軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

135話「砦を巡る交渉_01」

外壁の上から敵軍を見下ろしながら、私、クラリス・ロムスカ・パロ・ウル・グローリアは「人がゴミのようだ!」と言いたい気持ちを抑えてはみたものの、にやにや笑ってしまうのは抑えられなかった。

ブリッツ軍――厳密にはティアント領騎士団とゴルト武装商会の混成軍――の数は、カイラインが偵察した時点で六百ほど。

そこから都合三度の交戦があり、たぶん百五十近くは削っただろうか。最も大きく削ったのは、妖狐セレナが活躍した補給線の防衛における六十人まとめての大虐殺だ。あとは猪獣人ゾンダ・パウガや獅子姫ラプス・クルーガの活躍、ヴォルト・クラウス元ティアント領騎士団副団長の指揮なんかもあり、ちょこちょこ削っていった形だ。しかもこっちの死者はゼロ。

さすがに出来過ぎだ。それなりの死者は予想していた。

覚悟をしていたかと言われれば――ちょっと困るけれども。

さておき、そんなわけでブリッツ軍の数は四百五十から五百の間くらい。その倍くらいの数の、黒い甲冑に身を包んだ騎士団が丘の上に陣を成しており、黒い塊の近くには何種類かの騎士団が固まって旗を立てていたりした。

黒いのは、イルリウス侯爵領の有する 黒甲(こっこう) 騎士団だ。

エスカードの魔族戦には持ち込まなかったレオポルドの 利剣(りけん) を、わざわざ こ(・) こ(・) に持ち込んで来た。黒いのとは違う騎士団は、だったらイルリウス侯爵家に追従する別の貴族が戦力を出した、といったところか。

ブリッツ混成軍と合わせて、だいたい二千ほど。

上から見下ろしてみれば、やはり例の科白を呟きたくなる壮観だ。

「こ――交渉? 交渉と言いましたか? こんなの、交渉の余地なんて……」

ないじゃないですか、とミゼッタは表情を絶望色に染めて呟く。

確かに、一見すればこちらの十倍を超える数に、今まさに包囲されようといった状況だ。普通に考えれば交渉する必要がない。

が、この状況は、そうではないのだ。

「向こうがこっちを叩くつもりなら、真正面に布陣なんてせず、ぐるっと砦を囲んで数を頼りに大梯子を掛けに来てる。ああやって真正面に兵を並べているのは、戦力を誇示する意図もあるが、ひとまず強襲しないって意味でもある」

や(・) る(・) ならとっとやっている。

なのでこっちも、投石機や弩砲の準備はしているが、まだ撃たない。

「もうちょっと待ってれば、向こうの陣から極少数が砦の前まで歩いて来るはずだ。こうまで数に差がつけば、戦う必要がない――と向こうは思っている」

それに、こっちが死ぬ気で抵抗をするのも望ましくはないはずだ。必ず勝てる状況ではあるだろうが、ゾンダやラプスの猛攻、投石機や弩砲の射撃で被害を出さないわけにはいかない。

「それに――気付いてないのか? 増援の黒いやつら、あれはブリッツの手勢じゃないぞ。レオポルドのところであれこれ働いてたなら、知ってるだろ」

「え? あっ、あれは、黒甲騎士団……!? レオポルド様……ノヴァが、間に合ったの……?」

「言ったろ。ブリッツとレオポルドは政争局面の立ち位置が違う。利害が一致しないんだ。故にレオポルドは『砦の獣人たち』だけではなく、ブリッツ陣営をも黙らせるだけの数を用意してきた」

「私を取り返すため……ですか?」

「それもある」

しかしそれだけではない。というか、そもそも『癒やしの聖女』が拉致されているというのにブリッツ軍は二度も攻勢をかけたのだ。人質が殺されていたとしても文句など言えないだろう。

