作品タイトル不明
126話「砦を巡る攻防_03」
ロメオは今年で十五歳になる、ゴルト武装商会の下っ端である。
下っ端といっても商会の 丁稚(でっち) ではなく『武装』の方の下働き……いうなれば傭兵団の使い走りだ。ほぼ奴隷同然であるが、ロメオ自身はそこまで己の環境を恨んでいない。あまり恵まれていないのは知っている。が、恵まれた経験がないので、不幸や不遇の実感がないのである。
物心つく前に孤児になり、ほとんど親の記憶がない。
裏町でゴミを漁って半ば死にかけたまま生きていたところを、ゴルト武装商会に拾われた。行き場のない孤児を手下にするのは経済的だからだ。
ゴルト武装商会の『武装』の側は、とにかく定住しない。物流を担当する商人たちを護衛し、目的地までの護衛が済めば、別の護衛や別の荒事が待っている。だから『武装』の担当者は商会が保全する必要がある。
ようは募集して雇おうが、町の浮浪孤児を引き入れようが、どっちにしたって生活の面倒は商会が見なければならないのだ。
そこで商会の誰かが、人を雇うよりも孤児を拾って育てた方が安上がりであることに気付いた。もちろん上手くいかないことの方が多かったが、どうせ仕入れ値はタダである。本当の役立たずは荒事に揉まれてさっさと死んでしまうので、この手法は『武装』会員の中に指導者向きの人材がいる限りにおいては、有効に機能した。それなりに多くの死人を出しつつも。
そうしてロメオは、今のところ死んでいない。
ひたすら言われるままに働き、死なないように動いていたら、どうにかまだ死んでいないだけ。そのことを、ロメオは別になんとも思っていなかった。
からりと晴れた空の下、わけの判らない大きな砦を前にゴツい盾を持たされて前線に立たされている現在も、どうすれば死なないか、ということにしか興味はなかった。一体自分がなにをやらされていて、それは何処にどのような影響をもたらすのか――そんなことは、一切考えない。
砦からちょっと離れた丘の上にかなりの人数を並べて、部隊長の指示通りに盾を構えたまま待機しているが……ロメオは な(・) ん(・) だ(・) か(・) 嫌(・) な(・) 感(・) じ(・) が拭えなかった。
仕事を放り出して逃げてしまいたい。
その気持ちが胸の内や腹の底から湧き出すのを止められず、小便を我慢するみたいにむずむずと身体を動かす羽目になった。
隣に立っていた名前も知らぬ兵士だか騎士だかがロメオの肩を叩いたが、それも仕方ないと自分で判るくらいに落ち着かない。
とにかく――合図があったら砦に向かって走る。
最前線で盾を構えて、外壁の上から来るかも知れない弩砲の射撃を防ぐのが仕事だ。あとはどうせ乱戦になるか、一方的に勝つか負けるかするだろうから、部隊長の指揮なんぞ無意味になるだろう、とロメオは考えている。
「どけ! 道を開けろ! そこの貴様らだ!」
不意に誰かが――部隊長よりも上のやつだろうか――盾を構えて突っ立っているロメオたちを怒鳴りつけた。
振り向いてみれば、馬に乗った貴人がのんびりと最前線までやって来て、緩やかな銀髪をゆらしながら下馬した。その脇には偉そうな騎士っぽい者が何人も付き従っており、上位の者であることが窺える。
そいつは鎧らしい鎧を身に着けておらず、左右に動いて道を開けたロメオたちを一瞥して微笑を浮かべ、あろうことかひらひらと手を振りさえした。
一体何者なのか――ということを、ロメオは考えない。
銀髪の貴人が な(・) に(・) を(・) し(・) に(・) 来(・) た(・) のか、ということの方が問題だ。
「ふぅん、本当に砦だね。随分と立派なものだが……英雄くんの一撃で抜けなかったのであれば、あまり期待はできないか。まあいい、撃つぞ」
昨日の晩飯に嫌いな野菜が入っていた、くらいの軽い愚痴っぽさで言って、銀髪の貴人は右手の人差し指を砦へ真っ直ぐに向ける。
閃光が奔った。
◇◇◇
二度、極大の魔法が砦へ放たれた。
これまでロメオが目撃したどんな魔法とも違う、『魔法』という概念を塗り替えるような代物だった。そこいらの野盗があんなものをポンポン撃ってきたなら、この世には国も領地も存在しないだろう。
