軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

164話「癒やしの聖女⑤_02」

ミゼッタたちはイルリウス侯爵領に一度戻り、使用人兼教育係のカルナ・レーガントとニオミ・アリオスと合流して、すぐにミュラー伯爵領へ向かった。

道中、ミゼッタの生まれ故郷である農村に寄ることもできたが、どんな顔をしてどんな話をすればいいのか判らなかったので、結局は村に寄らなかった。そのままミュラーの屋敷へ向かい、伯爵家の執事に迎え入れられる。

他の同行者は、そもそもエックハルト・ミュラーに雇われている少年剣士ジャック・フリゲートに、斥候役のノヴァの二人だけ。レオポルドはカルナとニオミ以外には、騎士も兵士も使用人も、ミゼッタに同行させなかった。

あのカマキリみたいな顔をした男の、ケジメみたいなものなのだろう。

己の保護から外れるというのなら、必要以上の支援はしない。そして今のミゼッタたちに、貴族の要人に対するような人的支援は必要ないと判断したのだろう。

実際、ミゼッタですらすっかり旅慣れてしまって、道中でジャックが狩ってきた野生動物を調理するのも上手くなってきたし、カルナやニオミに『浄化』の魔法をかけて身綺麗にしてやるのも当たり前になって、二人は嬉しそうだった。

以前は自分以外に『浄化』をかけたりしなかったし、ミゼッタにとっての旅は『搬送されること』と同義だった。レオポルドの意向によって依頼者である貴族を治癒するなんて、ミゼッタのやりたいことでは全くなかったからだ。

名を売ることも、ロイス王国の貴族社会で立場を確立することも、ミゼッタにとっては実感の湧かない、他人事みたいな話だった。

けれど、もう違う。

流されるだけの小娘ではいられなくなった。

ミュラー伯爵家の屋敷に逗留していると、現当主であるエックハルトの兄と面会する機会があったが、ミゼッタとしてはやや気まずいだけだった。何度か会ったことはあるが、当時はクラリスによる前ミュラー伯爵殺しのあれこれのせいで、ミュラー家はかなり混乱していたのだ。

現当主は比較的ミゼッタに好意的で、弟であるエックハルトの心配をしている……なんというか、生真面目で理性的な男だった。クラリス・グローリアの火刑に関してもあまり良い感情は覚えていなかったらしく、父親が殺されたことに恨み骨髄というふうでもない。

もちろん、父殺しの当人が獣人の領域で楽しそうにしていると知れば、愉快な気分にはならないだろうけれど――そのことを知らせるのは、今じゃない。エックハルトと合流した後だ。

ロイスの貴族間で『癒やしの聖女』の名が響いているらしいのを聞かされたのは、まあよかったところかも知れない。

出張しているエックハルトにはイルリウスの方から使者が送られているはずなので、とりあえずはエックハルトがミュラー家に戻ってくるまで待機となる。

といっても日向ぼっこして時間を潰すなんてことはせず、ミゼッタはジャックとノヴァを従え、町に出て手当たり次第に治癒をして回ることにした。

まずは市街の中心あたりを目指し、出店で串焼きを買ってジャックに食べさせたりしながら歩き回って、領民たちを観察する。

ミュラー家の屋敷がある場所なので、当然ミュラー伯爵領においては最も栄えた場所だ。行き交う人の数も多い。

かつてのミゼッタなら、それだけで圧倒されてしまうような人の流れだ。

しかし人の多さならレオポルドが治めているイルリウス侯爵領の方が多かったし、何度か足を運んだロイス王国の中心、王都の方がもっと多かった。

そして――今のミゼッタは、人が多かろうが少なかろうが、そのこと自体には感慨を覚えなくなっている。

歩きながらミゼッタが注意を払っていたのは、患者がいるかどうかだ。人というものは生きている限り何処かしらを痛めるので、広場で適当に人の流れを眺めているだけで、すぐに見つかった。

