軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

163話「癒やしの聖女⑤_01」

「なんというか……まあ、そういう流れになって、ティアント領に留まることになっちまった。今後、ミゼッタお嬢様の案内はしてやれなくなる」

と、ヴィクター・イルリウスが言った。

ミゼッタの知らぬ間にレオポルド・イルリウスを呼びにイルリウス領へ向かったノヴァが、魔境の中間地点で半ば拘留されていたジャック・フリゲートをティアント城へ連れて来てくれて、今後の話をすることになって……ひとまずの状況説明が終わったところ。

場所はティアント城の会議室を借りて、人数分の茶を用意した使用人を下がらせて、いうならば身内だけの会議ということになる。

ミゼッタ、ジャック、ノヴァ、ヴィクター、そしてレオポルド。

使用人にして教育係のカルナ・レーガントとニオミ・アリオスはイルリウス侯爵領に留まっているそうだが――この面子を『身内』と称していいものかは、ちょっと迷うところだ。

ともあれ。

そもそもミゼッタを『癒やしの聖女』として喧伝し、貴族たちへ治癒魔法をかけて回るのはレオポルドの策だった。

その、いうなればミゼッタの治癒行脚に必要だったのがレオポルド侯爵の甥であるヴィクター・イルリウスだ。彼が渉外担当として立つことで『伯爵家子息エックハルト・ミュラーの婚約者』でしかないミゼッタを安売りさせないだとか、あるいはナメられたら侯爵家の威光を見せびらかすとか、そういうことができた。

が、そのヴィクターは今回のティアント領とグロリアスの落とし所の、なんというべきか、間に挟まることになった。

これに関しては当人はすごく嫌そうにしていたが、クラリス・グローリアの発案であり、レオポルドもその案を肯定したという。

つまり、ヴィクターは拒否できない。

少なくともティアント領とグロリアスの交易が順調になってヴィクターの存在が必要でなくなるまで――そのためには後釜を見つけるなり育てるなりしなければならないわけだが――は、ティアントとグロリアスの間に入って、あれこれ調整し続けることになるだろう。

とにかく、イルリウス領の利を確保しつつ、ティアント領とグロリアスの交易を潤滑に調整する者が必要だったのだ。

そんなことができる者は限られている。そしてそういう者を配置しておかなければイルリウスが出張った意味がない。

落とし所を考えてヴィクターを見つけたのか、ヴィクターという存在を認知していたから逆算して落とし所を設定したのかは判らないが、ひとつ言えるのは、クラリス・グローリア以上の落とし所を提案できる者がいなかったということだ。

「そりゃあ、まあ、話を聞けば仕方ねーと思うけど」

軽い調子で言ったのは金髪の少年剣士ジャックだ。

ミゼッタがグロリアスの砦に拉致されてから、かなり腹を立てて暴れたらしいが、危害を加えた対象が第二王子ブリッツ・オルス・ロイスの部下だったそうなので、ミゼッタとしてはむしろ褒めてやりたいくらいだった。

まあ、ジャックを褒めるような立場ではないのだが。

「だけどヴィクターのおっさんがいなけりゃ、今までみたいなノリでミゼッタ姉ちゃんは貴族のところ、回れなくなるだろ? それはどーすんだ?」

気楽そうな調子のままで問う――問いの先は、レオポルド・イルリウスだ。

このカマキリみたいな高位貴族に、そういう口の利き方をできるのはミゼッタとしてはいつも驚くのだが、そういう口の利き方をされたレオポルドの方も全く気にしたふうでもないのが、それはそれで驚いてしまう。

「ジャック・フリゲート。質問に答える前に、こちらから問おう。今回ミゼッタが掠われたのはおまえの不手際だと聞いているが、所感を聞かせろ。責めているのではない。敵――では、今はなくなったが、グロリアスの戦力がおまえを凌駕したということだろう。でなければミゼッタは掠われていない」

「……所感、か」

「してやられたのだろう?」

「そっちの状況を詳しくは知らないけど、魔族の男がいたんだろ? 腰に剣を提げてる、男前のにーちゃん。あいつ……たぶん、エスカードの生き残りだな。俺が殺した魔族の頭領と同じくらいか……もしかすると、もっと厄介かも知れないな」

