軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

139話「砦を巡る交渉_05」

「このことは誰にも言うなよ。絶対だぞ。誰かに喋ったら我は拗ねるし、怒るし、落ち込むぞ。いいな、このことは我とお主だけの秘密じゃ。忘れろとは言わんが、秘めておけ。いいな? ……おい、なにを笑っておる。いいと言え! それ以外は聞きとうない。クラリス! クラリス・グローリア! 聞いておるのか!?」

以上が、私を抱きしめてひとしきり泣いた後の妖狐セレナの様子だったが、もちろん誰にも言うつもりはない。たまにこうして思い出すことがあるだろうが、イミテーションでない女の涙は貴重品なのだ。

もちろんというか、おそらくどっかで見ていたであろうカイラインはさすがに姿を現さなかった。私がニヤニヤ笑っていると、セレナはしばらく顔を赤くしていたが、そのうちに「我はもう寝る!」と外壁の上から降りてしまった。

砦の内側の喧騒は――夜が更けてからも、しばらく続いていた。

私はなんとなく、そのまま外壁の上でぼんやりし続けた。星の瞬く夜がスライドして、朝焼け直前の紫色が訪れ、日が昇って空が焼ける。

そうして、澄んだ青色に。

今日もいい天気だ。

立ち上がって身体を伸ばしていると――まあ、肩や首がこるということはないのだが、気分の問題である――ぱたぱたと外壁の上まで登ってきたカタリナが私を見つけ、声を張った。

「クラリス様! 先触れがありました! レオポルド・イルリウスが交渉に来るそうです。太陽が真上に来る時刻、あちらとこちらの真ん中に、とのことです」

正午ちょうど、ひとつ向こうの丘の上、ということか。

あの爬虫類みたいな顔をした侯爵閣下が、はたしてどのようなカードを揃えて来るのかは、少々楽しみだ。

「判った。下に降りて、みんなに指示を出す。主だった連中は集めてあるな?」

「はい、クラリス様! もちろんです!」

褒められた犬みたいに笑うカタリナである。

私は苦笑を洩らし、砦の内側へ降りて行った。

◇◇◇

うちの連中にあれこれと指示を出し、獣王プラドと女豹レクスにはちょっと相談をし、今後の想定と対応をざっくり説明しているうちに、あっという間に正午が近づいた。会議中にメラルヴァたちが気を利かせて、手掴みで食べられるものを運んできたのは、本当に良い仕事だった。

戦う者は、尊重されるべきだ。

何故なら誰よりも身体を張るのだから。命を賭して『自分たち』という集団を守り、勝ち取る存在が、尊重されなくてどうするというのか。

同様に――戦わない者も、また尊ばれるべきだ。

さもなくば戦いこそが至高だという、この世で二番目か三番目くらいに間抜けな世界ができあがってしまうからだ。飯をつくる者、場所をつくる者、安らぎをつくる者、なにもつくらないけど傍にいたい者……そういったモノを守るために、戦士は戦うのだ。それを尊重せずしてどうするというのか。

そういう意味で、私を中心に集まった『グロリアス』は、いい具合に互いを尊重しているように見えた。

妖狐セレナが半泣きで「この場所が好きだ」と言ったが、気持ちは判る。私だって好きだ。世界から弾かれた落伍者たちが集まって、こんなにきらきら輝きだすなんて、一体誰に予想できただろう。私だってこの状況は予想していなかった。

――『最悪』じゃな。

いつだかセレナが言っていたか。

目的もなくふらふらと、流れるままに流されて……今ではこうして流れを生み、別の流れとぶつかって、どうしようもなく対立している。

――『素敵』だろ。

セレナが言う前に、そう、私はそんなふうに言ったはずだ。今でもその思いは変わっていない。いや、以前よりちょっと強まった気がする。だって、私たちは、前よりも素敵なモノになっているのだから。

「ユーノス、ヴォルト、カイライン、ゾンダ・パウガ、それにレクス・アスカと護衛のニーヴァがついて来い。交渉のときはレクスだけ、私の隣に立ってろ」

獣王プラドはお留守番。

何故なら、敵方の交渉人が侯爵であり、国王ではないからだ。獣人の領域の王たるプラド・クルーガは、そんな相手と直接交渉などしない。

向こうからやって来るなら会ってやってもいいが、こちらから交渉するために王がのこのこ出向くのは、悪手だ。

留守番組のまとめ役は、女傑ビアンテ・グロリアスに、助手のおっさん魔術師レガロ、妖狐セレナに槍使いのマイア・グロリアス。それぞれ指示を出しておいたので、各々が機能的に動けば問題ないはずだ。

「ビアンテとセレナは、特に頼むぞ。プラドの配下を連れて行ってもいい。マイアとレガロは、まあ頑張れ。普通にやってりゃこの砦が落とされることはない」

ちょっと迷ったのは、獅子姫ラプス・クルーガ。

彼女に関しては、兄であるプラドと一緒に、砦で待機させることにした。

「たまには兄妹で語り合いでもしてろ。戦闘訓練は、まあ勝手にやればいいが、ほどほどにな。砦の中をぶっ壊したら、私は怒る。その場合、メラルヴァには飯抜きを言いつけてあるから気をつけろよ」

「おまえはウチをなんだと思ってるんだ」

呆れたふうな獅子姫に、私はにんまりと笑んで返してやる。

「おてんば姫」

これにはプラドが呵々大笑を見せた。ちょっと離れた位置でヌーの獣人、ロッパ・ガラッハ爺さんもげらげら笑っていた。

ちなみに『癒やしの聖女』ミゼッタは、彼女が使っていた部屋に放り込んだままである。返すにしろ返さないにしろ、交渉が終わるまで手元に置いてなければ意味がない。そのことは、たぶん本人も理解している。