「あの、すみません。もしかして脚が悪いのではないですか?」

商家の従業員、みたいな感じの男に声をかけてみる。

法衣と貴族服を足して割ったようなミゼッタの格好は、市民が「関わらないでおこう」と考えるには十分なものだ。まして腰に剣を帯びたジャックや、あまり堅気には見えないノヴァを従えているのだから尚更だろう。

「へ――へい、どうも。あのぅ……申し訳ありませんが、どちら様で?」

「ああ、ごめんなさい。ずっと領にはいなかったので御存知ありませんよね。ミュラー伯爵家次男エックハルトの婚約者、ミゼッタと申します」

頭を下げることはせず、軽く首を傾げて微笑む。

それだけで男は平伏さんばかりに恐縮してしまったが、ミゼッタはその態度には構わず、彼の右脚あたりに掌を向けて、さっと魔力をまとわせた。

触診――ならぬ、 魔(・) 診(・) 。

グロリアスの砦で怪我人を治癒していたとき、人族と身体の構成が違うかも知れないと考え、獣人や魔人種に治癒魔法をかける際に考えた魔法だ。患部を中心に魔力で触ることによって、その内側を把握することができる。

どうやって、と聞かれても困る。

なんとなくできそうだと思って、やってみたらできた。

「治癒の魔法を得意としています。エックハルト様との婚約が決まってからは、ロイスの貴族様に呼ばれることが多くて、あまり領にはいられませんでした。もしかするとまた領外に出るかも知れません。ですので、わずかなりとも、領民のみなさんのためになることができればと思いまして」

にっこりと笑って、わざわざ魔力を光らせて男の右脚に治癒魔法をかける。

たぶんなにかの作業のときの姿勢で負荷をかけて、きっとそれを長年続けていたのだろう。膝のあたりの筋が痛んでいた。

「え――っ!? あれ? 痛くない……? 痛くない!」

「治癒の魔法が得意なんです。何日かの間は、この広場に来ようと思っていますので、お知り合いで困っている人がいたら、どうぞ連れてきてくださいね」

言って、あらためて微笑んでおく。

きっと彼にはミゼッタが『癒やしの聖女』みたいに見えていたはずだ。

◇◇◇

市街の中央広場で無料治癒院を三日も続けていると、なにかの祝祭かというくらいに人であふれかえるようになった。

ミゼッタの治癒魔法は他の治癒術士と違ってほとんど一瞬で終わる。だから次から次に患者がやって来たところでミゼッタ自身は困らない――なにしろ魔力が尽きたことだってないのだから――が、そんな『癒やしの聖女』を一目見ようという野次馬が増え、治療が済んだ後の患者たちも広場に残り続け、ミゼッタの『治癒』を目にしては崇めるような眼差しを向けてきた。

このあたりでエックハルトの兄である現ミュラー伯爵が伯爵家の騎士団から人員を投入し、群衆の整理やミゼッタの護衛に回るようになった。

「おいおい……あれよあれよって間に大事じゃんか。ミゼッタの姉ちゃん、これ、割と収拾つかないんじゃねぇか?」

広場の屋台はあまりの人いきれに急遽仕入れを増やし、町の酒場から買いつけをして温いエールを売りさばき、子供が転んで泣き出して、あろうことか誰が先にミゼッタの治癒を受けるかで喧嘩が始まる始末。

「いいんですよ、これで」

言って、ミゼッタは治癒を待つ行列を無視して立ち上がり、上空へ向けて『光』を撒き散らした。魔法を使う際の発光現象、ミゼッタの場合は治癒魔法を使えば、どうしたって全ての魔力を『治癒』には注げない。