そのくらいの威力だった――のに。
砦の外壁は、極大魔法の直撃を受けてなお健在だった。
起きた出来事が理解を超えすぎていて、戦場の誰もが我を失っていた。唯一、魔法を放った銀髪の男を除いて。
「ふむ……やはり無理だな。魔法による魔力衝撃は相性が悪い。一体どういう建築物だ? いや、まあいい。物理衝撃で門か壁を破るのが早いだろう。指揮官殿、今のよりも小規模の魔法矢で敵の弩砲を牽制するから、その間に破城槌を――」
いや、違う。
なにか、ヤバい。
言語化不能の直感が働き、ロメオは盾をかぶるような形でその場に伏せた。
「――っと、これは拙いか」
銀髪の声が、やけに明瞭に響く。
身を伏せているロメオにはあまり判らなかったが、どうやら銀髪の男は土魔法で自身の周囲へ土壁を創り出したようだった。これは矢を防ぐときに魔法使いがよく使う手段だ。騎士団から身持ちを崩した魔法使いが野盗になることがあり、この手の魔法を使う魔法使いを相手にしたことがある。
次の瞬間、地面が炸裂した。
爆音と衝撃。
ほんの一瞬だけ遅れて、盾になにか硬くてゴツい物が連続して当たる感覚。
それが連続した。バババババ、という連続した破裂音を耳が認識したのか、あるいは衝撃波の感覚と盾になにかがぶつかる感触から音を連想しただけか。
ほぼ同時に、悲鳴が響く。
ロメオは盾を被った亀のような姿勢を維持したまま、足元に転がってきた『硬く重いナニカ』を拾ってみる。
尖った鉄屑……だろうか。
なんだっていきなり地面が炸裂したかと思ったら、そんな物が周囲へ飛び散ったというのか。
ひとまず危険は去ったかとロメオは亀の甲羅と化した盾を持ち直し、状況を確認するために立ち上がる。
端的に言ってひどい有り様だった。
どうやら丘の各地に『爆発地面』の仕掛けがあったようで、爆発の勢いで大量の尖った鉄屑がぶち撒けられたようだ。飛散した鉄屑は人体を貫通するほどの威力はなかったようで、陣を敷いて密集していたのが幸か不幸か、前のやつが壁になったおかげで無傷、というやつがかなりいた。ロメオの前線部隊も『爆発地面』にかなり近かったが、全員戦闘不能という感じでもない。
しかし確実に数は減らされたし、その中には部隊長のような者も含まれている。被害の人数自体は多くないが……それよりも、せっかく陣を敷いて部隊単位で行動できるようにしていたのに、一発で混乱させられたのが拙い。
「ブリッツ様――!」
と、ちょっと信じがたい跳躍力で邪魔な兵士たちの頭を飛び越えながら、弓を背負った人物が飛んで来た。浅黒い肌の、金髪の女だ。
土魔法の防壁を解除した銀髪の男が、まず周囲をぐるりと見回してから声の主へ視線を向け、場違いな笑みを浮かべる。
「思った以上に悪辣だな。退くことにする。ここは爆心地だったから、同じ『爆裂』はなさそうだ。きみはここで敵の弩砲を牽制してやれ。機を見て撤退するのを忘れないように。全体の指揮は……後ろにベルク殿がいるか。じゃあ後は彼に気張ってもらうとしよう」
そこまで言ってから銀髪は何故かロメオへ視線を向け、ひらひらと手を振った。昼下がりの休日に散歩をしていたら知り合いを見つけたような気安さで。
「きみ、きみ。状況はかなり混乱しているようだが、頑張ってくれたまえよ。罠を張り、こちらに先手を譲り、防いでみせ、然る後に罠を起動させた。ならば――」
ほら、と砦を指差す。
外壁の門扉が開かれており、中から、獣人の軍団が飛び出して来る。
「――こういうことだな。では、そういうことで」
ひらひらと振っていた手を、なにかの曲の終わりみたいにしゅぱっと振り切り、銀髪はそのまま散歩の途中みたいな気楽さで歩き去って行く。
彼が乗っていた馬は、例の鉄屑を食らって地面に倒れていたので。
「隊伍を整えろ! 獣人共の突撃に備えよ! 本隊に被害はない! 作戦は続行! 作戦は続行だ!」
誰かが叫ぶ。
同時に、砦の方から獣人たちの鬨の声も。
……これはさすがに死ぬかもしれないな、とロメオは思った。