軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

157話「ティアント領との顛末_07」

今回のティアント領における顛末は、整理すると大きく一点、それを細かく区切るなら概ね三点になるだろうか。

大きくは『放蕩王子』ブリッツ・オルス・ロイスの画策によるティアント領と獣人たちの戦争状態を解消すること。

厳密に言うならティアント領が戦力を向けたのは私クラリス・グローリアが形成したグロリアスという集団であって、獣王が統治している獣人たちではなかったわけだが、まあともかく。

この戦争状態を解消することが、こちらにとっての大目標であり、付け加えるなら裏切りの騎士ヴォルト・クラウスの望みを叶えるために必要なことだった。

とにかくティアント領が無駄に戦争を続けていると、ブリッツの思惑通りに戦況が泥沼化し、領主スラック・ティアントが戦争の責任を取らされた挙げ句、領主不在となったティアント領に混沌が訪れ、さらに戦況が泥沼化することになる。

んで、小区切りの一。

これを解消するには、ブリッツ王子と領主スラックを分断することが、まずひとつ。スラックに「利用されてるし、利用されてるだけじゃなくて切り捨てられる」と理解させることが重要だった。

そもそも利用されていることくらいスラックだって判っていただろうし、そんなことを私が親切に教えてやっても意味がないのだ。スラックが「このままだとヤバい」と自分で気づく必要があった。

なので、ああしてブリッツをこき下ろしてやったわけだ。

次に、小区切りの二。

例の落とし所。通貨を用意して交易を提案してやったが、これはロイス王国の通貨を使って取引していては拙いからだ。

通貨発行権の重要性についてはとりあえず置いておくが、そのうちにプラドのつくる獣王国とも金銭取引をするようになるだろう。その取引でロイス王国の通貨を使うのは、かなり具合が悪い。

あと、金銭の概念がない連中と『取引』を成立させるのはティアント領としても大変だろうから、ちょっと急いで通貨を造らせた。

とにかく、これで落とし所を提示できたし、スラックとしてはそこで落着するより他はなくなった。もちろん一方的に不利な取引なら渋っただろうが、こちらとしては、別にそんなつもりはない。普通に取引をすればいい。

そして――小区切りの三。

ここまでくれば、後は実際に兵を引かせる段になる。

現在、この戦局を支配しているのは、言うまでもなくレオポルド・イルリウスが引き連れて来た黒甲騎士団だ。まず数の上で、そして立場の上で。

もちろんこの増援に対抗するためにプラドが獣王軍を率いて来てくれたわけだが、ぶっちゃけると最初から戦わせるつもりなどなかった。まず拮抗状態がつくれないと交渉の舞台に立てないのだから仕方ない。

そんなわけで結果から述べるなら、黒甲騎士団が主導してティアント領軍とゴルト武装商会を引かせることになるはずだ。

私たちグロリアス、ティアント領、そしてレオポルド侯爵のイルリウス、その三方に利をもたらすために、三方が各々動くことになる。

この三方をとりまとめるのが、我らが愉快な隣人、ヴィクター・イルリウス君であり、当面の間は私たちグロリアスはひとまずやることがない。

というわけで、ヴォルトとスパーキを置いて帰ることにした。

ヴォルト・クラウスの方は今後の協力体制――ティアント領軍とグロリアスで魔境の『道』の整備をするだとか――の相談もあるだろうし、元々はティアント領騎士団の副団長だったこともあるので、置いていくことにした。

スラックに返してやるつもりはないので、一応ヴォルトにもその旨は伝えておいたが、当人は至極真面目な顔をして頷いてくれた。

「俺の剣は、既にクラリス殿に預けている」

なんて言われてしまうと、ちょっと照れるわけだが。

それと、牛獣人のスパーキ・リンターは、なんとなく置いていくことにした。

いや――別に嫌がらせではない。嫌がらせではないのだが、ちょっと言語化が難しい。なんとなく、人族の中に獣人を放り込んでおいた方がいいような気がして、現状ではスパーキが適役だったというような感じ。

「え、オレっすか? 残るんすか?」

と本人は困惑していたが、そうだと言ってやれば、特に嫌がる素振りもなく判りましたと頷いた。スパーキに振れる仕事はなかったので、とりあえずヴォルトにくっついてろと指示しておいたが、まあたぶん問題ないだろう。

