作品タイトル不明
137話「砦を巡る交渉_03」
店員(おまえら) じゃ話にならんから店長呼んで来いや。
要約すればそんな私の要求に、ヴィクター・イルリウス以下三名の人族は、驚きと不快さを等分にしたような表情を浮かべた。
もはや無表情の仮面など剥がれ落ち、私クラリス・グローリアと向こうから歩いて来る獣人たちへ交互に視線をやりながら、しかし動くことができず、突っ立ったまま。結局は獅子獣人二人に象獣人一人、そして象獣人の肩に乗った女豹がすぐ近くまでやって来るまでの時間を、彼らはただ浪費し続けた。
判断不能。
ここでどうするべきかを彼らは計りかねている。ベルク・ゴルトとかいうごついオッサンはぎりぎりと音が鳴りそうなほどに奥歯を噛み締めている様子で、黒甲騎士団のクーゼル・ギティは悩ましげな感じでヴィクターを睨んでいた。
この場での責任者、交渉人のヴィクターはといえば――驚愕と恐怖が過ぎ去った後には、開き直りのような感じでへらへらと軽薄な笑みを、どうにかこうにか顔へ貼り付けるのに成功していた。
ちょっと感心する。
私に言われるまま、この場を逃げ出してレオポルドを呼びに行くことだって出来たはずなのに、悩んで迷った挙げ句、半分くらいは動けなかったのだろうが……それでも最終的には留まることを選択したように見えたからだ。
獣王たちが、もうかなり近づいていた。
少し声を張れば聞こえるくらいの距離感。
ふと象獣人ネレストの肩に乗せられている女豹、レクス・アスカが両手を耳に当てるのが見えた。よく聴いてみよう、という動作じゃない。逆だ。うるさいから耳を塞いでおこう、というそれ。
嫌な予感がして、私もレクスと同じ行動を取った。
正解だった。
―― グ(・) ル(・) ゥ(・) オ(・) オ(・) ァ(・) ア(・) ァ(・) ァ(・) ァ(・) ――!!
いきなり、鼓膜どころか全身を振動させるような咆哮が響いた。
獅子の咆哮だ。
獣王プラド・クルーガによる雄叫びである。背後についてきている獣王軍にも、砦の中にも、そして人族の軍にまで確実に届いたであろう巨大な声。
そういえばランドールは咆哮に魔力を乗せて物理衝撃として放っていた。となると、プラドにも同じようなことができるのだろう。獅子姫ラプス・クルーガだってランドールほど強くはないが、ランドールみたいな『爪』を使うことができる。
近場の雑草が軒並み薙ぎ倒された――ような錯覚を覚えるほど、莫迦でかい声だった。当然、そんなものを予想しているわけもない人族三人は魂を抜かれたような顔をしてそのまま歩いて来る獣王をぽかんと眺めていた。
が、プラドたちは人族にはまるで気を払わなかった。
そのままの調子で歩いて来て、近所を散歩してたら知り合いに会ったくらいの軽さで片手を上げ、人懐っこい笑みを見せた。
余裕たっぷり、男前の、獣王の微笑だ。
惚れたりはしないが、カッコイイのは認めないわけにはいかない。
獣王を殺し、獣王を簒奪し、獣王として振る舞うことによって、プラドの内側になにかしらの変化があったのかも知れない。まあ、変わらないわけもないが。
「久しぶりだな、クラリス・グローリア。なかなか面白い状況になっているそうじゃないか。俺の領域で、俺の知らない揉め事か?」
「息災なのはそちらも同様のようだな。だがひとつ訂正するぞ。ここは私の領域で、おまえの領域とは近所なだけだ」
「そういえばそうだったな。隣人のよしみで手を貸そうかと思ったのだが、余計な世話だったのなら、助太刀は遠慮しておこうか?」
ふん、と男前な笑み。
私も「ふふん」と偉そうに笑んでおく。
「遠慮するな、獣王プラド・クルーガ。せっかくの小旅行だろ、楽しんでいけ。おまえの親愛なる隣人が、クソ人族の暴挙によって貶められそうになっている真っ最中だ。せっかくだから、手を取ってやる」
「……やれやれ。手を取るのはおまえの方だろうに……」
