軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

153話「ティアント領との顛末_03」

「そんな報告を受けているわけがない、どんなに急いで任務を完了させたとしても、移動時間を含めてもあと数日かかる計算だ――とでも言いたいか?」

執務室で一人だけ立ち上がったままの私、クラリス・演説・グローリアは、ニヤケ面を維持したままのブリッツ・オルス・ロイスから視線を外さず、負けじとニヤニヤ笑いながら、続ける。

「私に言わせりゃ、見積もりが甘すぎる。こっちの本拠地を襲撃するのに何人用意した? どれだけ多く見積もっても四百かそこらだろ。先のエスカードの魔族戦において、百人くらいしかいない魔族を追い返すのに、ロイスの国中から戦力をどれだけ掻き集めて、さらに対魔族用の戦術を用いて、そのうえで相当の被害が出ていたのを、まさか第二王子殿下ともあろう者が、知らぬわけがない」

そう、エスカードの魔族戦で、人族は丘を登ってくる魔族を迎撃するという戦法を取っていた。決して魔境に潜んでいる魔族を屠りに出撃、なんてことはしていなかった。当然だ、そんな真似、危険すぎる。

私が見た魔族戦における人族側の戦法は、強力な魔法使いを兵の中に紛れ込ませ、複数の部隊を散開させて魔族を迎撃する、というものだった。魔法使い入りの部隊と、魔法使いなしの部隊を戦場にばら撒いて、一手目を魔族へ渡すわけだ。

魔族側からすると『戦術兵器』が潜んでいる部隊など、いざ大魔法を放たれるまで判別のしようがない。結果、命がけの択当てゲームをすることになる。外れを引いている間に本命が大魔法をぶっ放し、囮ごと魔族を削るわけだ。

つまり、魔境に部隊を率いて侵攻した時点で、勝ち目などない。

ビアンテとセレナを拠点防衛に当たらせているし、 狒々(ひひ) 族や 蜥蜴人(リザードマン) なんかの戦力も多少は残っている。まして敵はそれなりの人数で移動しているのだから、戦場の設定はこちらの意のままだ。森の中で不意を打てば、負ける道理などない。

これは信用や信頼というよりは、単なる計算だ。

ぶっちゃけ、なんの心配もしていない。

「砦に戦力を集中させていたから本拠地は手薄だと考えたんだろうが、根本的に他人を侮っているから、そんな間抜けな策なんて考え、あまつさえ良策だと勘違いして人を死なせることになる。いいか、ブリッツ・オルス・ロイス。 お(・) ま(・) え(・) の(・) せ(・) い(・) だぞ。 お(・) ま(・) え(・) の(・) せ(・) い(・) で、ゴルト武装商会の連中が、百人単位で死んだぞ」

「……仮にそれが事実だとして、殺したのはきみの側だろう?」

「防衛することのなにが悪い? 攻め入って来るから反撃しなきゃいけないんじゃないか。それとも大人しく皆殺しにされろと? 冗談にしてはつまらないな。まったく、あの手この手で突っかかって来て、煩わせやがって。小賢しく策士ぶるから、せっかくの協力者をごっそり失うんだ」

「しかしクラリス・グローリア。だからといって落とし所がないのは、そのままではないのかね? 全部おじゃんにするのは失敗したとしよう。だが、盤上はまるで整理されていない。この状況を、どうするつもりだい?」

「ロイス王国第二王子、ブリッツ・オルス・ロイスの 目(・) 的(・) は――」

と、私は問いをまるっと無視して『放蕩王子』から視線を切り、その場の面々をぐるりと見回した。

ティアント男爵領主、スラック・ティアント。

イルリウス侯爵領主、レオポルド・イルリウス。

レオポルドの甥、ヴィクター・イルリウス。

獣王プラド・クルーガの名代、女豹レクス・アスカ。

レクスの護衛として山猫獣人のニーヴァ。

「――もはや言うまでもない。 ロ(・) イ(・) ス(・) 王(・) 国(・) の(・) 発(・) 展(・) だ。この腐れ王子は、国のためにこんなことをしているつもりでいる」

別に、わざわざ確認するまでもない話だ。

この『放蕩王子』が……そのような異名を当然のように周知されていながら、そのまま放蕩を続けられている理由など、二種類しか思いつかない。

ひとつ、王族の権威を笠に着る愚か者を許容する愚かな国である。

ひとつ、実は放蕩しているわけではない。

「では、なんだって『放蕩王子』なんて呼ばれるままにしているのかといえば、その方が有益だからだ。なまじ第二王子殿下が有能さを見せつけてしまったら、王位継承問題がややこしくなるだろうからな」

ようは性格の悪い水戸黄門だ。

諸国漫遊して、あれやこれやの問題を表に出したり、自分の都合の良いように引っかき回したり、不都合な人物を失脚させたり。

全ては国の――あるいは、ゆくゆくは王になるはずの、兄のため、か。

「……クラリス・グローリア。そのことについてロイス王国に詳しくない私には正確な判断が下せませんが、そちらのレオポルドは『国益にならない』と判断し、状況へ介入してきたのではありませんか?」

女豹の冷静な突っ込みが、私には妙に嬉しかった。

普通に話ができるのは、嬉しいことだ。

誰が好き好んで性悪のイケメンと舌戦しなきゃならない?