「クラリスの腹心のような男だな」

ユーノスのことだ。ミゼッタ自身は魔法で眠らされていたので、ミゼッタが拉致されたときの記憶はないし、ユーノスが戦っているところを見た覚えもないが――彼が最もクラリス・グローリアから信頼されていたのは、判る。

羨ましいくらいに、信じられていた。

そしてユーノスの方も、クラリス・グローリアを信頼していた。ほんのわずかな揺るぎもなく、魔族の男が、人族の……不死の少女を。

「おまえで苦労するなら、相当な手練れだろう。対魔族用の戦術を組まねば対応し切れんか。念のために言っておくが、現状では敵対しようとするな」

「へいへい。別にわざわざ敵対したいわけじゃねぇよ」

「魔族に偏見はないのか?」

素朴な疑問を浮かべたのはノヴァだ。自信家で好戦的なジャックが、言葉はともかくとして殊勝な態度を見せたのが意外だったようだ。

あるいはノヴァ自身が魔族に対して、偏見を持っている自覚があるのか。

「別に? 嫌いなやつだからぶった斬るってわけじゃねぇし。そりゃあ油断してねぇのにしてやられたんだから、俺だって思うところはあるけどさ。マジで、今回はミゼッタ姉ちゃんが無事で良かったってのと、俺自身のふがいなさに苛つくぜっていう感じだよ。またアレやられたら……たぶん、無理だな」

はぁ、と嘆息するジャックだった。彼が普通に『お手上げ』を表明するのはかなり意外だったが、考えてみれば口調や態度ほどに行動は破天荒ではないのだ。そもそもがエックハルトに雇われているのだし、雇い主がジャックの態度を許す限りにおいては、かなり有能な戦士なのかも知れない。

実際、その実力は証明されている。

今回ユーノスらに出し抜かれたのは、別に恥じゃない。だって、クラリス・グローリアの策なのだ。無策で待機していた自分たちが敵わないなんて、当然だ。

「では今後、同じような状況をそもそも作るべきではないな。今回は甥が流されて留まっていたのが悪い。が、結果を見れば悪いだけでもない。それに責任は自分で取ることになるのだからな」

無表情のままで言ったレオポルドなのに、どうしてか笑っているような気がした。声音も表情も硬いままなので、思わずミゼッタは二度見してしまったが、やはり笑っているように見える。見えないのに。

「これ、責任だったんですかねぇ」

「取れる立場でよかったではないか」

「そんで、どーすんのかって話なんだけど?」

叔父と甥の遣り取りに遠慮なく口を出すジャックに、何故かヴィクターが嬉しそうに苦笑を洩らした。

レオポルドの方はやはり表情を変えず、ミゼッタへ視線を向ける。

いつも通りの、無機質で無感情な、観察の視線。

ミゼッタはずっと、レオポルドの視線が怖かった。いや、レオポルド以外であっても、貴族のそういう振る舞いは恐ろしかった。

言葉ひとつで、気分次第で、他人の未来を左右するから。

ミュラー伯爵家に見出されたミゼッタは、否も応もなくエックハルトの婚約者になるしかなかった。

そう思っていた。たぶん、実際にそうなのだろう。断ったところで圧力をかけられて、様々な不利益を押しつけられていたはずだ。それは容易に想像できる。

でも――それでもよかったのだ。

もちろん、今のミゼッタがあのときに戻れたとしても、同じように受け入れるだろうけれど、その意味は、あのときと今では違うのだ。

「『癒やしの聖女』ミゼッタ――おまえは、どう考えている?」

温度のない、ただの問い。

そんなものには、もう怯えない。

クラリス・グローリアなら、にんまりと笑って胸を張るだろう。

もちろんミゼッタはクラリスのようにはできない。彼女について行かなかった時点で、そんなふうに振る舞えないことは、もう判っている。

私と、あの人は、違うんだ。

けれども――それがどうした?

いつまでも あ(・) の(・) 人(・) に(・) 恥(・) じ(・) る(・) よ(・) う(・) な(・) 私(・) で(・) い(・) る(・) わ(・) け(・) に(・) は(・) い(・) か(・) な(・) い(・) 。

だからミゼッタはレオポルドの視線を正面から受け止め、真っ直ぐに視線を返し、ぴんと背筋を張って、答えた。

「エックハルト様と合流します。侯爵閣下は十分に私を使ったと思いますし、これまでと同じようには動けません。ですので、今後は別の形で侯爵に利を回すことになるでしょう」