軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

167話「間断/交易_01」

私ことクラリス・グローリアが獣人の領域につくり上げた勢力『グロリアス』が、ロイス王国ティアント領と交易を開始してから、実に二ヶ月が経過した。

たったの二ヶ月。

されど、長い長い六十日だ。

その間にドゥビルの岩山地帯はごりっごりに整備が進み、新たな炉を設けて新たな工場を建て始めている。 迷宮探索(ダンジョン・アタック) は順調そのもので、斧使いガイノスを筆頭に、実力者たちが代わる代わる迷宮へ潜っては希少鉱石を集めてくる。

で、通貨を鋳造しまくった。

商売の話をするのであれば、大金貨や白金貨に相当する硬貨を作ってしまえば、ティアント領との交易ではそこまで困ることはないのだが、せっかく造った自国通貨なので、グロリアスの連中にも行き渡らせる必要があった。

金なんて、使わなきゃただの紙切れだ。

……というのは前世の記憶に基づく感慨であり、この世界における通貨は紙幣ではなく硬貨なので、若干言い回しが変わる。ロイス王国では「流れぬ金は死に金」なんて格言があるくらいだ。

ちなみにロイスにおいてもグロリアスにおいても、金銭は金本位制ではなく、言ってしまえば信用通貨だ。ロイス国王が「金貨一枚にはこれだけの価値がある」としているから通貨として成立しているわけだ。まあ、鋳潰して地金に戻せば一応は使えるので、紙幣よりは硬貨自体に価値があるのだが、そのあたりは省略。

ともかく――ティアント領との交易が始まって、二ヶ月。

その間に、私、クラリス・首長・グローリアがやったことは、ざっくりした指示出し以外には、あんまりない。グロリアスの連中はなんかみんな真面目で前向きで意欲があるので、私から言うことがないのだ。

ので、もっぱら私は馬車であちらこちらを巡回し、各地の視察をするのが仕事というなら仕事になっていた。

なにせクラリス・美しすぎる・グローリアである。

私が顔を出せばみんな喜ぶし、各現場の連中に一声かけてやるだけで士気が上がるっぽいので、巡回しない理由がなかった。グロリアス全体に対して私の判断が必要な局面はまだ訪れていないので、なおさらだ。

もちろん、ちょっとした揉め事や、些細な事件なんかはいくらでもある。でも、そういった様々な事象に対していちいち私の指示や判断が必要というわけでもなく、たまたまその場に私がいれば、ちょっと口を出してやるくらいだ。

もしかすると、これは……スローライフではないか。

期せずして人生の終着点に辿り着いてしまったわけだ。

このようにしてクラリス・グローリアは日々を生き、みんなを見守ってあれこれお喋りをして、楽しく幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。

――なんて、そんなわけはないのだが。

ちょっとくらいは、そんな気になってもいいだろう。

◇◇◇

「クラリス様、今日は魔境の街道整備の視察の予定ですよね」

馬車に揺られながらあれこれ考えていると、隣に座っているカタリナが私を覗き込んで言った。

「そうだな。ヴォルトが全体の指揮をして、ゾンダたちを筆頭にした力仕事向けの連中をティアント領に貸し出してる。金の話が気になるなら、後で金庫番に確認してみるといい。あいつ、予想通りよりもさらにちょっと シ(・) ゴ(・) デ(・) キ(・) だったな」

さすがはゴルト武装商会の元支店長、というべきか。

自分のところに集まってくる数字の流れから物事の流動を予測する――その精度が、私の予想よりもかなり高かった。ぶっちゃけ、剣と魔法のファンタジー異世界であんな感じのアナリストが存在しているだなんて、思ってもいなかった。

もしかすると、ロイス王国の偉いやつらの中には、アーロゥくらいの連中がごろごろいるのだろうか。だとするなら、なんでロイス王国には『平和』という名の停滞が訪れているのかという話になるのだが。

「シゴデキ……ですか?」

「仕事が出来るやつ、って意味だ」

「なるほど。まだ両足の回復は見込めないそうですけど」

「あいつは頭と口と手が残ってりゃ、仕事はできるだろ。まあ、仕事がしたくないやつに両足使えない状態で仕事をさせようとは私も思わないが、あいつは仕事をしたいんだからな。現状、楽しそうにしてるだろ」

「ええっと……はい。そうですね」

新参のくせに重要なポジションに居座ったアーロゥに対してなにか思うところでもあるのか、カタリナの表情はあまり嬉しそうではない。

が、人の好き嫌いに対してあーだこーだ言っても仕方がないので、私から言うべきことはなかった。カタリナにしても、アーロゥが気に食わないからといって危害を加えるわけでもないのだから、まあいいだろう。

そもそも、アーロゥ・グラーデはそんなに他人に好かれるタイプでもないし。

言ってしまえばマイルドなカイラインだ。そもそもというなら、そもそも他人に好かれようなんて思っていないのだから、好かれなくて当然である。

「ところでクラリス様、街道整備の方ですけど、かなり進みがいいっていう話を聞きました。もし終わっちゃったら、どうするんですか?」

疑問を口にするカタリナに、私はにんまりと笑みを浮かべて首を傾げる。

「どう、とは?」

「どう……ええっと……今のところ、ティアント領とグロリアスの間で一番大きくお金が動いているのが、あっちとこっちを結ぶ魔境の『街道』の整備です。これが終わったら、ティアント側から得られるお金が減りますけど、それについては、なにか考えがあるのですか?」

