軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

147話「ティアント領での対談_05」

キリナにとって、トーラス族のスパーキ・リンターという男の第一印象は決していいものではなかった。

というのも、『反獅子連』の騒動で故郷を追われたスパーキたちが、オークたちの住むスーティン村を目指し、辿り着いたスパーキの取った行動がとてもではないが褒められたものではなかったからだ。

蒸し返すのは可哀想なので、いちいち回想したりはしないが、例の件でスパーキ・リンターという牛獣人のことを、たぶんほとんどの者が大なり小なり軽んじるようになった気がする。

それは自業自得で、仕方のないことだ。

もっとも、居場所を奪われそうな話の流れだった当のオークたちはスパーキに対して悪感情を持っていなさそうだったが――モンテゴを始めとするオークたちは、どうやらその手の『負の感情』が薄いようだ――ともかく、スパーキという牛獣人は、トーラス族の中でも軽んじられている。

しかしこうして『グロリアス』の一員として日々を過ごすうちに、スパーキ・リンターという男に対する印象は少し変わってきた。

彼は彼なりに、あれこれ考えている。

すごく頭がいいわけではないので、考えて実行した物事が間違っていることもあるというだけだ。そしてそんなもの、誰だってそうじゃないか。

考えなしに間違いを繰り返すやつより、ずっといい。

だからキリナは、今のスパーキに対して悪感情はない。

むしろちょっと感心してしまうくらいだ。

「へーぇ、このお茶、美味いっすね。やっぱ人族の偉いさんともなると、茶のひとつにも気ぃ使ってんすか?」

案内された歓待用の部屋で、スパーキはメイドが淹れた茶を飲みながら、執事らしき人物に軽い口調で話しかけていた。

話しかけられている年配の男は、あまりの他意のなさに戸惑っているようだったが、スパーキはその戸惑いには構わなかった。

何故なら、たぶん本当に他意がないからだ。

「え、ええ……王都でも人気の銘柄でして、奥様の生家であるグローリア領から取り寄せております。上質な茶葉に、一流の職人による加工。時期によっては購入も難しいと聞きます」

「王都っすか。あれ? グローリア領? んー……まあ、そういうのは後でクラリス様がなんかアレコレするっしょ。その、王都って、ここからどんくらいの距離なんすか? ほら、オレら、人族のこと知らねーすから」

へらへらと愛想よく笑うスパーキ。

これは『グロリアス』の内側においてもそうだ。自分が軽んじられ、侮られ、あるいは蔑まれていることすら自覚しているだろうに、だからどうしたとばかりにスパーキは軽く、調子よく立ち回る。

「王都まで……ですか。どうでしょう……私は実際に移動したことがありませんので……しかし、商人などの話を聞く限り、二十日以内で到着できるようですな。急いで移動すれば、もっと早く着けるかも知れません」

「結構遠いんすねー。ところで、こっち来るとき、町を見てたんすけど。あっ、見たっていっても馬車の中から見てたんすけどね? クラリス様たちの話し合いが終わって、まあなんかいい感じに話し合いが済んだとしたら、オレらって人族の町、見て回ったりできるんすかねぇ?」

という、なかなか際どい疑問も、やはりスパーキは軽い調子で口にした。ついでとばかりに長机の上に並べられた焼き菓子をひとつつまみ、ぼりぼりと咀嚼する。

「あっ、これも美味ぇっすわ。アニキ、ひとついかがっすか?」

なんてユーノスに話しかける調子も、やっぱり軽い。

その軽やかさはグロリアスの魔人種たちにはないもので、キリナにもない。親である妖狐セレナにも、あるいは他の『グロリアス』の面々にも、あまりない特徴だ。考えてみると結構みんなして寡黙かつ真面目な気がする。

いや、スパーキが不真面目というわけではないのだが。

「……じゃあ、ひとつくれ」

と言って、壁際で『聖女』の傍にくっついて不機嫌そうな顔をしていたユーノスが、スパーキがぽいっと放り投げた焼き菓子を受け取った。

たぶん、すごく行儀が悪い。

しかし執事も兵士も、茶を入れてくれたメイドも、注意してくることはなく、唖然とした顔でスパーキたちの遣り取りを眺めていた。

ちなみにミゼッタ――『癒やしの聖女』は、特にびっくりもしていなければ、嫌そうな様子もなかった。何日もグロリアスに捕らわれていたので、慣れてしまったのか、あるいはそういうのを気にする性質ではないのか。

「どっすか? 美味くないっすか? こう、なんつーか、甘さがめちゃハッキリしてるっていうか、くっきり甘いっすよね」

「ふむ。確かに、そうだな。美味い」

ぼりぼりと焼き菓子を咀嚼したユーノスは、ほとんど表情を変えずに答えた。同じ顔をして「不味い」と言っても不自然じゃない表情だ。

なんとなくキリナも焼き菓子を手に取り、口に放り込んでみたが……なるほど、確かに明確な甘さがあり、美味しかった。小麦の甘さだとか、蒸した野菜の甘さとか、そういうものとは違う味だ。

いつだかクラリスに聞いたことがあった。人族の、それも貴族が口にする菓子の中には甘味料が使われているものがある。たぶんそれだ。

セレナと辺境で暮らしていたときは、まさか人族の貴族の城でお菓子を食べるだなんて、考えたことすらなかった。そういう意味では、キリナは幼い子供が抱くような夢みたいなものとは無縁に生きてきたのだ。

寂しいとも思わなかったし、不満だとも思っていなかった。

こ(・) ん(・) な(・) ふ(・) う(・) になるだなんて――。

クラリス・グローリアという光に誘われて、いつの間にやらこんなことに。

でも、 こ(・) ん(・) な(・) ふ(・) う(・) な現在が、キリナは全く嫌ではなかった。

これからどうなるかの見当はまるでつかないけれども。

◇◇◇

そうしてしばらくスパーキだけ調子よく喋り続ける時間が流れ、日が傾いて窓から見える『城下』が夕焼けに染まり始めた。

キリナにとっては不思議な光景だ。

高い位置から町を見下ろすなんて経験もなかったし、そもそも町というものを見たこともなかった。これまでの人生のほとんどを義母である妖狐セレナと二人きり、森の近くで過ごしてきたのだ。

道中で豹族のレクス・アスカが語っていた生活様式がどうのこうのという話なんて、キリナにとっては理屈の上だけのもので、まるで実感などなかった。

これから実感を得ていくのだろうか?