苦笑を見せ、それからプラドは未だ放心している人族たちに、ようやく視線を向けた。その身の内から放たれる強者の 圧(プレッシャー) に、戦士でないヴィクター以外の二人が大きく反応する。
耐えきれずに腰を落とし、剣の柄に手を添えて、臨戦態勢を取った。
が、獣王はまるで気にせず、一歩前へ出て彼らへ笑いかけた。
「結構な態度だが、俺はそれなりに寛容だから許してやる。獣王プラド・クルーガだ。貴様らは、俺の親愛なる隣人になんの用だ? こいつらを害そうとしているなら、俺たちがどちらに付くかなど、言うまでもあるまい」
圧が一段階、増す。
その間に妹のラプスがちょこちょこと私の横へ歩いて来て、にやにやと嬉しそうに笑いながら、
「兄様はな、おまえに手を貸せるのが嬉しくてたまらないみたいだぞ」
なんて耳打ちしてきた。
いやはや、モテる美少女だから困ってしまうなぁ。
「獣王……プラド・クルーガ殿……」
絞り出すように言葉を発したのは、ヴィクターだった。それこそカマキリみたいなギョロ目が飛び出しそうなくらいにひん剥かれているが、やはり逃げ出すことはしていない。臨戦態勢を崩せない残り二人など、見もしない。
「なんだ、貴様は? 俺になにか用か?」
特に凄みもみせず、普通に首を傾げるプラドだったが、放たれている圧は変わらない。ちょっと後ろを確認してみれば、ユーノスが抱えるような形で人質に取っている『癒やしの聖女』は顔面蒼白になっていた。
大量の怪我人には慣れているだろうし、死人だって見てきただろうが、強者の放つ圧力を身に浴びるのは、初めてだったのだろう。
まあ私だって別に慣れているわけではないが、ぶっちゃけコボルトが本気を出したら私は普通に勝てないので、コボルトだろうが獣王だろうが同じことだ。どうせ死なないし、死ねないし、どうせ暴力では敵わない。
「お、おれ――いや、私は、背後に控えている人族の軍の、代表代理、交渉人です。獣王プラド・クルーガ殿は……その、クラリス・グローリアとは……?」
「聞いていなかったのか、親愛なる隣人だと言ったぞ。それにクラリスの言った通り、このあたり一帯はクラリスの場所だ。まあ、それを俺が認めた、とでも表現すべきか。人族にはその方が判りやすいだろう?」
「つ、つまり……彼女を害そうとするなら、我々の敵に回る、と……?」
「そう言ったぞ」
「…………なるほど…………」
頷き、少しの沈黙。
ヴィクターがおそらく脳内で思考を高速回転させている最中に、象獣人ネレストの肩から降ろしてもらった巨乳の女豹が、ぴょこぴょこ歩いて私の隣にやって来て、ラプスがそうしたように耳打ちしてくる。
「スペイド領からの食料支援があります。長引くようなら追加の支援も約束してくれましたが、ひとまず彼らには秘密裏に」
「へぇ……」
どうやらプラドたちとスペイド領の関係は、悪化とは逆に進路を取ったようだ。あるいはスペイド領の連中が辛酸を嘗めさせてきた相手に見当をつけたのか。
はてさて、彼らは彼らでどのような損得勘定を働かせたのか――。
と、私の思考がきりを見つける前に、ヴィクターが口を開いた。
「クラリス・グローリア。そして獣王プラド・クルーガ殿。我々の要求は、我らの『聖女』を返していただくことですが……この状況では、さすがに私ではどうしようもありません。戻って上の連中に責任を擦り付けることにしたいのですが、この場の退散を許していただけますか?」
おおっ、好判断。
これにはクラリス・ジャッジメント・グローリアも、ヴィクター・イルリウスに1ポイントやらないわけにはいかない。
「ヴィクターでしたか」
プラドがなにか言うまえに、レクス・アスカが一歩前へ出た。童顔巨乳女豹がいきなり口を挟んだのに驚いたのは――ヴィクター以外の二人だった。
レオポルドの甥は、もう腹を括ったようだ。
恐怖も驚愕も猜疑も混乱も見せず、軽薄な笑みを浮かべるのみ。
もちろんレクスは気にしない。
