軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

155話「ティアント領との顛末_05」

キリナは家族関係というものが、実のところあまり判らない。

赤ん坊の頃に妖狐セレナへ預けられ、以降はセレナを義母として、獣人の領域の端も端、魔境の森のすぐ近くで育てられた。

魔境を越えてクラリスや魔人種たちがやって来てから、狭く小さかったキリナの世界は壁を取り払われ、そもそも世界が広いということから知り始めたものの、やはり家族関係というものは、ピンと来ないままだ。

親友のカタリナ、今はグロリアスを名乗っている元ユーノフェリザ氏族のみんなは、ほとんどが親戚関係のようで、ユーノスとマイアも幼馴染み同士であり、元を辿れば血縁があるという。

あるいはグロリアスの中では一人だけみんなと性格が違うように思えるカルローザなんかは、実は女傑ビアンテの弟の娘だという。そのビアンテの弟は、人族に突貫して死んでしまったそうだが。

ティアント城の大きな談話室で人族のお茶を飲みながら、改めてキリナがそんなことを考えているのは、キリナたちを歓待する女主人――フォルザ・ティアントを見て、不思議だなぁと思ったからだ。

フォルザ・ティアント。

ティアント領主スラックに嫁ぐ前は、フォルザ・グローリアだったという、クラリス・グローリアの従姉。

「ええ、ええ、そうですわね。もっとずっと小さな頃のクラリスったら、屋敷の庭園で花を愛でるのが好きな、大人しい女の子でしたのよ。ちょっとぼんやりしたところはありましたわね。頭の上に蝶が止まって、ふんわりと笑っていましたの」

宝物をそっと見せるみたいに思い出を語るフォルザ・ティアント。

彼女の雰囲気は、正直言ってクラリス・グローリアには似ていない、とキリナは思う。ただしクラリスがお嬢様の仮面を被ったときの雰囲気とは、共通するものがあるとも感じる。似ているというより、同じものがある、というべきか。

なんというか、キリナにはよく判らない文脈に則った立ち居振る舞いがあり、そこでフォルザとクラリスは共通しているものがあるのだ。

それはちょうど『家族が判らない』と感じる、その判らないモノの中にあるナニカという気がする。キリナの知らない文化的な文脈、そこにある不文律や常識なんかが、フォルザの喋り方、考え方、立ち居振る舞いに現れているのだろう。

きっと――クラリスが捨て去ったもの。

たまに悪戯っぽくそれを拾い上げて使うことはあるけれど、クラリスが「人族の常識では」なんて言い出したことなんて、たぶん一度もない。

大事になんて思っていないからだろう。

「クラリスの状況は、私は知りませんでしたの。例の火刑の際には、もう私はティアントに嫁いでおりましたし、婚約者だったエックハルトが、あのような判断をするとは……どのような事情があれ、裏切られたような気分ですわね」

わざとらしく悲しげな表情を浮かべ、流し目で『癒やしの聖女』を見る。

その仕草が、まるでそういう型でもあるかのように洗練されているのだが、嫌味を言われた当のミゼッタが同感とばかりに頷いているのは、フォルザとしても意外だったようだ。

隣にぴったりくっついているユーノスがうんざりしたようにそんなミゼッタを横目で見ていて、そういえば彼のそういう態度は珍しいな、と思った。

キリナが知る限り、ユーノス・グロリアスはいつも自信と確信があり、クラリスの動向を楽しげに見守っていた。キリナからしても、そのようなユーノスが当たり前で、今みたいに不満げな態度を取っているのは、珍しいと思う。

ミゼッタが嫌い、なのだろうか?

見た感じ、そう見える。

でも聞いた話では、クラリス・グローリアの火刑に関してミゼッタに責任はないようにキリナは思ったのだけど……たぶん、ユーノスもその点については、ミゼッタのせいだと考えているわけではない、はずだ。たぶん。

じゃあ、なにが気に入らないんだろう?

