作品タイトル不明
143話「ティアント領での対談_01」
レオポルドの用意した馬車で揺られること、二日。
まだティアント領騎士団副団長だったヴォルトがブラック企業の社員よろしく、五十日くらい無休で切り拓いた森を逆走する形になったわけだが、実際に馬車を走らせてみれば、かなり良質な整地がされていると判った。
なにせ馬車を走らせても、そこまでひどく揺れないのだ。
私が知っている限り、馬車というやつは街道を進めば十五分に一回以上の頻度で尻に打撃を与えてくるのだ。魔法が存在するこの世界において、サスペンションだのショックアブソーバーだの、そういった技術は未発展だから。
矛盾するようだが、魔法が存在しているというのに魔法を使った便利道具はそこまで普及していないし、たぶんあまり研究もされていない。
魔導灯やコンロのような魔道具なんかはあるし、浄水の魔道具なんかもあったはずだ。しかし馬車の乗り心地を好くする魔道具はないし、部屋を綺麗にする魔法もたぶんない。洗濯物を乾かすような魔法も、あるかも知れないが普及はしていないのが実情だ。
何故なら、ロイス王国の貴族は、魔法というものを破壊に偏重させてきたから。
魔族や魔物などの外敵を相手にするために。そうでもしなければ魔人種なんていうチート生物に対抗できなかった。そのようにして生存した経緯がいつしか規範となり、ロイスの魔法使いは破壊を突き詰めるようになっていった……。
さておき、そんな技術的には褒められたものではない馬車を走らせて、尻に打撃を加えられたのはせいぜい数回。
「はっきり言ってこれは驚嘆すべき事実だぞ」
と、間に一回挟んだ夜営のおり、私はヴォルト・クラウスを褒めそやしてみたが、当の本人は己の功績にピンときていないようで、微妙な顔をしていた。
「突貫工事だって話でしたが、なんだってこんなしっかり整地したんですか? これならもっと雑にやればもっと早く森を拓けたように思いますが」
口を挟んだのはギョロ目の愛嬌ある方、ヴィクター・イルリウスだった。
「この程度には整地せねば行軍の速度を維持できんし、悪路を進ませると怪我をする間抜けが絶対に出てくる」
職業軍人らしい意見だった。
少なくとも魔境を無傷で踏破できるグロリアスの連中を基準に考えては出てこない発想だ。悪路を歩くと転んで怪我をするのは、間抜けというより普通のことだ。
ちなみにわざわざ描写はしていなかったが、エスカードから獣人の領域までユーノスたちと歩いていたとき、私はめっちゃ転んでいた。
それはともかく――こうも思う。
仕事の質を落とせば、ヴォルトはもっと休めたはずではないか。
まあ、休暇があったところで、当時のヴォルト・クラウスには、なにもすることなどなかったのだろうが。
「そいつぁ金言ですな。しかしそんな尊敬すべき軍人であるあんたが――どうしてティアント領を裏切って、クラリス・グローリアに下ったのです?」
へらへら笑いながら踏み込むヴィクター。
ちょっと遠くで御者が用意した茶を飲んでいたレオポルドは、そんな甥を咎めなかった。話は聞いているようだったが、無反応を貫いていた。
「ヴィクター殿。それはどの立場からの質問か聞かせていただけるか? ロイス王国の貴族としてか、ロイス王国民としてか、あるいはイルリウスの者としてか」
「いやぁ、そんな大層なものじゃあない。これは個人的な疑問ですな」
「であれば答える必要を感じない」
侯爵家の甥っ子を相手に、貴族でもない元軍人がぴしゃりと言いのける。これは私の配下になったからというより、元々ヴォルトはこういうやつなのだろう。必要があればきちんと謙るだろうが、今はそんな必要がない。
「いいだろ。もう 私(・) の(・) も(・) ん(・) だぞ」
私はにんまりと笑って、ヴィクターに言ってやる。
ギョロ目の甥っ子はわざとらしく肩を竦めて苦笑したが、悔恨のようなものが隠しきれていない。私のような小娘にナメられるのは、やはり不本意なのだろう。
その点、レオポルドの方はそういった感情とは無縁だ。この元祖ギョロ目は私に対しての悪感情を一度も見せていない。
