作品タイトル不明
141話「砦を巡る交渉_06」
「おいおいおい。いくらなんでも早くねぇか? 敵の偉いやつと喋ってたんじゃねぇのかよ。もしかして交渉決裂ってやつか?」
レオポルドの用意した天幕を辞して引き返すと、ちょっと後ろで待っていた猪獣人のゾンダ・パウガが妙に期待したような顔をしてそんなことを言った。
まあ、確かに交渉自体はたぶん二十分未満で終わったと思うから、あまりにも短いのは実際その通りだ。相手があのギョロ目のおっさんでなければ、このくらいの時間は貴族的な挨拶をしているうちに過ぎ去っていただろう。
つくづく、貴族らしくない男だ。
そして同時に――あれこそが貴族だ、とも思う。
「逆だ、逆。交渉はいい感じに進んだぞ。『癒やしの聖女』を持ってかなきゃならんから、回収しに一旦戻るんだ」
「あぁん? なんだそりゃ。向こうの言いなりになるってぇのか?」
「私がそんなタマに見えるか?」
質問に質問を返してやる。テストではゼロ点の回答だったのに、ゾンダは猪獣人のやたらでかい口を に(・) た(・) り(・) とひん曲げて好戦的に笑った。
「上手くいったってことか」
「下手にいってないってことだ」
などと楽しくお喋りしていると、隣にいたユーノスがさっと私を抱き上げてしまった。私には立派で美しい足がついているのだが、なにせグロリアスの連中ときたら百メートルを八秒とかで走りそうなやつらばかりなのだ。
ふと視線を動かせば、行きのときは自分の足で歩いていたはずの巨乳お姉さん女豹レクス・アスカが、護衛の山猫獣人ニーヴァに背負われているところだった。彼女もまた運動能力に欠けているのだ。
「クラリス・グローリア」
と、背負われた状態で真顔を維持したレクス・アスカが、私の名を呼ぶ。
こいつの場合はあまり声が大きくないので、わざわざニーヴァがこっちに近づいて来てくれた。たぶんこの山猫は女豹との付き合いが長いのだろう。
他人事なので大変そうだなと思うのみだが、もしかすると山猫のニーヴァは私をお姫様抱っこするユーノスに似たような感慨を覚えているかも知れない。
いずれにせよ、好きで運んでいるお荷物なので、尊重しかするつもりはないが。
「どうした、レクス・アスカ。これは私の移動手段だから、羨ましくても貸してやらないぞ」
ぺしぺしとユーノスの頬を叩いてみると、普通に睨まれた。
クラリス・調子こき・グローリアだった。
「いえ。ニーヴァの背中は悪くありませんので。そんなことよりも、ティアント領主との会談ですが、私も同行したいと考えています」
「奇遇だな。私も同行させたいと考えていた」
「我が王が嫌がるかも知れません。ですので、説得をお任せします」
「プラドが嫌がる、ね」
大事にされてるものな、と頷いた。しかし、それはそれとして獣王は納得するだろうという予想があった。そしてその程度の予想をレクス・アスカができないわけがない。私に予想できるのだから、当然、女豹にもできる。
……ということは、だ。
遠出するのを嫌がるプラド・クルーガを説得するのが、レクスは嫌なのだ。
「ぷくく!」
思わず美的じゃない笑い方をしてしまう私だったが、女豹はそんな私に冷たい眼差しを向けるのみだ。
なるほど、なるほど――仲良くやってるみたいじゃないか。
◇◇◇
そんなわけで、ウェルカムバック我が砦。
残してきた連中の反応もゾンダ・パウガと似たようなものだった。やはり話が早すぎたし、だったら交渉が決裂したと思われて当然だった。
そりゃあ「いざ!」とばかりに出て行った集団が、三十分くらいで戻って来て閉めていた砦の門を開けさせたのだから、微妙な空気にもなろうというものだ。
無論、そのような空気を私は読んだりしないが。
「ミゼッタを引き渡すから呼んで来い。といってもすぐ引き渡すわけじゃないから、しばらくはユーノスがつきっきりで監視役だな」
「構わんが、おまえは誰が運ぶんだ?」
「ティアント領に向かう人選は、私とユーノス、引き渡すミゼッタ、それに獣王の名代としてレクス・アスカ、その護衛でニーヴァ。ティアント領主と話すのに必要だからヴォルト・クラウスも連れて行く。あとはキリナと……そうだな、スパーキかな。これで行こう」
