軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

119話「戦と戦の間隙_03」

クラリス・グローリアについてどう思っているか、と問われたなら、ラフト・グロリアスは少々答えに窮してしまうのが実情だ。

救い主――というのは、単に事実だ。

彼女がいなければ、自分たちは人族の軍に無謀な突撃をさせられ、当然の帰結として全滅していたに違いない。そのことに感謝しているのは言うまでもない。

綺麗な人――というのも、事実である。

グロリアスの者も、獣人たちも、同じ人族であるレガロも、おそらく全員がこれに関しては同じ見解だろう。クラリスは美しい。

きらきら輝く、長い金髪。奇跡的な均衡の取れた相貌。薄く小さな唇や、吸い込まれそうになる大きな瞳。表情はころころとよく動き、形のいい眉は実に判りやすく感情を表してくれる。

異性として特別な感情を持っていないラフトであっても、クラリスに至近距離で見つめられると顔が赤くなるのだ。

聡明である――それもやはり事実だ。

思った以上に物事を考えている。これまでグロリアスの集団に訪れた転機に対する判断は、全てクラリスが下しているが、結果として今の今まで破綻が訪れていない。出会った勢力と敵対したり取り込んだり、ほとんど場当たり的に動いているように見えるのに、肝心なところでは先を読んで手を打っている。

では、ラフト・グロリアスにとっては、どういう人物なのか。

非常に難しい質問だった。

土竜獣人を連れて来たのも意味不明だったし、ドワーフのドゥビル・ガノンや斧使いのガイノスを交えて話し合いを始めたのもラフトにはよく判らなかった。

なんだか大事な内容だということで他の作業員たちは会議に参加しなかったが、でもやっぱりクラリスのことだからまた奇妙なことを始めるのかな、という期待感はあった。きっとまた、すごいことになる。

◇◇◇

「それで――あんたはどう思ってるわけ?」

一人で道具の調整をしているとカタリナ・グロリアスが我が物顔で作業場にやって来て、鉄製の椅子を見つけてちょっと眉を上げてからそこに腰を下ろした。

「なんだよ、いきなり。どうってなにが?」

意味が判らなかったので問い返すしかない。ラフトとしてはスコップやピッケルの調整に集中したかったのだが、カタリナが喋る態勢になっているので賢明なラフトは作業を諦めることにした。

鉄を溶かすための火は何日か前に落としているので、どうせあとは残った分の作業だけだ。同年代の女の子のお喋りにつき合うのも……進んでやりたいことではないが、わざわざ拒否することでもない。

「土竜獣人を連れてきて、なんやかんやと会議をしてるじゃない。あんたはクラリス様から頼まれて、ゾンダたちの道具を造ってたでしょ。つまり、あたしよりもクラリス様の役に立ってる」

不満という感情を隠さずに言うカタリナである。

この少女がここまで正直になれる相手は、もしかすると自分だけかも知れないな、とラフトは苦笑した。たぶん、同志のような間柄である狐獣人のキリナが相手では、そういう不満は口に出せないのではないか。

それを光栄だとは、ラフトは別に思わない。

が、言いたいことを言えるなら、まあいいのではないかとも思う。

「いざ戦争となったら、やっぱりあたしはまだ役に立てない……実際やったら、たぶん犬獣人よりは強いと思うんだけどね。でも、クラリス様はあたしとかキリナを前に出したくないのよ」

「……出す必要がないだろ」

実際問題、戦場で前線に出すならもっと他に出すべき者がいる。それは戦いに詳しくないラフトにさえ理解できることだ。

「じゃあ、あたしはどうやってクラリス様のお役に立てばいいのよ?」

何処か縋るように言うカタリナ。

が、身体の何処を掴まれたって頼りになるわけがなかった。自分は自分で精一杯だ、というのがラフトの自認だ。どうやったってカタリナの不安を解消してやれる気がしない。それに、不安の解消などカタリナだって求めていない気がする。

だったらおれに愚痴るんじゃなくて、自分で勝手に解消すればいいのに――と思わなくもないが、まあ仕方ない。

「だけどさ、確か、獣王のとき、カタリナとキリナで女豹を取り押さえたって話じゃなかったか? ちょうどいいときにおまえたちがいて、ちゃんと役に立った」

「まあね。でもそれって、いつ来るか判らない『そのとき』のために、クラリス様の傍にずっと控えてればいいってことにならない?」

「それはなにか悪いのか?」

単純に疑問だったので聞き返す。カタリナは驚いたふうに目を丸くして、それからちょっと考えるようにして、小さく反駁する。

「もっとしっかり、ちゃんと役に立ってるって実感が欲しいのよ」

「役に立ってるかどうかより、役に立ってる実感の方が欲しいのか?」

純粋な疑問だったが、もしかすると口調は皮肉っぽくなったかも知れない。何故ならラフトは、実際に役に立ってみせる必要があったから――いや、あるいは役立たずであってもクラリスはラフトを迫害したり追放したりはしないだろうが、そういう自分ではいたくなかったのだ。