まだ十一歳とか十二歳くらいの少女が、こんなことを当たり前みたいに考えている。現代日本の感覚ならば「可哀想に」とか思うのかも知れないが、私は思わない。誰の目の前にも現実があり、誰だって目の前の現実に対して反応しなきゃならないのだ。向き合うのでも、挑むのでも、目を逸らすのでも、逃げるのでも。

かつては『反獅子連』に従わされていた瀕死のコボルトを見て唾棄するような顔をしていたカタリナが、目の前とその一歩か二歩先を見据えて物事を考えている。それは少女らしさではないかも知れないが、私にとっては好ましさだ。

というわけで、にこにこしながらカタリナの頭を撫でてやった。

魔人種の薄紫色の肌でも、やはり頬は紅潮するようだ。めっちゃ真っ赤になって、一瞬で涙目になってしまった。

「なっ、なっ、ど……クラリス様ぁ……?」

テンパって挙動不審になるカタリナに、ぶっちゃけ若干引いてしまった――いくらなんでも動揺しすぎだろう――が、まあ喜んでくれたなら、いいか。

なんでこいつら、そんなに私のことが好きなんだ?

確かに私はクラリス・ブリリアント・グローリアではあるのだが。

雑になでなでしただけで、そんな喜ぶなよ。

もっとずっと楽しいことも嬉しいことも、あるんだから。

「カタリナ。確かに私たちは労働力をティアント領に提供してやって、対価としてロイス王国の通貨を得ている。というか、建前上は私たちはグロリアスの通貨で取引するから、まずロイスの通貨をグロリアスの通貨に両替して、その両替したロイス通貨で支払わせている形だな。ここまではいいな?」

「は――はいっ! もちろんです!」

「では、次にこう考える。ティアント領から得られる金がなくなると、私たちはどう困るのだろうか。さて、なにが困る?」

「それは……ええっと……」

「レガロはどう思う?」

と、座席の対面で他人事みたいな顔をしていた『爆圧』の魔術師、元スペイド領魔術師団のおっさんに水を向けてみる。

今回はたまたま手が空いていたので、なんとなく同行させたわけだが、レガロは同行者としては実に優秀だった。態度は堅すぎないし、馴れ馴れしくもなく、雑な冗談だって言える。

なんだってこのタイミングで自分に話を振るんだよ、みたいな顔もできるので、私はこのおっさんが結構好きだ。

「自分ですか? まあ……そうですね、こう言ってはなんですが、別に困りゃあしませんでしょう。交易に必要だから通貨を造ったのであって、金が必要だから交易してるわけじゃない。……いや、睨まねーでくれよ、お嬢ちゃん」

嫌そうに言ったレガロは、何故かカタリナに睨まれて苦笑していた。

ので、今度はなんとなくカタリナの頭にチョップしてやる。

あまりにも非力な私の手刀では、撫でたのとさして変わらなかっただろうが。

「それが正解だ。別に困らん。じゃあ、次はこう考える。ティアント領の方はどうだろう。街道整備が終わったら、グロリアスの連中とはもう関わりたくない――そういうふうになるかどうか」

「ならんでしょうよ」

即答したのはレガロで、今度はカタリナは睨まなかったようだ。

「どうしてそうならないと思うの?」

「そりゃあ、こうやって関わっちまえば、特に人族の方が理解するだろうさ。あっちとこっちで、お互いに持っていないものを持っている、って」

「たとえば?」

「ゾンダ・パウガ氏みてぇな、すげぇ腕力の持ち主は人族にはそうはいない。ましてや労働力として雇われるなんてことは、まずない。その逆だと、そうさなぁ……今は、酒とか、あとは文字の教師とか、グロリアスにはないものだな」

「ああ――なるほど」

カタリナの横顔に、知性の光が灯る。レガロの端的な物言いから、あれこれ思索を巡らせているのだ。

なんだかんだ、妖狐セレナの娘であるキリナよりも、最近ではカタリナの方が私にべったりくっついている比率が高くなっていて、だからこそというか、こういうふうに物事を考える時間が増えているような気がする。

目の前に物事がある。

だったらその先にだって物事があるのだ。

「需要と供給ってやつだな」

と、私は言った。

もちろん、アダム・スミスやカール・マルクスについて教え込むつもりはないのだが、ああいった連中の哲学の一端くらいなら、私の口からでも垂れ流せる。

それがなにをもたらすのかは、知ったことではないが。

◇◇◇

そんなわけで、我々の馬車は工事現場に到着した。

人族と獣人たちが手に手を取り合って、わちゃわちゃして、ごちゃごちゃして、大声で笑い合い、怒鳴り声が響く場所。

どっかのニヤニヤ王子がもたらそうとしたのとは、全く別の混沌。