軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

156話「ティアント領との顛末_06」

区切りがついたら、後始末。

私、クラリス・前世アラフォーおっさん社会人・グローリアの感覚からすると、物事というのは始まるときは勝手に始まってしまうし、そもそも『これが始まりです』と指差して言えるようなことも少ないものだ。

しかし終わりや区切りは、意思さえあれば迎えることができる。

その上で声を大にして言いたいが――後始末は、大変だ。

今回の場合は一件落着が『始まり』を兼ねているので、ここからここまでが後始末だ、なんて仕分けることも難しいが、始末のひとつとして『癒やしの聖女』の返還は、既定路線であり必要条件でもある。

なので返してやろうとレオポルドに言ってやれば、カマキリ顔の侯爵閣下は普通に頷いた。誰もこのことについて異論はない。

なのに――『癒やしの聖女』当人だけが、ひどく哀しそうだった。

部屋の端、ユーノスにぴったり寄り添って立っていたミゼッタが、まるで私の言葉に傷つけられたような表情を浮かべたので、私としては非常に戸惑った。

だって、今回のこれがどう転がろうと、結局のところミゼッタはレオポルドの元に戻るしかなかったじゃないか。

私たち『グロリアス』は、ティアント領にならもしかすると勝てるかも知れないが、ロイス王国を敵に回したら普通に負ける。なので国全体を敵に回すことなく事態を収束させる必要があった。

となれば、いつまでも『癒やしの聖女』なんか確保していても仕方がないのだ。返して欲しがっているやつがいて、建前上の落とし所になるのだから、返さない理由がない。ミゼッタ当人がどう思っていようが、だ。

そしてそのことを、ミゼッタ自身とて理解しているはずだった。

「……クラリス様」

数秒の沈黙を挟んでからミゼッタは深呼吸を何度か繰り返し、ちらりとユーノスを一瞥して、一歩だけ前に出て私の名を呼んだ。

人質として確保してからずっと着たままの、僧衣と貴族服の中間みたいな服――『浄化』とかいう魔法が使えるおかげで、風呂も洗濯も必要ないそうだ――は、やわらかな印象のミゼッタにはよく似合っているように思う。

が、考えてもみれば元村娘が着こなせる衣服ではないし、ミゼッタの態度は初めて会ったときから村娘のそれでは全くなかった。

流されるままに流されて、今もこうして流されようとしている、少女。

しかしそこには当然のように努力があったはずだ。彼女の立ち居振る舞いが、そのことを確信させる。今のミゼッタを一見して、村娘だと判断するやつは、たぶんいない。

そして――その努力は、たぶんやりたくてやったものでもないはずだ。

私が持っていなかった魔法の才を、ありえないほど持っているのに、ミゼッタの人生には彼女の意思が介在する余地がないわけだ。

でもそれは私のせいではないし、彼女のせいでもない。

抗い難い流れに逆らわないことを、私は全く軽蔑しない。

「なんだ、『癒やしの聖女』様? これまでの待遇に不満でもあったのなら、これが最後の機会になるかも知れんし、聞いてやらないこともないぞ」

わざとらしく両手を広げておどけてみせれば、ミゼッタは辛そうな笑みを浮かべて、進めた歩を、ちょっと考えるようにしてからさらに進めてきた。

一歩、二歩、三歩――六、七、八。

九歩目で、私とミゼッタの距離は、ほとんどゼロまで。

「ごめんなさい。少しだけ、失礼をします」

言って、ミゼッタがふわりと跪き、私に抱きついてきた。

身長の関係で、立ったまま抱きしめると胸で私を圧迫するから……というより、自分の頭が高い位置関係を嫌ったようだ。

ほとんど縋りつくような、切羽詰まったナニカを孕む抱擁。

暖かくて、やわらかくて、ひどく儚い。

女の子の、抱擁。

「私は……もっと、違った形で、貴女に会いたかった……」

私の薄い胸に顔をくっつけたまま、泣き出しそうな声音でミゼッタは言う。

その言葉にどんな意味が込められているのかを、私は強いて考えない。

ただ、ちょっとだけ苦笑する。

「莫迦を言うな。私とおまえは、こういうふうにしか出会えなかった。私に魔法の才があれば、もしかするとミュラー伯爵家はおまえを拾おうなんて思わなかったかも知れない。逆におまえに治癒魔法の才がなければ、やっぱりおまえはエックハルトの婚約者に選ばれることもなかった」

結局は、こういうふうにしか接点など生まれなかったわけだ。

そのまま私が火刑に処されることなくエックハルトと結婚していれば、たぶん前世の記憶なんて思い出すこともなく、もちろんユーノフェリザ氏族と一緒に魔境を越えて『グロリアス』を形成することもなかった。