「そりゃそうだろ。ブリッツとレオポルドでは立場が違う。ブリッツの最適解とレオポルドの最適解は異なったものになるはずだ。ブリッツの策が上手くいった場合、おそらくレオポルドにとっては都合の悪いことになったんじゃないか?」

「まあ、既得権益というやつだね」

わざとらしく肩を竦めるブリッツだったが、レオポルドはまったく相手にしなかった。ただ、黙って無視した。

そのことが不快だったのか、放蕩王子はニヤケ面のまま侯爵閣下を睨むという器用な芸をこなし、人差し指で、とんっ、と机を叩いた。

「言っておくが、ティアント領主、スラック・ティアント。きみだって評価に値しないと僕は思っている。こんな片田舎の領地をただ維持して、王国の発展になんの貢献もしていない。むしろ補助まで貰っているだろう」

「……だから、こんな領地など ぐ(・) ち(・) ゃ(・) ぐ(・) ち(・) ゃ(・) にしてしまえ、と?」

比較的冷静に返すスラックだった。

まあ、ひとまずの危機は去ったわけだし、この期に及んでブリッツと友好的な立ち位置のままでいられるわけもないのだから、そういう態度にもなるか。

「それはそうだろう。クラリス・グローリアの推察は、なるほど概ね正しいと僕が保証しよう。この地を混沌に沈める。ロイス王国中が旧ティアント領へ注目し、少なからず注力せねばならない。人が動き、金が動き、これまでとは異なった力の動きが発生する。淀んでいた王国に、血を巡らせるいい機会だった」

「はっはっは! 自分の血は一滴も流さないやつが言うと、説得力が違うな! お笑い種だぞ『放蕩王子』。もうちょっとまともな言い訳くらい用意しておけよ」

「自分だけ死なないバケモノに言われたくはないね。きみに唆された魔族や獣人が哀れでならない。なんの正義も持たずに、せいぜい永久に吠え続ければいい」

「正義ときたか! あははは! 間抜けで愚かだとは思っていたが、しかも お(・) つ(・) む(・) がお 目出度(めでた) いときた。もはや救いようがないとはこのことだな。正義! おまえの正義は部下を傷つけ、協力者を死なせ、なんの咎もない獣人たちを踏み躙ることを許してくれるわけだ! 素晴らしいな、正義ってやつは! はははは!」

「それが為政者というものだ――ッ!」

とうとう怒気を見せて立ち上がったブリッツだが、私は笑うのをやめなかった。何故なら、私は こ(・) の(・) よ(・) う(・) な(・) 正(・) し(・) さ(・) に(・) 殺(・) さ(・) れ(・) た(・) の(・) だ(・) か(・) ら(・) 。

正義?

敵だ、そんなもんは。

私を誰だと思っている。

悪徳令嬢、クラリス・グローリアだ。

「なぁにを勘違いしてるのか知らないが、ブリッツ・オルス・ロイス。おまえは為政者でもなんでもない、ただの権力者の息子だぞ。守るべき民も持たず、為政者を気取るだなんて、私だったら恥ずかしすぎて二十年は口を噤むね」

けたけたと笑いながら揶揄し、私は『切り札』を懐の中から取り出した。

コボルトにつくってもらった、魔獣革の財布だ。

その中身をひっくり返して、机の上にぶち撒ける。

「これ、なーんだ?」

ほとんどの硬貨は机の上に積み上げられ、雑に扱ったせいで何枚かは机からこぼれ落ち、床を転がって……その一枚が、レオポルドの足下へ。

「これは、ロイス王国の硬貨ではないな」

「金銭、ですか? 一種類ではなく、数種類ありますね」

と、レクスも床に転がった硬貨を何枚か拾い上げ、精巧に造られたそれを、目を細めて確認する。

「そいつは私たちの通貨にするつもりだ。ロイス通貨の銀貨以上に対応する硬貨には、ある比率で 魔銀(ミスリル) を含有させている。その硬貨そのものが価値を持っている」

