軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

138話「砦を巡る交渉_04」

私、クラリス・グローリアは軍略家でもなければ戦場の指揮官でもない。もちろん提督でもなければプロデューサーでもない。

ので、陣を成した人の群をぱっと見て「だいたい何百人くらいかな」というのは、全くもって不明である。ブリッツとレオポルドの合わせ軍の総数も、ヴォルトやビアンテやカイラインが口にした人数をそのまま鵜呑みにした。

そういうわけで獣王プラドが連れてきた獣人たちの人数も、やっぱり私には判らなかった。めっちゃいっぱい連れてきたなぁ、とは思ったが、さてそれでは具体的に何人なのかは、童顔巨乳女豹の友達が教えてくれた。

「総数は八百ほどです。クラリス・グローリア、貴方たちと合わせて千ほどになるでしょう。人族の二千と獣人の千、真正面から当たるならば必ず勝てます」

なるほど、それは心強い。

が、だからといって安心安全とは全く言い難かった。

何故ならば、

「そんなことは人族の連中が一番理解しているだろうさ。真正面から普通にやったら絶対に勝てない。だから、真正面から兵と兵をぶつけようなんてことには、間違いなくならない」

とかなんとか喋りながら、追加の八百人を砦の中へ収容していく。砦の外壁が囲った面積はだいたい地方都市の学校のグラウンドくらいなので、ちょっと手狭にはなるが、合計千人を収められないことはない。

まあ、入れるのに時間がかかる分、出すのにも時間が必要になるが、そこは仕方ない。

レクスが私に耳打ちした通り、獣王軍はスペイド領からの食料支援を持参していた。小麦粉やら燻製肉やら、塩やなんかの調味料、植物油、珍しいところでは葡萄酒なんかの果実酒もあった。

それらの支援物資を、牛獣人のメラルヴァを中心として食料担当班へ渡し、人数が足りないので獣王軍からも食料担当班へ人員を割り振った。

レクス・アスカが飯を食いたがったので、プラドやなんかと一緒に先んじて振る舞ってやりながら、そのまま作戦会議になだれ込む。

ちなみに『癒やしの聖女』ミゼッタも同席させていたが、めっちゃ居心地悪そうだった。特に意図せず隣に座ったのが獣王プラドだったのも、居心地の悪さに拍車をかけていたのだろうが、特に気遣わなかった。

「では、人族はどうすると考えていますか?」

マイペースに肉のスープにパンを浸しながら、レクスが首を傾げる。

「現状で主導権を握ってるのは、第二王子じゃなく援軍を連れて来たレオポルド・イルリウスの方だ。実際、援軍が来るまでは普通に攻撃してきたわけだからな。援軍が来てようやく、交渉に乗り出してきた」

「となると、そのまま交渉をしたがるはずだ、と?」

「いくつかの条件はあるがな」

獣王の援軍が来るまでヴィクター・イルリウスが困っていたように、普通に戦って勝てる相手に対して『交渉』をする必要がない。今は『交渉』した方が損害を抑えられる。損得勘定の問題だ。

「そちらの人族が、鍵ですか?」

感情を見せないぼんやり顔で、レクスはミゼッタへ視線を注ぐ。

そういえば、そもそもの状況を共有していないのに気付き、お喋りな九尾の狐を促してやることに。ユーノスもヴォルトも、ちょっと言葉数が少なすぎて説明に向いていない。逆にカイラインは多すぎるが、レクスなら勝手に咀嚼するだろう。

予想通り、実にべらべらとカイラインが説明した。

思った通り、もぐもぐと食事を続けながらレクスは説明を聞いた。

「……なるほど、『癒やしの聖女』ですか。そのレオポルドとかいう人族の幹部は、彼女をそれほどまでに重用している?」

「そりゃあ、かなり大事にしてるだろうが――どうしても失えないとは、思っていないだろ。例えば全軍と引き換えにしてでも『癒やしの聖女』を奪還したいとは、考えていないはずだ」

