軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

120話「戦と戦の間隙_04」

モール族のマートラ・シムリカ、カートラ・シムリカ、シュトラ・シムリカの三名は、ぶっちゃけクラリス・グローリアの目をもってしてもあんまり見分けがつかないが、土竜獣人というのはそもそも個性というものに拘泥しないらしかった。

なので私が彼らを見分けられずに名前を呼び間違えても、誰も怒ったりしなかったし不機嫌にもならなかった。自分が自分であることは誰よりも自分が知っているのだから別にいいじゃん、という感じだった。

なるほど、素敵なスタンスである。

そんな彼らは自称「精霊に近い獣人」だそうで、そのため固有の魔法が使えるという。この『固有の魔法』というやつは、他種族には再現不可能とかそういうことではなく、彼ら土竜獣人であればなんの訓練も必要なく感覚的に使用できる、みたいな感じだそうだ。

曰く、石と土の固有魔法。

特にシムリカ氏族は『鉱石の選別と精錬』『鉱石の変形と加工』が非常に得意なのだとか。例えば山猫獣人に与えた山刀なんかは、川緑の泥から鉄を集めて木炭を混ぜたものを加工魔法で創り出したそうだ。

おそらく鉄バクテリアを魔法で掻き集めて炭素を混ぜ、魔法によって不純物を選り分けた後に魔法で加工し、鋼を生成したのだろう。

「だけど、己たちの武器より、おまえたちが焼いて叩いた武器の方が強い」

とは、マートラの言。

なんとなく、鋳鉄と鍛鉄の違いみたいなものだろうと理解しておいたが、この世界における『鉄打ち』は、鍛冶士によって魔力を込めるという工程も含むらしいので、そのあたりのこともあるのだろう。

さておき、だ。

マートラたちがもたらしたものは、彼ら自身の魔法以外にもあった。

それは『迷宮』の情報だ。

ドゥビルの岩山地帯で鉄鉱石を堀りまくっていたところで偶然にも発見した『神の迷宮』――いわゆるダンジョン。

初代ロイス国王が似たような『迷宮』を攻略し、そこから得られた宝を用いて国を興したというのがロイス王国の建国譚である。ロイスからかなり南に下った砂漠の国にも『迷宮』が存在するとか、たぶん知らないだけで他にもいろんな『迷宮』が存在するのだろう。

地下に空間が広がり、階層があり、地上では見かけないような魔物が出現し、魔物を倒せばアイテムをドロップするし、どういうわけか宝箱まで存在する。

あまりにも理不尽な存在だと思うのだが、とにかく存在するのだから仕方ない。有り得ないと叫んだところで、そこにあるんだもん。

この『迷宮』というやつが一体全体なんなのか、という点に関しては、私は全く興味がない。グロリアスの面々も、そこには別に興味がないらしかった。

なので誰一人として迷宮の深階層を目指そうなんて考えず、とりあえず安全に鉄インゴットや魔鉱石をゲットできる範囲を探索し、ルーチンワークのように鍛冶場へ素材を運んでいた。ちょっと遠くの川から水を汲んでくる、みたいなノリだ。

シムリカ氏族いわく。

これは『鍛冶の神の迷宮』である――。

◇◇◇

「己たちモール族は、土の精霊が土着した者たちの末裔と言われている。父はその父から、祖父はその父から、そう教えられていた」

「己たち土竜獣人は、石と土の固有魔法が使える。足で歩くように、手で持つように、石と土を加工できる。どうやっているかと聞かれても困る」

「己たちシムリカ氏族は、この『迷宮』のことが判る。理解できるという感覚がある、と言った方が近いかも知れない」

そんな彼らの『感覚』は、三人全員、こう囁いていた。

「もっと潜れば、魔銀が出る。偽魔銀も出る。さらに潜れば不壊鉱が出るだろう。その奥になると、もう己たちには判らない」

魔銀(ミスリル) ――これはファンタジー世界ではあって当然の金属だ。

王都の学院でもちょっと聞いたことがある。魔力の通りがよく、非常に軽く、それなりに硬い。記憶が正しければ、ロイス王国騎士団長が所有する騎士剣は、ミスリル合金の業物だとか。

