作品タイトル不明
123話「癒やしの聖女③_03」
最初に陣所へやって来たゴルト武装商会の者たちは、まず『放蕩王子』ブリッツ・オルス・ロイスに面会した後、陣所を広げ始めた。
ブリッツ王子が「頼もしい味方」と評したからには味方なのだろうが――どこぞの騎士団か、あるいは傭兵団でも呼んでいるんじゃないかというヴィクター・イルリウスの予想はあっさり外れてしまったことになる。まあ、思考の方向性としては間違っていなかったが。
彼らのうち、明らかに屈強な戦士と判るものは、全隊の七割ほどだった。残りは目端の利きそうな小男だったり、見るからに商人といった風体の者もいれば、屈強ではあるが戦闘よりは労働が専門といった者もいた。
ミゼッタを驚かせたのは、彼らの中に調理を専門とする女たちが混じっていたことだ。これから戦場になる場所に、飯をつくりにやって来た女たち。
それをどう捉えていいものか、ミゼッタにはよく判らなかった。
何故なら彼女たちは自分の意思でそうしているように見えたから。
流されてこんな場所にいるわけでは、なさそうだったから。
「やあやあ、騒がせてしまってすまないね。彼らはゴルト武装商会――っと、それは彼らの口から聞いたかな? 見ての通り陣所を広げさせているのだが、少しの間だけ不便をかけることになるね」
用意された天幕がたたまれるということで外に出たミゼッタ一行に、上機嫌な笑みを浮かべながらブリッツが近づいてくる。
その隣には、商会の中でかなり偉そうな――それは態度や服装を見れば、誰にでも判ることだった――男性が、ブリッツと同様に上機嫌な笑みを浮かべている。
ひょろりと背の高い、妙に人懐っこい笑い方をする男だ。貴族と会っても失礼にならないような服装ではあるが、装飾は少なめで、高級そうな革靴はかなり履き慣れている様子。
「あぁ、どうもどうも。噂の聖女様御一行ですね。アーロゥ・グラーデと申します。ゴルト武装商会の支店長です。といっても、支店はいくつもありますんで、近かったから一番乗りできただけです」
「あの有名なゴルト武装商会の、支店長ね。先代の爺さんは、まだ元気かい?」
爬虫類めいたギョロ目を細めながらヴィクターが言って、前に出る。どうやらヴィクター当人は『ゴルト武装商会』を知っていたらしい。
が、彼らの介入を予測できなかったということは、ブリッツ殿下と商会の繋がりは知らなかった、ということか。
「おや、先代を御存知でしたか? 失礼ですが……ひょっとすると、イルリウス侯爵家の方でしょうか」
「レオポルドの甥の、ヴィクターだ」
「これはご丁寧に。すぐに聖女様の仮屋を建てますので、少しの不便をお許しいただければ。隣にヴィクター様の仮屋も建てます?」
「特別料金がかからないなら」
「あはは。それはご心配なく。殿下からたっぷりいただく予定ですので、聖女様たちからは、わずかなりともいただくことはありません」
ぺこりと丁寧に頭を下げるアーロゥだった。ひょろ長い印象の男なので、頭を下げたというより腰を屈めたような印象があった。
「武装商会ってのは、なんなんだ?」
ミゼッタの隣で大人しく腕組みをしていたジャックが、訝る表情を隠しもせずに言った。敵意とまではいかないが、好意の感じられない態度である。
これにアーロゥは、ほんのわずかですら嫌悪を見せなかった。
「ああ、うちの商会は自前で物流をやってましてね。本店から支店に、支店から別支店に、自分たちで物資を回すんですよ」
「隊商の護衛を雇わずに、自衛してるってことか」
意外――というと失礼になるが、ジャックはすんなりと理解を示して頷いた。
「そういうことですね。支店が多いと管理が面倒にはなりますが、各支店でそれなりに裁量を持たされていますので、身内であり、競争相手である、そんな関係性でやってます」
楽しいですよ、とアーロゥは気さくに笑う。
ジャックは少しも笑わず頷いた。
「そりゃよかったな。で、貴族に縛られない網を構築した一大勢力が王子様と懇意にしてるってのは、どういう了見なんだ?」
貴族に縛られない網――?
