作品タイトル不明
115話「捕虜と少女_03」
人族が相手ならばとお嬢様モードで接してみた私ことクラリス・レディー・グローリアだったが、赤毛の騎士ヴォルト・クラウスの独白には、正直言ってかなり面食らってしまった。
無謀な突撃をしてくる無能の阿呆だと思っていたのに。
なんか、めっちゃ可哀想なやつだったのだ。
「魔境の森を切り拓く計画が始まったのは、おおよそ二ヶ月ほど前だ。私はその陣頭指揮を執ることになり、領地から集められた木こりと部下の団員をまとめて、ひたすら魔境に『道』を拓いた」
手に持った木製の湯呑をじっと見つめたまま、ヴォルトはぽつぽつと語る。
「森の出口近くまで辿り着き、そこを広場として切り拓くことで陣所を設けた。これが数日前……私がどれくらい気を失っていたか判らないが、そのくらいだな。本隊の騎士団と団長、第二王子、それに『癒やしの聖女』とその護衛が町から陣所までやって来て、作戦会議。翌日に私が部隊長となり、残りわずかとなった魔境の森を部隊と共に抜けた。君たちには察知されていたようで、あの獅子のような少女の一団が我々を待ち構えていた。我々の任務は、この獣人たちの領域に、ティアント領の陣所を設けることだった」
このあたりからは、既に知っている話と重複する。
が、私は思わず口を挟んでしまう。
「ちょ――ちょっと待ってください。二ヶ月? 二ヶ月の間、貴方は森林の伐採を指揮し続けたということですか?」
「ああ、そうだ」
それがどうした、とばかりに、当たり前みたいに言う。
しかしそんなもん、どうしたもこうしたもあるものか。
「ヴォルト・クラウスさん。重ねて聞きますが、その間、貴方は一度も帰宅せず、休日もなく、森に『道』を作り続け、終点に陣所を開いて本隊を待ち、本隊と合流してからそのまま今回の襲撃を指揮した。その理解で間違いありませんか?」
「そうだ。それで間違いない」
「なるほど……」
限りなく暗黒に近いブラックだ。つまりこいつは、正常な思考能力が削がれている自覚症状のないブラック社員なのだ。
短く刈り込んでいたであろう赤毛は中途半端に伸び散らかしている。かなり整った彫りの深い顔立ちだが無精髭は伸び放題。目の下にはくっきりと隈が浮いており、見れば頬も若干こけている。
そんな有様で二百六十人をまともに部隊行動させ、突撃の直前には報告用の人員を割いて陣所へ引き返させた……?
うわぁ、こいつ、めっちゃ欲しい。
この有能イケメンをボロ雑巾になるまで使い潰そうとしていたティアント領へ戻させることなど、許し難い。
いや、いやいや、ちょっと待て。
まだいくつか聞くべきことが残っている。
「アールヴの女が暴行された件について、詳しく聞かせろ」
と、私の代わりに言ったのはユーノスだ。
ヴォルトはやや考えるようにして、またぽつぽつと語る。
「そうだな……アールヴの女は、マリエル・サン・フォーサイスという名だ。肌が浅黒く、森の民というより、誇り高い傭兵のような印象があった。たまに森を歩きたくなるらしい。そのせいで獣人たちに襲われたそうだ」
「その獣人たちの特徴は判るか?」
「九本の尾をもつ狐の獣人を中心に、何人か似たようなのがいたという話だ。その際に奪われた貴重品は、アールヴの至宝とかいう『秘石』だそうだが、詳細は知らん。聞いていたかも知れないが、覚えていない」
九尾の狐と、その仲間――か。
その情報がヴォルトにも共有されていたのは、周知の事実としたかったからか。獣人たちに暴行されたティアント領の客分。
「例の狙撃手が、そのマリエル・サン・フォーサイスとかいう女だったな。暴行されたという割には随分と元気そうだったが、二ヶ月で完治したのか?」
「いや、命に関わるほどの怪我だったそうだ。スラックが『癒やしの聖女』を呼ばなければ、助かったとしても後遺症は残っただろうと本人が言っていた」
