軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

142話「砦を巡る交渉_07」

ティアント領へ向かう愉快なメンバーにトーラス族のスパーキ・リンターを――この私、クラリス・グローリアが直々に――指名した際の反応は、

「えっ、オレっすか?」

というものだった。

かつてはスーティン村のオーク族を下に見てオークたちを従えようとしていたのに、今ではユーノスを「アニキ」と呼び慕う、グロリアスの立派な下っ端となっているのだから、感慨深いものだ。

「ああそうだ。スパーキ・リンター、おまえを連れて行くぞ」

「え……ああ、いや、そりゃあ、いいすけど。でもなんでオレっすか?」

本当に不思議そうに首を傾げるスパーキは、たぶん自分の価値をあまり高く見積もっていないのだろう。

まあ最初が最初だけに、今でもトーラス族の女たちからは虫けらのように扱われているが、私としてはこいつの存在をそこまで軽んじていないつもりだ。

何故なら、スパーキは 目(・) の(・) 前(・) の(・) こ(・) と(・) 以(・) 外(・) を(・) 見(・) る(・) から。

現状のグロリアスには稀少な特性の持ち主なのだ。

「おまえはキョロキョロできるだろ。これから人族の土地に行くんだ、私にばっか注目してるやつとか、あれやこれやに興味を持たないやつを連れて行くのはもったいないだろ。せいぜい田舎者丸出しで周囲を見回してくれ」

「はぁ」

と、スパーキはなんだかよく判らないという顔をして頷いた。

ちなみに牛獣人のこいつの獣度合いはそれほど強くなく、頭の牛耳がぺたんと髪の毛に張り付いているのがチャームポイントだ。女牛獣人の耳はちょっと立っているので、男女で違うのかも知れないが、まあいい。

「それじゃあ行くぞ」

というわけで、またオークたちに砦のクソ重い門扉を開けさせて、総勢八名で丘を下って登って、例の天幕へ。

もしこれが罠だったら逆に面白いなとクスクス笑いながら天幕に辿り着いてみれば、ついさっきは後方で陣を成していた軍勢が森の手前あたりまで下がっていて、天幕の周囲には工兵っぽいのが数人と、馬車が二台。

馬車はどちらも三頭立ての立派なやつで、御者はどちらの馬車にも既に乗っていた。馬は繋がれておらず、いつでも出発できるという感じだ。

工兵は……たぶん、天幕を片付けるための人員か。

「見ての通り、準備は済んでいる。」

こちらの到着を察したのか、片方の馬車からレオポルド侯爵と甥のヴィクターが降りてきた。驚くべきことに、護衛騎士が一人もいない。

「侯爵ともあろうものが、護衛なしで出迎えか? 正気を疑う所業だな」

「私の正気など誰に保証してもらわずとも構わん。二、三……八名か。自己紹介は後々でいい。そこの貴様は、ヴォルト・クラウスか?」

ギョロ目がぎょろりと動いて、ちょっと後ろに控えていたヴォルトを射貫く。そこらの村娘であれば恐怖の余り お(・) も(・) ら(・) し(・) をしていてもおかしくない視線だが、さすがにヴォルトは怯えも竦みもしなかった。

「ああ、そうだ。元ティアント領騎士団副団長だったヴォルト・クラウスだ。現在はクラリス殿の配下としてここに立っている」

「そうか。ならば案内は要らぬな。貴様が切り拓いた森だ。中間地点で一晩明かすことになるが、そのままティアント領都の城へ向かうぞ」

言いたいことだけ言い放ち、レオポルドはさっさと馬車に引き返した。ティアント領を裏切ったヴォルトに対する感情というもの完全に見せなかった。

取り残された甥の方が苦笑を浮かべ、大仰に肩を竦める。

「あー……まあ、聖女殿がどう思っているかは知らないが、こちらとしては心配していた。早いとこ、ジャックのやつを安心させてやって欲しい」

ジャックというのは、エックハルトが雇ったとかいう、例の少年剣士か。

今回は聖女の護衛だったにも拘らずユーノスたちの連携で誘拐されてしまって、気が立っているとか立っていないとか。

声をかけられたミゼッタは、なんだかちょっと間抜けな感じで「はぁ」と頷くだけだった。久々に顔を合わせたはずなのに、マジで感慨というものがない。

が、それも仕方ないことかも知れない。

だってミゼッタはそもそもエックハルトと結婚したかったわけでもなかったらしいし、レオポルドの指示で方々の貴人を治癒して回りたかったわけでもなく、ティアント領にだって来たくて来たわけでもないのだ。

揺蕩の聖女。

そこに、思うところがないわけではないが。

「――それじゃあ、出発するか」

と、私は言った。

いずれにせよ、こんなところで突っ立っていても話は進まないのだ。

◇◇◇

馬車の内装は外から見たものより二段階くらい豪華で、おそらくティアント領のものではなく、レオポルドの持ち出しだ。

私、ユーノス、ミゼッタ、レクス・アスカ、山猫獣人のニーヴァ、スパーキの六名が車内で十分にくつろげる広さがあり、御者台で御者とヴォルトとキリナの三名があれこれ喋っているようだが、そちらも窮屈そうでは全くなかった。

さすがにメイドは付属されていなかったので、車内に用意されていたワインなんかは自分で開ける必要があったが、そもそもワインやら焼き菓子やらが用意されていたのが驚きである。

ああいう男でも上位貴族というわけだ。

接待の感覚が、普通の貴族とは違う。

「クラリス・グローリア。今後の予測を聞かせてください」

用意されていた焼き菓子の食べかすをぽろぽろ落としながらレクスが言った。

これにユーノスはわずかだけ眉を上げ、逆にミゼッタは落ち込んだような様子でこちらに注意を向ける。この二人は『聖女』を奪われないためにと、なるべくくっついているよう指示を出しているので、そこについてはどちらも不満そうだが、それはともかく。