あのレオポルドが、聖女の死という可能性を考えていないわけがない。

「揉め事を終わらせるために必要なのは、なんだと思う?」

「寛容さ、でしょうか」

いきなりだな、と自分でも思う問いかけに、ミゼッタはさほど考えることなく回答した。たぶん、そのようにして生きていた時間が長かったのだ。

元は村娘。

ミュラー家に見出されるまでは。

「素敵な考え方だが、もしそれが正しいのであれば、罪人の処刑は寛容さから行われることになるな。貴族を騙る偽物を火炙りにするのは、優しさから行ったのだという話になる。だから違う。そんなものは揉め事を終わらせてくれない」

少々意地悪な物言いになってしまったが、めっちゃ気まずそうになっているミゼッタの横顔を見ると、素直にやめておけばよかったと思った。

なんとなく溜息を吐き、私はさっさと答えを口にする。

「 落(・) と(・) し(・) 所(・) だ。妥協点でもいい。とにかく、何処かで落とし所を見つけてやらなくちゃ終われない。揉め事を起こすのにもそれなりの労力が必要だからだ。労力を支払って始めた揉め事を、ぬるっと終わらせることはできない」

「……落とし所」

「ほら、見ろ。敵陣から前に出て来るやつがいる」

黒い甲冑の騎士が一人、ブリッツ側の――おそらくゴルト武装商会のやつが一人、それに貴族服の、騎士っぽくないやつが一人。

三人だけが陣を出て、そのまま丘を下り、丘を上り、砦から少しだけの距離をとった位置で止まり、大声を出した。

「あれは、ヴィクター……ですね。交渉役に?」

「ヴィクター?」

「レオポルド卿の甥です。『癒やしの聖女』の案内役とでもいいましょうか。彼が貴族との交渉をしたり、旅の手配をしていました。私は彼の指示で動いて、彼の指示通りに治癒魔法を使っていたのです」

「ふぅん。渉外担当の甥っ子ね」

あのレオポルドが身内を使っているのは、割と意外だ。しかしあのレオポルドが使っているのだから、有能であるのは間違いないだろう。今回に限っては第二王子という埒外な高位者が出てきてしまったため、身動きできなかったようだが。

「……ですが、交渉など成立するのですか? 仮になんらかの条件と引き換えに私を引き渡したとして、クラリス様たちの安全が保証されません。条件を履行するかも疑わしい。口約束になります」

だって、数で潰せばどんな約束だって反故にできる。

そんなものは信じられない、とミゼッタ。

実際問題、その通りである。

現状、交渉の舞台が整っていない。

だが――それも時間の問題だ。

砦の門扉が開かれ、敵の三人に合わせてこちらも三人が砦を出る。獅子姫ラプス・クルーガ、九尾の妖狐カイライン、そして裏切りの騎士ヴォルト・クラウス。

敵側の、おそらくヴィクターというらしい貴族服の男が、ヴォルトたちとなにやら会話を始めた。互いに距離を取っているので、かなり大声を出して意思疎通をしているのだが、さすがに外壁の上までは声が届かない。