「あー、それなんすけど、もしかしたら失礼かも知れないんで、流してもらってもいい話なんですけども、訊きたいことがあるっす」

気を遣ったのかなんなのか、変な喋り方をして挙手したのはスパーキだ。

というか、ティアント城に来てから、なんだかんだ口を開いているのはスパーキしかいない。キリナもユーノスも、人族に訊きたいことなんてなかったからだ。彼らがどんな生活をしているか、どんなものを好むのか、譲れないものはなんなのか……そういったことに、関心が湧かない。

もしかしたら、スパーキも別に心の底から知りたがっているわけではないのかも知れない。単に調子が良いから、なんとなく問いを口にしているだけなのか。

でも、そういうスパーキの性格でなければ、人族との会話なんか生まれなかっただろう。素直にそう思う。

「ええ、なんでしょう? 牛の獣人さん……スパーキさんでしたかしら?」

「ういっす。スパーキっす。その、なんでしたっけ、グローリア家? その家からティアントに嫁いだって話なんすけど、フォルザの姉さんは、スラック領主のことが好きで結婚したってわけじゃあ……ないんすよね?」

「あら、心外ですわ。もちろんお慕いしておりますとも。スラック様は尊敬に値する人物だと感じておりますわよ。……ですが、仰りたいことは理解できます。市井の男女が愛を育むようには、婚姻していない、という話でしょう?」

「まあ、その市井ってやつもオレらはあんま判らないっすけど」

「牛の獣人さんたちは、どのように……ええっと、その……番うのですか?」

「お互い気に入ったやつがいれば話をして、お互いに気が向けば番になるって感じっすね。無理強いはしないのが、まあ、だいたいどの獣人でも礼儀じゃないっすかねぇ。一部の獣人は、強い雄が女を囲うってこともあるらしいっすけど」

「そうですか。であれば――スパーキさんに判りやすい言い方をするのであれば、私たちは貴族という種族なのです。自分にとって好ましい相手というだけでなく、家にとって好ましい相手、というものを選んで我々は番うのですわ」

「そして火炙りにされる、か」

ひどく皮肉っぽい、恐ろしく冷たい言い方をしたのは、ユーノスだ。

今度は隣にぴったりくっついていたミゼッタが眉を上げていたが、驚いている様子ではなかった。吐き出された皮肉を、それ自体は当然であるかのように受け入れていて、けれど、この場でそれを口にするのが意外だというふう。

誰もなにも言えず、談話室には奇妙な沈黙が降りてしまう。

フォルザもクラリスと同じ色の金髪を指先でいじりながら、なにを言うべきか迷っている様子だった。確かに、大枠で見ればフォルザ・ティアントは人族で、クラリス・グローリアを排斥した側の種族ではあるのだ。

誰も沈黙を破ってくれなさそうだったので、なんとなく、キリナはそれを破ってみようかという気になった。

どうしても訊きたいことなんか、ない。

だけど、ちょっと訊いてみたいことはある。

そう思って口を開きかけたときだ。

「やあやあ待たせたな。楽しい談話の最中だろうが私の登場だぞ。見たところ会話も弾んでいるようじゃないか。そのまま弾ませてやりたいところではあるが、大事なことをさっさと伝えてやろう」

乱暴に――というよりは雑に扉を開け、キリナたちの光が現れた。

その光は上機嫌にべらべらと捲し立て、フォルザ・ティアントに視線を留めた。

「喜べ、フォルザ姉様。ティアント領と私たちは停戦することにした。戦いをやめて、交易をすることにしたぞ」

◇◇◇

ロイス王国第二王子、ブリッツ・オルス・ロイスの狙いはティアント領と獣人の間に争いを発生させ、この地を戦争状態へ導くことだった。

これによってロイス王国内の情勢が変化を避けられず、既存のとは別の流れを生み、その流れがブリッツとその派閥にとって有益になる、あるいはブリッツと相容れない勢力にとって不利益になる――そんな算段だったらしい。

「しかし、そもそもブリッツの誤算は、この私だ。クラリス・グローリアが獣人の領域で『グロリアス』という勢力を形成していたなんて、さすがに知りようもなかったんだろうさ。誤算があったのに計画を強行したのが失敗だったな」

けらけらと楽しそうにことの顛末を語るクラリス。

当然、会談に参加していたはずのブリッツ王子は姿を消しており、レオポルド・イルリウス、その甥ヴィクター、領主スラック、レクス・アスカとその護衛ニーヴァも談話室に戻っていたが、クラリスが捲し立てているので誰もなにも言わなかった。先程ユーノスが発生させた沈黙とは、全く別種の閉口だ。