「では、聖女を諦めて我々を殲滅しに動く可能性も?」

「あるけど薄い、と私は思う」

「何故です?」

「私たちを潰したからって得をしないからだ。おまえたちだって、スペイド領の領主をぶち殺すことができたけど、私の真摯な説得を受け入れたじゃないか」

「真摯な説得……?」

はて、と首を反対方向へ傾けるレクス。童顔巨乳お姉さん女豹の仕草がうっかり可愛かったので、私もなんとなく首を傾げておく。

「結局のところ、おまえらはスペイド領を滅ぼしたってなにも得をしなかった。あの城を落としても、占拠してスペイド領を奪ったりする人的資源がなかった」

が、ティアント領――というよりはゴルト武装商会とブリッツ第二王子の人的物的資源があれば、獣人の領域の一部を占拠できる。

そしてレオポルドはそんなことをさせたくない。政治的な立ち位置がおそらく違うからだ。ブリッツ王子にあまり力をつけさせたくないのだ。

「なかなか面倒な状況のようですね」

「損得勘定の話をするのなら、俺たちの獣王殺しにも、そのゴルト武装商会とかいう連中が絡んでいたんだろう?」

ふと口を挟んできた現獣王プラドだが、見ればとっくに食事は平らげてしまったようだ。隣のミゼッタは食が進んでいないようだが、まあ仕方あるまい。

「その通りです。私が渡りをつけ、人族の死体をひとつと、狼族に鎧を三十、用立てさせました。死体は貴方の配下である大鷲獣人が、スペイド城に投げ入れた。ついこの間のことですが、なんだか懐かしいですねぇ」

悪びれもせずに言い切るカイライン。

プラドはそんな九尾に不機嫌を見せることなく、普通に続けた。

「だったら連中は、おまえがくれてやった『秘石』以外にも得があると踏んだのだろう。そのブリッツとかいうやつは、親父さえいなければ俺たちをどうにかできると考えたわけだ」

舐められたものだな、と結ぶが、やっぱり不機嫌さはない。

このあたりで変なプライドを見せないのは、現獣王の美徳のひとつだ。

「そのブリッツを、レオポルドが抑えに来た――か」

ぽつりと呟くユーノスだったが、それ以上のことは言わない。

だいたいこのあたりが、現状の把握としては煮詰まりポイントだからだ。

「揉め事には落とし所が必要、でしたか」

レクスがようやくスープを飲み干し、ほぅ、と息を吐いてから私を見る。温度感のない、女豹の視線。熱くもなく、冷たくもない。

けれど無感情なわけでもない。

むしろ感情に正直な女だ。

「クラリス・グローリア。少々入り組んだこの状況で、貴方はこの戦の落とし所を、どう考えているのですか?」

問いに、私はさして考えることなく答える。

「そんなもん簡単だ。目的を達成させてやればいい」

◇◇◇

ただでさえ活気に溢れていた砦の中に追加で八百人も放り込んだら、もうお祭り騒ぎに決まっている。

さすがに食料の蓄えを す(・) っ(・) か(・) ら(・) か(・) ん(・) にしてしまうようなことはないにしても、料理担当のメラルヴァたちが随分と張り切ったようで、食えや歌えや――さすがにみんなに振る舞うほど酒はなかったが――とにかく、盛り上がっていた。

ちなみに調理場の端あたりにはカルローザが胎児みたいに丸まって眠っていた。魔法で水と火を出しまくったせいらしい。そのすぐ隣に蜥蜴獣人のアストラが、まるで守護騎士みたいに座り込んでいて、ちょっと面白かった。砦の候補地を探すときに初めて話したそうだが、どうやら気が合うらしい。

レクスもグロリアス式の料理には興味津々だったようで、会議を済ませた後は調理場へ移動してメラルヴァたちの仕事を観察していた。そう遠くないうちに獣人の領域にはまともな料理が広まるだろう。

