軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

146話「ティアント領での対談_04」

「いやはや、随分と話が脱線してしまっているね。本題に戻ろうか。こちらにはこちらの理由があり、侵攻した。そちらはそれを仕方ないとは受け入れない。話は平行線だ。互いに妥協できない。故に我々は争っている」

空々しく柏手を鳴らしながらブリッツが言って、数歩分だけ前に出た。

椅子に座っているスラック・ティアントの前へ、出た。

私はそんな『放蕩王子』に対し、大仰に肩を竦めて笑ってみせる。

今度は嘲笑の意味合いだ。

莫迦で愚図の間抜けを、蔑むための笑いだ。

「はっはっは! やれやれ、さすがに『放蕩王子』の異名は伊達じゃないな。おまえが第二王子でロイスの国王もほっとしてることだろうよ。ただあっちとこっちを見比べて『ほら、こうでしょう?』ときた。まったく、つまらん冗談で笑わせてくれるなよ。しかもそんなしたり顔で! うふふ……はははは!」

「……なにがおかしいのかな?」

すっ、と表情を消すブリッツ王子。ここで苛立ちを見せなかったのはさすがと評するべきかも知れないが、褒めてやるつもりはない。

「そりゃ、おかしいに決まってる。おまえらがそんなに戦争をしたいのなら、なりふり構わず攻め続ければよかったじゃないか。特に合意はないが、現状は休戦中だろ。どうして攻め続けない? 決まってる。横やりが入ったからだ」

言って、憮然と突っ立っているレオポルドへ視線を向ける。

「確かにレオポルド卿の介入によって『休戦』のような状態にはなっている。そうだね、改めてここで確認しよう。レオポルド・イルリウス侯爵、どうして自領の戦力を引き連れてまで、この戦争に介入したのかな?」

「国益のためですが、なにか?」

ギョロ目がわずかに動き、ブリッツを捉える。

やはり虫みたいに感情を窺わせない眼差しなのだが、言葉尻には拒絶というか、突き放すような印象があった。

「我々の行動が国益を損なう、と?」

「そのように判断しました」

「どうしてそう判断したのか、聞かせてくれるかい?」

「第一に、私が庇護している『癒やしの聖女』を、王子という立場を利用して戦地へ留め、挙げ句ろくな護衛も配置せず敵に人質として奪われたこと。第二に、敵対する必要のない相手と敵対し、無駄に兵力を損なったこと。それに伴い、兵を動かすことによる金銭的損失もある。第三に、スラック・ティアントを利用してティアント領へ損害を与えていること。よって介入する必要があると判断しました」

紙に書いた文章を読み上げるような無感情さと、淀みのなさ。

「『聖女』には自前の護衛がいただろう? そしてこちらが用意した護衛に不快を示したのは『聖女』の護衛だ。敵に奪われたのは自業自得ではないかね?」

「現地においての責任者は『聖女』でもなければ、甥のヴィクターでもなかったと聞いている。故に現地で起こった物事の責任は現場の責任者が取るべきで、責任者に負えない責任であるならば、その責任者を任命した上位の者が負うべきだ」

「ならば当時の騎士団副団長や、騎士団長を任命したスラック・ティアントに責任の所在があると?」

「一端はあるでしょうな。しかし殿下は、ならば何故この場に? 私の耳と記憶が確かならば、自分にも責任があるからこの場にいて当然だと、そのように仰っていたはずですが。ブリッツ殿下にはどのような責任があるとお考えか?」

他人事のような顔をして詰めるレオポルドに、ブリッツは大仰に両手を広げ、わざとらしく悲しげな表情を見せた。

「僕がスラック卿の背中を押したようなものだからね。だからティアント領騎士団の戦力が不安になった際、人脈を使って戦力を用意した。『放蕩王子』といえど、その程度には責任感というものが備わっているつもりさ」

阿呆らしい。

上っ面を滑り続ける会話に、私は「はーぁ!」と思いっきり溜息を吐き出してやり、場の注目を集めた。蚊帳の外に置かれたスラックが、きょとんと私を見ていて、なんだかちょっと面白かったが、まあいい。

