軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

149話「ティアント領での対談_07」

貴族が自らの住処に客を呼んで食事を共にする、という事象は、実はわりに珍しいことだ。特に『客を呼んで』という部分が貴族社会ではネックになる。

あいつを呼ぶならこいつも呼ばなきゃ後々面倒くさい、というような事情が発生するので、結局はいろんなやつを集めて夜会を開いたり、あるいは建前上の同好会を開いてどっかに集まるとか、そういうことが多い。

たとえば『馬上弓術を嗜む会』だとか『石彫芸術の会』を称する貴族の会合があったとして、会員が真面目に馬術や弓術の訓練をしているなんてことはありえないし、石を彫刻してるやつなど皆無に等しいはずだ。それらは特定のメンバーで集まるための建前で、たまたまメンバーの誰かが得意とする分野を利用していたり、逆に建前だったのが趣味になったりすることもあるらしいが、さておき。

では、貴族は自分の住処で家族以外と食事をしないかといえば、別にそんなことはない。部下や友を招くことが普通にあり、これは公的な『客』とならない。

なので――今回の我々のように、城に押しかけて領主と飯を食う、なんてことは、貴族社会において異常事態だ。

その証拠に、第二王子ブリッツ・オルス・ロイスは夕食の場にいなかった。もしかすると以前はこっそり食卓を共にしていたのかも知れないが、レオポルド・イルリウス侯爵が堂々と同席している場所に現れるほど向こう見ずではないというか、あれでも貴族的な慣習は心得ているのであろう。

むしろこの場合、しれっと同席しているレオポルドと甥のヴィクターの方が非常識である。

ティアントは男爵家なので、どう考えても同席なんて望まれてしまえば拒否できない。なのでこういう場合は高位貴族の方がさらりと遠慮するのが当然なのだが……まあ、ロイス王国の貴族的なあれこれを、私が気にしても仕方がない。

なにせレオポルド・イルリウスだ。

言い訳なんて、それで通る。

「おーっ、これ、美味いっすね。マジ美味いっすわ」

「ええ。これは美味しいですね。このスープは……いえ、料理の全般に関して、調理した者に話を聞くことは可能ですか?」

「ティアント領でまともな歓待を受けるのは初めてだが、なるほど、森の動物肉の料理か。牧畜の肉とは違った風味がありますなぁ」

スパーキ、レクス・アスカ、ヴィクターの三名はマイペースを維持しつつ出された料理に舌鼓を打ち、あれこれ喋っていた。

ユーノス、ミゼッタ、キリナ、山猫獣人のニーヴァあたりは黙って料理を口に運んでいる。もちろん、彼らは人族のテーブルマナーなど知らないので、めちゃくちゃだ。が、ユーノスとキリナの食べ方は上品な方だったし、レクス・アスカは動作がゆっくりしているのと、その物腰のせいか妙に品がある。

合流したヴォルト・クラウスは黙々と食事を口にしている側だったが、こいつは巨躯の騎士ではあっても領主の幼馴染みである。作法はきちんとしていた。

当然、レオポルドも作法は完璧。ただしこのギョロ目のおっさんの食事は、なんというか『食事という実験』みたいな雰囲気があって、レクスとは逆に雰囲気のせいで上品さを感じない。まあ、下品と言い張るのは難癖になるが。

結果的に、下品なのはスパーキとヴィクターのみとなった。

スパーキはシンプルに品がなく、ヴィクターはレオポルドのような雰囲気がないので作法はちゃんとしてるのに下品っぽく見える。まあ、食事中にぺちゃくちゃ喋りまくるのは普通に下品なのだが。

同席していたフォルザ姉……男爵夫人は、めっちゃドン引きしてた。

が、彼女もまた行儀作法は厳しく教わっており、我々のマナー違反を指摘してくることはなかった。

何故なら、最大のマナー違反は他人のマナー違反を指摘することだからだ。ちょっと眉をひそめるくらいは許されるが、口に出して注意するのはものすごく下品な行いだと思われる。

ちなみに私は元伯爵家令嬢なので、テーブルマナーは完璧である。

魔法の才がなかっただけで、行儀作法は満点だったのだ。今更、そんなことを自慢しようとは思わないが。

ロイス王国の貴族的な食事は、四回のコースに分けられており、前菜、副菜、主菜もしくは肉料理、最後にデザートとなる。

見栄を張ってやたらでかい皿を使うせいでテーブルに全部乗らないせいではないかと個人的には思っているが、小食のレクス・アスカが肉料理が出された頃にはもう腹がキツそうで、ちょっと可哀想だった。