獣王プラドは宴の真ん中に陣取って、いろんなやつと話をしていた。身内とも軽口を叩き合っていたし、グロリアスの面々とも喋っていた。

ミゼッタはといえば、食事の後はいつも彼女が寝起きしていた部屋へ戻らせ、ユーノスが傍に控えることにしたようだ。

どういうわけかユーノスはミゼッタに嫌悪感のようなものを抱いている様子だが、逆にミゼッタの方はそんなユーノスへ一定以上の信頼をもっている……ような気がする。あの聖女については、ぶっちゃけよく判らん。

ただの村娘が伯爵家に見出され、エックハルトと婚約が決まり、おそらく私という元婚約者の存在など知りもしなかった。

賭けてもいいが、クラリス・グローリアが火刑に処されることになった件について、ミゼッタにはなんの責任もない。

だから私としては、別にミゼッタ個人に対して悪感情を持ち合わせていないのだが……どうやら、ユーノスはちょっと違うようだ。まあ、誰が誰を嫌おうが、行動や判断を阻害しなければ、好きにすりゃいいのだが。

夜が訪れた砦の中をぶらぶらと歩き回り、いろんなやつに声を掛けられてはちょっと話したり軽く手を振ったりクラリスマイルをプレゼントしたりしながら、そのまま外壁の上へと歩いた。

高さ七メートルほどの壁の上へ移動してみれば、砦の中の喧騒が、なんだか隣の家のバーベキューパーティみたいな距離感になって、ほんのわずかな疎外感が自動的に訪れる。奇妙な心の作用だ。自分から喧騒を離れたというのに。

夜空にはあまり雲がなく、無数の星々がくっきりと夜闇に白い穴を開けていた。大気汚染とは無縁なこの世界の夜は、いつだって星が降り出しそうな気がする。月明かりは眩しいくらいで、外壁から見下ろす草原は青白く染められていた。

人族の軍勢は、ひとまず見えない。

森の出口付近まで後退して陣を張っているのだろう。一応、丘の上へ偵察を出しているので、動きがあれば知らせてくれるはずだ。

「宴に混じらぬのかぇ?」

ふと外壁の上、ちょっとした出っ張りに腰かけている狐人に気付く。

六本の白い尾が、月光を受けてきらきらと輝いていた。

「会議は終わった。話すことは話した。プラドたちに飯を振る舞ってやるのは、私が直接やらなくたっていい。それに――」

言葉を区切り、私は星々の空を見上げ、月明かりで青褪めた平原を見下ろし、少し遠い砦の喧騒へ視線をやってから、小さく肩をすくめた。

「――たまには、静けさも悪くない。どうせこれから死ぬほどうんざりするような連中や物事と対峙することになるからな」

レオポルド・イルリウス侯爵。

ブリッツ・オルス・ロイス第二王子。

楽しくおしゃべりできる相手ではない。

「然りじゃな。だが、お主が選んだ道でもある」

苦笑交じりに言って、妖狐セレナは自分が腰掛けている出っ張りのすぐ横をぽんと手で叩いた。隣に座れ、ということだ。

たまには悪くない。

私がセレナのすぐ傍まで歩くと、するりとセレナの尾が一本動き、私の腰辺りを掴まえてぐいっと私を持ち上げ、隣へ移動させた。

ふわふわで、かなり触り心地の好い尻尾だ。

馬車での移動中なんかは私の枕になっていたが、実は結構気に入っている。

たぶん、キリナも同じ枕をずっと使っていたのだろう。

「選ばされた、と言っておこう。何度でも言うが、別にわざわざ向き合いたい相手じゃない。放っておいてくれれば、それでよかった」

「復讐など考えておらぬ、と?」

「もう済ませたからな」

エックハルトの父、ミュラー伯爵の頭を破裂させてやった。

私は私を裏切った全てに対して報復したいなんて微塵も考えていない。よくよく考えれば、別にミュラー伯爵だってどうしても殺したかったわけではない。

「じゃが、お主はムカついておるのじゃろ」

「向こうから関わってこようとするからだ。それも、対話なしの謀略が初手だ。他人に向き合う態度じゃない」

「スペイド領でも言っておったな。互いのことを知らなさすぎる、と」

「私だって『お互いのことをよく知れば争いはなくなる』なんて間抜けなことは言わないさ。むしろ火種と燃え種をばら撒く行為だ。無干渉、不干渉が最も争いを生まなくて済む」