「さて――それでは行こう。交渉の時間だ」

と、私はキメ顔で宣言した。

次の瞬間、ユーノスにひょいっと抱き上げられてしまったのは、ちょっとばかり不本意である。マジで当たり前みたいにお姫様抱っこだ。

「こっちの方が速いだろ」

さも当然、とばかりのユーノスである。

まあ、別にいいけども。

◇◇◇

さて、そんなわけで愉快な仲間たちと砦を出て、緩やかな丘を下り、同じだけの傾斜を上れば、目的である。

ひとつ向こうの丘の上。

こちらの陣営――砦側からも視認できる場所であり、向こうの陣営――魔境の森の出口側からも、一応は視認可能な場所だ。

人族の連中はご丁寧に丘の上へ天幕――といっても全面が覆われているやつじゃなく、運動会のテントみたいな天幕――を立てており、三十人くらいの部隊がそれなりに離れた位置で待機していた。

天幕の中には、四人。

執事っぽい男が簡易的なテーブルの上に並べられた茶器の前に立っている。

テーブルに着いているヴィクター・イルリウスは仏頂面で、かなり所在なさげな様子。その隣に立っているのは、斥候っぽい感じの騎士……だろうか。どっかで見たことがある気がする。

そして――テーブルの中央に陣取っているのが、レオポルド・イルリウス侯爵閣下その人である。控えおろう、控えおろう。

「とりあえず伏兵はいないようですねぇ。例のアールヴが狙撃してくるかは判りませんが、あそこの四人に限っては、警戒の必要はなしと判断します」

ニヤニヤ笑いながらカイラインが言う。

私は少し考え、レクス・アスカだけでなくユーノスも交渉の場に立たせておくことにする。向こうも斥候っぽいとはいえ騎士を一人置いてるので、文句を言われる筋合いはないはずだ。

あちら側で待機している部隊と、だいたい同じくらいの距離を空けたところにヴォルトやゾンダを立たせておき、残った三名で天幕へ。

簡易テーブルの前まで辿り着いたところで、ユーノスがお姫様抱っこしていた私を降ろしてくれた。とんだエスコートだが、まあいい。

「やあやあ、久しぶりじゃないか、レオポルド・イルリウス侯爵」

と、私はクラリスマイルを提供しつつ、胸を張って言う。

侯爵閣下はカメレオンみたいなギョロ目で私を睨み、常人の三倍ほどの頭痛を堪えているような顔をして、返した。

「このような有様になるとは、予想の欠片すら抱いていなかった。できることなら二度と会いたくはなかったぞ、クラリス・グローリア」

うんうん。私見というか、私欲みたいなものを感じさせないこの感じ、随分と懐かしい気になるから不思議なものだ。

以前は一応、衣食住の世話をしてもらっていた手前、それなりに丁寧に接していたが、今はその必要もあるまい。

ただ、本気で交渉する。

それがこの男に示すべき最低限の礼儀だ。

「王子様と商人の代表はどうした? せっかくの交渉の場だというのに、おまえだけで問題ないのか?」

「全く問題ない。ブリッツ殿下は少々 お(・) い(・) た(・) が過ぎる。ゴルト武装商会など、このように重大な会談の場には相応しくないのでな」

重大な会談、ね。

判ってるじゃないか。

「不用心じゃないのか? 私が王子なら、こうしてのこのこ突出した間抜けの閣下を遠距離狙撃して亡き者にしようかと考えるぞ」

「問題ない。殿下とアールヴの女は、少年剣士に牽制させている。余計な真似をするなら私が責任を負うから叩き斬れと言ってある」

吐き捨てるような言い分に、私はピュウと口笛を鳴らしてしまう。

「さすがじゃないか、侯爵閣下。そうだよな、第二王子ごときに怯えてなんかいられるものか。おまえはおまえで、ちゃんと考えてるものな」

「貴様こそ、物事をしっかりと考えているのだろうな?」

ギロリ、睨まれる。

嬉しくなって私はニヤニヤと笑ってしまう。

「そりゃあ考えてはいるさ。ただ、閣下よりも『私たち』は比べようもなく軽く、流動的だからな。明日には考えが変わっても仕方がないだろ? イルリウス侯爵領ほどに抱えた荷物が重ければ、こっちだってちょっとは腰が重くなるがな」

「焼け死んでおけばよかったものを。……そちらの獣人の女性は?」

忌々しげに舌打ちし、レオポルドはレクス・アスカへ視線を向けた。

レクスは――やはりというべきか――尻を撫でられるような不快感を伴うレオポルドの視線にまるで動じず、わずかに会釈してから口を開く。

「獣王プラド・クルーガの名代、レクス・アスカと申します。獣王の目となり、耳となり、獣王の口となるために、ここに立っております」

「……承知した。では、まずは腰を降ろしてくれたまえ。茶を用意してある。ろくなものではないが、そこは我慢していただく他ないな」

「焼き菓子でも用意しておけばよかったか。侯爵閣下におかれましては、私のような美少女の手作り菓子など、生涯食する機会などないでしょう?」

なんとなく嫌味を言いたくなって、お嬢様モードで毒を吐いてみる。

「妻がいるので、女性からの贈り物は受け取らぬ主義だ」

真顔で言いのける爬虫類顔。

笑ってしまうより、むしろ感心してしまった。

執事らしき男が茶を配り、レオポルドがまず一口。ついで私も口をつけ、レクスは猫舌らしく必要以上にふーふーと息を吹きかけてから、一口。あと、さっきから黙ったままのヴィクターも、ずずずと茶を啜っていた。

「では――話そう。貴様らの未来について」

レオポルドが真顔で言う。

私は笑って言い返す。

「ああ、そうだな。話し合おう。おまえたちの未来の明暗を」