ジャックの言葉の意味が掴めず、ミゼッタは思わず少年剣士の横顔を直視する。そこには彼らしくない真剣さがあり、それ以外のなにも見当たらなかった。
「それはですねぇ、光栄なことにブリッツ殿下の方からお声をかけてくださったのですよ。我々からしたら福音ですからね。殿下のちょっとしたお願いを叶えるだけで、我々はロイス王国第二王子殿下の後ろ盾を得られるのですから」
軽々にはかざせない盾ですがね、とアーロゥ。
やはりジャックはぴくりとも笑わず、視線をブリッツに移して言う。
「あんたらがなにを企んでどう動こうが興味ねーけどさ、俺はもう約束を果たした。戦場に出てやった。あとは最初からの仕事をこなす。ミゼッタ姉ちゃんの護衛だ。ミゼッタ姉ちゃんに、あんたがなにかをお願いする分には、俺の仕事の範疇じゃない。だけど――」
すっ、とジャックが目を細める。
殺気のような、剣気とでも表現すべき濃密な気配が、隣に立つ金髪の少年剣士からあからさまに放たれる。物理的な圧力を感じて一歩下がってしまうような、そういう明確な空気感だった。
ジャックはすぐにその圧を消し、ようやくニヤリと笑った。
「 四(・) 人(・) か。こそこそ見守る分には構いやしねーけど、近づいて来たら、別に遠慮する気はないぜ。顔も姿も見せない不審者の接近なんて、危険だろ?」
これにブリッツ殿下は、非常に嬉しそうな顔をして答える。
「……なるほど、まったくその通りだな。英雄くん、きみに敬意と配慮を約束しよう。僕の『影』を聖女殿には近づけない」
「だったらいい」
ふんっ、と腕組みしたまま鼻息を吐いたジャックである。
ヴィクターが顔色を青くさせ、アーロゥが意外そうに目を丸くする。
ミゼッタは……自分は、どんな顔をしていたのだろう?
判らなかった。
◇◇◇
全部で六百二十一人。
ティアント領騎士団の二百四十一人に、ゴルト武装商会の戦闘員三百八十を足した『獣人領域制圧軍』の総数である。
何日目かにやってきた商会長補佐を名乗る男が領主スラック・ティアントから両騎士団の指揮権委任状を持ってきたのを皮切りに『制圧軍』がみるみるうちに振り分けられ、領騎士団は半ばゴルト武装商会に飲み込まれるような形で部隊を整えられていった。
指揮は、この商会長補佐――ベルク・ゴルトという男が執るようだった。
商人というにはあまりにも屈強で、歴戦の傭兵といった方が納得できる風貌の男だった。年の頃は三十代半ばといったところで、何人か集まった支店長は、例のアーロゥも含めてベルク・ゴルトに低頭している様子だった。
ことによってはブリッツを相手にしているときよりも畏まっているので、なんだかおかしなものだなぁとミゼッタは呑気に思っていた。
陣所は数のうちに入っていない作業員たちが広げ続け、いつの間にかミゼッタの仮屋が建ち、その隣にジャックとヴィクターが寝泊まりする仮屋が建ち、陣所の各地には食事処や出店まで並ぶ有り様だった。
もはやちょっとした町だ。
村の規模はとうに超えている。
ヴォルト・クラウスの指揮の下、二ヶ月かけて拓かれた魔境の『道』は、後からやって来たゴルト武装商会が我が物顔で整備を引き継ぎ、道端にうち捨ててあった丸太を掻き集めて様々な物に使用していたが――なんだかお祭りみたいだ、というのがミゼッタの感慨だった。
誰も彼もが浮かれて忙しなく動き回り、ひとつの目標に向かっている。
何日目だったか……とにかく、ブリッツが呼んだ分の商会員が全員集まってから、何日か経った頃だ。
用意された仮屋でぼんやりしていたミゼッタの耳に、打撃音が入り込んだ。あまりに急な出来事だったので、一瞬なにが起こったのか理解できなかったが、どうやら誰かが乱暴に仮屋の扉を叩いているのだと気付く。
これが生まれ育った実家であれば、むしろ誰もノックなどせずに大声を出してくるだろうし、ミゼッタも警戒なんてせずに扉を開いただろうが、そこまで無警戒でいられる状況ではない。