「癒やしの聖女? なんだそれは?」
先程の私と同じように、ユーノスもまた首を傾げた。ついでにキリナも可愛らしく首を傾げていた。
「ここ一年とちょっとの間で、ロイス王国の貴族たちを片っ端から治癒して回っているという凄腕の治癒術士のことだ。まだ少女で、ナントカという貴族の婚約者として市井から見出されたそうだ。なんだったか……イルリウス侯爵家が後見として後ろ盾になっているそうだ」
イルリウス侯爵家。
もはや懐かしい名前だ。
思い出すのは、あのカマキリみたいなギョロ目の当主、レオポルド・イルリウス侯爵閣下。それにあの男が擁していた異端の魔術師『双子のギレット』か。まあ、あのイカレた姉弟は私が殺したわけだが。
凄腕の治癒術士だとかいうその少女も、おそらくはイルリウスの庇護を受け、代価としてレオポルドに利用されているのだろう。私自身がそうだったように。
「その『癒やしの聖女』の護衛が、あの強力な剣士だと言いましたね? 彼はどのような経緯で、その聖女の仲間に?」
「それは知らない。だが、あの少年は言っていた。己を従えるのは己自身以外にない、と。ただ現在は……なんだったか……エックハルトとかいう人物に協力しているとも言っていたな」
「 エ(・) ッ(・) ク(・) ハ(・) ル(・) ト(・) ……」
エックハルト・ミュラー。
ミュラー伯爵家の次男。クラリス・グローリアの元婚約者。婚約を破棄した理由は『無才のクラリス』などとは比べ物にならないほど強力な魔法の使い手を見つけたから。貴族はその魔法にこそ価値があるから。
そう、例えば後遺症が残るほどの大怪我をあっさりと癒やすほどの、レオポルドが利用しようと考えるほどの、桁外れの治癒術士。
――癒やしの聖女!
私は思わず口元を手で押さえ、腹の底から溢れ出しそうな哄笑を必死で堪えねばならなかった。
まったく、こんなところで運命が繋がるだなんて、随分と楽しませてくれる。エックハルト本人がなにをやっているかは今の話からでは判らなかったが、ミュラー家が見出した『癒やしの聖女』が、偶然にせよ必然にせよ、関わっている。
楽しみになってきた。
誰のどんな思惑があろうが――踏みにじって笑ってやるのが、ひどく楽しみになってきた。最初から遠慮なんてするつもりはなかったが、スパイスがひとつ加わるだけで、こんなにも味わいが変わるなんて。
そうか、私に足りなかったものはスパイスだ。女の子は砂糖と香辛料と、あと素敵なもの全部で出来ている。おっさんの記憶も持っているので、カエルにカタツムリに子犬の尻尾も追加しよう。
クラリス・グローリアは、そういうもので出来ているのだ。
……なんちゃってね。
◇◇◇
と、そんな内心はとりあえず置いておいて、一旦ヴォルトを寝かせている部屋を出る。一人にして大丈夫かとユーノスが言ったけれど、まあ大丈夫だろう。
ブラック企業から無理矢理に引き剥がされた人間が、いきなり活発に動き出すとは思えない。ブラック企業に戻れるなら戻ってしまいそうだが、物理的に無理なことくらいは理解できているだろう。
で、寄宿舎からちょっと離れて、調理場の裏手あたりに主要人物を集め、作戦会議――というより、方針の伝達。
「あいつが欲しい。取り込むぞ」
まず最も大事なことを私は言った。隣のユーノスは「まあそうだろうな」という感じに頷き、キリナもごく当然のように首肯している。
「そりゃあ、おまえがそう言うならウチは構わんが。しかしあの部隊長はあんまり有能じゃねーと思うぞ。莫迦みたいに突撃させてただろ」
「どうやら話を聞いた感じ、あいつを莫迦に仕立て上げたやつがいるな。というか、あいつが莫迦になってしまうような環境だったのか……」