なんとなく、というくらいの人選だったが、こっち側に残さなければならない者を除くと、だいたいこうなる。
ちなみに私を運搬するやつはいないので、結局はユーノスに運ばせることになる。本腰を入れてミゼッタの護衛をしなければならないわけでは、たぶんない……はずだ。
「わ――私じゃダメですか、クラリス様……?」
と、おずおずと手を上げたのはカタリナだったが、まあキリナかカタリナのどちらかを選ぶなら、今回の場合はここ残すべきという理由でなく、向こうに連れて行くべきという理由でキリナだ。
「駄目だな。まず、おまえはビアンテの下っ端としてあちらこちらへ伝令として走り回ってもらう必要がある。ヴォルトの様子見をしていたキリナにやらせるより、それをやっていたカタリナに任せた方がいい」
「そう……ですか」
「もう少し言うなら、ティアント領へ見せつけるのは魔人種の戦力ではなく獣人たちとの協力関係だ。どうしてもユーノスは必要だから連れて行くが、他の魔人種たちはこっちに残しておきたい」
「……それは……そう、ですね」
「あと、カタリナなら私が嫌がりそうなことを他人にやらせたりしないだろ」
なんだかんだ、やたらとクラリス・グローリアにひっついていたのがキリナとカタリナだ。私がやることを、ユーノスを除けば最も近くで見ていたはずだ。
そしてこの魔人種の少女は、私のことをただぼけっと眺めていたわけではない……と、思う。たぶんそうだ。まあ、そうじゃないかな。知らんけど。
ぶっちゃけ、そこまでの自信はなかったが、それでも私は自信たっぷりという感じに胸を張って、カタリナに笑いかけてやる。
そうすると、薄紫色の肌の少女が頬を赤く染めて目を輝かせてくれた。
「――はい! クラリス様のことを、私は見ていましたから!」
「うむ。任せたぞ」
どっかの将軍みたいに鷹揚に頷いて見せ、ちらっとビアンテへ視線を送ってみれば、呆れ顔で肩を竦められてしまった。
いいんだよ。半分くらいはリップサービスだが、半分くらいは普通に期待してるんだから。こんな小さな女の子に、期待なんてかけたくないのだけど。
「クラリス殿。レオポルド侯爵が馬車を用意していると言っていたが、そのまま信用していいのか? 俺はあの侯爵閣下をよく知らんから判断できない」
ヴォルトが気難しそうな顔で言った。
私はぴょこんと獣耳を立てて私に注目する女豹に三分の一くらい意識を向けながら、ふぅむ、と嘆息して、それから続けた。
「状況の整理だが、レオポルドのやつは、今回の戦をさっさと終わらせたいと思っている。何故なら、この戦を仕向けたのがロイス王国第二王子であるブリッツだからで、そのブリッツとレオポルドの利害関係が一致しないからだな」
「実はその二人が共闘関係だという線は?」
問うたのはユーノスで、そのすぐ近くをうろうろしていたカイラインがやたら嬉しそうに笑っているのがちょっとムカついた。
「だったらレオポルドの戦力をじゃんじゃか投入する理由がない。兵を動かすには金がかかる。金をかけてもいいとレオポルドは判断したということだ。協力してるなら、そこまで金をかける必要がないだろ。あの戦力は私たちに向けてるものじゃなくて、ブリッツ陣営を黙らせるために過剰に持ち込んだものだ」
そもそも『放蕩王子』とレオポルドが協力しているのであれば、事態はとっくに混迷を極めてなければおかしい。
ブリッツのことはよく知らないし、レオポルドのことだってそれほど知っているわけではないが――それでも、だ。
あの侯爵閣下が、こんなだらだらした手を打つわけがない。
実際、ティアント領やゴルト武装商会の人員が無駄に削れている。
このような人材の浪費を、レオポルドは採択しないはずだ。少なくとも、他に選べる手段があるならば。
「では、あのギョロ目の男はロイスの第二王子とは立場が異なるとして、だ。俺たちに協力しようという気になったのは何故だ? そこまでして『癒やしの聖女』を取り返したかったからか?」