判らないが――今のところ、キリナは人族に対して良いも悪いも感じておらず、そんな自分がちょっと不思議だった。どう考えても現在のところ『悪い』はずなのだが、レガロのような人族もいるし、ヴォルト・クラウスのような人族もいる。だいたいにしてキリナの両親みたいな獣人だっているのだから、そういう大きな括りで良し悪しを断じること自体が莫迦らしい気もする。

そんなふうに考えながら赤色に染まる城下町を眺めていると、部屋の扉が開かれた。廊下を歩いてくる複数の足音が聞こえていたのでキリナは驚かなかったが、執事や兵士はちょっと驚いた様子だ。

現れたのは、レオポルドというギョロ目の男、クラリス、レクス・アスカ、護衛の猫獣人ニーヴァ。

「やあやあ、大人しく歓待されてたか? 待たせたな。そろそろ飯の時間だってことで、とりあえず一区切りつけてきたぞ」

機嫌よさそうに笑いながら我が物顔で部屋に入って来たクラリスは、迷いなく菓子の乗せられた長机の前まで歩き、当たり前みたいな調子で焼き菓子を口に放り込んだ。ついでとばかりに追加で菓子を手に取り、レクス・アスカへ放って渡す始末だ。これはさすがに、どう考えても行儀が悪い。

なのに、嫌な気持ちがしないのは――やっぱりクラリス・グローリアだから。

「これは……人族の焼き菓子ですか。美味しいですね」

放り投げられた焼き菓子を躊躇なく口にいれたレクス・アスカが相変わらずの無表情で呟いたが、そんなことはどうでもいい。

「えっと、クラリス様? 会談の結果は……その……?」

「細かい詰めは、また後でってことで、大筋の合意は取った。ティアント領軍とグロリアスは停戦する――ということに、今のところはなったぞ」

別にどうということはない、と言わんばかりの自然さで言うクラリス。

「停戦か。細かい詰めはまだ残っているというが、例の『放蕩王子』についてはどうするつもりだ? 結局のところ、やつが問題なのだろう?」

「ああ、なんか知らんが会談の場にいたぞ。呼んでもないのに」

「『放蕩王子』が――いたのか?」

ユーノスの視線がレオポルドへ向けられるが、レオポルドの方は薄刃のようなその視線を、ただ無視した。これはちょっと驚くような胆力だ。

グロリアス最高戦力であるユーノス・グロリアスに本気で睨まれて、怯えないでいられるなんて――内心で怯えていようが、それを表に出さないでいられるなんて――キリナには無理だ。

「まあ、このおっさんが馬車を用意して出張ってきたわけだから、ちょっと想像力があれば領主との話し合いに持ち込むのは予想できただろうからな。その予想に従い、先んじてティアント領主の元へ向かうって判断を下し実行したところまでは、評価してやってもいい」

「その割には随分と辛辣だったようだが」

と、レオポルドが言った。会談の最中のクラリスの様子のことだろう。キリナは姿も見ていないが、砦に向けてあの極大ともいえるような魔法矢を放った人物であるらしいとは聞き及んでいる。

その『放蕩王子』を相手に、結構な対応をしたようだ。

さすがはクラリス・グローリア。

ほとんど条件反射的な誇らしさが胸の内から湧き上がり、にんまりと笑んでいるクラリスに熱い視線を注いでしまう。

「このクソのような状況を演出したって時点で、評価は最底辺だろ。言っておくがな、私は結構ムカついてるぞ」

「その苛立ちが判断を誤らせないのであれば、貴様の気分など好きに表せばいい。それよりも、夕食後にまた話をすることになるが、なにか方策があるのか?」

「方策ってのは、この場合はブリッツを黙らせる算段の話だろ?」

「ああ。あの第二王子殿下には、それなりの貴族が手を焼かされている。貴様の手が焼け爛れるようであれば、私も手の引きどきを考える必要がある」

「ここまで首を突っ込んでから手を引くなんて間抜けを、おまえがするか?」

「この時点で目的の半分は果たしたようなものだからな」

クラリスとレオポルドは、お互いにしか判らないような会話の応酬を見せていたが、なんだか二人ともつまらなそうな顔をしているのに、楽しげに見えた。

この会話を聞いて得心したふうな表情をしているのはレクス・アスカだけで、けれど彼女の方はさして楽しそうでもない。

なにか、クラリス・グローリアとレオポルド・イルリウスの二人だけで通じ合うものがあるのか――それも、キリナには判らない。想像すらつかない。

……と、一人欠けている者に気づいた。

「あの、クラリス様。ヴォルトさんは、どうしたんですか?」

問いに対する答えは、非常に簡潔だった。

「あいつなら領主と話してるぞ。友達同士の会話ってやつだ。どっちの方からも、話すべきことがあるだろうからな」

「いいっすね。友達同士。今のオレにはいねぇすもん」

あはは、と軽く笑うスパーキ。

これにはキリナも、ちょっと感心してしまった。