といっても、硬貨を鋳潰して魔銀を得ようとすると、かなり割に合わないことになる、くらいの含有量だが。

これは、魔銀を硬貨にする資源的背景を意味しているのだ。

私の知る限り、魔銀は鉱脈の発見されていない特殊金属である。

土竜(モール) 族にも確認したが、魔鉄と違って魔鉱石と銀を合金にしても魔銀にはならず、魔銀と呼んではいるが銀とは関係のない鉱物なのだとか。

ようするに、この硬貨をこの精度で製造できるということに意味があるのだ。

「先に言っておくが、力で奪おうだなんて考えるなよ。もしこっちが負けそうだなと判断したら、全部うっちゃらかして台無しにする用意がある」

立ち上がったまま顔色を失っているブリッツへ、クラリスマイルを進呈。

それから私は景気のいい柏手を打ち鳴らし、全員の注目を集める。

「さて――ここからが本題だ。落とし所の話をしよう」

「…………」

「…………」

「…………」

誰も、なにも言わない。これがなにを引き起こすかを、おそらくは護衛の山猫獣人ニーヴァ以外が、必死で頭を働かせているからだ。

しかし、ぶっちゃけ私にはそこまで壮大かつ深淵なる構想などなかった。金が巻き起こすものなんて、カオスに決まっているからだ。

そう――混沌。

ブリッツ・オルス・ロイスが、この地に持ち込もうとしたもの。

「スラック・ティアント。私たちと交易をしよう。ロイスの通貨と、こっちの通貨を両替しながら、物と人と金を動かして、この地に新しい息吹を吹き込もうじゃないか……って、一応誘う形にはしたが、手遅れだから頷く以外ないぞ」

「そ、それは……確かに……それ以外は、私も思いつかないが……」

「今回の件は互いにとって不幸な衝突だったが、この件を乗り越えて我々は互いを知り、対等に取引をして、関係というやつを築いていける……と思う」

言って、机にぶち撒けた硬貨をひとつ摘まみ、ぴぃん、と指先で弾いてスラックへ渡してやろうと思ったのに硬貨は途中で床に落ちた。

どうやら私の指の力が足りなかったようだ。

転がる硬貨を注視するスラックに、私は上機嫌な笑みを見せ、両手を広げて話を続ける。

「もちろんいくつかの条件はある。大前提として、そこの正義野郎の介入は許さない。当然、ゴルト武装商会もブリッツとの関係を切るまでは介入させない。おや、しかしそうなると、ティアント領単体の事業としては手に余るかも、という気もするぞ。なにしろどっかの正義野郎のせいで戦力は減っているし、そもそもが田舎の領だから商売に長けているわけでもない。となると、どうすればいいかなぁ?」

などというわざとらしいパスを、レオポルドは普通に受けてくれた。

「私の介入からこの状況を組み上げたのであれば、賞賛に値する。クラリス・グローリア。貴様の言いたいことはこうだろう。『イルリウス侯爵領の人と物をこちらへ寄越して、ティアント領を手伝ってやれ』と」

「当然、その分の利はそっちで勝手に得てくれりゃいい。ティアント領だって人も物も力もなければ交易の維持ができないんだから、多少の利がイルリウス領に流れていくのは甘んじるべきだろ」

「……いえ、むしろ閣下との繋がりが強まることは、我が領にとっては望ましいことです。商売上の関係であれば、利がある間は切れませんから」

慎重に言葉を選びながら話すスラックに、レオポルドは相変わらずの無表情で、しかしはっきりと頷いて見せた。

ぱぁん! と、私はもう一度、 柏手(かしわで) を鳴らす。

「これにて『落とし所』の大枠は整ったな。どっかの誰かが所望する『発展』も、おそらくは訪れるだろうさ。もちろん詳細はこれから詰めていかなきゃならんだろうが、最初のうちはそこまで大がかりなことをしても仕方がない、徐々に徐々に、少しずつ、あるいは必要があるなら大胆に、互いを知っていけばいい」

にんまりと笑いながら、スラック、レクス、レオポルド、ついでにヴィクターへ視線を動かし、ニーヴァはパスして――最後に『放蕩王子』へ。

「あれ、なんだ。まだいたのか。部外者はさっさと出て行ってくれないか? ここから先は商売の話だ。関係者以外は、立ち入り禁止だぞ。そのくらいのことは言わなくても判るだろ、いい大人なんだから」

「…………」

ぎりっ、と奥歯を噛み締めたのが、見えた。

なので私は蕩けるような微笑をサービスし、扉を指差す。

「ああ――そういえば、ロイス王国の東のあたりであれば、誰かさんの望む混沌をいくらでも起こしてくれて構いませんわよ。私の知らない場所で、私の知らない人たちが、私が考えもしないような愚策で、どれだけ悲惨に命を落とそうが、私の知ったことではありませんので」

「……クラリス・グローリア……!」

「それでは、ごきげんよう。おかえりはあちらですわ」