「建前として『癒やしの聖女』を取り返す必要があるだけだ。レオポルドがブリッツと利害関係で敵対しているとするなら、私たちに利することが即ちブリッツを害することになる。だけど立場上、ただブリッツを害するわけにもいかないから、ミゼッタの返還を求めてるってわけだ」
とはいえ、返してくれるなら返して欲しいというのは本音だろうが。
しかしその本音は、やはり建前あってのものだ。
「なるほど。では、クラリス様。私が人員として選ばれていないのは?」
にやにやと笑いながら九尾の狐が挙手した。
私はすんっ、と表情を消してから腕組みをして答えてやる。
「おまえを人族の前に出して楽しいことになるのはおまえだけだろ。ゴルト武装商会と関わってたやつを、わざわざティアント領に連れて行くわけがない」
「おやおや、それは残念ですねぇ」
「おまえは大人しく留守番できそうもないから、あっちこっちを う(・) ろ(・) ち(・) ょ(・) ろ(・) してろ。でも、一番大事なところでやらかすようだったら――」
ふっ、と意識的に微笑んでやる。
いつものクラリスマイルではなく、とびっきりの美少女の微笑だ。
にやにやしていた狐が、ほんのわずかだけ息を呑むのが伝わった。
「――私は、おまえのことを見限る。もう楽しい場所にはいさせてやらない。そのあたりの信頼関係は、壊さない方がいいと思うぞ」
「え……ええ、もちろんです、クラリス様。こんなに楽しい場所を、私は他に知りませんからねぇ。今後とも、楽しませていただきますよ」
気まずそうに諸手を挙げてひらひらと動かす様を見れば、この胡散臭い狐であっても『グロリアス』に愛着を覚えているのかも知れない。そうであったのなら、まあ、たぶん悪いことじゃない。そうであるかどうかの確信を持たせてくれないのがこのナントカラインの厭らしいところではあるが。
「おい、当たり前みたいにアスカを連れて行くことになっているが、レクス・アスカは俺の忠臣だぞ、クラリス」
「だからこそ獣王の忠臣が人族の領主の元で私との交渉を見届けることに価値があるわけだ。ちょっと我慢して待ってろ、獅子の王様」
会話のタイミングを見計らって茶々を入れてきた獣王プラド・クルーガに、用意しておいた説明を口から垂れ流してやることに。
あまりにもすらすら説明されたからかプラドはちょっと鼻白んだが、言説の理が通っていることは判っていたようで、軽く肩を竦めるに留めてくれた。
こいつ、あのランドールの息子だっていうのに、本当に理性的だ。
だからこそレクス・アスカとの相性がいいのだろうが。
……付け加えるなら、だからこそレクスと獅子姫ラプス・クルーガの相性があんまりよくないのだろうが……とりあえず、集まっているメンバーの中にラプスはいないようだった。たぶん飯でも食っているのだろう。
それでいい。
こんなものを、みんなで深刻ぶる必要なんかないのだ。
「では、我が王。ニーヴァを連れて、クラリス・グローリアの交渉を見届けて来ます。おそらく、そこまでの時間はかからないでしょう」
「といっても三日や四日じゃないぞ。主に移動時間だけど、十日くらい見ておけ」
「ならば十日ほど、この砦で遊ばせてもらうとするか」
「一応、現場の指揮官はビアンテだから、ビアンテの指示が気に食わないのでなければ、言うことを受け取ってくれると私としては嬉しいぞ」
さすがに『王』に対して指示に従えとは言わなかった。
言えるけど、言わないでおいた。
その気遣いとも評しがたい私の そ(・) れ(・) に気づいたのか、プラドは満足そうな顔をして首肯し、レクスと一瞬だけ目を合わせてから、振り返った。
どうして振り返ったか?
そこに『癒やしの聖女』がいたからだ。
誰かが呼びに行って、そして自分の足で歩いてきた。
不安そうに私を見ていて――私以外は見ていない。
もっといろんなものを見ろよと思った。
が、それは口にせず、かわりに私は偉そうにふんぞり返って言ってやる。
「喜べ聖女、おまえを返すことにした。交渉次第でな」
「……そう、ですか。判りました」
頷くミゼッタが、ひどく傷ついたような顔をするのはどうしてだろう。
判るような気もしたが、別に判りたくはなかった。