作品タイトル不明
124話「砦を巡る攻防_01」
何度かカイラインを偵察に出してみれば、みるみるうちに敵の数が増えていき、連中が魔境につくった陣所がどんどん広がっていった。
数は正確には判らないが、たぶん六百を超えているのではないだろうか。
それだけの数をずんどこ投入できる『ゴルト武装商会』とは一体全体なんなのか、私クラリス・ナゼナニ・グローリアは、ヴォルト・クラウスに聞いてみた。
「ロイス王国の各地に支店を持つ、自前の戦力を有する商会――だそうだ。詳しくは知らないが、何度かティアントにも商会が来たことがあった」
もちろん私は知らなかった。
あるいはグローリア伯爵領にも支店があったりしたのかも知れないが、たぶんその場合は伯爵家が懇意にしているような感じではなかったのだろう。というか、業務形態が貴族にはあまり好ましくないので、もしかすると貴族向けの商売はあまりやっていないのかも知れない……かも知れないの連発になるか。
「自前の戦力を持った商人だと、なんか良いことがあるのか?」
ごく単純な問いを口にしたのは獅子姫ラプス・クルーガ。
「まず、商人が商品を持ってどっかに売りに行くとしたら、身を守る術が必要になる。護衛を雇う、っていうのが一般的だな」
「その分の金が要らないってことか」
ふむ、とよく判ってなさそうな顔で頷くラプス。そもそも獣人の領域では金銭による遣り取りが存在しないので、ピンとこなくて当然である。むしろ金についてわずかなりとも知っていたのが意外なほどだ。
「それもあるし、各支店と言ったからには、支店がいっぱいあるってことだ。自前で物流を生むことができる。物が流れれば、人も流れる。流れが生まれれば、そこに様々なモノが生まれる」
そして支店がいっぱいあるということは、物流が貴族領をまたぐということだ。こっちのものをあっちに、あっちのものをそっちに。自領の資源が移動するのを歓迎する領主など、たぶんあんまりいない。
にも拘らず――ゴルト武装商会はこうして魔境を超えて六百を超える数を用意できるくらいに、大きくなっている。
大きくなって、こうしてもう、目と鼻の先に陣取っている。
ちなみに私たちは呑気に砦の外壁の上、胸壁という通路の上から、ぞろぞろと砦の正面に集まる敵軍を眺めているのであった。
からりとよく晴れた空の下、四方にはひたすら広がる緑の丘と平原。
砦の正面方向に、綺麗に陣を組んだ人族の軍勢。
上から見下ろした限りでは、カイラインの報告にあった六百という数よりは、かなり少なく見える。が、全軍を投入するほど間抜けでもないというだけか。
魔境の出口から砦が視認できないように――そういう位置に建てたのだが――こちらからも、魔境の出口あたりは見えない。なので見えない位置に伏兵を置いている可能性もあるし、別の場所に兵を動かしていたり、はたまた陣所に待機させて温存しているかも知れない。
これも IF(かも知れない) のパレードになるので、このあたりにしよう。
「で、指揮官殿はこの状況を、どう見る?」
ニヤニヤ笑いながらヴォルトへ水を向ける。
ティアント領騎士団を裏切った義の男は、眼下の敵軍を何処か無感情に眺めながら小さく肩をすくめた。
「事前の作戦通りだ。クラリス殿の予測は正しいと俺も思う。まずは先手を向こうに譲る。動かないなら、そのまま放っておけばいい。三日も四日も陣を敷いて突っ立っていられるわけではないからな。必ず動く」
「まあ、向こうの課題としては、砦の外壁をどうするかってところに焦点が当たるだろうさ。大きく分けると『どうにかする』『どうもしない』の二種類だ」
このあたりは事前の作戦会議でさんざん喋ったことだ。
魔力衝撃に対して強固な外壁をどうにかするのであれば、単純にもっとめっちゃ強い魔法をぶち込むか、魔力に依存しない物理衝撃をぶち込むの二択。