「つまりこういうことだ。ブリッツ・オルス・ロイスはスラック・ティアントの背中を押して私たちとの戦争に踏み切らせた。だからティアント領の戦力が減っても逃げ出さず、人脈を使ってティアントに戦力を用意してやった」

「そう言ったが、聞こえていなかったのかい?」

「ああ聞こえなかったな。『聖女』を奪われた責任については何処に行った? いや、これは失念していた――していましたわ。そこについての責任はないと仰っていましたものね。では、第二王子殿下におかれましては、この件に関しては部外者ですので、そのお上品なお口をぴったり閉じて、是非とも元の位置まで引っ込んでくださいますか? 邪魔ですので」

ふと思いつき、お嬢様モードで煽ってみると、わりと効果があった。

ほんのわずかな驚き、そしてこちらの言葉を咀嚼してからの苛立ちが――一瞬だが明確に見えた。

小娘に煽られたことなんてないのだろう。

そもそも他人に煽られたことなんてほとんどないのかも知れない。

「引っ込んでいろ? なにを莫迦なことを。だいたいにしてミュラー伯爵殺害犯が敵だというのなら、ティアント領だけでなく、ロイス王国にとっても害悪じゃないか。そんな人物と会談? レオポルド卿も冗談が過ぎるのではないかね?」

「あら、申し訳ありませんけれど、なんの責任も持たない者が、脇でぴーぴー 囀(さえず) らないでいただけますか?」

お嬢様言葉で言って、にんまりとクラリスマイルを進呈。

もちろん伯爵令嬢だった時代は、こんなこと思いもしなかったし、だから口から吐き出すこともなかったが――今の私は、悪徳令嬢だ。

「……よろしい。ならば口を閉じよう」

とうとう『放蕩王子』から余裕が消えた。

ただし無表情になったのではなく、最初に見せていたニヤけ面に戻った。なので表情というよりは雰囲気から余裕が失せたと表現すべきだろう。

あるいはそのニヤけ面が、ブリッツ・オルス・ロイスの 仮面(ペルソナ) なのか。平時から使い倒している、なにより馴染んだ仮面――か。

とはいえ、このニヤけ面の背景事情をああだこうだと想像しても仕方がないし、さしてやりたくもない作業だ。

前に出た分を丁寧にきっちり後退したブリッツを確認してから、私は一歩だけスラック・ティアントへ近づき、ぱんっ、と手を叩いてみせた。

私は改めてティアント領主を見る。

この謁見の間っぽい部屋の、いうなれば王座のような椅子に座るスラック・ティアントは、ヴォルト・クラウスの幼馴染みというだけあって、領主というには随分と若い。レオポルドの甥であるヴィクターの方が歳を食ってそうだ。

痩せていて、少しやつれている。ここ最近の心労が原因だろうか。しかし顔の造形はそれなりに整っていて、短く切られた茶髪も清潔感がある。服装は質素簡潔なものだが、同じように質素な服を着ているレオポルドと比べると、さすがに金持ち度合いが違うので、やや品格は落ちるか。

だが、全体的に、悪いやつではなさそう。

現時点で評価するポイントなどほとんどないにも拘らず、目で見た印象としては、ボンクラという感じがしないのだ。

話をする価値が――たぶん、ある。

なかったとしても、義理を果たすつもりがある。

「改めて、挨拶だ。私はクラリス・グローリア。獣人の領域に『グロリアス』という集合体を形成し、その集団の長をやっている」

「……ティアント領主。スラック・ティアントだ。紆余曲折あり、現在おまえたちと敵対している人族の集団の、責任者だ」

静かな言い方だった。

ヴォルトのおかげで取り戻したのだろう、落ち着きを。

ふむ、と私は頷き、今度はちゃんときれいな微笑を見せてやった。クラリス・ブリリアント・グローリアのお嬢様スマイルだ。

別に私だって四六時中他人を煽り倒すのが趣味なわけじゃない。

「じゃあ、邪魔者は放っておいて話し合おう。私たちの未来について」

「我々の――これからについて、か」

ちらりとスラックの視線が動き、ヴォルトへ注がれる。

真意が判らないのだろう。ティアントを裏切って私の配下になった、なのに先程ヴォルトは「おまえを助けるためにここにいる」と言った。

信じるというよりは、疑えない。何故ならスラックはヴォルトをよく知っているから。最近は交流などろくになかったらしいが、互いが互いを見る眼差しが、気心を知っている者同士のそれだ。