「五十日以上、休みなしで森を切り拓く指揮を執り続けて、そのまま今回の部隊長として出てきたみたいです」
それに――とキリナは微妙に言い淀む。
ヴォルトの身の上は、さっと語るには少々ややこしかったし、はっきり言えばキリナが抱いているのは単なる同情心だ。
無論、私も同情はしている。
だってめっちゃ可哀想だもん。
が、それとこれとは別だ。
ヴォルト・クラウスを引き込みたい理由は、明確だった。
「あいつは死ぬほど義理堅い。そして、あいつを使っている側の連中は、その義理堅さに不義理を返している。それでもヴォルト・クラウスは義理を通そうとするだろう。だが、あんな連中にくれてやるには、もったいない」
「クラリス様がそこまで仰るなんて、珍しいですね……」
やや戸惑うように呟いたのはカタリナだ。その後ろに立っていたマイアやビアンテも、ちょっと意外そうにこちらを見ている。
言われてみれば、私自身が積極的に誰かを内側に取り込もうとするのは、割と珍しいかも知れない。
「理由はいくつかある。ひとつは、単純に私たちが大きくなってきたこと。ヴォルトは指揮ができる。大人数を機能的に動作させる技能があるということだ。私たちにはそれが足りてないし、育てる知識も技術も持っていない」
グロリアスの魔人種たちは個々人の戦力が高すぎて、団体行動はできても部隊行動などする必要がないのだ。唯一、ユーノスは指揮官としての才覚がありそうな気はするが、戦略や戦術を学んできたわけでもないだろう。
獣人たちはもっと極端で、群単位での行動を指揮できる者はいるが、こうしてごちゃごちゃに混ざりあった私たちの統率を執れるような人員は存在しない。
獅子姫ラプス・クルーガにも、その才はないだろう。ランドールにだってそんなもんはなかった。現獣王プラド・クルーガにはちょっとあり、足りない分はレクス・アスカが補うだろう。
というわけで、指揮官が欲しい。
そして私たちの内側に指揮官を取り込むなら、強烈な責任感の持ち主でなければならない。言葉を変えるなら『義』というやつが必要だ。どうしても必要だ。ヴォルト・クラウスにはそれがある。
でなければ、あいつはエイレーナとかいう女をさっさと口説いていたはずだ。領主のスラック・ティアントがエイレーナと結ばれることがないなんて最初から判っていたはずだし、スラックは他所の貴族と婚姻を結ばなければならなかった。最初の最初から、ヴォルトが遠慮する道理などなかった。
けれども、義理があった。
そういうことだ。
エイレーナの死が目前になるまで、その不必要な義理をヴォルトは通し続けていたし、エイレーナと結婚したことで、己の不義理に苛まれていた。
不器用なやつだ。
幸せになるべきだ。
他人事なのでそんなふうに思ってしまう。
しかしティアント領にいるかぎり、ヴォルトはありもしない自身の不義理に追い詰められ続けるだろうし、領主のスラックはそんな義理など存在しないことをヴォルトに伝えもしないだろう。
なので、取り込む。
どうあってもヴォルトには 私(・) た(・) ち(・) の(・) 内(・) 側(・) で(・) 笑(・) っ(・) て(・) も(・) ら(・) う(・) と決めた。
報われるべき者が、報われぬまま、朽ちていく。
この世の何処にでもありふれた光景だろう。
世界はそのような形をしている。
しかし――そういうのは、もういいのだ。
目の前にそれが転がっていて、拾わない理由がない。
「それはいいが、どうやって引き込むつもりだ? 命を惜しがるようなタマではないだろうし、簡単に裏切る男にも思えん。そもそも、簡単に裏切る男なら必要ない。前提条件が矛盾している」
禅問答を前にしたかのように眉根を寄せるユーノスだった。
私は雑に微笑み、胸を張って答える。
「そんなもん簡単だ――」
義には義を。
そういうことだ。