もちろんそれは『見せていない』のであって、悪感情がないわけではない。というか、悪感情などあって当然だ。
だが実際、見せていないし、見ていないし、見えない。
結局、レオポルドは夜営の際も移動の際も、特に私たちとは会話をしなかった。世間話もなければ、今後に関する相談もなし。
「あの男がなにを考えているか、おまえは理解できるか?」
ふと、ユーノスが言った。
俺は判ってるけどおまえはどうだ、という意味じゃない。俺には判らないがおまえはどうだ、という質問だ。このあたり、元ユーノフェリザの魔人種たちは相変わらず言葉が足りないと思う。別に嫌ではないが。
「レオポルドの思惑を考えるには、やつとその周囲についての情報が足りない。だから正確な考察はできないが、大雑把な推察はできる」
「できる――の、ですか?」
ぎょっとしたふうに言ったのは、問いを発したユーノスではなく、その隣にぴったりくっついて座っていた『癒やしの聖女』だった。
そういえば彼女はレオポルドの命令で東奔西走させられていたのだったか。元はただの村娘だった少女が、あのレオポルド侯爵閣下に対していっぱいいっぱいになってしまうのは、仕方のないことだろう。
平社員が社長にあれこれ命令されるようなものだ。
社長はなにを考えているのか――なんて、会社が大きければ大きいほど、平社員は思うこともなくなっていくだろう。
実のところ、およそ全ての人間は目の前にいるならぶん殴ろうとすれば拳が届くのだが――実際に殴れるかはさておき――そういった『遠さ』は、そんな事実をも遠ざけるのだ。ものすごく目上のやつを前にして「あっ、こいつ今なら殴れるな」と考えるやつは、たぶんあんまりいない。
いや、まあ、私のような可愛らしいだけの美少女ともなれば、どんな相手であろうが拳を届けるのが非常に難しいのだが……それも、さておく。
「レオポルドは莫迦じゃない。愚かでもない。無能でもない。これは判るな? ただの事実だ。ここに関して議論の余地はない」
「……ええ、はい。それは……そうでしょう」
「であるならば、莫迦でも間抜けでもないレオポルドは、自分の得になるように動いている。一見すれば損をしているように見える行動でも、結果的に己の利になるように行動している、と推察できる」
「つまり、あの男が考えているのは――利害か?」
「そう。こっちに対してどう思ってるとか、あっちに対してこう思ってるだろうとか、レオポルドに限っては、そういうことを考えても意味がない」
だって、あの双子を擁していた男だ。
確かにギレット姉弟は見目麗しかったが、そういう理由でレオポルドは双子を囲っていたわけじゃない。むしろ彼女たちのことは嫌っていただろう。でも嫌っていたからといって遠ざけたり排除したりは、レオポルドはしなかった。
「人族の中にも、厄介な人物がいるというわけだ」
苦笑気味にユーノスが言って、車窓へ視線をやった。
そろそろ森を抜け、ヴォルトが切り拓いていない道に出るところだった。
つまり、尻に打撃が加えられるわけだ。
今の私にとっては些事でしかないが。
◇◇◇
ティアント領はロイス王国の辺境も辺境である。
どのくらい辺境かというと、辺境伯が治めているエスカード領よりもさらに辺境だ。魔族が攻めて来る場所だからエスカードは辺境伯なのだが、単に王国の端に位置するティアントは男爵だ。立地としてはエスカードからさらに西。北と西に魔境の森が広がっている、マジのガチで端っこの領地である。
彼らが有している戦力の使い道は、示威と魔物退治。前者はあらゆる領主に共通するので論ずるまでもないが、後者はロイス王国の各領地でもそれぞれ事情が異なるだろう。魔物が出ない場所はあまり存在しないが、頻出するかどうかは、結構違ってくる。ティアント領の場合、頻度は高めだろう。
なにしろ目と鼻の先に魔境の森が広がっているのだから。
……いや、話が逸れた。
なにが言いたいかといえば、ティアント領はロイス王国の中でも選りすぐりの田舎領という話だ。