偽魔銀――これはちょっと判らないが、ひょっとするとクロムだろうか? もしそうだとすれば、ステンレスがつくれる。

不壊鉱(アダマント) ――というのは、あれだ。これもファンタジー・フィクションでおなじみのアダマンタイト。ミスリルより上位の金属というイメージがあるが、詳細はよく判らない。たぶんめっちゃ強靭なのだろう。もしかするとめちゃくちゃ柔らかいのかも知れないが、まあいい。

この情報自体は、正直に言ってしまえば「どうでもいい」類の代物である。迷宮の深部へ挑むのは相応の危険が伴うからだ。

ミスリルの剣だとか鎧だとか、アダマンタイトの斧だとか、確かに魅力的ではあるが……なかったところで困らない。マジで困らない。今も困っていない。

なので、危険を冒してまで迷宮探索に挑む必要がなかったのだ。

しかし、である。

土竜獣人たちは固有魔法が使えるのだった。

正確な比率の合金を創り出すこともできる、とのこと。

さらに重要なのは、彼らは魔鉱石から魔石を生成できるという。

「じゃあ――特定の比率を有する合金に対しては光って、そうでない場合は光らない魔石……なんてのも?」

答えは、肯定。

なんてこったパンナコッタ!

私は小躍りした。

クラリス・ダンシング・グローリアである。

ちなみに土竜獣人たちは急に踊り始める私を眺めて、手拍子してくれた。

◇◇◇

会議を進めて方針を決め、カタリナやラフトにあれこれ伝えた頃にはすっかり夜になっていた。

残っていたオークたち、ついて来たけど会議には加わらなかった山猫獣人のネルヴァ、馬車で待機していたアルト・ヤマトなんかと一緒に、雑で豪快で美味しい夕食に。ネルヴァがいつの間にか獣を狩っていたのが勝因である。

「それにしてもクラリス。もっと深く迷宮に潜るっつっても、今は戦争中だってぇ話じゃなかったのか?」

焼いた肉をもりもり食べながらドゥビルが言う。

私はちまちまと肉片を咀嚼し、きちんと飲み込んでから答える。

「まあそりゃそうだが、勝つ算段はついてるんだから、勝った後のことを考えるのはおかしくないだろ」

無論、いざ開戦となれば迷宮探索はしていられないだろうから、開戦の予想がついた時点で岩山地帯に伝令を向かわせる必要はあるが、それは今日明日の話じゃない。向こうの準備は、そんな簡単には整わない。

もちろん、向こうは向こうで悠長にしていられる心持ちにはなれないだろうから、あちらが整うまで、一週間かそこらではないだろうか。

別にそこまで急ぐことでもなし、落ち着いてから迷宮探索を始めたって構わないが。

「確かに、な。まともな遣り方じゃあ、おめぇの造った砦は落とせねぇ」

微妙な仏頂面で、ドゥビルは新たに建設された建屋を眺める。魔鉄骨魔鉄筋コンクリート造りの練習がてらに制作された、ドゥビルの新たな鍛冶場だ。

鉄骨や鉄筋の生産は、途中からこちらの建物を使って造っていたそうだ。なにしろ元の鍛冶場は一人用だったので。

「敵にかなり や(・) る(・) やつがいた。そいつの放った剣撃はランドール並だったらしい。けど、砦の外壁をぶち破ることはできなかった」

エックハルトに雇われているとかいう、少年剣士。『癒やしの聖女』の護衛。例の『放蕩王子』の頼みで一度だけ戦場に立ったとかなんとか。

「あんだけ魔鉄筋を走らせてりゃあ、魔力衝撃に対しては無敵だろうよ。魔族の四貴族が魔法を撃っても耐えるだろうな」

「四貴族?」

初耳の単語だった。ユーノスたちは魔族だった頃の話をほとんどしないので、私もわざわざ聞いていないのだ。

ドゥビルはやや苦味を感じさせる表情で、ごつい肩を小さく揺すった。

「儂が魔族領で奴隷になっていたのは、随分と前の話だがな。魔王の配下で特に偉いやつが四人いる。儂は顔も名前も知らんが、魔族の連中は、その四貴族を、そりゃあもう恐れていた」

「ふぅん」

そのうちユーノスたちにも聞いてみるか、と思いながら頷いたあたりで、私の隣に座っていたカタリナが背後を振り向いた。

そこに、いた。

九尾の狐が。

「いやぁ、とてもいい匂いですねぇ。偵察から戻ってみればこちらへ行けと言い渡されましたので、徒歩で来ましたよ。それなりに急いで。ところで私の分の食べ物は残っていますか?」