過剰分の魔力がおそらく光と化して空気に溶けていくのだとミゼッタは考えているが、その『光』だけを撒き散らしたのだ。

真昼でも目を塞ぎたくなるほどの光量。

群衆の誰もがミゼッタの起こした現象に息を呑み、一瞬前まで混沌に塗れていた広場に、静寂が訪れる。

「――少し、よろしいですか?」

訪れた沈黙の隙間へ、ミゼッタは声を滑り込ませる。

声を荒らげないよう気をつけながら、可能な限りの大声で。

「あらためて、存じていない方もいらっしゃるでしょうから、挨拶をさせていただきます。現ミュラー伯爵家次男エックハルト・ミュラーの婚約者、ミゼッタと申します。治癒魔法の才を見込まれ、エックハルト様から婚約を打診されました」

ふわりと微笑み、わざとらしく群衆を見回す。

おそらくは群衆を構成している一人一人が「見られた」と感じたはずだ。

「伯爵家の一員になるということは、領地のため、みなさまのために力を振るうということです。そのために今回、私は私の力を示しました。そして同時に――みなさんは、みなさんが ど(・) の(・) よ(・) う(・) な(・) な(・) に(・) であるのかを、私に示してくださいました」

深(シン) ――と、静寂。

呼吸ひとつですら憚れるような、痛々しい沈黙。

ミゼッタは微笑みを崩さず、続けた。

「ただ、静かに待てばよかったのです。私がなにをしているかは、みなさんは理解していたはずです。そしてきっと、こうも思うでしょう――自分のせいじゃない、自分は大人しく待っていたじゃないか、自分はただ横で見ていただけだ、商人が酒を売り始めた、子供が勝手に転んだ、何処かの誰かが揉め事を起こした。自分のせいじゃない。自分のせいじゃない――」

きっと、責められているような気分だろう。

本当になにもしていない人だって、これではまるで自分にも責任があるような気持ちになるはずだ。ただ静かに待っていた人だっている。

だけど、そんなことは、もう知らない。

あなたたちに笑ってもらいたいなんて、もう思わないから。

「――それこそが領民だと胸を張るのであれば、それでも構いません。あなたたちを静かにさせるために騎士団を動かすのもいいでしょう。治癒をするのにたくさんのお金を取ったって構いません。どのような領民であろうが、助け、導くのが貴族の勤めです。私は、その貴族の一員になるのです」

沈黙に、苦味が滲んでいく。

ミゼッタは内心で苦笑してしまう。だって、クラリス様は、みんなをキラキラさせていたじゃないか。これから戦いに行くときだって、グロリアスの人たちは楽しそうにしていた。どうしてか、なんて簡単すぎる。

クラリス・グローリアと共に在ることが、それだけで嬉しいからだ。

「あなたたちは、どんな自分たちでいようと思いますか? たぶん、考えたこともないと思います。私だってそんなこと、考えたこともありませんでした。けれども、静かに待っているだけで無料で治癒を受けられたはずの人たちの 治(・) 癒(・) を(・) 受(・) け(・) さ(・) せ(・) な(・) か(・) っ(・) た(・) のがあなたたちです。そのままの自分たちでいますか?」

何様のつもりだ、と思う。

クラリス・グローリアなら――なんて言うだろう?

「みなさん。これから、私はまた座って、治癒を受けたいという人を待ちます。また大騒ぎになるようでしたら、みなさんの迷惑になりますので、やめてミュラー家の屋敷に戻ります。ですので――あなたたちが、どんな自分たちであるのかを、あらためて私に、ミゼッタに教えてください」

微笑みを絶やさずに言い切って、用意させていた席に戻る。

次に待っていた患者は、畏れ多いとばかりにミゼッタに平伏していた。そんなことをされても列は進まないので、ミゼッタは優しく声をかけ、患者を魔力で診断して、さっさと治癒魔法をかけてしまう。

腰の痛みがすっかり癒えた老人に、微笑みながら「お大事にしてくださいね」なんて声をかけることも忘れない。

そこからの群衆は、今度は秩序を保ってくれた。

「……さすがは『癒やしの聖女』ってわけだ」

ぽつりとジャックが呟いたが、身内以外には聞こえていなかったはずだ。

たぶん。