軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

144話「ティアント領での対談_02」

城というものに対して、私は特になんの思い入れもない。

生家であるグローリア伯爵家は城を所有しておらず、領都の中心にでっかい屋敷を構えていたわけだが、ロイス王国で城を持っている領主はたぶんそこまで多くないはずだ。何故なら、城というものは戦いの道具だから。

つまり、戦を想定していない場所に城は必要ない。

ロイス王国は初代ロイス国王が王になる以前に『神の迷宮』――いわゆるダンジョンを攻略したのに端を発しているらしいが、この歴史において重要なのは、戦争で勝ち得た土地ではない、ということだ。

魔境に隣接した土地までを領土としていることからも判るように、ロイス王国は隣国とかなり離れた僻地の国だ。最も近いのは獣人の領域であり、次いで魔王が治めているという魔族の領域。南に行けば砂漠のダンジョンを有する国があるそうだが、人の交流はわずかにあるが、国交がない。離れすぎているからだ。

もしかすると東に延々進んでみればなんか国があるのかも知れないが、やはり国交がないので王都の学園でも他国について学んだりはしなかった。

ちょっと脱線したが、そういうわけで、ロイス王国にはあんまり城がない。逆に言えば、城がある場所には戦いがある。

ティアント領においては、当然だが魔境に隣接した立地なので、魔物と戦わねばならない。今の時代ではそこまで激しい魔物の侵攻はないようだが、かつてはあったのだろう。ここが自分たちの領地であると主張するために、戦って、勝ち取って、守り、そして守り続けているわけだ。

とはいえ、ロイス王国の辺境も辺境、最果てのティアント領だ。

城と一口に言っても、辿り着いたティアント城は、ぶっちゃけそんなに大きくなかった。生家のグローリア邸の方が規模としては大きいかも知れない。なんというか、たぶん校庭のある小学校より、ちょっと小さいくらいの城だ。

ここで驚くべきは――いや、実際はあんまり驚かなかったが――やはりレオポルド・イルリウスだろう。

門前に辿り着いた馬車二台は誰の案内を受けることもなく門を抜けて敷地を進み、城の入口あたりで停まった。スーパーマーケットの入口直近にタクシーを停めさせるおっさんと同じノリだ。城なのに。

レオポルドは当然のような顔をして馬車を降り、微妙な顔をして同じく下車した甥のヴィクターにはまるで気を払わず、我々が乗っている馬車を見て、くいっと顎を動かした。さっさと降りてこい、ということだ。

ちなみにこの時点でも、ティアントの者は誰一人として近づいて来ない。

侯爵閣下の行動というにはあまりにも破天荒だが、まあこいつならこう振る舞ってもおかしくないか、という奇妙な納得感があった。

案内など必要ないからあらかじめ断っていたのかも知れないし、であれば正門の脇にちゃんと控えていた門番も、事前に「いちいち停めさせるな」とでも指示していたのかも知れない。そこにはたぶん、領主であるスラック・ティアントの意向など全く考慮されていないだろう。

「とんでもない御仁のようだな、レオポルド卿は」

思わず、といったふうにヴォルト・クラウスが呟いた。

片田舎の元騎士団副団長からしても、やはりそう思うくらいには変人なのだ。その奇矯さを通してしまえるところまで含めて。

我を通すには、それなりの な(・) に(・) か(・) し(・) ら(・) が必要なのだ。

かつての私にはなかったものだ。

今は――さて、どうだろう。

どうしても通したい我なんてものが、私にあるのだろうか?

通したいのは『我』なのかどうか。

そのあたりは、あまり深掘りする気になれない話だ。

◇◇◇

そのまま無言で歩き出したレオポルドを追う形で、私たちは入城することになった。城に入るというイベントの割に、なんだか空き物件の案内でもされているような気分だったが、ちょっと歩いたところでさすがに人と出会した。

城勤めの使用人、だ。

メイド服を着たおばさんが、レオポルドと彼が引き連れている奇妙な一行――美少女に獣人に魔族に元騎士のパーティだ――を目にした瞬間、大慌てでどっかに走り出した。誰かになにかを伝えに行ったのだろうが、転ばないことを祈るばかりだ。メイドはあんまり走らないから。

「めっちゃびっくりしてたっすね」

はえー、と暢気に呟くスパーキだった。

なんとなく他の連中の表情を確認してみたが、キリナが城のあちこちをキョロキョロ見回している以外は、誰も大した反応をしていない。

と、そんなことをしているとレオポルドがずいずい歩いて行くので引き離されそうになった。さすがに城の中でまでユーノスにお姫様抱っこさせるのもどうかと、私はちょっと足を速めに動かした。

一階のエントランス的な場所を抜けて直進。そのまま中央階段を上がり、右に折れて廊下を進む。突き当たる前にさらに右折。妙に細い通路に入ったと思えば、その先に執事っぽい男と兵士らしき男が二人、待ち構えていた。

「副団長! 無事だったのですね!」

喜色を隠さず言ったのは兵士の片方。が、ヴォルトは大きな反応をせず、掌をそいつへ向けて「黙れ」というふうに動かした。

風船がしぼむような気落ちを見せる兵士に構わず、我々を先導していたレオポルドがこちらへ振り返り、二秒くらい思案するふうな沈黙を挟んでから、言った。

「これから領主スラックとの話をすることになる。クラリス・グローリア、人員を選べ。残る者は、彼らが歓待をする。部屋で待ってもらうが構わないか?」

なんだか言葉遣いが変だが、相手が私たちだからだ。

私たちに敬意を払う必要はないが、しかし敵対はしていないし、身分を持たないからといって見下すわけにもいかない。レオポルド・イルリウスがいけすかない権力者であるというだけならば、私たちはこいつと協力なんてしない。