ラフト・グロリアスには価値がある。

クラリス・グローリアが胸を張れるような。

そうなれたなら、どんなにいいだろう。

……じゃあ、カタリナも同じか。

ぐぬぬ、と唸っている同い年くらいの女の子を眺め、ラフトは小さく苦笑する。結局のところおれたちはまだ子供で、こうなりたい形には時間をかけて近づいていくしかないのだ。それに、カタリナの『そうなりたい形』は固まってもいない。

「あのさ、クラリス様の近くにいて、クラリス様の手足になってりゃ、クラリス様の役に立つんじゃないの?」

ふと思いついたことを言ってみる。

クラリスという言葉それ自体に反応したみたいに、カタリナはびくりと姿勢を正してラフトをまじまじと見つめた。

いつもみたいな皮肉っぽさはなく、真剣にラフトの言葉に耳を傾けようという態度が、逆になんだか面白かった。

「それってどういうこと?」

「魔族の偉いやつもさ、人族の貴族みたいに偉そうにしてたよな。そういうやつらって、なんか、従者? 専属の下っ端みたいな、そういうやつを従えてたと思う」

といっても、実際に見たわけじゃない。なんとなくそんな感じなのだろうな、という共通認識があり、それを否定する者もいなかった。

「まあ、そうね」

「クラリス様って、すごいけどなにもできないだろ。歩くのだって遅いんだぜ。あっちからこっちに物を持ってくるのだって、自分でやるより誰かにやってもらった方が早いよな、たぶん」

「……まあ、そうね」

単に事実だったので、いくらクラリスを信奉しているカタリナであっても、そこは頷かざるを得ないようだった。

「じゃあ、まずそういうところでクラリス様の役に立てばいいんじゃないの? これまでは、カタリナがクラリス様の傍にいたいからって理由で近くにいたんだろうけどさ、近くにいるからやれることって、あるだろ。たぶん」

どうせ強くなるには時間が必要なのだ。

ラフトだってドゥビルに追いつくにはどれだけの時間が必要なのか見当もつかない。だけどドゥビルにはできないことが、ラフトならできるようになる。仮にそうでなくても、ラフトは鍛冶を辞めたりしないだろう。

「つまり……クラリス様の従者になればいい?」

「いいかどうかは知らないけど、それなら今からでもやれるだろ。自分がそうしたいかどうかじゃなくて、どうやったらクラリス様の役に立てるかっていうなら、やれそうなのは、そういうことなんじゃないか?」

どっちにしたって強くなる努力はするのだ。

何故ならカタリナ・グロリアス自身が強くなりたがっているのだから。

「……そうね。あんたにしては、まともなこと言うじゃない」

ふむふむと頷き、上機嫌に笑うカタリナ。

きっとこういうことが何度も繰り返されるんだろうな、とラフトは胸の中で息を吐いておいたが、きっと伝わらなかっただろう。

取り立てて歓迎はしないけれど拒否するほど嫌でもないのが、なんだか微妙だった。本当に微妙なのだから仕方がない。

◇◇◇

夜になった。

岩盤地帯は日が落ちると深い静けさが訪れる。森の方から名前も知らない鳥の鳴き声が響く程度で、後は物音というものがないせいだ。

鍛冶が立て込んでいるときは昼夜問わずに鎚の音が響いていたはずだが、そのときはラフトも鎚を打っていたので気にしていなかった。今は火を落としているので打ちたくても打つための赤く焼けた鉄がない。

結局、カタリナはずっとラフトの作業場に居座っていて、途中で面倒になって作業に戻った。頼まれていた分のスコップやピッケルはとっくに納めているので、現在の作業分は予備のものだ。

土を掘り起こし、槍にも鈍器にもなるという道具。猪獣人の怪力でも曲がらないように、頑丈さを優先して造ったが、かなり評判が良かったという。

率直に言って、嬉しかった。

この嬉しさをまた感じられるなら、多少の無理は通してしまうだろう――そう思ってしまうくらいに。

そうして自分の作業を進めながらカタリナと雑談を交わしていると、作業場の向こうから物音が響いた。夜の静けさをまるで気にしない、そういう賑々しさ。

すぐにそれは近づいてきて、ラフトの作業場の戸を開く。

「待たせたな。あれこれ相談した結果、もうちょっと迷宮の階層を深く潜ることにしたぞ。まあ、私が潜るわけじゃあないけどな」

と、クラリスが言った。

自信たっぷりに胸を張って微笑む彼女を見て、ラフトは胸の内に奇妙な納得感を覚える。腑に落ちる、というやつだ。

世界が明るいのは、世界が光を放っているからじゃない。

陽の光に照らされているからだ。

おれたちは、この人に照らされている。

すごく遠い位置で回り回る、太陽みたいな人。