久しぶりのディナーは悪くなかったが、今となっては毎日食べたいとは思わない。二度と食いたくないという嫌悪があるわけでもないが。

デザートの、なんか果物を加熱してくたっとさせてクリームソースを和えたやつを食べきった頃には、ちゃんと満足感があった。

しかし、まあ、そんなこんなはどうでもいい。

「急な来客だったわりに、きちんとした食事で感心したぞ、ティアント男爵」

代表である私が雑な賛辞を与えておく。

スラック・ティアントは苦笑気味に頷き、ちらりとフォルザ姉様――ティアント男爵夫人へ目配せした。

が、夫人の方はツンと顔を背けてしまった。

私はそんな二人の様子には特に構わず、続ける。

「んで、友達との対話は、もう済んだのか? なんならもうちょっと気を利かせてやってもいいが、本題が残ってるのは忘れちゃ困るぞ」

「大丈夫。もう、話は済みましたよ、クラリス殿」

意外に穏やかな口調で言って、スラックはまた苦笑を見せた。初対面のときにあれだけ狼狽していたのが、すっかり落ち着いている。

言葉通り――話が済んだから、だろう。

ヴォルトのことだから、話といってもそれほど長話だったとは思えないが、幼馴染みなだけに、多くの言葉を交わす必要もないのだろう。

そういう友達は、私にはいなかった。前世も含めて。

羨ましい……のだろうか? ちょっと違う気がする。以前の私だったら羨ましいと思ったかも知れない。前世の『私』なら間違いなく羨んだ。しかし今の私、クラリス・ビッグボス・グローリアは、人間関係に不満がないのだ。

私の周囲のやつらはどいつもこいつも――いじらしく、愛おしい。

いろんなやつが私を眩しく感じているようなのはさすがに察している。だが、前世の『私』がみんなを見れば、それこそ眩しくて直視できないだろう。

「だったらいいさ。それじゃあ、食後の茶でも用意させて、場所を移して、話の続きだな。『放蕩王子』が必要なら呼んで来い」

「ええ。というより、殿下は先に待っているはずです。先程の応接間ではなく、会議に使う執務室がありますので、そちらへ」

するりと立ち上がり、スラックは私、レクス、レオポルドへ視線を動かした。ニーヴァとヴィクターを見なかったのは、どちらも お(・) ま(・) け(・) だからだろう。

なるほど、しっかり我に返っているようだ。

「では――残った方々は、この私、フォルザ・ティアントが歓待させていただきますわ。よろしいですか、クラリス殿?」

こちらも領主夫人の仮面をきっちり被ったティアント姉様――面倒だし、いちいち訂正しなくていいか――が、私に微笑を向ける。

今度は、私はお嬢様スタイルで返さなかった。

「もちろんよろしいとも。せいぜいうちのケダモノたちを楽しませてやってくれ。まあ、そんなにお喋りが得意なやつはいないがな」

残ったメンバーで口が回るのは、スパーキ・リンターのみである。

ちょっと心配な気もするが、どうせなら死ぬほど口を滑らせておけばいい、みたいな気も同時にした。

恥じることなど、ひとつもない。

そう――作法がどうだ、貴族的社交がこうだ、立ち居振る舞いがあれで、なにがそれだとか、そんなものはどうだっていい。

私はクラリス・グローリアで、私たちはグロリアスだ。

そのことだけが重要だ。

◇◇◇

「やあやあ、随分と待たせてくれたね。ああ、こちらはこちらで食事を済ませたから、その心配は無用。それでは二回戦といこうじゃないか」

スラックが開けてくれた執務室の扉をくぐると、ニヤケ面の放蕩王子が演技くさい口調と態度で出迎えてくれた。

が、そういう所作が醸し出す雰囲気に呑まれるような人物は、もういない。そもそも最初から一人しかいないのだが、その一人が、ブリッツ流の韜晦に呑み込まれなかった。その気配すら、ない。

それに気づかぬほどブリッツも間抜けではないようで、形のいい眉をくいっと持ち上げ、大仰な身振り手振りを引っ込め、着席した。

「なんだ、面白くないな。スラック君、きみはもっと危うかったように思っていたんだがねぇ。これじゃあまるで僕が道化ではないか」

つまらない、とばかりに鼻息を吐くブリッツ。

スラックは室内に配置された長机と椅子を手で示し、私たちに適当に座るよう促してから、自分も適当な椅子を引いて着席する。

「手拍子に乗って踊っていた私が、今更なにを取り繕っても仕方ありません。ですから、殿下も芝居はやめていただきたい」

「ははは。スラック君、無茶を言うでないよ。僕から芝居っ気を取り払ったら、もはやなにも残らないではないか。」

「いや、愚かな素顔が残るじゃないか」

と、私はあえて行儀など無視し、引っ張り出した椅子に尻をぶつけるようなノリで着席した。そして思いっきりふんぞり返って腕組み、ドヤ顔のコンボだ。

放蕩王子は少しの時間だけ迷うようにしてから、結局は元のニヤケ面に戻り、人差し指で机を突いた。

こつんっ、と。

小気味よい音が響き、室内に静けさが訪れる。

こういうことをごく自然にやれてしまうのが、王子としてのカリスマ性なのかも知れない。あるいは、もしこれが天然ではなく養殖のそれだとするなら、むしろそちらの方が厄介だ。