「ひとまず、レオポルドが私たちとティアント領主を引き合わせてくれる前提で考える。これが罠だった場合は、どうにかみんなで砦まで逃げることになるが、その場合はユーノスが頼みの綱だな。たぶんヴォルトは死ぬ」

「しかし、あなたはそうは考えていない」

「さっきも言ったろ。私たちを罠に嵌めてもレオポルドは得をしない。だからレオポルドは自分の戦力を『放蕩王子』に見せつけることによって連中を牽制し、無事に私たちをティアント領主と引き合わせるはずだ」

「そしてその領主と、どのような話をするつもりですか?」

「結論としては和睦だな。人族と戦っても私は得をしない。そしてティアント領も、実のところ私たちと戦っても得をしない」

このくだらない争いで利を得られるのは『放蕩王子』ブリッツ・オルス・ロイスと、その第二王子に乗せられて出張ってきたゴルト武装商会。

「和睦……ですか。難しいのでは?」

「どうして難しい?」

「グロリアスは人族を殺していますし、人族は 言(・) い(・) が(・) か(・) り(・) でグロリアスに攻め入っているからです。まして、現在は我々『獣王軍』が手を貸していますが、本来的には我々とあなた方は別の集団です。永遠に手を貸し続けることはできない」

何故なら、兵を出すには金がかかるから。

金銭というものが現在のところ存在しない獣人の領域においては、ダイレクトに物資が減り続けるという意味になる。今回、獅子王プラド・クルーガが出張ってきたのはスペイド領からの食糧支援が約束されたからだろう。

やるなら手を貸す、と言われたわけだ。

スペイド領はランドールの大暴れで少なくない被害を被っており、その大暴れは獣人でもスペイドの者でもない別の誰かが手を引いていた――と、おそらくスペイド領の連中は考えているからだ。

「要点はふたつある」

言って、私はピースサインを童顔巨乳お姉さん女豹へ向けてやる。

レクスは私の白く細い二本の指ではなく、私の目をじっと覗き込んでくる。

「ひとつは損得勘定。利害でもいいし、利益と無益でもいい」

「『利』ですか。なるほど、道理ですね」

「そしてもうひとつは、矛盾するようだが――」

私は指を一本折りたたみ、残された一本で馬車の天井を指し示す。

「―― 気(・) 持(・) ち(・) の(・) 問(・) 題(・) 」

これがなかなか莫迦にできないのだ。

むしろこれを考慮しないのは莫迦だとすら言える。

なんとも阿呆らしいが、誰だってこれを無視できないはずだ。

レクスは私の言葉に、ひどく嫌そうに眉を寄せていたが、否定することはなかった。ユーノスはなるほどとばかりに頷いていた。スパーキはよく判らないような顔をしていたが、まあいい。ニーヴァはむしろ得心顔。

ミゼッタは――癒やしの聖女は――不快そうだった。

「なんだ、不満そうだな聖女サマ。争い事に『気持ちの問題』が入り込むのが、そんなにおかしいことか?」

私はうっかりニヤニヤ笑って、ミゼッタに水を向けてしまう。

「おかしくはありません。理解はできます。でも……納得したくないです」

「ほう? それは、どうしてだ?」

「だって、それは『誰の気持ち』なんですか? 実際に戦う兵士の気持ちではないですよね。戦が起きて困ることになる農民の気持ちでもないですし、物の流れが止まったり、兵の流入で治安が悪化する町人の気持ちも関係ないじゃないですか」

「まあそうだな」

「であるなら――『誰の気持ち』だと考えますか?」

横から言ったのはレクスだ。

促すための言葉でもあったし、単純な疑問符でもあった。

これはまだ集団が成熟していない獣人の領域では実感の薄い問題かも知れない。いや、あるいは『反獅子連』を形成した狼族あたりなら、肌感覚として理解できる問題かも知れない。私としては、理解も納得もしないが、そういうものだと知っている。知っているから、無視しない。それだけのことだ。

私は意識してクラリスマイルを聖女へ進呈し、続けた。

「メンツが潰された、とか、そういう言葉を聞いたことがあるだろ。ある集団がある程度の期間以上維持されると『集団の意思』みたいなものが曖昧に共有されることがある。ヒトの集団だと顕著だな。派閥と派閥でいがみ合うことはあるが、その派閥内にいる特定個人を激しく憎んでないことも十分にありえる」

クラスのAグループとBグループがちょっと険悪。

だけどAグループのxちゃんとBグループのyちゃんは、その険悪な関係に嫌気が差している。しかしグループ同士は険悪なので、二人は表立って仲良くできない……というような事態は、さほど珍しいことじゃない。

「今回の場合は『ティアント領』という擬人化された架空の総意があり、その『意』が、こう叫んでいるわけだ」

――獣人共にナメられたままではいられない――。

まったく、実に愚かしい。

しかしそういうものだ。

そういうものである以上、無視はしない。

「……理解は難しいですが、把握はしました。では、クラリス・グローリア。あなたはその『ティアント領の気持ち』に、どう対処するのですか?」

「そんなもん、決まってるだろ」

連中が共有する架空の総意が『ナメられてなるものか!』と叫んでいる。貶められ、奪われ、傷つけられたと吠えている。

ああそうかい、知るかくそったれ――なんて返しては、争いは収まらない。

そもそも私としてはティアント領そのものに対して憎悪などないのだ。

「誤解を解く」

まずはそこからだ。

そこからようやく、損得の話に入ることができる。