しばらく待っていると扉を叩く音が止み、そのかわりに怒鳴り声が響いた。ミゼッタが応対するより先に、ジャックかヴィクターが対応したのだろう。
ちょっと様子をうかがってから扉を開いてみれば、仮屋の前に十数人くらいの男たちが群がっていた。
扉の横にはジャックが立っており、やや離れた位置でヴィクターが様子を窺っている。そして扉の正面方向、八歩分くらいの地面に、誰かが転がっていた。
「おめぇが『癒やしの聖女』か!」
商人というよりは裏町のゴロツキ、といった風体の者が、必要以上の大声を出した。その男の後ろに群がっている男たちも、まあだいたい似たような風貌だ。
「どうしたんですか?」
ゴロツキは無視し、ジャックへ問う。
「どうもこうもねーよ。無礼者が無礼を働きに来たってだけ。扉を閉めて、中に入ってていいよ。どうせでかい声で喋るだけのモブだ」
「モブ?」
たまにジャックはよく判らないことを言う。そしてそういうとき、大抵の場合ジャックは補足説明をしない。方言みたいなものだろうか。
「ようやく顔を見せたな。こっちがあれこれ働いてるってぇのに、のんびり昼寝とは良い身分だな。どうせクソの役にも立たねぇ分際でよ。オレたちは、おめぇのような詐欺師を信用してねぇ。ここだけの話だがよ、さっさと帰ってくれねぇか?」
ゴロツキ代表の戯言は、ミゼッタからすれば非常に魅力的だった。
所属と名前を聞いて責任をこの男に押し付け、帰れと言われたという理由で帰ってしまえたなら、どんなに楽だろう。
しかしそんなわけにいかないのは、ちらりと視線を向けたヴィクターがやれやれと肩をすくめて首を横に振っていることからも、自明である。
ひとつ判ったのは、ゴルト武装商会も一枚岩ではない、ということ。
おそらく『支店』によって特色のようなものがあるのだろう。
「うるっせぇな。女一人を相手にむさ苦しい野郎共を十人も集めて、やってることはただの脅しじゃねーか。こっちは一人ぶん殴って気絶させてんだぜ? その見てくれで、まだ脅しを続けんのかよ」
うんざり、とばかりにジャックが吐き捨てる。
ゴロツキ代表がこめかみに青筋を立て、何事かを叫びながら一歩を踏み出し――彼らが等しく地面に倒されるまで、二分もかからなかった。
◇◇◇
「先刻の件については、商会長補佐のベルク・ゴルトから謝罪があった。どうせ殿下の『影』も見ていたはずだから、殿下にも伝わっているだろう。念のために帰っていいかと聞いたが一笑に付された。殺さずすませた判断は正しい。よくやったな、ジャック。ミゼッタ嬢も大変な思いをさせた」
疲労感を顔に滲ませながらヴィクターが報告してくれた。
ミゼッタとしては「はぁ」くらいしか言うことはなく、ジャックに至っては仮屋の扉の近くに椅子を持っていってそこに腰を下ろしたまま、返事すらしなかった。
「どうでもいいことだが、市井には『治癒魔法士』を名乗る偽物が、たまに詐欺をすることがある。タチが悪いのは、ちょっとした治癒魔法なら使えるって連中がいることだ。だが、ミゼッタ嬢みたいに腕の欠損を治せるようなやつはいない」
「彼らは詐欺の被害者だと?」
「その家族や友人って感じだろうな。端からミゼッタ嬢の治癒魔法を役立たずだと決めてかかっていた。実際にティアント領騎士団員を治癒しまくってるってのに、それを信じなかったわけだ」
無能だ、とヴィクターは冷たく言い切る。
その判断は、おそらくはヴィクターに限ったものではないのだろう。なにしろ商会の人間を叩きのめしたジャックに対して、形式上ですら文句も咎めもないのだ。
「ああいう連中の比率が少なけりゃいいんだけどな。玉石混交って言葉があるけど、玉と石の比率って、普通は石に偏ってるよな?」
「ま、まあ、ああいう暇人が出てきたってことは、ひとまずの状況が煮詰まってきたってことだ。たぶん、そろそろ動き出すぞ」
「どーせろくでもないことになるぜ」
へっ、と吐き捨てるようにジャックが呟く。
その言葉通り――その日の夜の作戦会議が終わった段階で、全軍が動き出した。
ミゼッタたちとはまるで無関係に。