「じゃあ、私たちは一旦戻る。領軍とゴルト武装商会を引かせて、たぶん黒甲騎士団の一部は残るだろ。頃合いを見て、使者を寄越せ。砦で待ってるから」

あれやこれやの割り振りを済ませ、私は忙しそうな領主スラックにではなく、これから間違いなく目の回る忙しさになるであろうヴィクターに声をかけた。

「ええ……まあ、承知しました。昨夜の時点でもう前線に通達はさせてますんで、魔境の『道』と、途中の陣屋も普通に通れるはずです。馬車は、叔父上殿が用意したやつに乗ってきたんでしたか。御者としてカリムをつけますんで、乗って行ってください。他にはなにかありますか?」

「特になにもないが、せいぜい苦労してくれ。公正や公平は幻想でしかないが、公正や公平を探ろうとする姿勢は示しておいた方がいいぞ」

「忠告、ありがたく承っておきますよ」

へらへらと軽薄そうに笑うヴィクターだったが、隠しようもない疲労感が滲んでいた。こいつには特に恨みがあるわけではないので、私の無茶振りで苦労することそれ自体にはちょっとだけ同情した。

まあ、たまたまそこにいたのが悪い。

もうちょっと言うなら、有能さを見せておいて ト(・) ン(・) ズ(・) ラ(・) こ(・) か(・) な(・) か(・) っ(・) た(・) のが悪い。そりゃあ利用してくださいと言っているようなものだ。

「ヴィクター・イルリウス。おまえのことを信ずるにはなにも知らんが、おまえが有能であることは認識している。誤った方向に有能さを発揮しなければ、おまえの首を斬り落とさずに済むだろう」

もののついで、とばかりにユーノスが言ってヴィクターをドン引きさせていたが、まあ魔人種の人族への対応としては、こんなものかも知れない。

そういえば、ユーノスが人族を嫌っているかどうかなんて、考えたこともなかった。考えたところで嫌いなものは嫌いだろうし、好きになれというつもりもない。いずれにせよ、やるべきことがあるなら、ユーノスはやるだろう。

だったらどうでもいいことだ。

というのは、もしかすると冷たい思考かも知れないが。

「じゃあ、帰るか」

言って、私たちは歩き出した。

どうせティアント領のやつらとはまた会うだろうから、フォルザ姉様と別れの挨拶なんかもしなかったし、スラックも見送りなんかはなかった。

とりあえずはカリムが御者をしてくれるということで、ティアント城の正門から出て、厩舎へ向かうことに。

「これで一段落、ということになりますか?」

キリナがこてりと首を傾げる。

同行はしたものの特になにをすることもなかった妖狐セレナの娘だが、人族の中で生きている人族を見て、はたしてなにを思ったのか。なにも思っていなくてもいいが、なにか思うところのひとつはあっただろう。

「そうだな。あとは面倒くさい手続きが大半で、その後は実際の仕事が待ってるだろう。こっちはこっちで考えることもやることもできた」

「金銭について、周知をせねばなりませんね」

眠たげな顔で頷いたのはレクス・アスカ。

そう、獣人の領域には金銭というものが存在しないのだ。もちろんグロリアスにも存在しない。早急に金の使い方を理解させねば――なんてことは考えていないが、それでも運用自体はしなければならない。