ブリッツは静寂を確認するように頷き、口を開く。

「二回戦とは言ったものの、先刻クラリス嬢に釘を刺された通り、僕はどうやらほとんど部外者のようだ。しかしロイス王国の第二王子として、獣人の領域と接点を持ったティアント領の領主、スラック・ティアントがどのように振る舞うのかを見届けさせてもらおうじゃないか」

なるほど、スラック側からは否定し難い建前だ。

いてもいなくても面倒だと感じただろうが……さて、どうだろう。いなかった場合の方が面倒そうな気がするので、ここは好都合と捉えておこう。

実際、もう話し合いのほとんどは済んでいるのだ。

スラックは軽く挙手してから私を見て、口を開いた。

「クラリス殿。貴女からは停戦しても構わないと提案されました。私としてはそれを受けたいのが本音です。しかし、 な(・) に(・) も(・) な(・) し(・) にただ停戦というわけにいかないのが実情でもあります。これはこちらの事情ではありますが、事実そうなのですから、単純にクラリス殿の提案に乗る、という選択が採れないのは、ご理解いただきたい」

「ようするに、落とし所が必要だって話だろ?」

「有り体に申し上げるなら」

「レクス・アスカ。おまえはどう思う?」

なんとなく、くらいのノリで雑に振ってみる。

童顔低身長巨乳女豹は、特に困ることも驚くこともなく、普通に頷いた。

「我が王プラド・クルーガは、クラリスを中心とした『グロリアス』が理不尽に攻撃されることを望んでおりません。よって我が王はグロリアスへの助力を決断し、襲撃されているグロリアスに獣王軍が加勢することにより、人族側の数的優位を打ち消しました。ここから先は、クラリスと人族側の交渉次第になります」

「それは現状の認識だな。レクス、私が訊いてるのは、ここから先についてだ。獣王の名代であるおまえは、今後に関してどう判断する?」

「我が王ならば、面白そうな方向に興味を示すでしょう。ただ人族を敵に回して屠るよりも、おそらくもっと面白いことをクラリス・グローリアは考えている、というのが私の判断です」

澄まし顔でこっちに丸投げしてくる女豹だったが、嫌味というわけではなく、思った通りのことを言っただけだろう。

これは、ある種の信頼だ。

クラリス・グローリアならその程度のことは考えているはずという、能力に対する信頼であり、判断だ。

「ふむ」

と私は大仰に頷き、ちらりとレオポルド・イルリウス侯爵へ視線を向け――しかし、このギョロ目のおっさんに改めて訊くべきことはないので、ニヤケ面の王子様へと視線の先を変更する。

波打つ銀髪の優男。

見目麗しく、芝居がかった態度で振る舞うその様は、他者からの信頼を拒否するかのよう。嫌味に韜晦、わざとらしい建前の提示。それらは、さながら「どうぞ嫌ってください」と書かれたプラカードを掲げているに等しい。

これが無自覚なのか、自覚的なのか。

おそらく後者だ。

第二王子の行動には『判断』や『計算』が多すぎる。ゴルト武装商会を呼びつけたのだって事前の計算と根回しがなければ不可能な手際だった。

「落とし所について話す前に――」

言って、私は立ち上がった。

残念ながらレクス・アスカと同じくらいしか身長がないので、立ち上がったところで他者を大きく見下せるようにはならないのだが、別に構わない。

他人なんて、見上げるものでも見下すものでもない。

結局のところ、他者への評価なんて自分が主体なのだ。自分にとって相手はどのような人物であるのか。つまり、己はどのような判断する者なのかという自己紹介に他ならない。そういう意味で、ブリッツ・オルス・ロイスは『判断』を狂わせていると評していい。少なくとも、指向性を持たされている。

こいつが嫌いだ。

悪意ばっかり振りまいて、楽しくない事態を持ち込んで、それが愉快だとニヤニヤ笑う『放蕩王子』が、ムカつく――ように、誘導されている。

よろしい。

乗ってさしあげよう。

「――このややこしい事態へ我々を誘導した『放蕩王子』ブリッツ・オルス・ロイスについて考察してやろう。どうせ本人は韜晦するばかりだろうから、この私が直々に、おまえたちに披露してみせようじゃないか」

ぴっ、と人差し指を天井へ向け、私はにんまりと笑う。

クラリス・ディテクティブ・グローリアの出番だ。

「お題は『どうして彼はこのようなことをしたのか』だ。副題として『第二王子、その隠された本心』とでもしておくか」

これは 推理小説(ミステリ) でいうところの、ホワイダニットだ。

どうして彼はこのようなことをしたのか。

「……聞かせてもらおうじゃないか、クラリスお嬢様」

ニヤニヤと笑うブリッツ・オルス・ロイスは、本当に楽しそうだった。

なので私も、念のためにもう一度、とびっきりのクラリスマイル。

せいぜい嗤えばいい。

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