軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

136話「砦を巡る交渉_02」

のんびりと歩を進める私クラリス・グローリアの後ろに、ミゼッタを人質に取ったユーノス・グロリアス、その左右を挟むように九尾の狐人カイラインと裏切りの騎士ヴォルト・クラウス。

実に奇妙な集団だろう。

獣人たちの砦から出てくるのが、人族に魔人種に獣人なのだから。

しかしさすがというかなんというか、レオポルドの甥とかいうヴィクター、ゴルト武装商会の上役らしきごつい男、黒甲騎士団の副団長――この三人は、私たちを見て一瞬ぎょっとしたような素振りは見せたものの、それ以降はあからさまな困惑を態度から完全に消し去っていた。

黙ってこちらが歩いて来るのを待つ彼らの心境はどんなものか、私としては慮りたい気持ちは湧かなかったので、考えたりしなかった。

歩を進める。

さっきは結構な距離を取って大声を出していたようだが、そのつもりはない。このあたりで止まるだろうな、と思われているはずの距離から、さらにずんずん歩を進め、井戸端会議の距離感まで近づいてしまう。

「話がしたいと聞いたから来てやったぞ。私が代表だ」

胸の前で腕組みしてふんぞり返る美少女を相手に、敵の三人はポーカーフェイスをきちんと維持していた。誰も侮りや驚きを表に出していない。

「……ええと……失礼しました。私はヴィクター・イルリウスと申します。この交渉における代表と考えてください。こちらはベルク・ゴルト。そちらはクーゼル・ギディ。それで、その……貴女は? 人族の少女に見えますが、彼らの代表というのは、一体……?」

「クラリス・グローリアだ。経緯は省略するが、私の元にいろんなやつが集まって集団が大きくなった。ここは私たちの場所で、おまえらは侵略者になるな」

「クラ――グローリア……!?」

一瞬、ヴィクターはレオポルドにそっくりなギョロ目をさらにひん剥いて、私を上から下まで眺め回すようにした。本当に一瞬だったので、カメレオンが周囲を警戒するときみたいな目の動き方だった。

「おいおい、おまえたちが攻め込んでいる集団の代表が私だと言ったぞ。で、その代表に対して、なにやら話があるのだろう?」

にんまりと唇の端を吊り上げてやれば、ヴィクターは元の無表情に戻り、ちらりと私の後ろを確認した。

ミゼッタの無事と、ユーノスに捕まえられている彼女を実力で取り戻すことができないのを、理解したようだ。

「……そちらが拉致した我々の貴人を返していただきたい。これがまず要求です。ここはどうしても動かせないので、最初にお伝えしましょう」

「ふぅん? 人の家に挨拶もなしに大勢でずかずか乗り込んで暴力を使って侵略しようとして、ちょっと誰かが拐われたら返してくれ、か」

「それについては私もどうかと思いますがね」

へっ、と皮肉げに吐息を洩らし、わざとらしく肩をすくめるヴィクター。

似てはいるが、レオポルドよりもちょっと愛嬌があるようだ。むしろあの爬虫類みたいな侯爵閣下に人間味がなさすぎるのか。

「しかし――」

たっぷりと溜めをつくってからヴィクターは後ろの丘、二千から成る自軍を一瞥し、へらへらと笑いながら言う。

「――こちらとしては、そちらを殲滅しないでやる、というだけで十分な譲歩だと考えているのですが、これについてはどう考えているのですかね?」

「なんだ、つまり『ぶち殺さないでやるから聖女を返せ』と言いたいのか? 侵略者らしい態度じゃないか」

私は私でニヤつきながら返してやる。

ここで苛立ちを見せるほど、ヴィクターはちょろくなかった。

「交渉人として私はここに立っていますのでね、戦の責任など私のものではありませんし、目の前に並んでいる事実は、ただ利用するに過ぎません。ならば逆に聞きますが、我々の聖女を返してもらうには、どのような条件を望みますか?」

「難しい話だな、ヴィクター・イルリウス」

今度はこちらが溜めをつくってやる。

誰がどう考えても踏み潰される側であるはずの私が、どうしてこうも余裕たっぷりなのか――そのことをヴィクターは必死で考えていることだろう。

どれだけ考えたところで、現状、こちらが圧倒的弱者であることは疑いの余地がない。莫迦でないヴィクターはその結論に至るはずだ。

では、どうして余裕があるのか。

クラリス・グローリアを名乗る目の前の女はイカレているのか。だいたいどうしてこんな場所にグローリアを名乗る人族の少女がでかい顔をして立っていて、後ろの魔人種や獣人、それにヴォルト・クラウスまでもが従っているのか。

私がニヤニヤ笑って黙っているだけで、いろんなことを考えるだろう。

なので無駄話をひとつ、追加で挟む。

「そういえばジャック・フリゲートはどうした? 聖女の護衛として、聖女の命を護るために私たちの場所まで見送ってくれたそうだが、姿が見えないな?」

問いに、ヴィクターは明確な渋面を見せた。

「……ぶちキレてて、とてもじゃないが連れて来るわけにはいきませんでしたよ。ブリッツ殿下の『影』を二人も戦闘不能にしやがって……ああ、いえ、こちらの話です。やつがどうあれ、この状況ではいてもいなくても同じことですから」