「人員が欲しいところだな。人族から見繕うか?」

ユーノスがそんなことを言ったが、本気ではなさそうだった。

「ある程度の信頼をおけるやつじゃないと駄目なんだから、無理な話だろ。しばらくはカイラインにあれこれ教え込んで、やらせるしかなさそうだな」

「やつは信じられる、と?」

「人族よりは」

「こちらとしても勉強は必要ですので、合同で勉強会でも開きましょうか。スペイドとの交易でもグロリアスの通貨は有用そうですし」

とかなんとか、話題がどんどん世間話に移行してきた――次の瞬間。

蹴っ飛ばされて、吹っ飛んだ。

◇◇◇

ガ(・) ボ(・) ン(・) ッ(・) 、――と。

強い衝撃を受けて吹っ飛んでいる最中だった私は、なんだかよく判らない視界の中、聴覚がそんな破壊音を捉えたのを認識する。

たとえば、めちゃ太くてデカい鉄筋を高高度から自由落下させて地面に突き刺したら、たぶんそんな音がするだろう。

というようなことを考えていると、吹っ飛んでいた自分自身が地面にぶつかってごろごろ転がり、慣性を失って止まったのを認識する。

おそらく十メートルくらい吹っ飛ばされたようだ。振り返ってユーノスたちを見れば、だいたいそのくらいの距離にいた。

そして――つい一瞬前まで私が立っていたあたりの地面に、矢が刺さっていた。

正確に言うなら、私が立っていたあたりの地面がクレーター状に抉れていて、周囲には土埃が舞っており、クレーターの中心に矢のようなものが突き刺さっている、とでも表現すべきか。

「狙撃されているぞ」

ユーノスが言って、腰の魔剣を抜き払う。

と同時に、光の線が魔剣に断ち切られて『射撃』に使用されていたであろう魔力が霧散し、中空に鮮やかな火花――みたいな、魔力の残滓が飛び散る。

次いで、さらに一射。

今度は狙撃手の位置が判った。城の三階あたりの外壁によじ登って、弓で射かけているのは、例の女アールヴだ。

距離的には、六十メートルくらいだろうか。たぶんそんなものだ。

放たれる矢は光の線を描きながら、今度は私ではなくレクス・アスカへ吸い込まれていく。

砦で見たときは、まるで対物ライフルの射撃だ、なんて実物を見たこともないのに思ったものだ。しかし魔力を込められた矢が光を曳きながら飛んでくるのを視認できるということは、音速を超えた射撃ではないのだろう。

まあ、見えたからといって私にできることはないのだが。

だが――私になにもできなくたって、ユーノスが『射撃』を切ってくれた。

撒き散らされる魔力の光。

狙撃手が「ちっ」と舌打ちしたのが見えたような気がした。

次の射撃は、とりあえずないようだ。

私は溜息交じりに立ち上がり、地面を転がったせいで付着した土埃を払い、剣を抜いたままのユーノスをチラ見してから、首を傾げてみる。

「なあ、ユーノス。あの女、こっちのことは見えてるよな?」

「おそらくはな。唇の動きも読まれていると考えていい。アールヴの能力については知らんが、魔力で視覚を強化しているのだろう」

案外と余裕そうな感じでユーノスは答えるが、私の方は見もしない。視線は狙撃手へ向けたまま。ただし周囲への警戒も怠っていないようだ。

というか、最初からずっと警戒していたのか。別に私だったら射られても死なないが、服に穴は空くし、あの『射撃』であれば、私の服はかなり悲惨なことになっただろう。

気づけばキリナはユーノスの後ろ側へ回り込んでおり、狙われたばかりのレクスは相変わらずのぼんやり顔で狙撃手を見上げている。レクスの前には山猫獣人の護衛ニーヴァが立ちはだかって、腰の山刀を抜き払っている。

「なるほどな。ところで、どうしてもっと射かけてこないんだと思う?」

「矢の無駄だからだろう。この距離でなら、対応できる。それが向こうにも理解できた。こちらから反撃できなくはないが、守りが疎かになるから、やつを殺しにいけない。どうする?」

「こうする」

言って、私は余裕たっぷりというふうにユーノスの前までゆっくりと歩き、外壁にへばりついたままの狙撃手を見上げ、軽く手を振ってやる。

それから――にんまりと笑って、言う。

「 負(・) け(・) 犬(・) と(・) 腰(・) で(・) も(・) 振(・) っ(・) て(・) ろ(・) 、 淫(・) 売(・) 」

唇が読めただろうか。

たぶん、読めたのだろう。

女アールヴは、この距離からでも、私のような非戦闘員でも察せられるほどの殺気を振り撒きながら、忍者みたいなアクションで城の外壁をぴょんぴょんジャンプして、どっかに消えて行った。

「……本当に、人の嫌がることを言うのが得意ですね、貴女は」

と、レクスが言った。

いやぁ、ちょっと照れちゃうね。