軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

127話「砦を巡る攻防_04」

「小隊固まれ! 盾持ちは盾突撃だ! 敵の機先を制しろ!」

どうやら生き残っていたらしいロメオの部隊の小隊長が、より上位の指揮に従ってロメオたちに死地への突撃を命じる。

もっとも、命じた彼自身もまた小隊長として一緒に突撃するので「簡単に言いやがって」と毒吐く気分にはならない。いや、毒など吐いている余裕がない。

敵の砦は丘の上にあり、こちらはひとつ向こうの丘の上に陣取っている。この丘は起伏が緩やかではあるが、平地でないことは確かだ。

故に、お互いが同時に走り出せば、いわば谷の部分でぶつかることになる。

しかし実際のところは、既に獣人たちは谷間を越え、こちら側の丘を駆け上がり始めていた。例の『爆発地面』で混乱した部隊を整えていたのが遅れを生んだわけだが……しかしこれは、悪い遅れではなかった。

言うまでもなく、上から下に攻撃するほうが有利だからだ。

が、そんなものが一体なんの慰めになるのか。丘を駆け上がってくるのは咆哮する獣人の群だ。先頭を走る猪みたいな顔の獣人なんて、どう見ても普通の人族の倍はあろう体躯をしている。盾で突撃を防げ? 死ぬに決まっている。

しかし、ロメオの直感は叫んでいた。

――行け。走れ。今だ。

――だけど正面から当たるな。

我ながら意味不明だ、と思ったときにはロメオもわけの判らない叫び声を口から吐き出し、盾を構えたまま一歩踏み出していた。

そのまま二歩、三歩。

緩やかではあれど下り坂だ。あっという間に加速がつき、獣人たちが近づいて来る。いや、獣人たちに近づいている。ロメオの突撃につられた部隊のやつらも一緒になって駆け出していたが、別になにかを直感したわけでもないのだろう。

たぶん、こいつらはそのまま獣人に突っ込んで死ぬ。

頭の片隅でそんなことを考えたとき、ふっ、と頭上をナニカが通り過ぎる。飛ぶ鳥が落とす影に気付いたときみたいに、「あっ、なんか上にある」と思った。

衝撃音と、悲鳴。

「――投石だ! 投石機を使いやがった!」

誰かが叫ぶ。が、ロメオには投石が見えていない。後ろに着弾したからだ。どんな規模の投石があったのか、石はどのようなものだったのか、被害はどれくらいか……そんなものは、一切判らない。

判っているのは、もう目と鼻の先になってしまった猪獣人が、槍みたいな武具をロメオに向かって振り回していること。

いや、無理無理無理!

これは死んだ。マジで死んだ。絶対死んだ。

そう思いながら、駆けている己の脚に制動をかけ、全身全霊を盾に注ぎ込む。とても片手で持つ気にはなれず、構えるというより盾に寄りかかるようにして、猪獣人の一撃を受ける。受けた。やめておけばよかった。

とんでもない衝撃。

次いで、ふわりと浮遊感。

後は――暗黒。

◇◇◇

気を失っていたと気付く自分を自覚して、ロメオは身体を起こそうとした。しかし右腕に激痛が走り、地面に手をつくのに失敗する。

肩の下、二の腕の上あたりが笑えないほど痛い。

どう考えても折れている。

が、ひとまず骨折の事実と激痛をロメオは頭から追い出し、周囲を見回す。どうやらかなり吹っ飛ばされたようで、戦場の中心から逸れてしまっているようだ。おそらく猪獣人の使う槍に弾き飛ばされた勢いのまま、ごろごろと地面を転がったのだろう。その際に盾は失っている。

戦場の中心は丘の稜線あたりに移動しており、複数の魔法使いがなにかをしたのか、派手な爆発やらなにやらが響いていたが――例の銀髪が放った極大魔法に比べれば、まだ理解の範疇だ。

そしてそんな魔法では、おそらく獣人たちは止められない。

これは……拙い、か。

ついさっき絶対に死ぬと思ったのに生きているのは運が良いのだけれど、この状況で無事に陣所まで戻れる気がしない。

「どうすりゃいいんだよ……」

思わず呟いてしまったが、ひとまず戦況が決定づけられるまで、このまま寝転がっているしかないだろう。今の状態でどうにか立ち上がって本陣へ引き返したところで、下っ端のロメオを手厚く介抱してくれるわけがないからだ。

かといって骨折したまま魔境を抜けてティアント領へ戻ってみたところで、ロメオには先立つものがない。治癒士に掛かれなければ、身体以外に資本を持たないロメオの人生は今以上に暗いものになるだろう。

「くっそ……どうしようもねぇだろ、こんなもん……」

右腕の痛みを堪えながら洩らす愚痴は、何処に届くこともなく消え失せる。

ロメオ自身、そんな愚痴などすぐに頭の中から消え失せた。

――ガボンッ!