領地自体はそれなりに広い――というか、王都に近ければ近いほど領地は狭くなる――が、土地のほとんどは手つかずの自然である。領都はその広い土地の中心ではなく、むしろ北西、魔境に近い位置に存在した。
森を出てから、およそ半日で領都に着くほど。本当に近いのだ。
「魔境から領地に魔物が出てきた際に対処する騎士団が、魔境から遠い位置にあっては仕方がないでしょう」
とは、元騎士団副団長であるヴォルトの言。
そもそもティアント領は「ここまでがロイス王国だ」と示すために領地を与えられ、領地を維持することが目的の場所なのだ。
これは、ティアント領を南下した位置にあるスペイド領も、似たような事情だ。どちらもロイスの貴族たちからは、かなり侮られているのではないか。
私が王都の学園に通っていた頃は、スペイドの貴族もティアントの貴族も知り合いにはいなかったが……いや、考えてみれば『無才のクラリス』には学園での知人など数えるほどしかいなかったか。まして友人ともなれば。
「おー! これが人族の町っすか。途中の農村は、なんか別に獣人の村とそんな変わらないって感じだったすけど、町になるとだいぶ違うっすね」
車窓越しに領都を眺めながら騒ぎ出したのは、牛獣人スパーキ・リンター。
あれだ。電車に乗ったら窓の方しか見ない子供がいるけど、そんな感じ。
ちなみに馬車の車窓は左右両方に設えられており、右の窓にスパーキが張り付いていて、左の窓には童顔低身長巨乳お姉さん女豹が張り付いていた。
「確かに……文化が違うのでしょうね。我々の王都よりも、なんというべきか……雑多で整然としている。町の機能が多岐に及んでいる証左でしょう」
ふむふむ、と頷くレクス・アスカの背中を、護衛の猫獣人ニーヴァが満足そうに眺めていたが、一体なにに満足しているのかはよく判らなかった。
「多岐に及んでるって、なんすか?」
「たとえば、王都に住んでいる鼠獣人たちは、畑仕事をして、与えられた食事を受け取り、食べて眠る。そしてまた畑仕事をします。彼らは時間外の仕事さえ申しつけなければ、同じ労働、同じ日々を苦にしません」
「はぁ……変な連中すね」
「これはやや極端な例でしたが、人族はそのようには暮らさないということです。彼らは各々違う場所で違う仕事をし、おそらくは違う食事をして、日によって買い物をしたり、なにか娯楽に興じたりするのでしょう。町は彼らの暮らしに沿って形成されているから、複雑なのです」
言われてみれば、なるほど面白い見解だ。
確かに、田園地帯の『町並み』というか景色というかは、非常に単調になる。求められている機能が少ないからだ。都市部の景色が複雑になってある意味で似たようなものになるのは、人が似たような複雑さを求めているから、か。
「用事済んだら、後で町とか見てみてぇっすね。見られるっすか?」
他意なく好奇心を見せるスパーキである。
このあたりの感性は、やはり連れてきて正解といったところか。ユーノスなんかは物珍しそうな顔はしているものの、用件以外にはあまり興味なさそうだったし、他の連中も似たり寄ったりだ。
私たちは、遊びに来たわけじゃない。
しかし――遊んではいけないなどというルールもない。
「さて、どうだろうな。用事の済ませ方次第だろう。一応言っておくが、許可もなく町をうろうろ歩いたりしちゃダメだぞ」
「まあ……そりゃあ、さすがにオレもやんないっすけど」
あはは、と笑うスパーキである。絶妙に信頼感がないが、しかしやらかしそうだという気もしないのが本当に絶妙だった。
これがカイラインなら間違いなく町に出てしまう。今回は、そういうのは求めていないのだ。
――と、そんな遣り取りをしている間に馬車は進んでいたようで、ふとしたおりに御者台の方からキリナが車内へ移ってきて、言った。
「もうすぐ着くそうです。目の前にあるのが、ティアント領主の城だとか」
はてさて、ティアント領主であるスラック・ティアントは、このクラリス・グローリアを前にして一体どう出るのか。
いや、まあ、たぶんめっちゃ怒るだろう。
問題なのは、その先だ。