「過去を忘れろなんて莫迦みたいなことは言わんぞ。未来ってものは、過去を積み重ねた先にあるんだからな」

これは一般論だし、過去を歪めるべきではない、なんて続けるのが無理筋なのも判っている。過去なんてものは、どうやったって歪むのだ。

レオポルドが言っていたように、変化は避けられない。それは過去も同様だ。たとえば「思い出の中の、あのとき」を、どのくらいのやつが美化せず胸の中にしまっておけるというのか。

だからここで積み重ねるべき過去は、暫定的な事実だ。

真実など必要ない。求めるのは、未来のために必要な欠片の積み重ね。

首肯するスラックを確認し、私も同じく首を縦に動かした。

◇◇◇

「主観を省いて積み重ねるぞ。現状、おまえたちは我々『グロリアス』へ侵攻している。そのために魔境を切り拓きさえした。そして私たちの反撃を喰らい、ティアント領軍は数を減らし、最高指揮官だった騎士団長は『放蕩王子』の指示で責任を取らされ、事実上指揮官不在となった戦場にブリッツが援軍を寄越した」

ゴルト武装商会だ。

どういう繋がりかは知らないが、そこはどうでもいい。というより、今ここでブリッツとゴルト武装商会の繋がりを詮索したところでまともな答えが得られないし、答えられたところで確証が持てない。

なので、その点に関しては流しておく。

とにかく、簡単に迎撃されてしまったティアント領軍にゴルト武装商会が合流したことで再び『グロリアス』に拮抗した。

その直後にティアント混成軍の別働隊が『グロリアス』の補給元――砦へ物資を供給しているはずの場所を目指して動いていたが、全滅させたので向こうは白を切れてしまう。よって、ここでは省く。

「このあたりで、魔境にティアント領軍が構えた陣所へこちらの人員が潜入し、待機していた『癒やしの聖女』を拉致した。しかしそちらの混成軍は人質の返還を要求することなく、そのまま継戦した。これは、単に事実だ」

つまり現場で最も偉かったブリッツは『癒やしの聖女』の身命など気にしなかった、と判断されても仕方ないわけだが、今は棚上げ。

「そこからしばらくは、そちらからの散発的な攻撃と、こちらの迎撃が繰り返された。状況が変わったのはレオポルドの軍が到着してからだ。数の上で『グロリアス』を完全に圧倒した形になり、そちら側からの使者が出された。ここでようやく『癒やしの聖女』の返還を要求してきたわけだ」

この事実から、やはりブリッツの思惑とレオポルド側の思惑は一致しないという推察が成り立つ。……が、推察なので、言わない。

「そこに我々、獣王軍が間に合った」

レクスがするりと口を挟む。暇だったのかも知れない。

「どういう意図が――っていう主観は、今は省く。とにかく私たち『グロリアス』と獣王の軍勢が合流して、数の上ではティアント領軍、ゴルト武装商会、レオポルドの手勢という混成軍に拮抗した。これはちょうどヴィクター・イルリウスとおまけ二人が『癒やしの聖女』の返還を求めて私たちと交渉していた瞬間だったな」

