作品タイトル不明
148話「ティアント領での対談_06」
ユーノスやキリナたちを待たせていた歓待の間――というか、たぶん余所の騎士やなんかが来たときのための待機場所――に戻ってみれば、場はそれほど盛り上がっていないようだった。そりゃあ当然といえば当然だが。
ヴォルト・クラウスが領主のスラック・ティアントと話をしている間は夕餉にはならないだろうと、私も歓待の間で雑に時間を潰すことにする。
用意されていた焼き菓子をレクス・アスカに食べさせてみたり、久しぶりに飲む人族の茶を飲んでみたり。
「あっ、そういえばクラリス様。茶ぁの葉っぱっすけど、なんかグローリアがどうとかこうとか、そっちのおっさんが言ってたっすよ」
スパーキが雑にカップを持って茶をしばきながら、ついでみたいに言った。たぶん本当に茶を飲むついでだったのだろう。
「グローリアが?」
ふむ、と私は優雅にカップを皿の上へ戻し、この場で最も責任を押しつけられていそうな執事っぽい初老へ視線を向けた。
ちょっと目が合ったくらいで明確に怯えているのは、やっぱり貴族の執事っぽくはないのだが、これはひょっとするとグローリア伯爵家の執事がやたら有能だった可能性が浮上してきた。
「グローリア家から仕入れてる茶葉だ、とかいう話だったぞ」
壁際で『癒やしの聖女』とカップルみたいにべったりくっついているユーノスが補足してくれた。ずっと不機嫌そうなのでウフフと微笑んでやったが、思いっきり睨まれてしまった。てへぺろ。
それはさておき、私は置いたカップを再度持ち上げ、中の液体を今度はゆっくり口に含んでみた。
言われてみればよく知った香りのような気もするが、ぶっちゃけあんまり判んない。グローリア伯爵家では、なんか高級な茶葉を売りにしていたような気もするし、その茶をよく飲んでいたような気もするが、獣人の領域で野草のハーブティなんかを嗜んでいるうちに、味も香りも忘れてしまった。
まあ、香り高いので高級な茶葉ではあるのだろう。
しかしそもそもティーポットに入ってたやつをカップに注いでいるので、注意深く淹れた茶の味わいとは別物だ。
「心当たりがあるのですか、クラリス・グローリア」
疑問文なのに疑問符を伴わない言い方をレクスはした。
私としては実に微妙な問題だったので、ハイもイイエも答え難い問いだ。解答を知っている執事は全力で知らん顔をしているし、かといってこれこそは我が生家の伝説の茶葉ではあるまいかと唸るほどの自信もない。
ふぅむ――と、なんとなく首を傾げたときだ。
ば(・) ぁ(・) ん(・) 、と派手に扉が開かれた。
常識外れのパワーの持ち主……ではない。何故ならそんなやつが扉を思いっきり開いたら、扉がぶっ壊れるからだ。身近に力持ちが多いので、これは単に実感である。
この場合、ごく普通の力の持ち主が、力一杯扉を開いた――そんな感じ。
「クラリス! クラリス・グローリアなのですか!?」
現れたのは、金髪の美女だ。
すらっとした、しかし高級感のあるデイドレス。長い金髪をシニヨンっぽくまとめており、身長はさほど高くない。もちろん私よりは高いが、たぶんミゼッタよりちょっと高いくらいだろう。
その人物の名を、私は知っていた。
「フォルザ姉様じゃないか。そういえばティアントに嫁いだのだったか」
クラリス・グローリアの従姉――フォルザ・グローリア。
かつては天使のような美少女だった私を、蝶よ花よと慈しんだ身内の一人で、あの火刑の際には、もうティアント領へ輿入れした後だった。
伯爵家の分家の娘が、男爵家の領主夫人に。
当時スラックが領主だったかどうかは覚えていないが、どの道いずれは領主になる一人息子だ。政略としては、悪くない婚姻だろう。
「ああ! クラリス! クラリスなのね? 一体なにをしていたのよ? 貴女が火刑に処されたと聞いて、しかもそれがミュラー家の 謀(はかりごと) だと聞いて、私がどれだけ心配していたか! どうしてこんなところにいて、そんな格好をして、貴女は一体なにをしているのよ!」
キャンキャンと高い声で捲し立てるが、別に怒っているわけではない。それなりに親交があったので、こういう喋り方をする人だとは判っている。
が、どうにもややこしい状況だ。
「フォルザ姉様……いや、違うな。つい姉様なんて呼んでしまったが、ティアント男爵夫人と呼んだ方がいいだろうな。そんでもって、私はクラリス・グローリアだが、グローリア伯爵家の次女としてここにいるわけじゃない」
「はぁ? なにを言っているのよ?」
「夫人が言ったんだろ。ミュラー家の謀で、クラリス・グローリアは火刑に処された。その火刑はグローリア家も承認していた。クラリス・グローリアは貴族を騙るニセモノで、そんなやつは家族ではない。自分たちも騙された、っていうのがグローリア家の表明だったはずだぞ。たぶん、裁判の記録が残ってるはずだ」
だよな、とフォルザ姉様が開け放った扉のすぐ脇に立ちっぱなしだったギョロ目のおっさん……レオポルド・イルリウスへ目配せする。
それで姉様の方も侯爵閣下に気づいたらしく、「まあ!」と大きな声で驚きを表明してから、優雅なカーテシーを見せた。