言葉だけ聞くなら不満いっぱいのはずなのに、どうしてだかカイラインはニヤニヤと嬉しそうに笑っている。

「それは御苦労だったな。私の食いかけでよければ、たんと食っていいぞ」

石を削って磨いた皿の上には、まだ焼いた肉が残っていた。なにしろ私は別に食べなくても死なないので、量を食べたいという欲求がないのだ。味わうのは好きなので、物を食べたい欲求はあるが。

「これはありがたい。ならば早速――」

と、カイラインが私の皿に手を伸ばそうとするより先に、カタリナが私の皿を取って「どうぞ」と得意げな顔をしてカイラインに差し出す方が早かった。

「あっ、どうも」

九尾の狐は普通に頷いて、立ったまま肉を食い始めた。

相変わらず読めないやつである。この狐がどうして大人しく私の配下になっているのかも、私にはよく判っていない。なんか企んでいてもおかしくないと思うし、逆になんの企みもなさそうな気もする。

カイラインの最大の目的は、獣王ランドールの打倒だった。

そしてそれはもう果たされており、であるならば、こいつの人生における指標というものがなんなのか――きちんと考えればロジカルに推察はできるのだが、その推察を平気で裏切ってきそうなやつなので、考えるのが面倒くさい。

嫌なやつなのだ。

しかし、嫌いというわけではない。

「カイライン」

口の中に肉を放り込む胡散臭い狐に、私は言う。

「マリエル・サン・フォーサイスとかいうアールヴの女が、九尾の狐とその仲間に暴行され、アールヴの至宝を奪われたと言っていたらしいぞ」

「フォーサイスのアールヴが? ふぅむ……心当たりがありませんねぇ」

それについては別に疑っていないのだが、こいつが言うとむしろ怪しくなるのが、もはやちょっと面白くなってきた。

「私がアールヴの領域を十年近くうろうろしていたのは話しましたが、フォーサイスはアールヴの中では特殊な氏族です。通常のアールヴは極端に肌が白く、出不精で、まあ割と尊大ですが……フォーサイスはアールヴの領域を回遊するかのように移動して、他氏族の領域に近づく魔物を狩る、狩人の氏族なのです」

「マリエルとかいう女との面識は?」

「ありません」

「では、どうしてその女アールヴは『九尾の狐』なんていう具体的で特徴的な獣人を強盗犯だと言い張ったのだと思う?」

「ふぅむ……」

首を傾げて頷きながら、ついでのように肉を食い切るカイライン。たぶん、本当に腹が減っていたのだろう。虐めたいわけではないのだが、つい扱いがぞんざいになってしまうのは――まあ、当人の責任にしておこう。

「おそらくですが」

思考に費やされた時間は短く、しかし口調には確信が含まれていた。

「私が人族と取引をして鎧を調達したのは承知の通りですが、私が人族と接触したのは、その取引相手のみ。ですから、必然的に『九尾の狐』の情報を人族が得るためには、その取引相手から得るしかない。もっとも、私を知る獣人が人族に通じているという可能性もありますが――」

そこは考えなくていいだろう。

カイラインが口にした推察は、私のそれと同じだった。

であれば、問うべきことはひとつだ。

「おまえはどんな連中と取引したんだ?」

「私が接触したのは一人ですが……目端の利きそうな、痩せた小男でしたね。その彼が、取引の約束をした後、魔境の待ち合わせ場所に鎧を持ってきました。三十人分、ね。当然ですが一人で運んだわけではないでしょう。確か、彼はこのように名乗っていました――」

――ゴルト武装商会。

それがマリエル・サン・フォーサイスという女アールヴと繋がりのある組織であり、ならば必然的に『放蕩王子』ブリッツ・オルス・ロイスと繋がっている組織であると考えられる。

三十の鎧を用意でき、それを魔境の特定地点へ運ぶことのできる集団だ。しかもこの場合、カイラインとの口約束を実行しようとしていた。空回りでも構わないと判断したうえで実行に移すような連中、ということになる。

「なるほど。知らん」

と、私は言った。

知らないのだから仕方がない。