渋面を浮かべるヴィクターに、ぱちりと片目を瞑って見せる。

顔の渋さは増したようだったが、美少女のウインクなので文句は言わせない。

「で、私がヴィクターの交渉では話にならないからと追い返し、レオポルド侯爵が登場し、会談の場を用意するというから、ここまでついて来たわけだ」

以上が、事実の羅列である。

あえて主観は挟まなかったが、そんな羅列からでも導き出せるものはある。過去の積み重ねが、未来をつくるのだ。

「獣人たちの集団に我が領騎士団は押し負け、加勢を含めても拮抗され、侯爵閣下の自軍が到着したかと思えば、獣王殿の軍勢……か」

ふぅ、と息を吐き、スラックは苦笑を浮かべた。

嘆くでも怒るでも憎むでもなく、苦々しく――それでも笑ってみせた。

いくらか下がって見てみれば、状況なんて簡単だ。

第二王子に言われるがまま、踊らされていた。

私がスラックにそう訴えたところで、まるで響かなかっただろう。しかしこうして事実のみピックアップしてやれば、よほどの莫迦でない限り自分の行動がどれほど間抜けだったのか理解できる。そしてスラックは、自分の間抜けさが「そこまでではない」ことを自覚していた。

ならば間抜けにさせたやつがいる。

すぐ近く、自分の斜め後ろでニヤつきながら事態を眺めている男。

が、ヴォルト・クラウスの幼馴染みは、己の内側に芽生えたであろう怒りよりも別のものを優先した。

「レオポルド侯爵。閣下は、この争いがロイスの国益を損ねていると仰いました。このような僻地まで足労なさったということは、確信に近い懸念があったのだと察せられますが……ここは私の領であり、私が責任者だ」

ゆっくりと立ち上がるスラック。

その決意を込めた起立を、『放蕩王子』が背後から眺めている。ニヤニヤと、ニタニタと、悪辣に笑いながら、責任者の振る舞いを、観察してる。

だ(・) か(・) ら(・) 邪(・) 魔(・) す(・) る(・) 。

本人がいるとは思っていなかったが――そのために来た。

「そう、スラック・ティアント。おまえが責任者だ。おまえが責任を取る立場だ。軍を動かし、兵を死なせ、目標は達成できていない。だが、おまえの責任とは無関係なものもある。先程のように、事実を並べてやろう」

言って、私はさらに一歩、スラックへ近づいた。

身長の関係で見上げる形になるが、ふんぞり返って見下してやる。

「まず――ゴルト武装商会。こいつらは『放蕩王子』が自身の責任において勝手に呼びつけた戦力だ。まさかスラック、おまえがブリッツに泣きついたわけじゃないだろう? どうしても戦力が足りないから融通してくれ、なんてな」

「……それは、そうだが」

だが、の先を言わせる前に、私は口先を制す。

「次に。当然のことだが、レオポルドが兵を動かしたことについて。これはヴィクターが現状をレオポルドに伝えたことによって、レオポルドが自身の判断と責任において自軍を動かした。相違ないか、侯爵閣下?」

「ああ。違いない」

こういう遣り取りの場合、レオポルドという人物は実にやりやすい。イエスならイエスを言い、ノーならノーを言う。たったこれだけのことが、結構できないものなのだ。特に立場というやつを確保してしまうと。

「つまりこの二点に関して、スラック・ティアントに責任はない。あるのは義理というやつだな。だがその義理も、別にどちらもティアント領のために動いたわけじゃないのだから、実のところさほど発生していない」

「待った。義理がないとは聞き捨てならないね」

ここぞとばかりにブリッツが口を挟んだが、私は笑って首を横に振った。

「いいや、ないね。何故なら、仮に加勢がなかったところでティアント領は壊滅しなかったからだ。事実として、私たちは防衛戦しかしていない。おまえらが勝手に兵を投入しただけだ。半壊させた部隊を追撃してもいないんだからな」

さらに一歩。

歩を進め、私はスラックの胸のあたりをノックした。

そこまで近づいていたし、近づかせていたわけだ。

「この状況におけるそちら側の責任者に、こっち側の責任者が問うぞ。スラック・ティアント。停戦してやっていいが、どうする?」

問いはしたが、答えなど決まりきっていた。

残るは始末のつけ方だけだ。

――私は、今回のこれに関して ム(・) カ(・) つ(・) い(・) て(・) い(・) る(・) のである。