「はっ! なかなか面白いことになってたみたいだな。ところで理解しているであろう状況を、一度整理してやろうか」

「それは助かりますねぇ。貴女がどのように状況を理解しているかを、こちらは知りようがないのでね」

「ひとつ。おまえたちは『聖女』を助けたい」

ぴっ、と人差し指を立てて見せる。

次に中指を立て、続ける。

「ヴィクター・イルリウス、おまえはそっちの代表だと言ったが、厳密に言えばイルリウス側の代表で、代弁者だ。千五百近い戦力をここに集めた時点で、そっち陣営の実質的な力関係は、ブリッツ王子からレオポルドへ傾いた」

つくったピースサインをそのまま、ふりふりと手を振ってやる。

いえーい、レオポルドくん、見てる~?

おまえの甥っ子、冷や汗かいてるぞ~?

「その上での、ふたつめ。ブリッツ王子はさておき、おまえたちはこのくだらん戦争をさっさと終わらせたい。しかし困ったことがある。普通に戦ったら、どう考えてもクソ獣人共を殲滅できてしまう」

戦力を出した。

なにもしないで敵に優しくしてやりました。

じゃあ、そういうことで、帰ります。

――何処の誰が許してくれる?

千五百もの人数を動かすには、金が掛かる。その金はひょっとしたらミゼッタが各地の貴人から巻き上げるのかも知れないが、ことはそう単純じゃない。

「兵を出したからには、戦果が必要だ。戦いたくもないのに、戦わない理由がない。しかし戦うことを選んだ場合、私たちが『聖女』を手放してくれない」

二律背反だな、と笑ってやる。

ヴィクターは無表情を取り戻していたが、その後ろにいるベルク・ゴルトの方が眉をひそめていた。名前からして、ゴルト武装商会の代表か……いや、その息子か兄弟かといったところか。

言うまでもなくゴルト武装商会はブリッツ王子の要請を受けてこんな場所までやって来た。ブリッツがチラつかせた餌に釣られたわけだ。なのにレオポルドが美味しい部分を横取りしに来た――。

残念だったね。私たちが強かったせいで、大損こいちゃった。

そんなふうに思いながらクラリスマイルをプレゼントしつつ、ピースサインをふりふり振ってやる。おっ、めっちゃ睨んできた。よく鍛えられた騎士みたいなガタイをしていながら、それくらいしか今はできないのだ。

私はさらに薬指を立て、続ける。

「みっつ。これも重要だな。どんな条件をつけたところで、結局のところ私たちはおまえらを信用できない。おまえたちはどんな約束だって踏み倒せるからだ」

約束というものには、罰則が必要だ。

友人同士の約束には信頼がテーブルに乗せられる。破ったら信頼を損なうというペナルティが課せられる。法律だったら罰金か刑罰だ。結局のところ、ペナルティが履行されなければ、約束なんて成り立たない。

そもそも、誰も約束を破らないなら『約束』なんてする必要がないのである。

「だが……それでも、信じてもらわねば、袋小路だ。聖女を抱えて砦に引き籠もって、我々と戦うつもりか? この人数を相手に? まあ確かに、ここにいる三人だけなら、もしかすると殺せるだろうが……意味がないだろう」

無表情のまま両手を広げるヴィクター。口調が崩れているのは、わざわざ指摘するほどでもないか。

私は立てていた三本指を見せびらかすのをやめ、ヴィクターと同じように両手を広げ、ヴィクターとは正反対に微笑んでやる。

「信じる? 人族を? うふふ。そりゃあ面白い冗談だな。あのな、ヴィクター・イルリウス。せっかくだから教えてやる。おまえたちは平和な村に突然やって来たクソ蛮族共だ。手間隙かけて相手をしたいだなんて誰が言った? もしかして気付いてないかも知れないが――私はムカついてるぞ」

「その『ムカついている』という気持ちの問題が、今ここでなにか関係がありますかねぇ? 私には、貴女たちが追い詰められているように思えるのですが、整理した状況を踏まえて、だったらどうしますか? 我々に聖女を諦めさせないでいただきたいんですが、心に留めてもらえると有り難いですね」

さすがにそろそろ苛立ちが隠せなくなってきたようだ。

が、私に言わせれば強盗団が上手く強盗できなくてボヤいているにすぎない。そんなもん、知ったことか。

とはいえ、ラプスの言う通り『お使い』を相手にし続けても無意味だ。そろそろだろうか、と私は砦の南側へ視線を向ける。

人影が、三人分――じゃなくて、四人分だ。

獅子獣人が二人。

象獣人が一人。

象獣人の肩に乗せられている女豹が一人。

そしてその後ろには、無数の、様々な獣人たち。

獣王プラド・クルーガと、その配下たち。

「……これは……」

「…………獣人の軍勢……だと!」

「…………は、ははは……」

人族の三人が思いっきり顔色を失くしているのを確認し、私はとびっきりのクラリスマイルを振る舞ってやった。

「さあ、これで拮抗状態だ。よかったな、戦わない理由ができたし、約束を破れない理由もできたぞ。ようやく交渉ができるわけだが――おまえらじゃ話にならんから、上のやつを呼んで来い」