虚しい IF(もしも) の話だ。

今ここにある現実は、そうではないのだから。

「それでも……!」

と、ミゼッタは呻く。抱きついてくる腕の力は痛いくらいだが、仮に猪獣人のゾンダに全力で胴を潰されたところで、私はすぐ復元するのだが。

痛い気はする。

でも、痛くない。

私は私の胸に縋りつくミゼッタの頭頂部を眺めながら――けれども『癒やしの聖女』に対する同情心が湧かない己自身にこそ、苦笑してしまう。

可哀想じゃないか。

ただの村娘が、溢れんばかりの魔法の才のせいで、貴族に見出されて運命を決められ、他人の意思のままに力を使うだけ。流されるまま流されて、溺れぬように足掻きながら、それでも流れのままに、生きていくしかない……。

だけど、本当に死ぬほど嫌なら、逃げてしまえばいいのだ。

そう、思ってしまう。そう感じてしまうし、そう考えてしまう。

「ミゼッタ。おまえが私になにを感じてどう思っているのかを、私は知らないし判らないし、正直言うと察してやろうとも思わない」

「いいんです。そんなの、当たり前です……」

「おまえがそのまま流されているうちは、私とおまえが交わることはないぞ。そして私は『流されるな』とは言わない」

「……どうして、ですか?」

「おまえはおまえが大事にしてたモノのために、自分を売ったんだろ? 全部捨てて好きにしろなんて、誰に言える?」

これは想像になるが、ミゼッタに婚約を迫ったミュラー家は、ミゼッタの家族や村の生活を保証したはずだ。そもそもミゼッタの暮らしていた村はミュラー伯爵家の領内にあって、村の生活を保証してやることはミュラー家にとっては労力ですらないはずだが、村人たちからすれば福音だ。

村の少女が、貴族に嫁入りする。

村の生活が豊かになる。

想像なので違っているかも知れないが、まあたぶんこんなものだろう。

捨てろ、なんて言えるか?

私は言えない。

何故なら私は捨てたわけじゃないからだ。

私(・) が(・) 捨(・) て(・) ら(・) れ(・) た(・) のだ。

だから私を捨てた全てに、配慮をする必要がない。

「クラリス様――貴女のことを、私は……私は……本当は、一緒にいたかった。クラリス様の内側で、貴女に照らされて、獣人のみなさんも、グロリアスの人たちも、一緒に……笑って……歩んでいられたらと……思いました……」

ぎゅっ、と抱きつく力が強くなる。

もはやはっきりと泣き声を洩らしているミゼッタに気を遣って、私は「ぐぇっ」というあまり美的でない呻き声を頑張って堪えたが、さすが元村娘だけあって力が強い。きっと普通に農作業とかしていたのだろう。

「でも――おまえはそうしない」

「はい。クラリス様、私はこれまで流されるままに流されていました。けれど、今、私は選んだんです。選ばなくちゃいけない場面が、きっと こ(・) こ(・) だったんです」

楽しそうな私たちと一緒にいたかったけれど。

楽しくもなんともない、レオポルドの駒であることを。

「まあ、生きてりゃ荷物も増えるもんさ。好きで担ごうが、背中にのしかかっていようが、同じことだ。私だって、今の私を、もう捨てられない」

「ええ――そんなクラリス・グローリアを、私は勝手に好きでいます」

ふっ、と腕の力が抜け、ミゼッタが私を解放して立ち上がる。

そしてくるりとその場で反転し、壁に背を預けたまま事の成り行きを眺めていたユーノスに『癒やしの聖女』は微笑んだようだった。

どんな顔をしていたのかは、私からは見えなかったが。

しかしユーノスが不機嫌と気まずさを混ぜたような顔をしていたので、たぶん微笑んでいたのだと思う。おそらくは、とびっきりの聖女スマイル。

そして、ミゼッタは言う。

「ユーノスさん。私のこと、許さないでいてくださいね」

◇◇◇

そんなわけで、ミゼッタをレオポルド・イルリウスに返却した。

後の細かい調整は甥のヴィクターに押しつけてやったので、実際に物事が動くまでは、とりあえずやることがなくなった。

この日はもう遅かったのでティアント城で一泊し、翌日、私たちは砦へ戻ることに。調整のためにヴォルト・クラウスとスパーキを置いていくと決めたら、牛獣人の若者は「オレっすか?」と不思議そうにしていたが、ユーノスが当然とばかりに頷いたので、スパーキも文句は言わなかった。

残された後始末は多岐に渡る。

が、城を出る直前に、もうひとつだけ、片付けるべき始末があった。

あったというか――飛来した。

女アールヴの射った矢が。