軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

125話「砦を巡る攻防_02」

位置関係としては、砦を中心にして東に魔境があり、魔境と砦の間にゴルト武装商会――便宜的に『ティアント領軍』とするべきか――が陣を敷いている。

レガロは砦からやや南東、ティアント領軍より少しだけ魔境側に伏せていた。護衛として槍使いのマイア・グロリアスと九尾の狐人カイラインがついている。

マイアの方が単純に荒事担当で、カイラインは幻術を用いてレガロたちを景色に溶け込ませている。姿も、気配も、魔力的な違和感まで。

何度も独りで偵察に出されていたのは、使い潰して惜しくないからではなく、偵察に関しては本当に有能だからか。

実際、魔力的な違和感すら偽装されてしまえば、よほど近距離でなければレガロもカイラインの存在を感知できない。本気で隠遁に徹したカイラインを見つけられるのは、よほど勘の鋭い獣人か、空気の流れをも知覚するほどの達人か。

「それにしても――クラリス様の予想では、敵が最初に強力な魔法を放つ、とのことでしたが、実際どうなると思いますか?」

まさに物見遊山といった調子でカイラインが呟く。

三人で丘の稜線からわずかに下がった位置で寝転がるような態勢を取っているが、レガロはさすがにそこまで呑気にはなれなかった。

「どうもこうも……どっちに転んでもいいように準備しておくのが戦略ってもんだろう。どの道、砦の側から動きを見せなければ向こうさんから動くしかない。最初になにをするかってのは、結果論になるだろ」

戦略的にも戦術的にも、互いが互いの情報を知らなすぎる。

実際問題、初手がどうであれ、その後は 出(・) た(・) と(・) こ(・) 勝(・) 負(・) になるだろう。

「頼むわよレガロ。あたしを戦列に加えないで護衛に回したんだから、それなりの戦果は上げてもらわなきゃ、文句を言うわ」

「勘弁してくれねぇすかねぇ……。指揮に従ってんだから、文句は指揮官に垂れるのが筋ってもんでしょうよ」

「あんたがトチらなきゃ、そうするわよ」

「圧をかけんなって言ってんすよ。誰にだって初めてはある。初めてってのは失敗しやすいんだ。寝台の上でも、戦場の中でも」

「それって経験談? おっさんの初体験の話なんて――」

悪戯をする子供みたいな笑い方をするマイアの言葉は、途中で途切れた。

ティアント領軍の一部分が光ったからだ。

一部分? 違う、一個人だ。

陣を敷く軍勢の中の、たった一人が、魔法を放った。

―― 極(・) 大(・) の(・) 魔(・) 法(・) 矢(・) を。

一瞬、世界中が静まり返るような違和感。次の瞬間には目を開けていられないほどの閃光。太陽を直視したような光量だったが、それよりも、レガロたちまで届くほどの凄まじい衝撃波に意識を持っていかれそうになる。

地面に生えている背の低い草が順番に薙ぎ倒されるのが視認できるほどの、あまりにも広範囲の衝撃波が――レガロたちを越えて、丘の向こうまで。ひょっとすると魔境の入口まで行ったかも知れない。

魔法矢は、初心者の魔術師が最初に習う、いわば練習用の攻撃魔法だ。魔力を単純な魔力衝撃として対象へ放つ。これができなければ火弾や風刃のような『敵に放つ』類の魔術を使えない。

魔術師ならば、誰でもできる。

レガロだって真面目にやれば、そこらの樹木を抉る程度の威力は出せる。優れた魔術師なら牽制用に五発十発の魔法矢を同時に放つこともするだろう。

しかし、これは。

まるで 丸(・) 太(・) を(・) 五(・) 十(・) 本(・) く(・) ら(・) い(・) 束(・) ね(・) た(・) よ(・) う(・) な(・) 極(・) 太(・) の(・) 光(・) が、砦の外壁上部へ撃ち込まれて――その衝撃が外壁を崩しきれず、外側へ反射して、とんでもない衝撃波が周囲へ迸った……ということか。

確かに、砦は無事だ。今は、まだ。

ティアント領軍の前線にいる兵たちは大盾を構えてどうにか衝撃波に耐えたようだが、すぐに動けるような状態ではなさそうだ。

「これは……凄い」

語彙を捨て去ったような感慨をカイラインが洩らした。

が、即座に口を開けるだけ大したものだとレガロは思う。

あれは――なんだ?