「他者の領域へ無遠慮に戦力を運ぶような蛮族が、我が王と言葉を交わし続けられるなどと思い上がらないでいただきたい。そちらが代理を立て、貴様が代理人であるのなら、私が我が王の代理として話しましょう」
当然、とばかりに自信たっぷりに告げる。そんなレクスにプラドは満足そうに頷き、ちょっと下がって私の隣に来て、
「いいだろう、うちの頭脳は。やらんぞ」
なんて、ニヤつきながら言った。
どうしてこいつらは私に耳打ちしたがるのかは判らないが、それはともかく、仕方ないので私は肩をすくめて返しておく。
「うちの九尾もなかなかのもんだぞ。私たちに混ざってしばらく経つのに、まだ友達の一人もできてないんだからな。女豹と ど(・) っ(・) こ(・) い(・) だろ?」
カイラインにもレクスにも、友人はいない。
結構な切り返しだと我ながら思ったが、しかしプラドはきょとんと眉を上げ、それから小さく笑いなおして続けた。
「いや、アスカにはおまえがいる。クラリスという友人が、な」
まったく、これには私も参っちゃうね。
なんて、どっかの畑で捕まえて欲しい少年みたいに、私は両手を上げるしかなかった。やれやれ、プラド・クルーガくんに1ポイント。
◇◇◇
とかなんとか、適当にプラドとじゃれている間にレクスとヴィクターの話は終わっており、人族の三人はそのまま踵を返して逃げ戻った。
もちろん『癒やしの聖女』はまだこちらの手の中にある。
ヴィクターのやつはミゼッタに声をかけることもしなかったし、目配せひとつもなかった。冷たいやつ、と言ってしまうのは簡単だが、有能なのだ。個人的な親交を、あの場では私たちに見せなかった。
いや、まあ、ミゼッタ自身から聞いてはいるのだが。
さておき。
「それで、人族の三名はすごすごと自陣へ戻りましたが、この後のことはどう考えているのですか、クラリス・グローリア」
友達の女豹が、相変わらずのぼんやり顔でこちらへ振り返る。
こいつが相変わらずであることに嬉しさを感じるのが、なんだかちょっと嬉しかった。変な話だけど、あのときの泣き顔はもう一回見たいと思うし、二度と見たくないとも同時に思うのだ。
「これからのことは、それこそこれから話すが――その前に、最も大事なことを言おう。レクス・アスカ、プラド・クルーガ、それにネレスト。さらには後ろに控えている獣王の軍勢、全てに」
にっこり笑って、私は言う。
「ありがとう。助かった。まあ、私も助けてやったからお互い様だが」
「……いえ、あなたの助力がなくとも、ランドールは打倒できましたが」
情緒のない女豹がツッコミを入れてくる。
「でもスペイド領とは仲良くできなかったろ」
「それはそうかも知れませんが」
「それに私たちが落とされたらおまえらも困るじゃないか」
「それも、そうですが……納得はしかねますね」
「まっ、いいさ」
ぽんっ、とレクスの頭に手を乗せ、獣王が上機嫌に笑う。
「また逢えて嬉しい。あの砦も、大したもんだ。頼ってくれて嬉しくも思うし、伝えてくれてありがたくも思う。スペイド領の連中も、腹に据えかねていたようだし、勝手に独力で解決されてもつまらんからな」
「だろう?」
「感謝は伝わった。俺たちも、おまえたちの良き隣人でありたい……それに、どうせなにか面白いことをするつもりだろう。一枚噛ませろ」
ちょっと悪戯っぽく言うプラドは、やっぱりちょっと変化しているようだった。以前はそういう余裕みたいなものを、あまり見せなかった気がする。
「それでは、反撃の時間ということですか?」
と、こちらは変化のない女豹が言う。
しかしそんなものをするつもりは、まだない。
ので、私は私でにんまりと笑って答える。
「とんでもない。これから本番の交渉だ」
レオポルドの甥っ子をいじめても楽しくなんかないのである。むしろちょっと可哀想だった。まあ、ちょっとだけ。
嫌味を言ってやりたい相手は、他にちゃんといるのだ。