「そうして獣王の領域は危険になるとレクス・アスカが予見しておったな。このままがずっと続けば、そのままでない人族に必ず屈服する日が来る、と」

「人の欲には限りがない」

天まで届け、それを突き破って月まで、いやもっと遠くへ、もっと速く、もっと多く、もっと、もっと、もっと――。

たぶん、それがヒトの習性だ。

ヒトという群体の、どうしようもない性質なのだ。

「お主も『人』じゃろ」

ふっ、と――そよ風みたいにセレナが言う。

それについては、認めないわけにいかなかった。

違う世界のおっさんの記憶が混じろうとも、不死の体を得ようとも、クラリス・グローリアが人間であることは、変えられない。

「六十人、殺した」

黙ったままの私に、セレナが続けて言う。

恨みがましいわけでもなく、慚愧を吐露するふうでもない。

ただそうなのだ、という口調。

「……おまえの妖術で、敵の部隊をまるごと撹乱した。そこをジェイドたちが殺しまくったという報告だったな」

「あれでランドールは王だったのじゃな。そうしようと思ったことなどなかったが、やってみればあんなにも簡単じゃった。その気になれば二百はやれる」

かつて獣王ランドールは、個人的な嫌悪から狐人たちを追いやった。

あの獅子獣人が頭で考えていたとは思えないが、肌感覚として、狐人が持つ妖術に危険を感じたのだろう。ランドールほどの魔力を有していれば妖術を無効化できるが、ほとんどの者はランドールのような強者ではない。

今回は六十人をまとめて忘我させたようだが、もしかすると二百人を幻惑させて同士討ちさせることすらできるかも知れない。

その自覚を、セレナは持っていなかったわけだ。

「我は、お主と共に歩むと決めた。キリナなどは我よりもずっと早くに腹を決めたじゃろうな。しかし……我は、怖い」

へにょり、とセレナの狐耳が倒れてしまう。

俯いた横顔は、まるで迷子の子供のよう。

自覚していたカイラインは、だから友人をつくらない。

自覚してしまったセレナは、だから不安を感じている。

そういうことだ。

「やれやれ」

私はわざとらしく溜息を吐き、腰に巻き付いた白い尻尾を引き剥がして立ち上がる。それから、二歩だけ身体を動かしてセレナの正面へ。

今にも泣き出しそうな妖狐の眼差しが、私を捉える。

「……のう、クラリス。クラリス・グローリア。我を、我とキリナを、追いやらないでくれ。我らは、ここが好きじゃ。お主たちが好きじゃ。お主がつくった居場所が、好きなのじゃ。我は、お主たちと、共に在りたい……」

懺悔するかのように項垂れて、セレナは震える声で言う。

ちょうどいい位置に下がった頭を、私はぎゅっと抱きしめた。

「いいか、滅多に言わないから、しっかり聞けよ。セレナ。妖狐セレナ。私は、おまえが、おまえたちが大好きだ。私の隣にいろ。これからも、私たちは『私たち』だ。降りかかる火の粉なんぞ、踏み潰して笑うだけさ」

セレナの両腕が、私の胴を掴まえて、ぎゅっと力が込められる。

しばらくの間、妖狐が嗚咽を漏らすのを、聞かないふりをしてやった。

……絶対にカイラインがどっかで見てるよなぁ、とか思いながら。