あんな魔法は見たことも聞いたこともない。

あんな魔法が使えるなら、あらゆる争いなど些事ではないか。

しかし同時に、あんなものを放たれたというのに、砦の外壁は健在だという事実がある。レガロの脳裏でクラリス・グローリアがにんまりと笑っている。

獣王ランドールの隣であっても、スペイド領主の前であっても、ランドールを殺したプラド・クルーガを前にしても、あの少女は同じように笑っていた。

ただの強さなど、恐れるものではない。

他人の強さがもたらす何事かを、人は恐れるのだ。

まだ、もたらされていない。

そう――だから、先程の『極大魔法矢』が も(・) う(・) 一(・) 発(・) 放(・) た(・) れ(・) た(・) 瞬間、レガロはもう心を掻き乱されなかった。

◇◇◇

「はははは! こりゃあ凄いな! 冗談みたいな規模の魔法だ!」

砦の内側から外壁の上へ飛び散る『魔法の残滓』を眺めて哄笑するクラリス・グローリアを見て、ヴォルト・クラウスは思わず笑いそうになった。

敵が初手で『ぶっ放してくる』のは予測していた。それが魔法である以上、おそらく砦の外壁は抜けない。予想を超えていたのは敵の魔法の規模だ。胸壁に並べていた弩砲のいくつかは使用不能になっていてもおかしくないだろう。

もちろん、これを想定して使用する分の弩砲は胸壁から降ろしてあるが、使うためには分解した弩砲をまた胸壁に運んで組み上げねばならない。

――などと考えている間に、再び空が煌めいた。

そうとしか表現のしようがない。あまりにも強大な魔法が外壁に弾かれ、魔法の形を維持できなくなった魔力が衝撃と共に飛び散っているのだろうが……砦の内側からは、真昼だというのに流星雨が横切っているような光景だ。

「ふははは! おいおいおい! 二発も撃ってきたぞ! よくもまあ外壁も保つもんだ! 想定以上に凄いな、こっちも!」

「南の見張りは無事か!? レガロの動きはどうだ!?」

ゲラゲラ笑うクラリスは無視して、ヴォルトは伝令役の 狒々(ひひ) 獣人へ向けて大声を出した。別に怒っているわけではなく、戦場ではこうしなければなにも伝わらないからだ。普通じゃない状況では、普通に喋ってなどいられない。

正面の外壁上部通路に人員を配置しなかったのは、初手を予測していたから。外壁は無事かも知れないが、そこに立っている者は魔法の余波だけで殺されかねない。

本来であれば砦の外壁には小さな穴を空けるなり、外壁と外壁を繋ぐ塔を設けることで外部を確認できるようにするのだが、この砦には存在しない。上から見る以外には門を開けるくらいしか外部を視認できない。

なので南側の胸壁に眼の利く伝令を立たせ、南東の丘に配置したレガロたちに合図を任せた。ひとつ間違っただけで詰みかねない綱渡りの策だが、 こ(・) の(・) 綱(・) は(・) 太(・) い(・) 。それがクラリスやヴォルトの判断だった。

伝令の返答より先に、遠くで破裂音がした。

レガロの『爆圧』の魔術が起動した音だ。

「合図あり! 行けます!」

伝令が叫ぶ。ヴォルトも南側の見張りが『良し』を意味する垂れ幕を外壁の内側に下げたのを視認する。

「開門しろ! 先陣はゾンダ・パウガ殿だ! 全て蹴散らしてぶち殺せ!」

誰よりも自分自身を鼓舞するために、ヴォルトは怒鳴り声を上げる。

今から殺すのは、かつての部下かも知れない。ゴルト武装商会の人員だけが戦場に出ているなんてことはありえないからだ。ティアント領騎士団も絶対に混ざっている。それを裏切り、これから殺すのだ。

武器を手にした猪獣人たちが鬨の声を上げる。

絡繰り仕掛けの壁門を開けるため、オークたちが声を張りながら綱を引く。

牛獣人や蜥蜴獣人、獅子姫ラプス・クルーガも楽しげに声を上げている。この戦場において、彼らにはなんの後ろめたさもない。そのことは、少しだけ羨ましかった。そんな彼らを、今から死地へと放り込むのだ。

守るべきものを守る。

それだけは、ヴォルトと彼らの共通項だ。

そのためにここにいる。

「工作隊は弩砲の組み上げに着手しろ! レガロが仕事をしたからには、すぐには極大魔法は撃たれない! 我々の突撃によって敵の魔術師を潰せば、もう二度と撃たれはしない! 今度はこちらが撃ちまくる番だ! なにも気にせずに弩砲を組み上げろ! 南と北の投石機は開門と同時に放て! 合図を見落とすなよ!」

扉が開く。

丘の稜線近く、陣を成していた敵軍に乱れが見える。

「オオオオオアアアオオ――!!」

誰かが叫ぶ。

走り出す。

武器と鎧と殺意を抱えて。

「さあ、行って来い。帰って来たら『おかえり』を言ってやる」

ひどく静かなクラリスの言葉が、どうしてか明確に耳へ届いた。