外壁の破壊を諦める場合は、いくつか考えられるが、例えば工兵に穴を掘らせるとか、胸壁まで届く梯子を用意するとか、そんな感じだろう。三国志をモチーフにしたフィクションで見たことがあるが、今のところ、見える範囲には、でっかい梯子に相当するものは敵軍には見当たらない。
「見張りを残して降りよう。おそらく工兵は使ってこない」
「それはどうしてだ?」
「敵軍は砦の真正面――この場合は、城門に相対しているという意味だが、とにかく真正面方向に陣取っている。横に広く軍を展開せず、かなり固まっているな。このことから、いくつか推測できる」
確かに、敵軍は歴史フィクションで見る戦国時代の軍勢みたいに陣を敷いて砦に相対している。エスカード領における対魔族戦の様子とは明らかに違う。
「まず、敵はこちらが大規模攻撃魔法を使ってこないと確信している。あのように密集していては強力な魔術を撃たれただけで一網打尽にされるが、まるでその心配をしていないようだ。獣人が相手だからだな」
人族は獣人の知識などないが、それでも魔族のように強力な魔法をぶっ放してくる種族じゃない、くらいのことは知っている。
それはたぶん、人族と獣人の間にあった例外的なコミュニケーションが昔からあり、お互いの危険についてをお互いが認識だけはしたという背景があるのだろう。完全に未知なら魔境の向こうに獣人がいるという事実すら知りようがない……というのは、いつだか語ったような気がするが。
「もうひとつは、陣形を組んでこちらの戦力と正面から遣り合うつもりだからだ。つまり、獣人を相手にするために、ああして陣を組んでいる。魔族を相手にするときのように、散兵の中に強力な魔術師を配置する手法は、やつらには使えないからだ。基本的に、魔術や魔法は貴族のものだからだ」
たまにレガロのような野良の魔術師もいるが、そのレガロにしたって生まれ持った『魔力の多さ』という才能を、たまたま別の野良魔術師に見出されて師事してもらったという。
独りで凄腕の魔術師になるなんて、本当に例外中の例外だ。
だからこそ貴族は血脈を重ねて魔法のサラブレッドを生み出している。『無才のクラリス』が貴族の子女として無価値だった理由もそれだ。
「であるならば――」
続けてヴォルトは言って、わずかだけ顔を歪めた。
辛そうにも見えたし、痛そうにも見えたし、痒そうにも見える。
そんな表情。
「――こうして目視できるのとは別の隠し札か、なんらかの策があると考えられる。そしてそれは、こちらも承知だ」
ようするに、ただの予定調和。
蓋を開けてみなければ判らないことが多すぎるが、中になにがあるのかの予測はいくつもしている。そしてそれは向こうも同じ。
準備もした。策も練った。覚悟はとっくに決まっている。
あとは始めるだけ。
そして――こちらが『野蛮な獣人共』である以上、人族の軍勢は、正式な戦争をするときみたいに、正々堂々と名乗る必要など微塵もないのである。
胸壁を降り、戦闘準備万端といったグロリアスの軍勢を前に、私はやれやれとため息を吐いてから、声を掛けてやることにする。
グロリアスの魔人種たち。
集まった様々な獣人たち。
スペイド領で魔術師をやっていた不運な中年の男。
ティアント領騎士団の副団長だった、擦り切れそうだった男。
いつの間に、こんなにも増えたんだろう。
砦の中に全員が収まっているわけじゃないのに、百は優に超えている。
そんな数の命が、これから懸けられるわけだ。
仮に涙が宝石になるなら、今頃私は億万長者だ。
もっとも、獣人の領域では使えもしないが。
私は偉そうに両手を腰に当てて胸を張り、可能な限りの声を出す。
「さあさあ、第二幕だ。今度こそは今度こそ、ガチンコの真正面からの殺し合いになる。やれることはやった。できることは考えた。あとはおまえたちが気張るだけだ。はっきり言っておくぞ。このクラリス・グローリアは――可愛いだけの女の子だ。せいぜい死ぬ気で守ってくれ」
こんな言葉で盛り上がってしまう彼らが、あまりにも莫迦らしくて愛おしい。
そう思った。