という、空気を裂く音がして、ロメオが倒れている場所から少し離れた位置に、なにかが着弾した。話に聞いていた弩砲か、と一瞬思ったが、発射方向が自軍の稜線側だった。強力な弓兵の射撃だ。

それが砦や獣人の群れではなく、丘の下側に撃ち込まれたということは――。

「はっはっはっは! おまえが話に聞くアールヴの女か!」

獅子のような髪の、獣人の女が大声で笑いながら丘を駆け上がってくる。

アールヴの女というのは……どうやら、銀髪に急いで近づいていた浅黒い肌の女のことか。当然ながら、そんな目立って単騎で走っている相手など、いい的でしかない。女アールヴがまた弓を射る。

――ガィンッ!

と、今度は矢が地面に撃ち込まれる音ではなく、かなり重い金属音が響く。

見れば獅子女の両手両足には、立派な防具が装着されている。そのくせ胸も肩も太腿も、運動するのに具合の良さそうな衣服しか着けていない。

また射撃。

それを、獅子女が籠手で弾く。防御というか、むしろ射られた矢をぶん殴って射線を無理矢理に逸らしている。

冗談のような光景だ。普通の弓兵に射られたとして、その矢を避けることすらロメオには難しい。いや、大抵のやつには不可能だろう。

さらに射撃――を、また獅子女が殴り逸らす。

矢を撃ってくる方向へ疾走しながら、どうやれば撃ち込まれる矢を殴るだなんてことができるのか。おまけにその疾駆が冗談みたいに速い。それこそ獅子が走るように、尻尾を後ろへ流しながら、あっという間に女アールヴの元へ辿り着く。

「近寄るな、汚らわしい獣人め!」

嫌悪を隠さない声音で女アールヴが叫び、信じ難い跳躍力で跳び上がった。地面に倒れているロメオが必死こいて見上げねばならないほど。

そのまま女アールヴは空中で矢を三本まとめて番え、後方に宙返りしながら天地逆さまになった状態で、そのまま撃った。

矢に込められた魔力が光を曳き、どういうわけか三本が三本、違う曲がり方をして獅子女へ飛んでいく。

「鬱陶しい!!」

言葉通り、獅子女は羽虫を散らすみたいに腕を振り――その振った腕の軌跡のまま、空中を『爪』が抉り取った。

優れた剣士が『剣撃』を飛ばすのと、おそらくは似たようなもの。

一挙動で『爪』が矢をまとめて払った、と思った瞬間には獅子女は動いていた。宙で姿勢を整えながら着地するアールヴの女の元へ、まさに獅子が喰らいつくような獰猛さで襲いかかる。

絶え間ない『爪』の乱舞。

それを、女アールヴは文字通りに舞踏の相手方を務めるような華麗さで、舞うように避ける。さっきからロメオには理解不能な、常軌を逸した動きばかりだ。

「ヌルいぞ、嘘つき女!」

魔力で形作られる『爪』の間隙に、獅子女が不意に蹴りを放った。『爪』を避ける連続した動作の中、強引に割り込むような動き。今度は女アールヴは避けきれなかった。頑丈そうな脚甲を着けた蹴撃を、横っ腹に喰らって吹っ飛ばされる。

直撃――ではない。握っていた長い弓を、どうやら自身と蹴りの間に挟んでいたようだが、どういうわけか木製の弓が折れていない。

「はっはっは! なんだ、がっかりさせてくれるじゃないか。それともウチをナメてるのか? ああ、いや、違うか。ただの嘘つきだもんな。ちょいと鳥を撃つのが得意なだけの、人族の下僕だもんな。悪い悪い。ウチの期待しすぎだった」

莫迦にするような科白だったのに、獅子女の口調には見下すような響きがない。言葉に言葉以上の意味がない、とでもいうべきか。

これに女アールヴは物凄い形相で獅子女を睨みつけ――しかし反撃をするではなく、言葉を返すこともなく、そのまま踵を返して走り去っていった。

獅子女は、これを追わない。

拍子抜けだな、というふうに肩をすくめ、少しの間だけ女アールヴが走り去った方向を眺めていた。

が、少しの間が過ぎ去ると、不意にニヤつきながらロメオの方向へ、ずんずんと歩いて来る。

「はっはっは! 死んだふりしてるようだが、ウチには通じないぞ。人族のガキ。さっきゾンダに吹っ飛ばされたやつだな。よくまあ生きていたもんだ。せっかくだし捕虜にしてやろう。このラプス・クルーガの初戦果だ、光栄に思えよ!」

物凄く不穏なことを楽しげに言いながら、ラプスと名乗った獅子女は、地面に倒れたままのロメオをひょいと持ち上げ、肩に担いだ。

骨折している右腕への気遣いなどなかったので、ロメオは悲鳴を上げた。

「おっと。怪我してんのか。すまんすまん。でも我慢しろ」

と、ラプスは普通に謝ってくれたが、しかしだからといって気遣いはしてくれなかった。そのまま荷物を扱うような雑さで、苦痛の声を上げ続けるロメオを運搬するのだった。

何処へ?

当然――獣人たちの砦へ。