「それで……貴女たちと、交易を?」

疑わしげに眉を寄せるフォルザだったが、クラリスはまるで気にしなかった。フォルザ・ティアントがどう思っていたところで関係ない、というふうに。

いや――実際にそうなのか。

ティアント領主夫人がなにをどう思い、なにを言ったところで、既に重大な意思決定は成された後なのだ。

「ああ、そうだ。もう大枠の話は済んでるから、後は実際にやってみて、実情との兼ね合いで擦り合わせをしていくことになるだろう」

「旦那様は、それでよろしいのですか?」

そう言ったフォルザの口調に、他意はなさそうだった。

獣人との交易なんて、というような拒絶反応とは、雰囲気が違う。

たぶん言葉通り、善し悪しを確認しているだけ。

「構わない。というより、こちらには選択肢がない。今回は彼女の厚意に甘える形になるが、交易というのであれば、今後、互いの利益になるよう努力する」

「まあ、こっちとしても、おまえらと戦争なんかしてたってなんの得もないからな。どうしても関わりたいわけじゃないが、いざ関わるのなら、友好的な関係を築いた方がいいに決まってるだろ」

「……人族を許す、と?」

フォルザが言った。たぶん言葉を口にした当人ですら、そうではないと判りきっている問いだった。

もちろんクラリスは鼻で笑って肩を竦めた。

「そんな主語のでかい話をしてどうする、ティアント男爵夫人? その問いになんて答えりゃ満足だ? とりあえず、ティアント領と戦争をしたって私たちは得をしないし、おまえたちも得をしない。王子に得をさせたくないやつもいる」

ちらりとクラリスの視線がレオポルドへ移る。

水を向けられた当人は、ただ黙って突っ立っていた。言うべきことがないからかも知れないし、無言を貫くことになにか意図があるのかも知れない。

「我々としても、いつまでも兵を出し続けているわけにもいきませんし、人族との交易がグロリアスを通してであれ成せるのであれば、こちらにも利があると判断します。少しずつにはなるでしょうが、互いを知っていければと思います」

相変わらずの無表情で言ったのはレクス・アスカで、そんな女豹にフォルザは少し面食らったようだった。

まあ、考えてみれば彼女は彼女で、事情が判らない状態でキリナたちの相手をしていたのだから、クラリスたちの意思決定についても初耳のことばかりのはずだ。そもそもレクス・アスカが何者であるかも、たぶんあまり判っていない。

同情……は、あまりしなかった。

だって、彼らは彼らの事情だけで攻め込んで来たのだから。

こちらだってクラリス・グローリアがいなければ、人族の動きの意味などまるで理解できず、場当たり的に対応せざるをえなかったはずだ。いや、それ以前に『グロリアス』という勢力がなければ、あっさりと獣人の領域に人族の陣地を築かれていた可能性が高い。

そうなっていたら、位置的に近かったモンテゴたちのスーティン村や、辺境のセレナの――そしてキリナの――暮らしが、脅かされていただろう。

そうならなかったのは、クラリスのおかげだ。

私たちの光。

そして――その光の下から、離れるべき者がいた。

「まあ、そういうわけで人質はもう要らない。返却してやろう」

本当に軽く、近所の住民からちょっとした道具でも借りていたみたいにクラリスは言って、レオポルドを見た。

人質当人である『癒やしの聖女』には、視線なんて向けることもなく。

「返還に感謝する――と言っておく」

虫みたいに無感情な眼差しでクラリスの視線を受け止めたレオポルド・イルリウスが、それだけ答えて頷いた。

キリナは、ミゼッタを見た。

彼女がどんな表情をしているか、確認するために。

確認して――それで、キリナはミゼッタに、同情した。

人族のことは好きでもなんでもないが、ヴォルト・クラウスを捕虜として砦に収容したときは、彼のことを可哀想だと思った。聞かされた彼の経緯に同情した。ああ、悲しい出来事があって、悲しい決断があって、この人はそのことに後悔もないのだと考えると、ヴォルト・クラウスのことを憎めなくなった。

よく考えてみれば、別にキリナは最初から人族のことが憎いわけではないのだ。信用なんてしていないし、好感を覚えているわけでもない。クラリスを陥れた人族に対する信用なんてものも、あるわけがない。

だけど、キリナの両親はキリナを捨てたのだ。

獣王ランドールの暴虐に耐えられなかった『反獅子連』の狼族たちは、オークやコボルトたちに同じような理不尽を与えていた。

ミゼッタは――泣きそうな 貌(かお) をしていた。

クラリスと離れ離れになるのが寂しいと、表情が物語っていた。

……だから、キリナは素直に同情してしまった。

だって、クラリス様と離れるなんて考えたくもないから。