メリハリの利いた性格なのだ。まあ、性格の方は。
「さっき、第二王子殿下が教えてくださったのよ。クラリス・グローリアが来ていて、夫となにやら会談をしていた、って。ねえクラリス、貴女一体どうしちゃったのよ? そんな服を着て、そんな話し方をして。貴女、そんなんじゃなかったじゃない。私のことは覚えているのでしょ?」
そんな服、というのは妖狐セレナのお下がり、和服っぽい大きな布を重ねた衣服のことだろう。すっかり着慣れてしまって、馴染んでいるのだが、言われてみればロイス王国の貴族女子が着るような服ではない。
「そりゃあまあ覚えてはいるが……男爵夫人こそ、どうしちゃったんだ? あんたにはあんたの立場があるし、私には今の私の立場ってやつがあるぞ。過去のことはひとまず考えず、目の前の現実を見たらいいんじゃないか?」
「今、目の前に、クラリス・グローリアがいる。それが現実よ」
きっぱりと言い切るフォルザ姉様である。
個人的にはそういうところは嫌いじゃないが……嫌いじゃないので、あの『放蕩王子』を相手にするみたいに悪意を向けるのは気が引けてしまう。
しかし無論、偶然再会した元身内と旧交を温めるために来たわけじゃない。
「フォルザ・ティアント。今、目の前にいるのは、ティアント領騎士団と敵対していた、獣人の領域に戦力を集めた『敵』の首魁だ。まあ、さっき停戦はするって言ったから厳密にはもう敵じゃあないが、あんたの中にいるクラリス・グローリアと、目の前の私を重ねても合致しないから、そこはもう諦めろ」
「……獣人の領域の『敵』ですって?」
「ティアント領騎士団が相手にしていた戦力の長が、私だ。信じられないだろうが、別にどうしても信じてもらわなくても、本筋には関係ない」
にんまり笑って胸を張って見せれば、親しみを浮かべていたフォルザ姉様の表情から、温度がすっと失せたのが判った。
ちょっとやかましいところはあるが、本当の莫迦だったら男爵とはいえ領主の嫁になったりはしない。伯爵家が輿入れさせて よ(・) し(・) とした子女なのだ。
「事情は――ええ、事情は後で、夫に訊くことにします。ではクラリス。ひとまず貴女の言葉を真に受けるとして、どうして未だにグローリアを名乗っているのかしら? 貴女は、グローリア伯爵家の娘ではないのでしょう?」
ひどく整った容姿の美女が、真顔でこちらを直視する。
そこまで濃い血の繋がりはなかった気がするが、確かにちょっと似ているのかも知れない。あるいはこれまで私と対峙してきたやつらは、今の私と似たような気持ちを、味わっていたのかも知れない。
キレイなモノに射竦められる。
たったそれだけのことで、後ろめたさみたいなものを感じるのだ。
とはいえ、このクラリス・ビューティフル・グローリアも負けてはいない。
お嬢様らしく微笑んで、フォルザ姉様の視線を受け止める。
「もはやロイス王国の民ですらない私が、どうしてロイス王国の貴族の決め事など守らねばならないのでしょうか? 私はクラリス・グローリア。生まれてからずっとそう名乗って来ましたし、その人生を誰もが否定しましたが、私が、このクラリス・グローリアが否定しません。である以上、私が名乗るべき名など、決まっているではありませんか」
おまえらが決めたことなど知るか。
グローリア伯爵家の娘だからではなく、それまでそのように生きてきたから、それまでの私を私自身が否定しないために、名乗るのだ。
……まあ、ぶっちゃけ、別にそんな大した考えはなく、なんとなく名乗っていただけだが、建前は必要だろう。
そういうことにしておこう、というやつだ。
「……判りました。では、クラリス・グローリアと、お友達の皆さん。そろそろ夫とその友人との話し合いも終わる頃合いでしょう。夕食にお誘い申し上げますので、よろしければお召し上がりくださいな」
きゅっ、と唇が三日月を描く。
私はそういった貴族の女がやるような『戦い』に乗るつもりがなかったので、その場の面々をぐるりと見回し、にんまりとクラリスマイルで答えてやる。
「というわけだ。せっかくの食事の誘いだから、せいぜい獣らしく食い漁ってやろうじゃないか。言っておくが冗談だからあんまり恥ずかしいことをするなよ」
「うっす。飯っすね!」
元気よく答えたのはスパーキ。
「待ちかねましたね」
すまし顔で頷いたのはレクス・アスカ。
他の連中は概ねあきれ顔だったり心配そうにしていたりしていたが、やれやれと嘆息するユーノスの隣にくっついていた『癒やしの聖女』だけ、なんだか妙に辛そうな表情だったのは、少しだけ気になった。
体調不良なわけがない。それは自分で治癒できるはずだから。
ならば――心持ちが不良なのか。
しかしミゼッタの心の悪い部分に見当などつくはずもなかったので、私としては野郎共を付き従えて歓待の間を辞する以外になかった。
他にどうしろというんだ。
抱きしめて微笑みかけてやればそれで済むような気はしたが、それをしたいかと問われれば、首を横に振るしかない。
まあ、ちょっとは悪いなとも思うが。