レオポルドは、私たちに好かれようだなんて思ってもいないだろう。だが同時に、積極的に嫌われる必要もないと思っているはずだ。そしておそらくだが、野蛮な獣人共を蔑むような内心も、持ち合わせていない。

この侯爵閣下にとって、あの『双子のギレット』であろうが『不死のクラリス』であろうが、もしくはそこらの使用人であろうが、心底の部分では大して変わらないのではないか。

そこにあるのは情動ではなく、理性がもたらすただの判断だ。

レオポルド・イルリウス侯爵閣下は、私たちという集団をそれなりに重く見ている――そうでなければ、ただ命令すればいいだけなのだ。私に人選を任せることだってしない。

執事と兵士二人は、我々に対してどういう反応をしていいか判らない、という顔をしている。彼らがどういった経緯で私たちの歓待なんて仕事を任されたのかは知る由もないが、まあいいだろう。そこに思いを馳せても仕方がない。

「じゃあ、まず当然だが私、それとヴォルト・クラウス。獣王の名代であるレクス・アスカも当然参加だな。護衛のニーヴァもついて来なきゃ拙いだろ。なんかあったときに護衛を引き離してたら私の責任になっちゃうからな」

ここまで言って、ちらりとレオポルドの表情を確認。

相変わらずの無表情だが、特に非難はない様子。

「人質のミゼッタは、待機だな。自分がどうなるかという点に関して、残念ながらおまえには口を出す権利がない。人質の確保という意味合いでユーノスも待機だ。恋人同士みたいにぴったりくっついてろ。奪われるなよ」

「不満だが了解した」

珍しくマジで不満そうにユーノスが頷く。今も隣にぴったりくっついている『癒やしの聖女』の方は、特に嫌そうではないのだが。

「キリナとスパーキは、まあ待機組だな。なんか歓待してくれるらしいから、世間話でもしてりゃいいぞ。そこの執事……そう、いい感じに歳を食ったあんただ」

不意に私から声をかけられ、執事服の男がびくりと首を竦ませる。

これがグローリア家の執事長であれば、獣人が相手であってもたぶんここまで内心を見せることはないだろう。それは予想というより、実感だ。伯爵家に仕えている執事は、むしろ貴族よりも内心を見せないのだ。

「私でございますか……?」

なのに、ティアント領の執事は明確に怯えを見せている。あまり良質でない執事なのか、あるいは別の理由があるのか。

うーん……ここで考えても、たぶん判んないか。

じゃあ、棚上げ。普通に考えれば私たちみたいな連中に対して怯えるのは、それほどおかしいことでもない。

「こいつらは別に凶悪な暴漢ってわけじゃない。普通に話をすることができるから、普通に話し相手になってくれ。花を愛でるようにとは言わんが、レオポルド・イルリウス侯爵が『歓待をしろ』と言った相手であることは、忘れるなよ。暴漢じゃあないが、侮辱されて怒らないほど平和主義でもないぞ」

にんまりと、クラリスマイルを進呈。

執事の顔色が明確に悪くなったので、普通に怯えているだけかも知れない。

「あっ、私からひとつ、いいでしょうか」

そういえば、くらいの軽い調子でレクス・アスカが手を挙げた。

かといって誰も「はい、レクスくん」と指名はしてくれなかったが、もちろんレクスはそんなことには構わず、言いたいことを口から垂れ流した。

「人族の食事に興味がありますので、なにか用意をしていただけると嬉しいですね。話が終わったならすぐに帰れというほど無礼であるならば、それは仕方ないと割り切りますが……人族がそのような無礼者でないことを期待します」

笑むことも凄むこともしない童顔巨乳低身長女豹に、私はなんだか嬉しくなって彼女の腰のあたりをペシペシ叩いてやった。

「……機嫌が良さそうですね、クラリス・グローリア」

「まあ悪くはないな。これからの『お話』が楽しみだし、その後の食事も楽しみになってきたところだ。じゃあレオポルド、私たちを案内してくれ」

「ああ」

こっちの一連のあれこれにまるで構わず歩き出す侯爵閣下。

その背中を追いながら、私はどうでもいいようなことをちょっとずつ考えた。久しぶりに人族の、それも貴族の飯を食えるのだな、とか。ティアント城内の質素な感じが、ちょっとイルリウスの城に似てるかも、とか。

貴族の城の中で、自分自身の立ち位置がまるで揺らがなかったのがちょっぴり嬉しいな――とか。

ティアントの城で、執事や兵士を見て改めて実感したわけだ。

今の私は、グローリア伯爵の次女ではない。

グロリアスの長、クラリス・グローリアなのだ。

◇◇◇

さらに階段を上り、三階へ。

王城でいうなら王座の間みたいな場所に、ティアント男爵領の領主、スラック・ティアントが待ち構えていた。

あと、ついでに『放蕩王子』ブリッツ・オルス・ロイスも。

なかなか愉快な話し合いになりそうだった。