんまりいい場所じゃなくて悪い。もうすぐ……ここだ。着いた」

ふと、路地の向こうに奇妙な建物が見えた。

廃教会、というやつだろう。ユーノフェリザ氏族だった頃のカタリナも氏族の者たちも、なにかを信仰していたことはない。が、この手の宗教建築物は見たことがある。

ユーノフェリザの里にはなかったけれど、大きな町にはあった。

ジュードに案内されるまま敷地に入る。

ものすごく規模の小さい城、とでもいうような、無駄な形状の建物は見るからに朽ちかけていて、敷地の庭ではカタリナよりもずっと小さな子供が何人か、なにやら土をいじって遊んでいた。

その小さな子供を見守るようにしていた若い女――見た目としては、マイアよりもちょっと若いくらいだろうか――が、ジュードに気づいて顔色を変えた。

「ジュードったら! どうしたの、魔境に仕事に行くって言ってたじゃない! もしかして、職場の親方さんに怒られたり……って、そっちの女の子は?」

「親方に怒られたわけじゃない。落ち着いて、カティア姉さん。こっちの女の子は、カタリナ・グロリアスっていうんだけど……ええと、どう説明するかな……」

「まあまあまあ! カタリナちゃん? で、いいのよね? こんな場所までジュードが連れて来てしまってごめんなさいね。なにもないところだけど、遠慮しないでゆっくりしていって構わないわ。いくらでも、いていいから」

「ちょ、姉さん! 違うって! カタリナは家出してきたわけじゃないし、孤児になったわけでもない! 逆だよ、逆なんだ!」

「逆? どういうことかしら?」

どうやら独特の調子の持ち主らしい。目を開けているのに閉じているような印象の糸目で、ジュードと同じくらい上背があり、身体の線を隠すようなふんわりしたつぎはぎだらけの服を着ているが、手足が棒きれみたいに細いのが判った。

たぶん、ろくに食べていない。

なるほど――ジリ貧で、ぎりぎりなわけだ。

「カタリナよ。カタリナ・グロリアス。カティアっていうのがあなたの名前でいいのね? ジュードに頼まれて、あんたたちをまるっと助けてあげることになったの。話は難しくないけど、なんの話もナシってわけにもいかないでしょ?」

「助けに……?」

ぽかん、とした顔をして、カティアは首を傾げた。カタリナと話をするカティアに違和感を覚えたらしい小さな子供たちがカティアの足元に群がってきて、彼女を守るみたいにしてカタリナに強い眼差しを向けてくる。

いい子たちじゃないか。

そう思った。

◇◇◇

実際のところ、話は単純だ。

ジュードが『廃教会の孤児たち』の将来を危ぶみ、たまたまそこにいたクラリス・グローリアに助けを求めた。クラリスがそれを了承した。

以上である。

「もちろん、助けてあげるっていっても、この教会の連中全員に住むところと食べるものをただで提供し続ける、って話じゃないわ。住むところと食べるものはもちろん提供するし、ここよりずっといい環境になるのは間違いないけど」

「そのかわり、なにかをしろ、ということですよね?」

こてん、と首を傾げてカティアは疑問符を浮かべる。

調子は独特で、ちょっと間の抜けた印象はあったが、莫迦でも間抜けでもないのは話してみればすぐ判った。目の前の現実に相対し続けて、それでも子供たちをやわらかく受け入れ続けた女だ。敬意に値する。

「ええ。ジュードの話だと、あなたは子供たちに文字を教えてるんでしょ? 私たちにも教えて欲しいのよ。まず、あなたの仕事がそれね。他の子供たちは、できることがありそうなら仕事を振るし、なさそうなら、すくすく育ってもらう。大きくなったらできることも増えるでしょう?」

「はぁ。えっと、でも、文字を教えるといっても、私はそれほど学があるわけではないですよ。専門家じゃないです」

「でも、子供たちに文字を教えてる」

そうよね、とジュードに振ってみれば、首肯が返された。

「まあ、そりゃあ小難しい言い回しとか、そういうのは教えてもらってないけど、少なくとも外で働いて困ったことはないよ」

「じゃあそれでいいわよ。あなたは、それでいい? この場所を捨てて、グロリアスに引っ越して、私みたいな魔人種とか、あんたら人族が思ってるような野蛮な獣人と一緒に暮らして、文字を教えて、子供たちはそこで大きくなる」

それでいいか。

問いに、カティアは糸目をより細めて少しの間だけ考えるようにしてから、割とすぐに首を縦に動かした。

「それじゃあ、お願いしてもいいかしら。その、クラリス様に、私たちの全てを、お任せします。住む場所、食べるものを提供していただくかわりに、私は求める人に文字を教えて、働ける人は、グロリアスの中で働かせてもらいます。ジュードくらい大きい子は、各々の判断に任せることになるけど……この子たちは、グロリアスに連れて行って、そこで大きくなってもらいます」

脚や腰ににへばりついている子供たちの頭を撫でながら、カティアは言った。

「なんとなく予想していたより、思い切りがいいのね。もしかして、そんなに切羽詰まってるの?」

もっと『今の生活』に固執するものかと思っていたのだが、カティアの決断はかなり早かった。誰にも相談せず決めてしまうのは、予想外だ。

やや戸惑うカタリナに、カティアはゆっくりと微笑んだ。ゆっくり笑う、なんて所作も反応も、ちょっとばかりカタリナを困惑させたけれど。

「だって、カタリナちゃん――」

敬意を払うに値する『廃教会のお姉さん』が、カタリナに微笑みかける。

クラリスのような微笑ではない。槍使いのマイアが見せる挑戦的な笑みとも違う。ユーノスが稀に見せる満足そうな笑い方とも異なる。

強いていうなら――妖狐セレナが、極稀に義娘のキリナへ見せる微笑が近い。

慈しみ、というやつだ。

「――あなたの顔に、暗いところがないんですもの。きっとあなたは、毎日を楽しく生きているんでしょ? 不安はあっても、不安よりもずっと大きな別のなにかがある。だから、楽しい。そんな場所に、私たちを、いさせてくれるのでしょ?」

なら――行くに決まってます。

そんなふうに、カティアは言った。

自信たっぷりに頷いてみせるのは、なかなか難しい仕事だった。

クラリス・グローリアがいつもそうしているみたいには。