「……どう、するのですか?」

何故かひどく心配そうに私を見るミゼッタに、私は自信満々のニヤニヤ笑いを返し、胸を張ってふんぞり返っておく。

こいつを拉致してから、十四日も経っているのだ。

それなりにそれなりのことはしている。

――と。

「クラリス様ぁ! 先触れがありました!」

砦の外壁上部、私たちが突っ立っている場所の反対側からカタリナが駆けて来て、そんな報告をくれた。

「これで整ったな。降りるぞ」

言って歩き出せば、やっぱりミゼッタは不安と心配が半々の表情で、私の後ろをおずおずとついて来た。

ちなみにずっと黙っていたが、彼女のすぐ近くにはユーノスが控えており、私とミゼッタの表情落差に苦笑を浮かべていた。

どういう感情なのかはよく判らなかったが、なんとなく、見透かされているような気はする。

別にいいけど。

胸の内だろうが腹の中だろうが、勝手に察すればいい。

◇◇◇

開かれっぱなしの門扉の先には、ひとつ向こうの丘が見える。

そこには二千の軍勢が犇めいており、五百メートル以上の距離があるだろうに、人の群がつくりだすざわめきのような気配がここまで届くほどだ。

そして敵の軍勢よりずっと近くに、三人の敵が見える。

もちろん、門扉の前まで戻って来るラプス、カイライン、ヴォルトの三人も。

「向こうはなんて言ってた?」

とりあえずヴォルトへ聞いてみると、裏切りの騎士は全く表情を変えずに頷き、一瞬だけ門の向こうを眺めてから口を開いた。

「交渉をする用意がある、とのことだった。これまでの攻撃に関してはともかく、条件次第では戦闘行為を中断してもいい、と」

「交渉が決裂すれば、あの数で砦を落とすことになる、とも言っていましたね。いやはや、随分と睨まれてしまいましたよ。気絶させたのはレガロの方なんですが、聖女を人質に取った私への印象が悪かったようですねぇ」

やたら楽しそうに笑うカイラインは、とりあえず無視。

「騎士じゃないのがヴィクターとかいうやつらしいが、他の二人は?」

「一人がゴルト武装商会の、かなり上の者だな。態度と表情から内心が読めなかったが……手練れだ。おそらくブリッツと直接話をするような間柄だろう。もう一人は、黒甲騎士団の副団長を名乗っていた。さすがは侯爵家の騎士団だけあって、ティアントのような田舎騎士団とはモノが違う」

ついこの間までその田舎騎士団で副団長をやっていたヴォルトなのだが、こいつはこいつで口調と表情から内面が読み取れない。

……というか、たぶん別になにも思っていないのか。相手がどんななにであれ、ヴォルトは私に忠誠を誓っているのだから、そこが揺らがなければ、心を揺らす道理がない、とでもいったところか。

「ラプスはどう思った?」

特にどうという表情も浮かべていない獅子姫へ問うてみれば、返答は簡潔。

「どうって……お使いだろ、あいつらは。結局は、あいつらを使ってるやつと話をしなけりゃ、どうにもならんのじゃないか?」

「まあ、そうだな」

さすがは直感だけで生きているような野生児だ。別にラプスは考えてないわけではなく、判断の根拠に理屈を用いないというだけだが。

理屈よりも、勘。

そういうやつの勘働きは大抵の場合、正しい。何故なら肝心なところ以外では勘を使わないからだ。なので普段のラプスは、言行が非常に雑だ。

「要求というか、条件はこうです。『癒やしの聖女』の身柄を引き渡すこと。そうすれば侵攻を停止させる用意があり、今後の侵攻に関してはまた別に条件を考える、その席を設ける――くふふふ! 人族はやはり頭が高いですねぇ!」

「まっ、そんなところだろうな」

言うことを聞けば生かしてやる、か。

やつらから見れば、十分な譲歩に違いない。

だって、普通にやれば殲滅できるから。

それなりの犠牲を払い、おまけに『癒やしの聖女』を失ってまで、わざわざ殲滅したいわけではない――のが、レオポルド側の意図だ。たぶん。

ブリッツ側は……こちらをぶっ潰して砦を接収し、その後に生まれる『流動』の中心に自分たちが居座る、というあたりが目的だったのだろう。砦の頑強さや私たちの抵抗が思っていた以上だったので、次の手を打つ必要があったのだが、レオポルドの方が手を打つのが早かった……かな?

だったら、ブリッツ側の『次手』が用意される前に、この状況を利用して落とし所をつくってしまう必要がある。

「じゃあ、ユーノスは『癒やしの聖女』をしっかり人質にして、ついて来い。カイラインとヴォルトもだな。ラプスは南側に回って、迎えに行け」

楽しいお喋りの時間だ。

お茶も茶菓子も椅子もテーブルもないが、まあ仕方ない。

泣き出しそうな顔で私を見ているミゼッタのことは、どうしようもないのでとりあえず無視しておいた。